8話ー2 オロチの足音 敗北の導師
「……ちょっと!?おいテセラ……!?……嘘だろおい……!」
それは
主との接続から突然弾かれた
王女を抱きかかえる断罪天使――今しがた元気であったはずの少女から感じ取った異変に対し、急速なまでの不安と恐怖が彼女を襲い……人前では見せた事もない焦燥に支配された。
「おい……ローディ!どうなってんだ――テセラが……テセラの
「お、落ち着いてヴァンゼッヒ様!――
事はすでに予測ずみであるも、使い魔でさえ主の置かれた状況へ焦りを顕とする。
特に王女へ直接触れた断罪天使は少女を抱きとめた事で、その重大な異変を直感していた。
手に納まる王女から、急速に
この
元来地上に住む下位魔族は元より、
『落ち着きなさいヴァンゼッヒ!ローディは可能な限り、テセラの
「了解しました!ヴァンゼッヒ様――兎に角ここは大和へ向かいましょう!事は一刻を争います!」
「――っ!テセラっ……アタシがすぐ大和へ送るっ!だからそれまで持ち堪えろっ!!」
使い魔の少年の冷静さが、辛うじて断罪天使の理性を繋ぎ止め――王女を抱えた
「――テセラを……頼む……。」
事の成り行きは非常事態――しかし、敵対勢力に未だ属する
敗北の最中、未だ戦場で戦意を喪失したままの導師の軍勢の少女達――導師の制御も途絶え……ただ浮遊していた野良魔族を引き連れ撤退していく。
その中で――赤き吸血鬼は、覚悟を秘めた表情を
自分に手を差し伸べてくれた王女の無事を祈りながらも、最後に自分が成すべき事を成すため――再び導師の私設要塞へ帰還して行くのであった。
****
オペレーション
私たちは超魔導戦艦【大和】で日本までの帰路に着いていました。
帰りは【ヤタ天鏡】を展開する必要もないので、結構な速さで進みます――が、実はあの後が大変だったんです。
本来あの特別な
それをテセラちゃんは、魔導機を使って強引に術式を展開――レゾンちゃん、そして
そして——無理に行使した
その余波を受けた意識が、消失すると言う事態となったのです。
「……なあ……あいつ、本当に大丈夫なんだよな……!死んだりなんかしないよな……!なあ……
「大丈夫——大丈夫だから……。」
テセラちゃんを大和へ収容後……医務室へ緊急搬送してからという物——異常なまでの不安に苛まれ、くしゃくしゃの顔で王女様の無事を危ぶむアーエルちゃん。
私も今までアーエルちゃんのあんな顔……見たことがありませんでした。
彼女の過去——凄惨極まりない事件を、本人の口から聞き及んではいます。
その中で、彼女がこんなにも狂気に駆られる様になった理由も聞いたつもりだったんですが――
【大和】の中に備わる有事の際の医療施設——臨時の物では無い本格的な救急医療設備内で、宗家でもお世話になっている身内の医療担当医が控えているため……余程の事でも対応可能です。
まあそもそも、こういった事態のために担当医を配属してたんですが。
「
「——ここに座って私と一緒に待ちましょ?すぐにテセラちゃんが目を覚ますから……。」
【大和】内ICUと壁一つ隔てた長椅子へ、不安とも恐怖とも取れる表情の天使さんを何とかなだめて座らせます。
当然私だってテセラちゃんが心配ですが……担当医の腕が確かなのと、想定していた事態なのでなんとか落ち着いていられます。
けど――
アーエルちゃんは、もっと別の……本質的な事で不安に苛まれている——そんな気がしました。
彼女自身は殆ど記憶を忘却しているとの事――けど……彼女の視界に映った大切な人達が、想像も出来ない悲劇に見舞われたであろう現実は想像に難くありません。
大切な人が目の前で、その命の
しかしそれは同時に今——アーエルちゃんにとって、テセラちゃんは親愛なるお友達になっているという事実も表しています。
彼女にとって、魔族の王女という存在は最初は撃滅する対象でしかなかったはず——だからこそ私は、そのアーエルちゃんの気持ちが嬉しくてたまりませんでした。
私にとっても――テセラちゃんはもう、心の底から大切と思える大事な友達なんですから……。
****
「——
英国マス・ドライブ・サーキットである【ストーンヘンジ】管理施設より、無事に
数日中には魔界へ到着し、本格的な軌道修正が図られる算段となっている。
「テセラに関しては
「世界各国機関に向けての両世界衝突回避成功の報は、魔界の軌道が確実に地球との衝突コースをそれた時点で……日本政府防衛相より公式発表として行う予定としています。」
吸血鬼の想いへ向けた回答とは言え……エネルギー結晶との強制接続の後、突如として魔法力消失の危機へと陥った
用立てられた通信手段——
モニター画面に映る魔界陣営――
オペレーション
しかし——その報告の場で重い表情の魔王……天下布武がゆっくり口を開く。
『うむ……確かにここまでは順調じゃ。じゃが残り——魔王シュウとあの赤き吸血鬼の問題の前に……気がかりな事があるのじゃが——』
この期に口を濁す魔王。
そこにただならぬ物を感じたヤサカニ
「この後も非常に繊細な難問が待ち受けています。
その言葉を受け家臣に目配せする魔王。
主君と同様の気がかりを感じてならない懐刀は、それを受け地球側へ一つの気がかりを告げる。
『……あの導師ギュアネス……最初のハッキングの時は気付きませんでした。が——己の敗北を確信する寸前……強烈な
「——なっ……!?」
その事実を耳にした裏門当主——双眸へ只ならぬ不穏を宿す。
それは正・負共に、強い意志が霊力と共振するレベルまで上昇した時に発現され——その波動が観測する手段として、
裏門当主は額に冷たい物を浮かべながら——そして自らも想定した同様の物の正体を、天下布武の懐刀に確認の意を込めて返す。
「……まさか——それは……
【
この地球の歴史上――日本神話の伝承に記される大いなる厄災。
が——神話上と異なる歴史が、宗家に伝わる裏伝承として残されている。
宗家の伝承において【
【九頭龍】――地質学上でのレイラインを指すそれは、不足の事態により万一
神話で言う所の最初にそれを打ち倒した荒ぶる神、【スサノオノミコト】がそのオロチの体内より発見し——後に【ヤマトタケルノミコト】に授けられし剣が、三神守護宗家が受け継ぐ力の一端とも記される。
『我々の時代でも、神話ぐらいは耳にした事があります――しかしまさか自分達が、その負に飲まれる当事者になるとは思いませんでしたが――』
『……実はこの魔界においても、その【
驚愕を顕にする宗家の面々――深淵の浸蝕は、地球と言う生命の楽園に限定されたものとの認識……しかしその実、魔界にまで浸蝕の魔手が及んでいた事に。
その中にあって、
「……魔界への浸蝕――再びあの悪夢があの世界を襲わなければいいが……。」
「昔を懐かしむ訳じゃないけど――その言葉は、悪い意味で思い出されるな。」
「そう……ですね。かつて
それは
巨大な【特機】を駆ることで世界を救わんとした、
破壊と再生を司る魔王ベルゼビュードとの、悲しき戦いの記録。
『――これから先は導師と
放たれた不穏は、今までを越える熾烈な事態到来の予兆――
そして只ならぬ不穏の訪れを突き付けられた、王女率いる宗家陣営――彼らを乗せた
一時的な
****
地球成層圏上位相空間――策略的な敗北後も、動かぬ導師施設要塞。
その各施設内……すでに策は潰えたはずのそこでは、未だ多くの兵器化された野良魔族が次々と量産される。
「……ククク……。愚かですね……魔界衝突が失敗に終わったとて――全てが終わりではありません――」
無数の魔導式立体モニターへ、不穏の引き金を次々と注ぎ込む
「魔界衝突が叶わぬのであれば、直接この地球を破壊して差し上げましょう。――そのための……
「もうあの抜け殻では切り札のコアとしても、さしたる効果も望めないでしょう……。そのために温めておいた代替案――そちらで手打ちとしましょうか。」
モニターの先に映し出された次元牢獄――すでに興味も尽きた視線で、そこへ幽閉する抜け殻と称した魔王を一瞥……直後に映った別のモニター先の、帰還したばかりの手駒扱いである赤き少女を見やる。
少女を見る視線に合わせた様に、吊り上がる口元をそのままに……さらなるモニター先の恐るべき破滅の存在を視認した敗北の反逆者。
「拾ってやった恩を返してもらいますよ――
吸血鬼の少女を復讐の道具に仕立てようと画策する、敗北の最中にある導師――だがその双眸には、すでに生命の輝きすら消え失せた暗き淀みが渦巻いている。
――敗北を悟った一人の男は、同時にその魂をも深淵へと捧げていた。
魔界最高の策士と言われた者はすでに、闇の深淵の尖兵と化してしまっていたのだ。
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