6話ー2 日の都の暁



 東首都の限定された区画、ハイウェイ含む幹線道路一帯に緊急走行警報エマージェンシー・ランディングが発令される。


 東西が分断された現日本を繋ぐのは、列島中央へ網の目の様に張り巡らされた列島中央高速帯と呼称されるハイウェイだ。

 引き裂かれた大地へ海水が流入し、文字通り東西に分かたれた本州中央海域に現日本国を支える技術形態——大型人工海洋島製造の技術が活かされ建造される。

 それにより緊急走行警告は、分断された列島を隈なくカバー出来る様に変化していた。


 人造生命魔災害バイオ・デビル・ハザード以前に存在した特殊機関は早急な任務遂行にあたり——幹線道路を可及的かきゅうてき速やかに移動する事が求められた。

 特殊機関が擁する高速車両は、任務の特性上高度にチューニング・カスタムされたスポーツカー……そしてスーパーカーが配備され——対魔処理、防弾処理などにより任務車両として特化する。

 さらにそれらを他の緊急車両と同等の扱いで走行が出来る様、国家間における非常事態防衛システムとして構築こうちくされていた。


 時は変わり——人造魔生命と呼称された物に変わり、野良魔族が跋扈ばっこする様に変容した時代。

 その中でも緊急走行エマージェンシー・ライディング警告はその対野良魔族任務対応の防衛システムとして継承けいしょうされており——今まさに警告発令に従い一般車輌及び都民の通行が大幅に制限さていた。


 制限区画――二台の宗家緊急車両が護衛すべき王女の元へ、大気を穿つ鋼鉄の戦闘機を高速で過ぎ去る爆轟を引き連れ駆け抜ける。


『この先避難が完了していない!迂回するぞ、ロウ!』


「了解だ、兄貴!——待ってろ……テセラちゃん!今行くから……!」


 耳へ響く知的な兄の声をインカム越しに確認し、大切な幼き魔族の王女を防衛するため——眼前に飛び込む直線道路、クリアが確認されぬそこから視界外へ移る右折レーンへ激しいステアリングさばきでテールスライドを誘発。

 ――刹那……カウンターステアで、鋼鉄の白馬が白煙を後塵に変え真横に向いた。

 続く大柄なボディにRの名を冠するモンスターが、ボディを横付け数十cmの距離で同じく真横へスライドを始める。


 宗家の担い手弟ロウの愛車RX-8が、後輪駆動使用に変更された担い手兄シリウのR35GT-Rと共に、クリア確認された右折レーンから先の直線へ向け——高速ツインドリフトでブラックマークを刻みつけ疾駆する。


 大切な家族に、何人たりとも手出しさせぬ……その熱き滾りと共に――



****

 


 上位種魔族が一体——そしてまた一体と、炎神宿る刃で浄化され塵と化す。

 しかし多勢に無勢ではあるも——炎神を纏う少女が、あらぬ劣勢を呼んでいた。


 小さな当主桜花の霊力は、コアである炎の破壊神ヒノカグツチ由来の物——その力を際限無く発動すれば、恐らくは上位種とてひとたまりもないだろう。


 だが、その制限を外した神の霊力は強力すぎる。

 破壊神と名高き炎の天津神——世界を浄化の炎で包む程の神霊力では、魔族は愚かこの街一帯を焦土しょうどと化す事は目に見えていた。


『我があるじよ!力をおさえすぎではないか!?——これではらちが空かぬ!』


 破壊神の言葉はもっともである——しかしようやく復興が終えたこの首都の都心部……小さな当主はそれを守るため、む無く力を制御して戦っている。


「分かってる!でも……みんなが必死で立て直した街を、また壊す訳には——」


 一瞬のすき――小さな当主が、ギリギリの間合いを保っていたはずの魔族……破壊神の言葉に反応した刹那が油断の空隙。

 滑り込む様に間合いを犯す上位種が牙を剥いた。


あるじよっっ!!』


 炎神の叫びにすぐさま反応するも、牙をむく異形はすでに間合いの内——近接の爪撃が小さな当主の視界を支配した。


 が——

 小さな当主に致命打を与えている筈の、異形の腕部が胴より焼き切られ——断末魔と共に飛び退く上位種野良魔族。

 背後に人ならざる気配を感じた小さな当主――振り返ったそこへ現れたのは機械の巨人。

 全長で10mに届かんとするそれが、加熱し――冷却を待つ重火線砲を構えてそびえていた。


『危ない所だったな……!大丈夫かい?桜花おうかちゃん……!』


 群がる異形を相手取り、孤軍奮闘していた少女の窮地きゅうちに駆けつけた者。

 ヤサカニ家にある特殊機体【疑似霊格機動兵装デ・イスタール・モジュール】に酷似こくじしているが、カラーリングや装備する武装に大きな違いがある。


『メンテは上々……。ようやっとこの、機動兵装ムーバブル・モジュール六式【あかつき型】の出番だな……!』


 機動兵装ムーバブル・モジュール六式【あかつき型】――宗家の【ヤタガラス】をベースに【タケミカヅチ】の近接武装を改良した中・近距離装備を持つ機体。

 さらには日本に張り巡らされるハイウェイ――それを生かすため、高速巡航形態用の可変機構を疑似霊装の巨人タケミカヅチより流用……汎用性を向上させた代物。

 そして――特筆すべきはこの機体……日本国において、国防省直属にして最後の守護のとりでと称される者達専用機体であるのだ。


 日本国防衛最後の砦――その歴史を知る国民の誰もが、畏敬いけいの念を込めこう称する。

 暁舞い上がる東の大国で、輝ける明星英雄――【日の都の暁ライジング・サン】と。


「もしかして……奨炎しょうえん叔父おじ様と闘真とうま叔父おじ様!?」


 間一髪――寸でで難を逃れたクサナギの小さな当主が、機械の巨人から発された親しき全周波音声に反応する。

 聞きなれた声。

 小さな当主が全幅の信頼を寄せるクサナギ表門当主――クサナギ 炎羅えんらが育て上げた、その意思を受け継ぐ者達にして日本と世界を救済した英雄である存在。


『ああ~、こっちは野良魔族――しかも上位種じゃないの!……しかも多いっぽい?!』


『まあ、こちらで何とかするしかないと思いますが……?私達的に……。』


 二人の男性が乗る二機に遅れて、さらにもう二機が到着する。

 機体外観がカラーリング以外ほぼ同型と取れるそれらは、先に到着した機体と会話する用に外部音声通信を開放した。


「……そっちは、音鳴ななるさんと沙織さおりさん……!」


 続いて響いた外部音声へ、さらなる親しき声を確認した小さな当主の呼びかけに沙織さおりと言われた女性が上機嫌で返答した。


『さすが桜花おうかちゃん!そこで勢い余って、と言わない所はよく出来ました!』


『――沙織さおり……私達はもう五十――』


『その先は言わないっっ!!』


 そこは上位種野良魔族が今なおひしめき――剥いた牙を次の獲物へと狙い定める中……その程度は意に介さぬほどの度量を振り撒く生ける伝説達。

 その【日の都の暁ライジング・サン】と言われる者達が陣形を組み、魔を討滅とうめつする準備にかかる。


桜花おうかちゃん、後はオレ達がやる!君はすぐにカグツチと共に宗家の軍事設備へ……!』


 砕けた刑事奨炎の言葉に小さな当主が反応——己の置かれていた状況より、それが策の渦中かちゅうである事を察っした。


「……もしかして——こちらは陽動……!?」


 未だ幼き中等部の少女——しかしそこは、クサナギの当主継承を急がれた有能株。

 策の渦中に陽動と、鋭き観察眼でおおよそ一般の中学生では到達できぬ思考を張り巡らせる。

 そこへ兵装教導官闘真——彼の搭乗する【あかつき型】の弐番機〔ひびき〕が、小さく勇敢なる当主眼前へ寄せられる。

 さらに——同型である【ヤタガラス】からのシステム流用で実現する、巡航形態へと変容させた。


『俺が送ろう……〔ひびき〕の上に乗るといい!少しでも体力を回復・温存させて向かう方が得策だ……!』


 教導官の声に首肯し【あかつき型】弐番機〔ひびき〕上へ、軽やかに飛び乗る小さな当主。


音鳴ななるさん……沙織さおりさん!若菜わかなちゃんの事——頼みます!」


 炎神を纏う少女を乗せた弐番機〔ひびき〕——瞬く間に高度を上昇させ、暗雲渦巻く日の本の大気を掴むと音速の壁を撃ち抜く様に飛翔した。

 目指すは宗家軍事施設——東京湾沿岸に中心を置く、海と陸を繋ぐ場所に生み出された【三神守護宗家】の国土防衛の拠点。


 だが——すでにそこへ降り立つ複数の影。

 導師側の最高戦力である赤煉せきれんの魔法少女と魔導姫マガ・マリオンが、導師の策が弄されるままに事を成そうと構えていた。



****



「——うっ……!?我々は……いったい……何を——」


 オロチの浸蝕しんしょくは確かに、宗家重鎮じゅうちんの精神を蝕んでいた。

 だが浸蝕しんしょくの度合いが軽微である数名は、金色の王女――ジュノー・ヴァルナグスが放った、魔王と見紛う魔霊力を乗せた裂帛の気合いを浴び……かろうじて救われる。


「……なんだ……?オロチのイダイなるチカラを——こ……コバむとは……!死だ……シスベキダ……!!」


 しかし窮地であるは変わりなく——今度はその救われた宗家重鎮じゅうちんへ、浸蝕しんしょくが致命的なまでに進んだ存在が襲い掛かる。


 恐怖に引き攣る重鎮は、何れも永く戦いの場から遠ざかる身——その身体はすでに、魔の異形に抗うだけの戦力すら持たぬ足手まとい。

 それでも——金色の王女にとっては守るべき命。

 王女は迷い無く重鎮であった異形と、意識を保つ守るべき者の間へ割って入る。


 重鎮であった異形の放つ言葉は、すでに言葉とすら認識出来ぬ雑音と化し——獣にさえ劣るただの力任せの攻撃を振り撒き襲い来る。

 が、相手が力任せの暴力——ならばと王女はその攻撃の軌道をらす事で、相手が放つ力のままに異形を受け流す。

 力をぶつける先を失い……かつつ身体の重心を支えられぬまま、流れる様に倒される異形——


「グゥブェッ!」


 醜いうめきと共に倒れこむ元重鎮から、正気を取り戻した宗家重鎮じゅうちんらをかばいながら——王女は彼らの安全を確保するため後退する。


「正気を取り戻したんですね!?——ですが今は、そこでいて下さい!私が守ります!」


 気丈きじょうに振る舞い、重鎮じゅうちんを守ろうとする王女。

 それでも——慣れぬ付け焼き刃である体術で、この窮地きゅうちを脱する事は不可能。


 ましてや後に守る者がいる戦い。

 もはや人としての正気を失った眼前のそれは、目に映る者全てを喰らい、貪り——浸蝕しんしょくするが為に力を振るう。

 そこにはすでに野良魔族と同格まで堕ちし人が、霊災として母なる大地を汚す姿があった。


「(私の体術は付け焼刃……!一度に襲い掛かられたら……。――けど……それでも……!)」


 王女は敵を見据みすえて離さない。

 オロチの浸蝕しんしょくが弱いやからは、それだけでひるんでくれる。

 ただ襲い来る者のみいなして倒す――頼みの使い魔と離ればなれになり、ろくな魔法行使も出来ぬままに立ち回る。

 

 だがその小さき身体に内包された、増大する魔法力マジェクトロンは、その王女の孤軍奮闘こぐんふんとうを支える強力な原動力となる。

 魔王にも匹敵する魔霊力――それは、あたかもそこに彼女の姉ミネルバが存在するかの様であった――


 それを背後で――眼前で目撃した守られる者は、その姿に畏怖すら覚えた。


「……これが……これが魔界の――魔王に連なる者……!」


 ――と

 王女と不逞ふていやから共がにらみ合い、拮抗する最中――遠方より響く音。

 

 大気を震わす爆音と、アスファルトを掻きむしるタイヤスキール音。

 それは二つの物体が織り成す、咆哮ほうこうにも聞こえる。


 瞬く間に迫り来る異様なる音の競演を耳にした、まさに窮地の中にある金色の王女の心へ希望を呼び起こす。


「……この音……シリウさんとロウさん!」


 王女の声に反応するかのごとく、幹線道路の先――無人の交差点より、二台のスポーツマシンが猛烈な白煙を引き連れて、ツインドリフトで飛び出した。


 その前を行くマシン――Rの名を関するモンスターがドアを跳ね上げながら真横を向き、法術制服のクールな兄が片手で印を組み術式を展開する。


「ヤサカニ流閃舞闘術せんぶとうじゅつ……!対魔四式……縛鎖星霊陣ばくさせいれいじんっっ!」


 魔導とは異なる、日本古来の呪術を思わせる方陣が不逞ふていやからを取り囲む。


「グガガアアア……アアッッ!!?」


 ヤサカニ家は【ヤサカニの勾玉まがたま】を力として継承する。

 その力は封じの力――オロチを始めとした魔を滅する上で重要な役割を持つ。

 ヤサカニが誇る封じの一手が、浸蝕しんしょくされた堕ちし者を大地に縛り付けた。


 スピンターンで強制停止されたRを冠するモンスター背後――後輪をサイドブレーキで強制ロックさせる技術……ロングサイドでスライドさせながら、4枚ドアを有する鋼鉄の白馬がモンスター前に急停車。

 同じく跳ね上がるドア――車内より茶髪の弟が飛び出し、不逞ふていの輩めがけて退魔の術式を纏わせた拳を抜いた。


「――オロチに身を売った奴らごときにっ……テセラちゃんをやらせはしないっっ!」


 元宗家のが、ヤサカニ家のにない手――八汰薙 やたなぎロウにより次々と打ち倒されて行く。


「テセラちゃん!無事かっ……!」


 やからと王女の間に入りながら、寸で窮地へと駆けつけた八汰薙弟は彼女の安否を確認した。

 駆けつけたヒーローの声に、今まで張り詰めた緊張がいっきに解ける少女。


「……はい……!……ロウさん……来てくれて……ありがと……!」


 王女の中で、今までの彼に対する――すでにあった印象が大きく塗り替えられる。

 ロウという男は、やはり紛う事無き宗家のにない手であり戦士である。

 戦う力を奪われたに等しき少女の危機へ、疾風しっぷうごとく駆けつけた鋼鉄の白馬を駆る騎士――その形容が金色の王女の脳裏に刻まれた。


「テセラっ!」


 遅れて八汰薙兄が駆る、Rの名を冠するモンスターより――さらわれたはずの使い魔ローディが降車し駆け寄る。


「通りがかりに宗家所有の車列が見えた。今この緊急事態には不自然過ぎたからね。ローディも無事さ……。」


 八汰薙兄の言葉に安堵あんどし、使い魔を迎える王女。

 だが、今置かれた状況――すでにあの【日の都の暁ライジング・サン】より報告を受けている逼迫ひっぱくした事態を、八汰薙兄が口にする。


「テセラちゃん……君を拘束こうそくするという偽情報はこのやから共かられていた様だ。導師はそのタイミングに合わせ、複数の陽動を仕掛けて来ている。」


「姉さんは、こいつらをおびき出すために一芝居打ったのに――オレ達が至らなかったんだ!テセラちゃん……すまない!」


 八汰薙兄の説明と八汰薙弟の謝罪から、事の真相へ辿りつく金色の王女。

 今置かれた状況の行く末――導師の陽動が意味する物……それこそが今重要な事と悟る。


「大丈夫だよロウさん!それより……もっと大事な事があるんじゃ――」


 すでに魔量子使い魔と、有事に対する心構えが完了している王女へ、八汰薙兄より導師の陽動の真意が伝えられた。

 王女が到達した思考をなぞる様に――


「――よく聞いてテセラちゃん……。奴等のねらいは……宗家の軍事施設の破壊……それが真の目的だ!」



****



 師導学園寮前――高層ビルの最上階に立つ、高空の風に御髪をなびかせる影……金色の王女襲撃の一部始終を傍観する者。

 あのメガフロート【イースト-1新横須賀市】に現れた【星霊姫ドール】が、誰に気付かれる事無く立ち尽くす。


「予想外ですわ……。王女テセラ――なかなかのうつわをお持ちですこと……。」


 すると背後――待機させていた、謎の異形を多層立体魔法陣M・D・Sを通して次元の狭間はざまへ送り返す。


「……あなたに少し……興味が出て来ましたわ、王女テセラ……。さて、どうやって導師の策をひっくり返してくれるか――興味津々きょうみしんしんですわね~。」


 その存在ドールが口にした導師の名。

 敵対者とは思えぬ振る舞いは、未だ彼女を知らぬ者達にとっての吉と出るか凶と出るか――

 それは言葉を残し、忽然こつぜんと姿を消した【星霊姫ドール】のみぞ知るのみであった。

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