8話ー3 最後の誇り 希望のために



 北方より日本を目指した金色の王女テセラと守護宗家。

 その道中補給のため寄港する、北方の国ロシア――ウラジオストクの軍事港沖へ、巨大なる影が停泊する。

 人ならざる者の災害バイオ・デビル・ハザード以前より、地球の各世界が宇宙に住まう人類【宇宙人そらびと】との交流や共存目的とし――それらが擁する航宙艦の寄港を想定した港。

 ロシア側へ予め、国防相からの事前連絡による寄港許可を取り付け――宗家最大戦力大和を停泊させるに至る。


 その最大戦力へ向かう一機のヘリ――程なくホバリング状態から、その甲板上へ吸い寄せられる様に下降して行く。

 そこへ搭乗する者――それは金色の王女の意識消失と言う報を受け……いてもたってもいられなくなった少女若菜わかな

 彼女への配慮と、王女の意識回復の糸口とするための案を踏まえた臨時の送迎であった。


「姉さん……なんで若菜わかなをこんな所に……。」


 空気を裂くブレード音の響く、最大戦力の甲板へリポート――ブリーフィングルームモニター上でそれを見やり呟く八汰薙の弟ロウも、訪れた愛しき妹の存在を視認し疑問を姉へと投げかける。

 一時は金色の王女の力喪失で焦りも見せるが、それを差し引いても大きく取り乱した断罪天使の少女ヴァンゼッヒを目撃――むしろ落ち着きを取り戻してしまった所への妹到着である。

 

「危険なのは承知しています。……敗北したはずの――導師の動きが無い以上、いつ事態が急変するかも分からない状態ですからね。」


「……むしろこの状況下でテセラが意識を失ったままでは、最悪の結果を呼びかねない。そのために、彼女がすぐにでも目覚められる様―― 一番大切な間柄の若菜わかなの力が必要と察したまで……。」


 危険は承知――そこに考慮されているのは、敗北したはずの導師が最後の一手を出して来る……その最悪の可能性である。


 同室に篭りきるヤサカニ裏門当主

 その脳裏では、次に控える極めて重要な案件……吸血鬼の少女と魔王を救出し、反逆の導師に関わる憂い全ての完全排除――そのための、最後の情報整理作業が繰り広げられていた。


 同時刻――最大戦力の臨時艦長である八汰薙の兄シリウは、今出来る事を一つ一つこなし、現在機関担当のカナちゃんさんの元へ訪れる。


 外観の意匠を旧戦艦の姿に近しい物とした反面――内部構造は薄いブルーを基調とした、古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーなぞらえる人工オリハルコン製隔壁……さらには各重要設備へスムーズに行き来できるエレベーターも余す事無く配備される。

 そのエレベーター先に現われる機関室――大型のモニターを中心に、無数の宙空モニターと睨みあいを繰り広げる真鷲の三代目カナちゃんさんがそこにいた。


「先の戦闘、首尾はどうですか?カナちゃんさん……。」


「ああ、めっちゃええ感じやなぁ~……!カグツチはんとの霊力接続も順調やで……!」


 八汰薙の兄の言葉に、満面の笑みを浮かべる真鷲の三代目――さらにモニターを複数立ち上げ、データを照らし合わせる。


「この調子やったら、第二段階に移行しても問題あらへん。まあ……その段取りはこちらで整えとくさかい、艦長はいつでも発動出来る様準備――頼むでぇ~!」


 現状導師が取る行動――それが予測出来ぬ以上、八汰薙の兄も臨時艦長としてこの魔導超戦艦を万全の状態にと奔走していた。


 金色の王女が大切な人を救うために――

 全力で事態と相対するその時――決して落ち度があってはならないと、確実に……そして滞りなくその手を煮詰めていく。



****



 真っ白な世界――

 身体に力が入らなかったのも束の間、ようやく戻る手足の感覚。

 信長さんから、魔導結晶クロノギアと言う超高エネルギー物質は本来生身で扱う代物ではないとの念押しを受けた上で――私はそれを発動しました。

 レゾンちゃん達の……そしてセブンさん達の思い――答えない訳にはいかなかったから。


 そしたられいさんは、「医療チームも控えているから、しっかり全力でやって来なさい!」と背中を押してくれました。

 本当にいろんな人が、私を支えてくれてる――だからあの【クロノギア】の力を開放しても無事で済んでるんだと実感します。


 でも――

 きっと一番頑張ってくれてる人……私は知っています。

 本当は今の私では想像も付かないほどに、強大な力を秘めていながら――いつも私のレベルに合わせてくれてる素敵な使い魔さん。


 そんな事を考られるほど思考も鮮明になった頃――回復した聴覚を揺らす悲痛と慈愛の入り混じるそれ。

 あれ、この声……どこかで聞いた、こんな場所では聞くはずのない声。

 とても優しくて暖かな―― 一番私がそばに居て欲しいと望む声――


「――……まして、テセラはん……目ぇ覚ましてぇな……!テセラはんっ――」


「――こんな事……前にもあったなぁ……。ごめんね……若菜わかなちゃん……。」


「テセラはんっ!!」


 覚醒し、ゆっくりと開く私の瞳――その視界をまばゆく占拠する光が弱まり、変わって移るのは医務室の天井……ここがあの大和の中と察するには時間を要しません。

 直後……天井に映る視界をさえぎる女の子。

 そこにいたのは――やっぱり私の大親友、若菜わかなちゃんです。


 けどいつぞやの時と比べたら、若菜わかなちゃんの顔――涙でぐちゃぐちゃです。


「……良かった……ほんまに良かった……!ウチ、もうテセラちゃんに会えへん様になる思てもうた……。ほんまに――」


「……うん、ホントに今回はごめん……。でも――とても大切な事のため……こうするしか無かったんだ……。」


 まだベットの上で、上半身だけ起こす私の腕の中――泣きじゃくる若菜わかなちゃんの頭を優しく撫でながら、何となく状況に整理が付きました。


「まさか、若菜わかなちゃん……私が心配で【大和】まで……?」


 すると変わりに答えてくれたのは、すでに視界に入ってる小さな当主様桜花ちゃんです。


「……よかった、意識が戻って。……うん、そう。もう……若菜わかなちゃんたら、ヘリで着くなりいきなりテセラちゃんの居る病室まで吹っ飛んで来たんだから……(汗)」


「おかげで、目覚めないテセラちゃんを見て――、慌てふためいて――」


 桜花おうかちゃんが意味深な言葉を放とうとした時、隣りから突然飛ぶ怒号――私もビクッ!!ってなりました。


「……ば……バカ……!何勝手にバラしてるし……!アタシは……別に目とか腫らしてないしっ――てか、桜花おうかも余計な事――」


 思わず「えっっ!!?」と声の主を見ます。

 惜しい……見る前にそっぽを向かれてしまいました。

 ――残念……!

 正直そこは、まさに予想の斜め上をぶっ飛んで行きました。


「テセラちゃんが目覚めて私も一安心。でもあまり悠長な事は言ってられない状況なの……。病み上がりのテセラちゃんに無理させるけど……ごめんね。」


「あなたが目覚めたら、すぐにれいさんの所へ連れてくる様にって――」


「――うん、私は大丈夫。行こう……れいさんの所へ!」


 首肯と共に身体の各所異常を確認した私は、若菜わかなちゃんの助けも得てベッドを後にします。

 桜花おうかちゃんが事を急かす理由――私もそれは分かっています。

 今は勝利の後の一番油断が出来ない瞬間。

 そして私にはやるべき事――大切な事が残っています。


 ――レゾンちゃん……そしてジョルカさん……待っていて下さい――



 ****



「何をしている……。」


 導師の策もついえ、敗北のまま帰還した吸血鬼の少女レゾンは、魔王の幽閉された次元牢獄へ訪れていた。

 ――だがその目的は、魔王への食事運びなどという雑務ではない。


 その手にする、爪状魔力刃マギウス・クロウラーを振りかざし、ありったけの魔法力マジェクトロンを込めて牢獄の扉をこじ開けにかかった。


「テセラと約束をした……。あんたをここから逃がす。――けど私にはこんな方法しか取れないからな!」


 戦闘直後の力が回復しきらぬ状態のまま、残存するありったけの魔法力マジェクトロンをぶつけるも……その程度のダメージは想定されていたか――衝突する魔爪が傷すら付けられない。

 無情に繰り返される魔爪の衝突音――強力な次元錠に対し、この程度の小細工は通用しない事も理解している赤き吸血鬼。


 それでも――

 この状況を打開できねば、王女との約束を無碍むげにしてしまう――その一心で魔爪を渾身の力で打ち付けていた。


「全く――私があの娘に、お前を助けてくれと懇願こんがんしたのだぞ?これでは元も子もないではないか……。」


 呆れ果てる幽閉されし魔王――しかし魔逆の心情が彼女の心を突き動かしていた。


 自分が救いたいと願った魔族の希望を宿す少女――その彼女は今、……と言い放った。

 力無き魔王が救済をと懇願したは――姿


「……呆れて言葉もないぞ、吸血鬼レゾンよ……。」


 魔王の心が一心不乱の少女に遠き記憶を重ねていた。

 それは掛け替えのない友との時間――この地球で友情を育んだ……魔をも包み込む聖なる少女が口にした、慈愛に満ちた未来の夢――


『(――私はいつか、この地上の魔族と天楼の魔界セフィロトに住む魔族――地上の人類として、それらが手を取り合うための架け橋になりたいのです……。)』


「(シスターテセラ……私は、君の夢を叶える助けになれたか……?)」


 脳裏にその思いがぎった時――かの魔界で凶悪と畏怖いふされた魔王の頬を、熱い物が伝っていた。


 ただひたすらに、次元錠の開錠を試みる吸血鬼。

 らちが空かぬと、魔力集束火線砲による一層の力技破壊を試みるため、使い魔の魔力接続を切断。

 竜の使い魔ブラックファイアがそれに応じて、量子体に変化したその時――


「計算にない狼藉ろうぜきは困りますね……。――野良魔族風情が……!」


 気配すら感じられなかったその影が、姿も見えぬ場所より魔法術式を展開――使い魔との魔力接続を切断したばかりの吸血鬼を、拘束魔導術の雷撃で強襲した。


「がっ!?あっ……ああっっ!!?」


「レゾンっっ!」


マスターっっ!」


 低く乾いた声が響くと同時――無数の魔力電撃が襲い、力なく膝を付く赤き吸血鬼。

 その足元より無数に伸びる半物質化した光帯が、吸血鬼の身動きを封殺する。

 程なく現われた声の主――あの王国の世界マリクトを統べる魔王信長に、完膚無き大敗を喫した反逆の導師ギュアネスである。


 だが――

 その表情は今までの、冷徹且つ無感情であった物から一転――生命の根源より湧き上がるに支配されていた。


「――貴様、まさか…………?」


 只ならぬかつての配下の有り様――かつてその男と共に魔界を駆けた魔王は、眼前に現れた存在の変貌へ……言いようの無い絶望を覚悟した。


 ――深淵の闇オロチが……かつて配下であった導師の魂さえも、飲み込まんとしていたから――


「哀れな男だな……ギュアネスよ……。」


 導師を哀れむ言葉とは裏腹に、白き魔王シュウの脳裏を犯す最悪の状況――自分は牢獄に幽閉されたままの進退きわまった事態。

 さらには眼前――すでに正気を失いかけた導師。

 このまま行けば、自分も希望を託した吸血鬼も無事では済まない事は明白。


 魔王は決断する――今残る全ての魔法力マジェクトロンをかけてでも、赤き吸血鬼が王女によって救われる未来を招来するために。


 ――己が全てをなげうって、この状況を打開のために


「ブラックファイアっ!レゾンを扉より遠ざけろ!!」


「……ま……魔王殿……!?」


 牢獄内部より、蓄積させていたなけなしの魔法力マジェクトロンを爆発させる。

 幸いにも扉の外に停滞していた、吸血鬼の力を魔力誘爆のキッカケに利用――少女が力技で壊そうとした次元錠を、それをで破壊した。


「……っ!!」


 弾け飛ぶ次元錠――木っ端微塵となった重厚な魔導隔壁。

 ついに幽閉されていた、狂気の魔王が解き放たれる。


「見ていたぞ……ギュアネス。かつて策謀の導師と称された男が――【マリクト】の新たな魔王に、見事なまでにしてやられたな……!」


 彼女の幽閉前――反逆の導師は研究の末開発した魔法術式によって、魔王シュウの魔法力マジェクトロンをほぼ無効化する術式開発に成功していた。

 それは魔力の供給もままならない地上に降りていた、魔王シュウの失策に追い討ちを掛ける形となったが――白き魔王とて、導師の裏切りはともかくとしても……己が魔法力マジェクトロンを無効化される事態は全く想定していなかった。


「……何故だ……。これほどの魔法力マジェクトロン――どうやって回復させた……!」


 魂が深淵に堕ちかかるも、眼前で起きた不測の事態に動揺を隠せぬ反逆の導師。

 導師の疑問ももっとも――しかし白き魔王はやはりであった。

 魔法術式開発に長る種族からは外れるも……物事を見定める目と――己の見識上の間違いを正し、正確な知識を学ぼうとする向上心は常に兼ね備えていた。


「ああ――幽閉されている時間が退屈だったのでな。貴様が見逃してしまうレベルの魔法術式を使い、外の景色を見ていたのだ。……お前達のけしかけた戦いの経緯の、一部始終をなっ!」


 魔王は全てをその目に焼き付けていた。

 他ならぬ金色の王女テセラの想いをかけて戦う姿――しかもただ見ていた訳でない。

 王女がこの地上で、いかにして魔法力マジェクトロンを確保しているか――そしてそれを……如何にして強力な術式として運用しているかを――


「教えてくれたよ……あの小さき少女――希望の王女テセラが。これは無効化した程度で安心し、腑抜けていた貴様の落ち度――」


 この白き魔王は、まさに戦う事にかけて天才的だった。

 自らの窮地きゅうちを脱するために、地上における魔法力マジェクトロン運用法を……金色の王女の一挙手一投足から学んでいたのだ。


「全てをあなどった貴様には、もはや堕落しか残されてはいまい……。復讐などという浅はかな思考――そんなていでこの私の……を名乗っていた事……恥を知れ!!」


 そして魔王は……己が思考ですでに計画済みであった、最後の手段を実行に移す。

 己が最後のほこりを、自分が信じた希望にたくすために……。


 びゃく魔王としての誇りと願い全てを――……――

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