ー宗家襲撃ー

 6話ー1 浸蝕のオロチ



「――姉さん……!それはどういう意味だよ……!?」


 少女達を送り届け、宗家の中央施設へ帰還しようとした時――二人の若き担い手に届く信じられない様な緊急令。

 今まで三神守護宗家を背負い、地球と天楼の魔界セフィロト衝突を回避せんとし――奮闘ふんとうを続けていた信を置くはずの肉親からの報。


 その内容は『王女テセラを拘束こうそくし、導師ギュアネスへ引き渡す。』という物であった。


 宗家の二人のにない手は、あり得ない緊急令に対し激昂げっこう――すぐさま互いの送迎元より急行する。

 怒りの咆哮ほうこうを上げるにない手達の愛車――爆音が市街地に強烈な反響音を伴い駆け抜けた。

 向かうは不可解な指令を飛ばした姉の元――受けた指令内容が内容だけに、普段冷静を装う八汰薙兄シリウでさえ、静かな怒りをあらわにする。


 早々に会議を終えた守護宗家――名乗りを上げた宗家重鎮の一部を連れ立ち、ヤサカニ裏門当主が施設からテセラの元に向かおうとする。

 すでに宗家施設駐車場へ待機するBMW――防弾退魔処理を施された大気を無き物とし駆ける黒き要塞が、エンジン音を昂ぶらせ闇を撒く様に並ぶ。


 と、広大な敷地にある駐車場の出入り口――厳重なセキュリティを施すゲートを突っ切り……そこへ今しがた大気を後方へ置き去りにし到着した、Rの名を関するモンスターが風に舞う白煙と共に停車する。

 モンスターより降り立ったのは八汰薙やたなぎの冷静なる兄――だが足取りに怒りを孕み、駐車場へ重鎮を引きつれ現れた姉へと向かうと真意を問いただすため行く手をはばむ。


「……姉さん……!どういう事か説明してくれ……!」


 普段見せぬ怒りは眉根が歪むほど――荒ぶる心情を押さえ切れぬ八汰薙やたなぎ兄。

 その怒りはまさに金色の王女テセラを家族の様に大切に思うからこそ。

 世界を背負う使命を帯びた少女――それを支える誇るべき大人のそれであった。


「……ロウ……。」


 たける弟の言葉に、少々困惑気味であるヤサカニ裏当主。

 浮かぶ困惑の原因は、当主れいへの物――ほどなく到着する八汰薙やたなぎ弟を目にし、険しい表情が尚皺を生み出す。

 到着した下の弟も四人乗りの白きスポーツクーペから降車――すぐさま駆け寄った彼も、上の兄と変わらぬ激昂が視線に強く刻まれる。


 その光景――想定であればこうなるはずではなかったと、ヤサカニ当主はわずかに溜息ためいきらし……若き弟達へ言い放つ。


「……あなた達、この状況――本当に分かっていないのなら、宗家のにない手とはまだ言いがたいですね……!」


 その言葉に、更なる激昂げっこうで加熱する下の弟ロウが食って掛かる。


「ふざけんなよ!姉さんだってテセラちゃんの事を大事に――」


 その八汰薙やたなぎ弟を手で制したのはシリウ

 激昂げっこうする弟を制しながら、気付いた事態へ警戒を顕にし周囲を見渡す。


「……何してんだよ兄貴!まさか兄貴まで……!」


「……ロウ!……よく見ろ……。全く姉さんの言うとおりだ……。オレ達はまだ宗家のにない手として未熟な様だ……!」


 兄の言葉で激昂げっこうに拍車がかかる寸前――にない手としての意識が姉と兄の言葉の真意を読み解き、脳裏へ一つの危機的状況が浮かび上がる。

 浮かんだ思考の末、姉が今引き連れる重鎮幹部――その内へ……背後へ渦巻く負の情念へようやく思考と視線が向く事となる。


 怒りで見えなくなっていた、宗家の幹部クラスの者共。

 その目に正気が宿っていない――何者かに侵食しんしょくされたかの様なドス黒い雰囲気ふんいき


「――こ……これは…………!?」


 オロチ――日本の神話の世界より、【ヤマタノオロチ】で知られる闇の眷属けんぞく

 だがその実態は、この地球と言う星にある負の側面。

 地上と宇宙全ての生命が、霊的深淵しんえんに堕ちた姿その物。

 深淵の浸蝕しんしょくはあらゆる負の感情が引き金になるとされ――時には精神汚染をともないあらゆる生命へ霊的に感染する現象。


 軽微な物なら救う事も可能であるが、重度の症状であればそれは生命としての死を意味する。

 だが、オロチは生命としての死にとどまらず、生きる者を憎むかの様に感染により蔓延まんえんする――まさに危険な【命の闇】である。

 三神守護宗家――その力を継ぐ者が永きに渡り、討滅・浄化を行ってきたオロチとは、その【命の闇】全てを指し示しているのだ。


 当主れいの思惑は即ち、深淵に蝕まれた宗家内のけがれを引き摺り出し――影響の無い宗家の者から引き離す事で、自分がそのけがれを引き受ける。

 そのまま異常事態に感付くであろう弟達に、小さき少女達身辺警護を任せ――来るさらなる訪れに対応させる算段であった。


 しかし二人の弟は状況を読みきれず、さらには激昂に我を忘れ事を見誤りそうになる始末――己が見通しの甘さもまた未熟と、今度は裏当主が盛大に溜息ためいきをつき……クルリと向き直り二人の弟を背にかばい合う。


「……あなた達なら、策の真意に気付くと踏んであえて連絡を取りませんでしたが……。まさか、テセラ達の護衛を離れてまでこちらに抗議に来るとは……。」


 彼女にとっては複雑な思い――二人の怒りは金色の王女を思うがゆえのモノ……それを分かっているがゆえ、ただ未熟と責められぬ心境だろう。

 姉の嘆息は二人の担い手にも、同時に生んだ失態へ後悔の念を抱かせ――未熟ゆえ犯した不届ふとどきに顔をゆがませていた。

 それを見てヤサカニ裏当主は覚悟を決める――


「己の不甲斐無ふがいなさにかまけているひまはありませんよ。……その気持ちがあるのなら、すぐにテセラの元に向かいなさい!」


 ヤサカニ裏当主は一人でこの場を押さえるため、自らに戦闘強化の術式を付与ふよする。


「恐らくテセラと、魔導機であるローディを孤立させるはずです!——さあっ、急いで!」


 裏当主の覚悟――それはオロチによって浸蝕しんしょくの進む、である。



****



若菜わかなちゃん!建物の中にっ!」


 オロチの浸蝕しんしょくが引き金となり、よもやの戦力分断を受けた守護宗家。

 一方――

 小さな当主桜花はんなり少女若菜を襲う影は深淵より溢れ出たる異形の害獣野良魔族

 その上先の震空物質オルゴ・リッド回収時に確認された上位種魔族。


桜花おうかちゃん……無理したらあかんえ!」


 はんなりな友人の言葉に、笑顔で任せてと返す小さな当主。

 しかしその小さな当主も、高位霊格の貴族級魔族との戦闘経験は皆無であった――あったが、その傍に守るべき友人がいる。

 

 小さな当主は、クサナギの伝統に基づき行われた継承のを経て――ひと波乱の後【魔装撫子まそうなでしこ】の力を得た。

 事が落ち着き、偶然聞いたヤサカニ裏当主の話に出て来た一人の少女。

 その少女が二度と両親に会えないという点において、己が生い立ちと比べようも無い境遇である事を耳にした時――自分と似通う少女へ深い興味が湧き出たと言う。


 それより幾ばくかの時が経ち、彼女――八汰薙 若菜やたなぎ わかなという少女と友達になりたい……そして守りたいと言う願いを募らせていたのだ。

 奇しくもそれは最も危険と言える、訪れたる霊災渦中で実現する事となってしまったが。


「カグツチ君、相手はとても強力だよ!……君の力が頼り……だからお願い!力を貸して!」


 小さなマスター――クサナギ 桜花おうかに仕えし大いなる存在。

 天津神の神霊にして破壊神である【ヒノカグツチ】は、その言葉で奮起する。

 金色の王女の使い魔にみられる、肩口に控えた量子生命体を形取る――少年を模した姿の破壊の炎神。

 主である少女の声に答える様に、量子の波へと移り変わりながら膨大な霊力を蒼炎へと変貌させた。


うけたまわった!――我が親愛なるぬしよ……この破壊の炎帝ヒノカグツチの力……存分に振るわれよっ!!」


「いくよっ……【アメノムラクモ】起動!魔導装填――【ヒノカグツチ】っ!」


 車椅子の少女が輝く蒼炎そうえんに包まれる。

 身に付ける可愛さの中へ少し大人びたアクセサリーに彩られた、淡い暖色のワンピース——光に包まれたそれが量子レベルで分解され、変わって現れたる戦う少女の艶姿。

 巫女装束を思わせる纏い——日本刀を振るう少女の為にあつらえた、軽量且つ高防御力を備えた攻防一体の戦闘装束……足から腰・胸・腕を経て装着される。

 そして少女の眼前——対魔霊剣【アメノムラクモ】が、蒼炎と共に顕現けんげんする。


 その魔装装着を待たずして、異形の咆哮が高らかに響くと――群れを成し……猛然とその闇を振りかざして、蒼き炎に包まれた少女へ襲いかかる。

 

 が、一閃――蒼炎そうえんの刃ががれると、愚かなる異形の者共は激痛に堪らず後退した。


 疾風が舞い——蒼炎が淡く掻き散らされたそこへ……【魔装撫子まそうなでしこ】となった少女が雄々しく立ちはだかる。

 彼女の扱うシステムは、王女テセラと同様の魔法少女システムM・S・Ⅱである。

 しかし本来魔法少女のシステム名称に統一性などは無く——開発に携わった【アリス】代行が、クサナギの小さな当主の祖国への畏敬の念を込め……その伝統・文化になぞらえた【魔装撫子まそうなでしこ】の名を与えたのだ。


「——れいさんが【疑似霊格機動兵装デ・イスタール・モジュール】を持ち出した理由が分かった!……この野良魔族――いままでの下位種とは比較にならないよ、カグツチ君!」


「ふむ!主よ、正しくだ……!この様に穢れを無用に撒き散らす様――愚かなる闇のが知れるわ!」


 クサナギの小さな当主が振るいし力は対魔・浄化に特化した能力——それでもその力を振るうのは人間である。

 対して【疑似霊格機動兵装デ・イスタール・モジュール】の攻撃手段は、霊力付与ふよした兵器としての攻撃。

 

 対魔戦ではどちらも一長一短——しかし大多数の上位種魔族を相手にするには、小さな当主の霊力的な胆力はともかく体力的な問題が残る。


 ――それでも——

クサナギの力と誇りを継ぎし、小さな当主の信念は揺るがない。

眼前に迫るそれが、守りし生命を脅かす忌むべき異形であるならば——クサナギ流を正統に名乗る少女に引く理由などあり得ない。


双眸へ宿る炎をそのままに……正眼へ【アメノムラクモ】を構える小さな当主——裂帛れっぱくの気合いで大気を震撼させながら、異形の者共の中心へ突撃する。


「行くよ、カグツチ君!——クサナギ家裏門当主……クサナギ 桜花おうか……して参りますっ!!」



****



 不測の事態――明らかに正気の目をしていない、宗家関係者と思える姿が私を取り囲んでいます。

 その上ローディ君が拘束こうそく、連れ去られてしまった——事実上今までにない絶対絶命です。


 今何故こんな事になっているのか、理解が出来ません。

 れいさんがよく使用する、人払いの術式的な物も掛けられているのか——誰一人この場を通りかかる事もないみたいです。


「……これで王女はチカラを使えないナ……。そうさ……サイショから……こうすればヨカッタンダよ……。クククッ——」


 野卑やひな笑いが私の耳に届きます。

 ですがその声に隠れて、とてもドス黒い――魔法力マジェクトロンとも違う感覚が、私の精神にノイズの様に響いて来ます。


 そのノイズが精神に届くたび、心が負の感情に包まれそうになります。

 

 恐怖――

 悲しみ――

 怒り――

 そして憎悪――


 いくつもの感覚が、少しずつ——少しずつ、私の心……魂さえも浸蝕しんしょくして来ます。

 きっと何も知らなかったあの頃――ただの姫夜摩ひめやまテセラであった時ならば、とっくに心がむしばまれ……魔族としての生に終止符を打っていた事でしょう。


 けど……今の私は——


「あなた方は何者かは知りません!少なくともよく知る宗家の方ではない様ですね!」


 胸に——心に刻まれた、多くの人の想いが力をくれます。


「ならば知りなさい!あなた方の眼前に居る者を……私の名を……!」


 そして――遥か遠く、故郷で私が世界を救うその時を待ち望んでくれる……大切な姉様が私の意志を強くしてくれます。

 恐怖が私を包もうとも、一歩も引くつもりなんてありません。


「我が名はジュノー……!天楼の魔界セフィロトの一世界——ティフェレトが第二王女……ジュノー・ヴァルナグス!!——私をとらえられる物ならば、とらえてみなさいっ!!」

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