7話ー2 北方航路を抜けて
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通称オペレーション
このミッションに先駆けて、W—1【新呉市】に待機していたヴァチカン所有の輸送機へ搭乗……直ぐ様飛び立ったそれは、すでにロシアとアメリカの国境を跨ぐ所。
その個人待機室で否応無しに受けた任務に嘆息するアタシは、機内モニターで詳細を確認しながらさらに何度目かの嘆息を漏らす。
「はぁ~……なんでこんな任務引き受けちゃったんだろ……。」
「——つかあの魔王……ノブ?ナガ?だっけか……。マジでおっかなかったな……。」
自分が従うのは、エルハンド様だけだと誓ってたアタシ——けど今回、完全に乗せられたし。
今思い出しても震え上がる——アタシが、こんなに異様な恐怖を感じたのは恐らく初めてだろう。
「……なんだろ……野良魔族に襲われたあの日の物とは違う——別の……絵も言われぬ恐怖。」
言いようも無い――魔王の持つ気迫?怒気?殺意?
いずれにせよ、正直ビビッた……。
「でも——魔王ってのはあんなのばかりなのか?……アタシに——本来なら敵対してもおかしくない神の力の代行者に頼み事なんて——」
あの防衛作戦周知会議も終盤に差し掛かった頃——魔王と呼ばれた者が放った猛烈な威圧の後……アタシとしても目を疑う光景が、モニター越しに焼き付いていたんだ。
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オペレーション
『それにしても、お主らの作った日の本はワシらの想像を越えておったのう……。ただ——古代超文明とやらが、ワシらの預かり知らぬ場所とは言え……戦国の世にはすでに存在した事実には驚きじゃ。おかげで、それらを知識として叩き込むのに膨大な時間を要したわ!』
この信長という男は危機回避作戦を前に、超古代の技術体型——そして今の世界とその情勢を頭に叩き込んだと言う。
その行動に日の本の子孫達は、これこそが戦国を代表する武将なのかと驚嘆を顕としていた。
『時に——王女ジュノー嬢はミネルバ卿より聞いていた通りとして……そこな銀髪の
宗家の面々は天下布武の魔王から唐突に興味を向けられた、主の力の代行者の名に一瞬驚く——が、日の本の民であればこその納得の思考で冷静さを維持する。
歴史上の天下布武が、いかに南蛮渡来の者への関心を寄せていたか――それを感じさせたからだ。
「——あ?……アタシ?そうだけど……なんか文句でもあるのか……魔王さん……。」
明らさまな不機嫌を振りまいていた所への唐突な指名に、断罪天使の機嫌が斜めを通り越す勢いでぶっ倒れた。
露骨な
しかし当の本人の預かり知らぬ所——さしもの宗家面々も肝を冷やす。
日の本で学を学ぶ者なら、大抵が知りうる歴史の基本常識――【
この天下に名を馳せた戦国武将は魔界に転生せずとも、すでに魔王の所業で知られる存在である。
第六天魔王と呼ばれたこの男——逆らう者・敵対する者には一切の容赦がなく、忍びの里の虐殺や要塞化した山寺群を焼き討ちするなどの所業の数々……それを上げればキリがない。
全てでは無いとしても――なにかしらに【命の深淵】が絡んでいる事実を聞き及ばなければ、誰もが震え上がる恐るべき武将であった。
『なんと——現代の日の本は異教の者も受け入れる程の器を持つか……。これは天晴れな!』
一方で——信長という武将は戦国の世で多く迫害を受ける異教徒を味方とし、その者達の布教活動を快諾……その名だたる行いを異教徒より高く評価されていた。
と、言葉を切った天下布武の魔王がモニター越し——遥か十数天文単位先から、断罪天使の少女をしかと見据えて来た。
「……な……何……?」
見据える視線だけで何者をも圧倒する天下の武将——断罪天使をして、緊張から冷たい物が額を伝う。
恐らく対人の会話でこれ程までの極度な緊張は初めてであろう——悪態もなりを
僅かの間——そして重々しく開かれた天下布武の魔王の口から、断罪天使へ向けた言葉が紡がれる。
『ワシは異教の者がその国で、日の目を見られる時代を願っていた。……そなたの姿はまさにその願いそのもの……。じゃが……そなたの本来の役目は魔を――引いては害を成す魔族全てを撃滅する事……じゃったな?』
紡がれた言葉に含まれた〈魔を撃滅する〉——それは断罪天使の行動原理の根底にして真理。
思いもよらぬタイミングで発された言葉に、すでに不機嫌が倒壊していた少女へ禍々しき狂気が舞い降りた。
「——ああ……そうさ。アタシの任務はそれをおいて他に無いし……。クヒッ……魔を撃滅せしめる事こそアタシの全て。それが例えこのテセラであっても——」
舞い降りた勢いのまま、断罪天使の表情へ吊り上がる狂気が刻まれ——その口角から
刹那――それは訪れる。
地球からゆうに数十天文単位離れた魔界の地——その距離を帳消しにする事態。
恐るべき魔霊力が、魔導量子通信と言う特殊な回線に乗り——あたかもそこに、天下布武の魔王が降臨したかの如き激震を走らせた。
「……なっ……ん!?」
『——そなたにとってそれが任務であるのは承知の上。だが……そこにおるジュノー嬢は、我らが魔界に輪廻転生した際――返しきれぬ程の大恩を受けし魔王ミネルバ卿の妹君——』
宗家面々ですら、余りにも強大な魔の霊圧に耐えかねる状況——さらに断罪天使の発した、王女でさえも撃滅対象にすると言う狂言へ……一層の怒気を込めた魔の霊圧が叩き付けられた。
『……その妹君に万が一があれば——この信長……決して容赦はせぬぞ!』
数十天文単位——もはや魔王にとってそのような距離は意味を成さない。
事実霊力とは、
叩き付けられた威圧——それを問答無用で浴びた、日の本を故郷とする誰もが瞬間的に察する。
魔界に転生した戦国の武将は、まさに文字通りの魔王となり復活していたのだ。
「わ……分かってる……よ……。アタシの……今の任務は、テセラの護衛……だから……。」
狂気で
もはやそれは、本能で察した【恐怖】に他ならない。
断罪天使の返答を聞きようやく魔王の霊圧が収まると、それの直撃を受けて竦みあがった
宗家面々ですら彼女ら程でないにしろ、強烈な威圧に気圧されたのだから当然である。
唯一平然としているのは、基本的にそれを上回る
が――次の瞬間、断罪天使がその霊圧を受けた直後さらなる衝撃を受ける。
魔王と言われた魔界の天下布武が、銀嶺の少女に向かい頭を下げていた。
『――そちの任務……王女の護衛というならば、どうか王女をしかと護ってやってはくれまいか……。我らは日の本が故郷であり、その危機にすぐにでも駆けつけたい。……だがそれも今の状況では叶わぬ願い――』
そしてさらに深々と頭を平にした天下布武が、少女への切なる懇願を言葉に乗せた。
『その日の本――それを内包せし、母なる地球を護らんと
かつては第六天魔王と呼ばれた恐るべき存在――その所業に誰もが恐れを抱いたとされる武将。
だが今――純粋に魔界へ君臨する尊大なる魔王として、一人の少女に切なる願いを託す。
その面持ちは魔王と言う名を頂いた、日の本の民そのものであった。
****
目指す英国はマス・ドライブ・サーキット【ストーン・ヘンジ】――
正直気乗りはしない……けどまたあの魔王に
輸送機待機室――思い出すだけで背筋に冷たい物が駆け抜ける、あの魔王と呼ばれた存在とのやり取りを思い出し……アタシは身の毛をよだたせながら嘆息していた。
「こうなれば、導師の軍勢に――上位種機兵かなんだか知らないけど、そっち相手に憂さ晴らししてやるし!」
なんだか
まあ、憂さ晴らしついでにテセラも護ってやるか――
そんな思考の中、ある一つの重要点に辿りつくアタシ。
「……あれ……?そういえばあたしなんで……?」
場合によっては、自分が撃滅するはずの――撃滅目標であるはずの魔界の王女。
「いつの間に普通にテセラって呼んでるんだ……?」
今更ながらに気付いた自分の望まぬ変化に、頭を抱えて座り込む。
「てか、ふざけんなし――アタシはあいつと、仲良しごっこするためにあの学園に編入したんじゃないし!?どうしちまったんだアタシ……!?」
「ヴァンゼッヒ……。」
「マジでしゃれになんねぇ……違うし――アタシはあいつの友達でもなんでも――」
「ヴァンゼッヒ・シュビラ……聞こえているのか!?」
「――ひゃいっ!?」
……そうだった……この輸送機――エルハンド様も乗ってたんだ……。
呼び起こされ、引き戻された現実の中――やっちまったと目が泳いでしまう。
「そろそろ英国に到着する。……準備を済ませておきなさい……。」
整った白髪をサークレットでまとめ、堀の深い切れ長の目。
出会った頃より少しシワも深くなったんじゃないかと思う。
でもやっぱり――エルハンド様は憧れの聖騎士様だ……。
けど――聞かれたよな……今の……。
「……自分ではなんともない様に
~~聞かれてた~~!
「ちょっ……いや違うんです!あれは……アレです……演技の練習で――」
な、何パニクってんだアタシ――つか、演技ってなんだし!?
落ち着けあたし!
別にテセラの事なんて、ただの攻撃対象だし――って、だからなんであいつを名前で呼ぶんだアタシはっ!?
「……そ、そんな事より……準備!準備進めておきます!……エルハンド様のお顔に泥を塗るわけにはいかないから……!」
……だめだ、ここは一旦話を変えて退散!
全く、なんでエルハンド様から逃げる様な事しなけりゃならないの!?
そしてアタシは、完全に逃走モードで誂えられた個人ルームへ逃げ込んでしまった。
当のエルハンド様の心情を察する余裕すら……その時のアタシには存在していなかったんだ。
****
慌てふためき、自分の持ち部屋へ退散する断罪天使の少女。
それを見送る同輸送機で、任務遂行のため作戦の時を待つ執行機関の者達。
その中心には彼女の上司にあたる老齢の隊長格。
某国はローマ――ヴァチカン13課、断罪天使が所属する【
「……ずいぶんと、心を開くようになったな。
聖騎士オリエル・エルハンド――
欧州ヨーロッパ諸国の裏世界……そこで知らぬ者がいないとされる、主より断罪の代行を任され、魔の物――そして負に駆られたあらゆる主への敵対者を撃滅する、神の力の執行者。
そんな彼――いや、彼の部隊【
「あの子の、狂気以外の表情――それもあれほど人間味溢れる物は、今まで見た事がありませんね。」
聖騎士の右腕である若き担い手も、成長する幼き少女へ暖かな眼差しを送る。
しかし彼らは、それと同時に断罪の少女が辿る未来への不安を抱いていた。
彼女はその眼前で、野良魔族に親家族・友人らを
彼女を囲む様に――そして守り抜くため闇の餌食となった家族は、騎士達が駆けつけた時には人である原型を止めてなどはいなかったのだ。
そして断罪の少女の記憶の奥底に、恐怖と共に焼きついた絶望――その
それに変わる様に少女の脳裏に、魂に、深く刻み込まれた物。
――それは復讐心。
ただ全ての魔の物を撃滅するという、
「我らは今回、ヴァンゼッヒの後方支援が主な任務……。未だ多発する野良魔族被害を放置は出来ぬ故……地球と魔界衝突回避の目処がたったというなら、こちらは出来る事をせねばならぬ。」
だが今――断罪のヴァンゼッヒと呼ばれた少女は、ほんの
「――全ての事が済めば……あの子の日々へ安寧が訪れる……。我らの役目は、その時まで野良魔族という世界の害悪を、ただの一欠けらも残さず撃滅する事――」
「
「「主よ……我らが愛しき家族に安寧を――エイメンッッ!」」
英国へ向かう輸送機の中――王女らを思う者達とは違う世界……しかし大切な者を労わると言う共通の思いが、裂帛の気合へと変換される。
家族の様に歩んだ少女が、いつか幸せに暮らせる世界を
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