8話ー5 セイブ・ザ・ヴァンパイア



 ロシアはウラジオストク――補給と緊急時の国家間における宗家最大戦力大和運用調整がほぼ終わり、出航準備に入る宗家率いる守護者達。

 が、未だ予断を許さぬ状況……魔王と吸血鬼の救出は、恐らく猶予ゆうよも無いとした上で備えを進めていた。


「このままここに残るだって……!?」


 八汰薙の弟ロウの声が裏返る様に艦内に反響する。

 大事の前の息抜きと、最大戦力内大ホールで集まる者達の中——今まさに最後の戦いへ赴かんとする超戦艦に、はんなりな妹若菜が残ると言い出したのだ。


「お願いやロウ兄様っ……ちゃんと安全な所におるから!」


「——だ……だが、すぐにでもテセラちゃんの友達を救出に向かうんだぞ!?この船はきっと危険にさらされるっ!……ここに残るなんて——」


 するとはんなり少女の援護とばかりに、クサナギ当主桜花が口を挟んで応酬した。


「大丈夫!【大和】にはカグツチ君が接続されてるから!……なにかあれば私も駆けつけるって!——だからロウさん……お願いっ!」


 守護宗家が誇る二人の小さな見目麗しき御令嬢の言葉――ヤンチャが服を着たかの弟がたじろいだ。


「なんか若者は青春してるね~~。いや~~若いわ……。」


「——沙織さおりちゃん……それ自分で言ってて虚しくならない……?」


「……悪かったわね。どうせ私は五十代ですよ……。」


 若者達が青春を謳歌おうかする姿に、思わず洩らした伝説の者の一人――西日本は瀬戸の居城支部局長沙織……同じく伝説の一角である、防衛相長官音鳴の諭しで盛大に落ち込む。


 最後の決戦に合わせ、僅かでも戦力増強をと打診し——はんなり少女が搭乗したヘリの護衛で、伝説の一角……それも最大戦力へと降り立っていた。


 彼女らを含む伝説【日の都の暁ライジング・サン】は、若かりし頃十代にして重なりし者フォース・レイアーへと進化している。

 【宇宙と重なりし者フォース・レイアー】——この宇宙という環境に対し肉体から意識レベルまでもが、完全に霊的上位にシフトした人類の霊的にあるべき成長段階と言われる。


 それは優れているか否かは関係なく、人類として霊的高みに達した誰もが到達する上位覚醒であり——この世界では【宇宙と重なりし者フォース・レイアー】に目覚めた者は、宇宙に存在する価値を得るとされる。


 しかし……人類の度重なる荒廃と退化によって、一時はもはや覚醒者の誕生すら危ぶまれた時期もあった。


沙織さおりさん!全然平気ですよっ……そんなに若々しいのに。自身持って下さい!」


「うぅ~……最初から重なりし者フォースレイアーとして生まれた桜花おうかちゃんに慰められても~~——」


 この守護宗家とそれに関連する人物において……現時点では、少なくとも暁の伝説ライジング・サンとクサナギ 炎羅えんら——そしてクサナギ 桜花おうかに、その両親が覚醒者として確認されている。

 最も……桜花おうかとその父クサナギ 界吏かいりに至っては、生まれながらの補足が付くのだが。


「てか、沙織さおりもいちいちそこへ突っかかるなよ……。オレ達は覚醒した時点で、体組織の老化に減速がかかってんだ。……今のお前らだって、少なくとも保ててんだろ?」


「……あんた……ケンカ売ってんの?それってって言うの……知ってる……?」


 伝説の一人——知的な警部奨炎のフォロー……が、確実に余計な一言であるそれでなお機嫌を悪化させる支部局長様。


 重なりし者フォース・レイアーと言う概念は因果の法則に基づき、宇宙という環境に適応するという事であり——その過程で長命になり、宇宙の環境に適合した霊長類における上位存在へのシフトする事を指す。

 しかしそれは単に不老に近づいた……などとういう安直あんちょくな結果ではない、宇宙の長き歴史生成の過程であり——因果の流れを正常に保つ法則でもある。


 日常の延長上を演じる伝説達のやりとりも、金色の王女テセラがこれから向かう最後の任務までの間の心情をおもんばかった心配り。

 金色の王女をしてその伝説達が何故――未だに伝説と称され畏怖されるか……その身をもって体感しているのだ。


沙織さおりさん……今度、綺麗になるコツとか教えて下さい。……全てが終わったら、姉さまに見せてあげたいんです……。」


 畏怖される伝説の思いに応える、王女の健気過ぎる言葉――さしもの支部局長もも、胸のど真ん中をズギュン!と撃ち抜かれ——


「……て……テセラちゃん……あなた——なんて健気な!……よし、任せなさい!私があなたを立派な王女らしくしてあげるからっ……!だから今度私が——」


 撃ち抜かれたまま王女に堕とされてしまう暁の伝説様は、健気な思いへと返答しようとし――同時に鳴り響いたけたたましい警報が、宗家最大戦力館内を駆け抜け……モニターを通じて送られる。


『テセラっ!聞こえますか……!至急ブリッジへ——』


 艦橋で準備を進めていた、ヤサカニ裏門当主からの只ならぬ急報。


 不測の事態と察た王女は艦橋へと駆け――息抜きを早々に切り上げた戦士たちもそれに続いた。


れいさん!お待たせしました!」


 艦内の艦橋への直通エレベーター――扉が開くと飛ぶ様に駆けた王女。

 彼女が目撃したのは、モニターを凝視するヤサカニ裏門当主――しかし表情も険しく、事に何らかの動きありと察する王女。


「……テセラ……この反応——分かりますか……?」


 言われるがままにモニターを覗き込む王女。

 そこに映る反応は、王女もよく知る量子使い魔クオント・ファミリア魔法力マジェクトロン反応。


 しかし脳裏を貫く不可思議な事態……何故使――噴出する疑問は、激しく締め付ける胸騒ぎへ変化し――


「……れいさん……!変ですこれ……まるであの使い魔さんが一人でこちらに——」


 ――自らが発しながら、その意味を読み解く。

 そこから導き出される答え――いくつかが浮かぶが、そのどれも想像したくない最悪の結末。


「テセラ!恐らくこの反応はここ【大和】に向かっています!事に備え、直ちに外で待機しなさい!」


 遅れて艦橋についた面々も、逼迫したれいの表情を読み取り、各自持ち場へ向かった。


 もはや尽きる寸前の魔法力マジェクトロンで、亜音速すら保てぬまま――竜の使い魔ブラック・ファイアは、ようやく目的地である金色の王女がいるであろう、敵地の只中――異形の超戦艦へ辿り着く。


「やっと、ここま……で――」


 眼前に目標を捕らえた矢先……ノイズにまみれる全身そのままに、翼竜の姿が解除され――そのまま目標に向かって減速も出来ぬまま


「使い魔さんっ!」


 タイミングは間一髪――

 事の成り行きを聞き、待機中であった金色の王女は吸血鬼の使い魔が高速で超戦艦上甲板に叩きつけられる直前――速度を殺し受け止める事に成功した。


「――お……王、女……様」


「しっかりして!使い魔さんっ……!――れいさんっ!!」


『よくやりました!そのまま研究室へ向かいなさい!』


 只ならぬ現状――明らかに主と袂を分かったかの竜の使い魔。

 放置すれば魔法力マジェクトロン枯渇による存在消滅の恐れを察知し、速やかに研究室にて専用の対処が施される。


「……ここ……は?」


「大丈夫?使い魔さん……確か――ブラックファイアさん……だよね?ここは宗家が所有する魔導超戦艦内だよ?気分は平気?」


 素早き対処が功を奏し、さほど時間を要さずに竜の使い魔の意識を取り戻させる。

 開いた双眸へ映る慈愛の少女――その暖かい言葉に安堵するも束の間……すぐさま切羽詰った面持ちを顕とする使い魔の少年。


「……私を攻撃する事なく、且つこのような手厚い保護をして頂いた事——感謝いたします。」


 竜の使い魔が口にする、礼節を重んじる謝意――誠実さと主への忠誠を物語る。

 面々もその姿を見ただけで――赤き魔法少女がいかに高潔で……誇り高い吸血鬼であったかを垣間見ていた。


「——何があったかを……聞かせていただけますか?」


 ヤサカニ裏当主は竜の使い魔の身体に障らぬ様……配慮に努めつつ情報を請う。

 戻った意識もそこそこに、彼もそれに応える様おもむろに告げた。

 ——そこに居合わせた一同へ……戦慄と絶望をもたらす事態全容を——


「我がマスターが、導師の用意したL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの結晶――惑星破壊兵器エグゾレーター内へ……導師やつの放った術式により取り込まれました!」


 戦慄は一同の思考を突き抜け、やがて絶望的な状況が支配した。

 宗家面々はその尋常ならざる事態に、驚愕のまま絶句――硬直してしまう。


「そ……そんな……!レゾンちゃんは無事なの!?私達……レゾンちゃんを助けに行こうとしてたんだよ!?それなのに――」


「そうだ!ジョルカさん……ジョルカさんは!?私は二人を救うって、約束を――」


「テセラちゃん!ちょっと……落ち着いて――まず情報を整理して――」


 思考が空回る王女……焦りで無用に気持ちが前へと押し出される。

 彼女の異常なまでの取り乱し様――小さな当主桜花は目にした事のないその様相に対し、冷静さを取り戻させるべく言葉を紡ぐ。

 その小さな当主でさえも、心情が乱れるのを抑えるので精一杯であった。


 取り乱す王女が放つ言葉――極めて重要な……最も伝えねばならぬ事態を思考した竜の使い魔は、悔しみに歯噛みしたまま双眸を閉じてうつむいた。

 そして……ギリリッ!と軋む歯噛みのまま――


「――ジョルカ・イムル……魔王シュウ殿は――」


「私を貴女の元へ向かわすため……そして、己が責務を果たすため――導師とその罪もろとも――」


「……えっ……。」


 突き刺さるのは絶望の刃。

 王女がただ只管に身を案じた者――その一人の最後を告げる言葉。

 糸が切れた操り人形の様に、力なく立ち尽くした王女……そのままガクンッと膝を床へと落とし――

 見開く双眸が、溢れる悲しみに濡れて行く。


「……テセラちゃん!!」


 その王女を目にした小さな当主は、堪らず抱きしめる。

 彼女を包んだ果て無き絶望と哀しみが、ほんの少しでも和らぐ様に……強く――強く抱きしめる。


「なんて事っっ!!」


「これでは――あの時と何も……何も変わらないではないですかっっ!!」


 聞き及ぶ事態から推測される結末が、ヤサカニ裏当主の記憶――人造魔生命災害バイオ・デビル・ハザード当時を鮮明に蘇らせる。

 耐え難き絶望的なまでの悪夢――握る両拳が食い込む爪に鮮血を滲ませ……金属製の机に激しく叩きつけられる。

 王女の放心に加え――ヤサカニ裏当主の取り乱す状況が、居合わせた者全てに居た堪れない現実を突きつけて来る。


 れいにとって最愛の友を失った人造魔生命災害バイオ・デビル・ハザードは、心に深く傷跡を残す惨劇――それと同様の事態が繰り返されるなど、正気の沙汰ではないのだ。


 まさに、状況は最悪の極み――地球と魔界衝突回避を成功させた、救世の戦士達にとって全てを台無しにされる事態。

 何より……これより救おうと皆が誓い合った矢先、その救うべく魔王が自ら命を絶ったという事実は面々の心に深い傷を刻む。


 しかし……その重い沈黙を破る声が―― 一同の会する場へ激しく木霊した。


「……おい……何腑抜ふぬけてるし!あんた――あの吸血鬼……助けるんじゃなかったのか!?」


「アタシはその魔王の事は何も知らないけどさ――そいつはに戦ったんだろっ!そんで……あんたにあの吸血鬼の未来を託したんだ――」


「アーエルちゃん……ちょっと――」


 それはまさかの、予想だにしない人物――断罪の魔法少女ヴァンゼッヒ。

 王女を抱きしめる小さな当主を引き剥がし――

 掴む襟首えりくびを強引に引き寄せ――力無く放心する魔族の希望テセラへ、湧き上がる思いを叩きつける。

 使……


「あんたが今……あの吸血鬼を――レゾン・オルフェスを助けなくて、誰が助けるんだよっっ!!」


 ヴァンゼッヒ――アムリエル・ヴィシュケが胸中に抱く想い。

 少女が死の絶望に晒された時……全てをなげうってその命を救った恩師オリエル・エルハンド。

 断罪天使はその時に感じた物を、今まさに思考に宿している。 

 責務を持つ大人がそれを全うすべく戦う様と、救うべき者のために全てをかける姿。


 その双方をその身でしかと味わったからこそ……何よりも重いその言葉を、友に――王女に気付かせるため叩き付けた。


 そしてその猛る思いは、悲痛に沈んだ宗家最大戦力内部へ――――

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