8話ー4 白魔王 最後の時



「――もはや、我が主を助けられるのはあの王女だけ……!急がなければ……!」


 捕らえられた吸血鬼――それを解放する手立ては一つ。

 魔王の機転により難を逃れた、竜の使い魔は蒼き大気を裂く様に飛ぶ。

 しかしその表情には――ただあせり。


 反逆の導師が違う事無く、己がマスターを復讐の道具として利用する事態――彼は確信していた。


「……待っていて下さい、我がマスター!あの方なら――天の魔界に生まれたる王女テセラなら、あなたを救って下さる!……だから――」


 吸血鬼の使い魔は、かつて敵対した慈愛の王女の元へ飛ぶ……高速機動竜形態の身体に鞭打ちながら――

 僅かな希望を招来するために――



****



 反逆の導師が擁する魔導要塞――その次元錠は、白き魔王シュウによって扉を内より破壊され……狂気と謳われた存在が世に放たれていた。

 が、その扉破壊も魔法力マジェクトロンを使い果たした白き魔王――かつて傍若を振るった、強大なる影も僅かに双眸へ残す体で……それでも愚かしきかつての配下へとにじり寄る。


「……何ですか?回復魔法力マジェクトロンを、その様な瑣末な事に使い果たして――いったい何を考えているのやら……!」


「瑣末――か。貴様にとっては確かにそうだろう。何……今の貴様に魔法力マジェクトロンなど必要もない……この私がじかに手を下してやる!」


 眼前の死に体が放つ不可解な行動に、反逆の導師は白魔王の魔法力マジェクトロンは完全なまでに消耗したと推察していた。

 その導師の思考も――そして己が身体の現状も、白き魔王は理解している。


 導師は仮にも、自分に仕えた有力な魔界の魔族。

 その眼前の愚か者の行動さえも予測し、虫の息の魔王――彼女はその身を盾にする結末を選んでいた。


「哀れなのはどちらでしょうね?……我が手の内が予測出来ぬ訳はないでしょう?」


 その言葉と同時に、導師は魔法術式を展開し無数の魔量子立体魔法陣M・Q・S・Sを発現――しかしそれが現れた場所は吸血鬼の足元。


「こ……これは……!?」


 吸血鬼の使い魔が気付く頃……すでに手の中にいたマスターが光に包まれて――


「ま……マスターーーっっ!!」


 吸血鬼に施されたのは転移陣――彼女の身体のみが、何処かへ転送させられたのだ。


「導師っっ!!我がマスターに何をしたっっ!!」


 激昂……そして憤怒――噴出した怒りに任せ、かつて主が仕えた敗北せし者ギュアネス竜の使い魔ブラックファイアは咆哮する。

 それをさえぎるる満身創痍の魔王――さとす様に制していた。


「ブラックファイア……ここは抑えろ……!どの道、今の我らではどうにもならんっ!」


「しかし……――」


 マスターを奪われ、激昂……逆上する使い魔を――を信じて、彼に唯一の策を提示する。


「……王女の元へ向かえ、ブラックファイアよ……!もはやお前の主を救えるのは、彼女しかいない……!」


「……っ!」


 使い魔へのさとしと供に、白き魔王は魔法力すら尽きた身体を引き摺り愚かなるかつての配下を睨め付け――満身創痍に狂気のみを宿して反逆の導師へ突撃を敢行した。


「うおおおおっっーーー!!」


「――くくっ!」


 無謀なる狂気の突撃を確認した導師。

 だがわざわざ魔導を使う必要もなしと、懐より鋭く閃く魔導の白刃を抜き放ち――

 直後に響く鈍い音――鮮血が、白き魔王と呼ばれた女性を真っ赤に染め上げた。


「シュウ殿っっ!!」


「が……ふっ……――」


「なんと――自ら死を選ぶとは。ハハハッ!あまりの哀れさに言葉も無いですね……寂れた魔王よっっ!!」


 愚かなる反逆者が、白き誇りを侮辱する様にあざ笑う。

 みるみる魔王の鮮血で染まる床――口から逆流する大量の鮮血を溢れさせながらも……竜の使い魔へ、最後の言伝ことづてを託すシュウ。


「往けっ、ブラック……ファイアよ――」


「お前……の主と……そして、王女に伝えて……くれ!魔族の……未来を――この地球と……天の魔界セフィロトの未来を頼むと――!!」


 それは最後の――凶悪と畏怖いふされた魔王の願い。

 優しき友の描いた夢に見た――希望を託された少女が舞う、輝ける魔族の行く末。


「急げーーーーっっ!!!」


 その決意は、赤き吸血鬼の使い魔――ブラックファイアの心に突き刺さる。


「――びゃく魔王シュウ……偉大なる王の名。……我らは決して忘れはしません……決して……!!」


 魔王の意志――無駄にしてはならぬ。

 その思いで身をひるがえすブラックファイア――もう振り返る事は許されない。

 そのまま半量子体の、高速機動形態の翼竜へと変異し――飛翔。

 浮かべた魔法陣より放つ魔導集束火線砲――牢獄出入り口扉をその破壊の魔光で吹き飛ばし……位相空間へ飛び出した。

 向かうは――蒼き大地の王女の元――


「この後に及んであの王女にすがったとて……もう手遅れですよ魔王……!」


「地球は滅び……私が勝者となるのですっ……!あの野良魔族の娘――その肉体と、魂の根源までもをエネルギーとする、私が用意したL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの破壊神によってっっ!!」


 高らかに宣言する反逆の導師には、すでに己が確定した勝利しか浮かんではいない。

 その宣言のまま、突き立てた護身剣を引き抜こうとする導師――が、それはびくともしない。

 眼前の白き狂気が……それを押さえつけたまま制止していたから――


「――さすがは……。だが――いや……すでに堕ちた貴様では、己が――ぐふっ!……状況の逆転が見通せぬ様……だな――」


「だから貴様は……あのノブナガという魔王に負けるのだ……!それは……勝利しか知らぬ貴様のおごり――」


 死に体の魔王の言葉と共に、二人を囲む無数の多重層魔量子魔法陣マルティア・マガ・クオント・サーキュレーダが出現。

 そして――

 その魔法陣が次元的に逃走不可能なレベルの結界を形成……二人が完全に外界と隔絶された。


「な……にっ、これは……!?貴様……どこにこれ程の魔法力マジェクトロンが……!!?」


 いちいち狼狽える、勝利を宣言したはずの道化そのものである導師に……魔王は最後の言葉を――吼える様に叩き付けた。


「お前がかつての、私の姿を望んでいるならば――付き合ってもらおうか……導師ギュアネス・アイザッハっっ!!!」


「や……やめろ……私が死んでは勝利がっっ……!!私の勝利の功績が――やめろっっ……この死に損ないがーーーっっ――」


 隔絶され……もはや集束した魔法陣が光の帯となり、二人の姿さえ確認出来ぬ一筋の閃条となって――要塞を煌々と照らしながら突き抜けた。

 ――そして、二人はまばゆきき閃光と供に……量子の塵と化した――


「(……希望をたくした王女テセラの未来に……うれいを残す訳にはいかぬ。ミネルバ……また、お前と――魔界を巡りたかった。……シスター……私は……地獄へ往く。だから……王女テセラと……吸血鬼レゾンを――)」


 閃条に包まれる中、量子の煌きが……白き魔王の願いを光に変え――

 蒼き地球の大気へと吸い込まれて行く。




 終息を向かえた閃条――瓦礫と化した次元牢獄。

 だが、そこに飛び散っていた魔王の鮮血が消え去っていた――いや、それは一筋の線となり――まるで生き物の様に、ただ一点をめがけて流れている。


 その先――赤き吸血鬼が転移させられた、古代の破壊兵器エグゾレーターが眠る場所。

 そこに囚われた少女へ、一滴――また一滴と魔王から流れ出した鮮血が注がれていた。


 魔王の意志が――赤き吸血鬼へ受け継がれるかの様に。



****

 


 ありったけの魔法力マジェクトロン――魔導機として、類稀な個の能力を有していてもやはり使い魔。

 主との魔力接続を断ち……吸血鬼の再生する魔法力の恩恵を受けられぬ今――消耗した竜の使い魔ブラックファイアの力は限界を越えていた。


 地球で生まれた吸血鬼に対し、竜の使い魔は反逆の導師とのやり取りから……魔界を故郷とする者である節もあり――まさに正エネルギーに満ち溢れた、地球がもたらす光の地獄へ投げ込まれたと同義であった。


「――テセラ様の……元へっ……!」


 単身次元の位相を渡った事が響き――

 著しい魔力枯渇こかつによって生じるノイズ――半量子体である身体の存在維持にさえ支障を来たす。


 その猶予なき状況――最悪の事態が彼を強襲する。

 このタイミングで眼前へと現れたのは魔導人形達マガ・マリオン――竜の使い魔の行く手に立ちふさがった。


「レゾンの使い魔よ……どこへ行くつもりですか……。」


「――そこを……そこをどいて下さい、セブン殿っ!私はマスターのために……王女テセラの元へ、行かねばならぬのです!!」


 使い魔の表情――浮かぶは最早、あせりと懇願こんがん

 ただひたすらの訴え――この一分一秒が、マスターの存在を奪うかもしれないと。


 直後――竜の使い魔は予想だにしない出来事に呆然とする事となる。


「我らはただの道具、命令の無い行動は取りません。」


 そう言い放った剣の人形セブンが道を開け――同時に遠くへ視線を移し、竜の使い魔へ向け思いを吐露した。


「全く……あの吸血鬼のせいで、余計な借りが出来てしまいました。ですが――」


は我々をただの道具としていた……。……そんな私達に手を差し伸べてくれたのは――赤き吸血鬼……レゾンです。」


「本当に……余計な事を――」


 思いの吐露――しかし剣の人形の表情は相反する。

 無機質であったはずの少女は、人形であった頃とは別人の様な――苦笑であるが……人間味さえ溢れる笑顔を浮かべていた。


「……セブン殿……!」


 そして――剣の人形は、使い魔を送り出す様にその背を押した。


「……レゾンの傍には私達がいてあげます……さっさと王女を連れて来なさい。――あの吸血鬼も……きっと待っているはずです。」


 ――もはや感謝の言葉も無い――

 その想いと共に、使い魔は再び王女の元へ向け――すでに満身創痍の半量子の翼をひるがえし……残る全ての力で蒼き星の大気を


「彼を行かせるのも、のでは……?」


 吸血鬼の使い魔を見送った直後――供に居並ぶ咆哮の人形インテグラ……彼女の予期せぬ発言に苦笑するセブン。


「……あなた、でしたか……?いえ――私も含めておかしくなったのかも知れませんね――」


 仲間のツッコミに苦笑する――

 道具でしかなかった彼女達には、想像だにしない変化――しかし、不思議とと心地よい魔導人形達。


「……あらあら、魅力的すてき感情モノが芽生えましたわね?セブン……。」


 魔導人形マガ・マリオンの背後――空間を歪曲させて現れた少女。

 導師に兵力供給をしていた、あの星霊姫ドール【フェアレ・ディアレ】である。

 ゴシック調のドレスを大気にはためかせる星の守り人が、壊れた魔導人形に接触した。


「フェアレ・ディアレ……あなたはてっきり、王女側に付くと思っていましたが?」


わたくし星霊姫ドール。気分で支援する勢力を移り変わる様な事はいたしませんわ……?事後処理の件もありますし――」


 剣の人形の言葉にも揺るがぬ信念で返答する星の守り人ドール


「それより、あなた方は良いのですか?すでには外れました。ならば、自由になってもよろしくてよ?魔導姫マガ・マリオン……。」


 星の守り人フェアレ・ディアレの提案に、首を横に振る剣の人形。


「我らはすでに、導師に加担した逆賊ぎゃくぞく――しかも救われぬ運命です……。……その私達が自由であると言うならば、自由のままに討たれて滅しましょう……それが罪という物です。」


「付き合ってくれますね?……皆――」


 自由を得られたならば、その自由のままの最後を選ぶ壊れた人形は、僅かな時導師の元で供に居た者達へ言葉を投げ――

 道具であったとしても、仲間として彼女と歩んだ同じ人形達――それを否定する者など、魔導姫そこにはいなかった。


「あなた方が罪を――ですか。分かりました……。では私はあなた達の最後を見届ける役を、買わせて頂きます。」


 自分達はただの道具に過ぎぬと決め付けて、ただ無機質なままに任をこなし続けた少女の言葉――罪と言う発言を聞いた星の守り人は、言いようの無い喜びを感じていた。

 罪と言う概念――それは霊的に高位であるとされた人類が、生を享受した時初めて生まれる概念。

 生命が懸命に生きた対価として生まれる物であり――通常魔導人形には、存在しえない感情であったから――


――星霊姫ドール魔導姫マガ・マリオン――

 そこに正規か紛い物かの違いはあれど、同じ人形である者同士――その立場を理解出来るが故に、それ以上の言葉は不要である。

 不要であるからこそ……彼女達は供に罪を分け合う事で、最後となる想いを繋げて行くのであった。

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