8話ー7 その災い・穿つために



『皆さんご覧の通りこの由々ゆゆしき事態はお分かりでしょう~。』


 時はわずかにさかのぼり――

円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】の本拠地にて、地球側と宇宙側による臨時緊急会議が開かれていた。

 

『この事からも、【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】の一部の制限解除――その必要性が発生してます~。』


 この非常な事態の最中――場にそぐわぬ間延びした声が響く。

 アリス代行が地球と魔界衝突回避任務――オペレーションD・A・M・Dダムドの記録映像を公開し、代表者達へ事態の委細説明を行う。


 その代表者――太陽系内各方面を統括する者達と関係者。

 それらと惑星間通信を経て協議する議題は、太陽系の命運を握る――未曾有みぞうの事態収拾の糸口【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】制限解除に関する物である。

 一同は複数のモニター映像を介し、地上と地球圏より離れたコロニー施設とのリアルタイム通信により相対していた。


『――しかし、いくら火急の事態とはいえ、【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】に対して制限をかけた張本人である地球側が、口火を切ってそれをくつがえすとは――』


『そもそも大元を辿たどれば魔界に端を発する事件だろう?魔界の者に、全ての責任を取らせるべきではないのかね?』


 この太陽系内、恐らくは何処いずこの国家でも繰り返されているであろう、重要であるはずの会議の中で――議題内容のいちじるしい逸脱いつだつと浅ましき責任のなすり合い。


 事は急を争う状況であるにも関わらず、一方的な私論が飛び交う――私利私欲にまみれた答弁会場と化した会議の場。


「……あ……あのぅ~、今はそんな話をしている場合では~……――」


 各国関係者の一部は地上出身者であるが、会議に混迷を来たすのは決まって地上人であった。

 アリス代行であるブリュンヒルデの性分では、この私論の答弁会を律するには少々――否……あまりにも無力であった。


 ――だが刹那……その場に響く声が、烏合うごうの集の様にざわめく者達に氷の戦慄せんりつを呼ぶ。


「――大元を辿たどれば……?辿たどればそこには主ら――地上人重鎮じゅうちんの認識の欠如と力不足に行き着くじゃろう……?それこそが地球のこの惨状を招いたのではなかったかのぅ?」


 声の出所は星の守護代行の少女――が、少女特有のゆるふわであった表情が別人となり、全てを見透かす神のごとき存在がかもし出すへと変化していた。


「何もこれより全ての【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】制限解除を求めているのでは無い――あくまでも臨時の処置じゃ……。その程度の事も理解出来ぬやからは――この会議には出席しておらぬはずじゃが……どうじゃ?」


 神のごとき声を受けた、今しがたザワついていた烏合うごうの衆――それらは溢れ出んばかりの脂汗を噴出し、水を打った様に静まり返る。


 事実、この現代において宇宙在住の地上人が地球圏全域の防備・警戒を担当している。

 導師はその抜け穴――安全よりもコスト優先の、ローコストな抜け穴だらけの防備をくぐり、地球圏の位相空間でひそんでいたと推測されている。

 今の声に反論を唱えられる者は、その会議に存在していなかった。


『なるほど――状況は理解しました。確かに我らとて真の故郷が滅亡する様を、指をくわえて見ている程愚かではありません。』


 当然とも言える言葉がモニター中央へ座する男より放たれる。

 恒星系――そもそも星々とは、ただ一つで存在している物などない。

 一つの惑星の消滅は、恒星系の存在に甚大じんだいな被害をもたらすす可能性を持ち――太陽系もその例に違わず、そこにある全ての惑星が存在に意味を持つのだ。


 宇宙に住まう者であれば、その身に刻まれた真理である。


『――いいでしょう……他の関係各位には通達しておきます。【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】の必要な物の一部に対して――制限解除了承しましょう。』


 この場をしずめた声に、全く動じない男――それどころか、神のごとき声に対し昔馴染みの旧友と会話する様な口調のままに返答した。


『それでいいか?リリス……。』


 リリスと呼ばれたのは、今代行者の少女ブリュンヒルデの肉体――正確には【星霊姫ドール】を形成する霊格を介し、低次元の人類と対話を成している者。

 リヴァハ・ロードレス・シャンティアー――

 アリスの姉妹であり、同族であり、一心同体である少女を模した聖なる書物でいう所の人類に智を与えし蛇――この世界において世界を監視する高位存在……【観測者】である。


「――フフン……全く、偉くなったものじゃなお主は……。その高きくらいに座し、他を圧倒する物言いを発する姿――板に付いて来たのではないか?」


「……太陽系中央評議会代表――クオン・サイガ議長殿よ……。」


 中央評議会代表――

 太陽系内……木星圏を中心とした火星圏より外縁を統制する機関の代表者――その彼へ向けた世界を見る者リリスのワザとらしい世辞に、地球外の旧友サイガ代表は苦笑と共にを返す。


『悪いが、アンタにそう呼ばれるのは違和感しかないな。――頼むから普通に接してくれるか……?』


 代表者達が一同に介する場で繰り広げられる会話は、昔馴染みのじゃれ合い――そこが、緊急の臨時会議の場である事も霞む様な言葉の応酬。

 が――馴染みのやり取りの中にあって、事の重大さも把握する地球外の代表……すかさずその制限解除の了承が必要な、もう一人の人物へ話を振る。


『クサナギ 界吏かいり 統制官も異存はありませんね?』


『ハイ……。異存無しです。』


 クサナギ統制官――それは月面上、今は一時的にシステム大半を休眠させている【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】の全てを司り、【星霊姫ドールシステム】の根幹こんかんでもある【アリス・ネットワーク】をようする【超文明の遺物ロスト・カルチャー・アーティファクト】の管理者。

 古代遺跡の統制管理の任を賜るのが彼と――そのパートナーの役目である。


 そして――彼らは言わずと知れた、クサナギ 桜花おうか の両親である。


「――これで必要な承認は揃った。であれば、すぐにでも動けるじゃろ?クサナギ 炎羅えんら よ……。」


 古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーへの使用制限。

 その一部解除を心待ちにしていた者――クサナギ家表門当主、炎羅えんらが強く首肯した。


「すぐにでも……!各代表の方々……誠に感謝いたします……!」


「……うむ!ではわらわは失礼するぞ……。全く――この低次元状態は疲れるというのに……世話が焼ける者共じゃ……!」


 突然現れた上、世話を焼いてから悪態の後――星の守り人ドールの体より消える世界を見る者リリス

 しかし口にする悪態に反する様な対応……実の所自らが愛する人類の危機にいてもたってもいられないだけと言う、素直になれない――その一言に尽きる存在であった。


「お話は終わりましたか~~?も~~ぅ、リリス様はいつも私の体を突然奪うんです~~。……私も心の準備と言うものが~――」


 プンプンと頬を膨らませ……いつもゆるふわな雰囲気ふんいきで可愛い怒り顔を疲労するアリス代行ブリュンヒルデ

 それを見るや、リリスに気圧されたまま押し黙っていた関係者が……皆一様に緊張から解放され崩れ落ちた。

 一部の大物達を除いては――。


 必要な承認を取りつけた交渉術のゆうである炎羅えんらへ――義弟に当たる界吏かいりが、おおよそこの様な場でなければ得られぬチャンスに……胸中へ秘めた愛娘への想いを切なる願いとしてたくす。


『兄貴っ……!桜花おうかを――地球を頼む……!』


 今も36万キロ彼方――月面の神殿で任をこなす桜花おうかの父。

 その心情をおもんばかるクサナギが誇る外交の天才は、例え後方支援に甘んじざるを得ずとも……出来る事を成す決意で答える。


「ああ……!任せておけ……!」


 ――かつて世界を救う数多あまたの大戦におもむき、幾度となく修羅場をくぐりしクサナギ直系の血筋である義弟 界吏かいり


 彼の強さと勇敢さを継ぐ小さな当主桜花は、同じく勇敢にして厳格なる母シエラの慈愛も引き継いでいる事をよく知っている。


 だがまだ子供の域を抜けない彼女――さらにその友人達が全ての力を発揮出来る、絶好の機会を作り出すのは大人の役目。

 それは外交の天才炎羅にとっての独壇場――取りつけた古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジー制限一部解除の報を引っさげて、今まさに最後の任務におもむかんとする少女達への通信を飛ばすのだった――



 ****



 すでに日本海上空に位置する高空――出現した異形の軍勢が。蒼き星の天空を瘴気の限りで淀ませる。

 導師ギュアネスは死してなお……この地球に害成す災いをき散らしているのだ。


「ウラジオストク管制へ通達!直ちに対津波用岸殻防壁展開、同時に沿岸周辺へ警報発令要請!急いでっっ!!」


 人造魔生命災害バイオ・デビル・ハザードと多くの有事以来――世界は国家の垣根を越え、多くの人類に対する災厄への備えを進めて来た。

 ここウラジオストクも、宇宙時代――地球外国家と往来する、宇宙船関連の受け入れを行える重要拠点の役目を果たしている。


 それにより、日本近海の数ある海洋軍事港としても、万全の防備を備えていた。


 『こちら日本国所属、三神守護宗家よりウラジオストク管制へ、緊急防備パターンAを発令願います!繰り返す――』


 宗家最大戦力大和オペレーターより、ウラジオストクへの通信が飛ぶ。

 その意を受け……ウラジオストク管制は了承と共に、沿岸を守る絶壁を展開した。

 沿岸部全域にせり上がる巨大な岸殻防壁は、この様な有事に対する守護の盾。

 さらに沿岸部への緊急警報が発令され、各建造物も防御隔壁で遮断され――


 事態急変の恐れへの事前通告は、沿岸の軍関係者並びに住民の避難・待機と言う行動へ素晴らしきスピードを生んでいた。


「ウラジオストク――岸殻防壁展開確認!れい 艦長、指示を……!」


「分かりました……!……シリウ……二人の調整は……!?」


 今しがた調整に取り掛かったばかり――百も承知であるも強行手段を敢行するため、その意も込め八汰薙上の弟シリウへ問う。


『――悪いな、姉さん!いくらなんでもそれを聞くには早すぎる……!——どうせこのまま、敵部隊前へ躍り出る気だろっ!?出来るだけ間に合わせる……行ってくれ!!』


 さしもの上の弟シリウ――今度ばかりは先の金色の王女を危険にさらした折の、無様な醜態は晒さない。

 姉の意を見事に察し、調整のペースを上げる。


 さらにそこへ――


『零はん!その調整、ウチも参加したる!ちょうど真鷲ましゅうの弟子共が、他の調整終わらせて駆けつけたっ!メイン機関――出撃後の調整ぐらいやったら、あいつらでも何とかなるからな!』


「頼みます!」


 カナちゃんさん率いる【真鷲組ましゅうぐみ】出向組は、彼女の指揮の元……艦船担当Tが宗家最大戦力の各種調整を行っていた。


 魔導技術の補完によって稼働を現実の物としているが――やはり、相手は日本がほこった超弩級戦艦……全長200メートルを越えるを、わずか10名足らずで運行する様はやはり古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジー賜物たまものであり——

 古の技術を手足の様に操る職人集団の真骨頂である。


 主機関を始め、宇宙航行に必要な〔複〕主機関と超広域量子レーダー、恒星間通信を想定した量子ネットワークシステム——次いで艦内……宗家の機体ヤタガラス及び暁の伝説の搭乗機体ムーバブル・モジュールも悠々艦載される。


 さらに――

 46cm三連装主砲及び副砲と対空兵装群は、エネルギーとして反統一場粒子ネガ・クインテシオンより抽出した重力子を単一充填——それらを一手にまとめた火気管制システムが真鷲の手腕による調整で万全を期す。


 反統一場粒子ネガ・クインテシオンから重力子グラビトンを抽出する要因として、地球への環境汚染を憂慮して対策——真鷲ましゅうの肝いり技術である、震空物質オルゴ・リッドによって生み出された反応循環清浄システムも併用し……機関そのものが発する有害エネルギーも遮断している。


 正に彼らの助力無しには、この超戦艦を動かす事もままならないのだ。


 異形襲来に合わせ全力の抜錨準備が進む中——

 その主砲前方――開閉式甲板内、大人達の支援を受け最後の最後で、吸血鬼のもとを目指す王女が待機する。


『テセラちゃん!シリウさんや、カナちゃんさんが頑張ってくれてる!テセラちゃんも少しだけ我慢だよ!』


「うんっ!私の出番は一番最後……皆が繋いでくれる最後の一手……!」


 ただ共にありたいと願う少女の――赤き吸血鬼の元へ向かうため、少女は心を研ぎ澄ます。


「ローディ君—— 一緒に戦ってね!私はあの子を……レゾンちゃんを必ず救いたいのっ!」


「……ああ!テセラがジュノーとして立ち上がったんだ――王女に仕える従者として……その決意に応えられないのでは、ボクもここにいる意味も無いと言う物——」


「君の想いに応える……!」


「うん……必ずだよ——でねっ……!」


 王女の肩口に浮かぶ量子体の使い魔ローディ——主の決意に応える様に、宣言を力強き視線と共に送る。

 その宣言が意図するところ……それは、異界の使い魔が王女にすらひた隠す真実の姿。

 魔量子型使い魔クオント・ファミリアの少年も、内に宿す黄金の奇跡と称される力開放への覚悟を以って待機の瞬間を越えていく――

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