5話ー5 癒しのひと時 そして―



「どうぞ。」


 ここは宗家の者が日常の暮らしを営む、伝統ある日本家屋のお屋敷。

 広大な敷地しきちは、見渡す限り木々の恵みと庭園、和の絶景が広がっています。

 

 その一室で、私達はささやかなお茶会を楽しんでいました。

 シリウさんとロウさんが企画してくれた、ひとときの安らぎの時間。


 でも、イメージしたお茶会とは、いささか雰囲気ふんいきが違ってて――その作法に悪戦苦闘中です(涙)


「……あ……あの、若菜わかな……ちゃん。足しびれて――」


「もう……まだ正座してほとんど経っとりまへんえ?桜花おうかちゃんを見習い~?」


 私もまさかお茶会が、日本式とは予想だにしていませんでした。

 和の大豪邸を有する守護宗家――ここはクサナギの総本家にあたるお屋敷であり、小さな当主桜花ちゃんはんなりな友人若菜ちゃんとの交友の場でもあります。

 けれど普段は緑に囲まれた縁側で、お菓子やドリンクを並べてみんなで楽しく行く所――和室に一同が集結し、和の作法の元にお茶を頂く文化は予想の斜め上でした。

 とくにこの正座です――正直無理です。


「いや、若菜わかなちゃん……?私は足動かないだけだよ?結構しびれてるよ?一応感覚はあるんだからね?」


 はんなりなお友達のさも大丈夫的な発言へ、さしもの小さな当主様も苦言をお返しします。

 「ですよね~……」と私も相槌と共に苦笑を送っておきます。


 その間も桜花おうかちゃんは茶器に手をえ、とても鮮やかな手つきでお茶をたてます。

 その光景もよくよく考えれば至極当然――桜花ちゃんも若菜ちゃんも、凄く大きな由緒正しき御家柄……この程度の作法は教育されていても不思議ではありません。

 名のある御家柄よろしく――その証と言わんばかりの手さばきが、見事過ぎて見れてしまいます。

 でも私の足はしびれたままです。


「私は普段足の感覚がないけど、カグツチ君がもし急に感覚をつないだりしたら、しびれが急に来てもだえ苦しむかも――って、カグツチ君……何感覚戻す印を組んでるの……?」


 気付いた桜花おうかちゃんがジト目で向かいに目をやると、何かの印を組もうとしてた私で言う使い魔――的なカグツチ君がフイッと冷や汗を流しながら目をそらします。

 使い魔と言うか、日本の神様らしいですが――いたずらがお子様レベルの様な気も……(汗)


「そんな事より、どうぞテセラちゃん。作法は分かる?」


 全然分かりませんて……(泣)


「お点前てまえ……頂戴ちょうだいいたします?――だったっけ??」


 普段下半身が動かない桜花おうかちゃんは、いつも若菜わかなちゃんを通してお茶を手渡す様です。

 それを受け取り悪戦苦闘のまま――作法を教わりながらも、味は普通においしいお茶を頂き再び姿勢を正します。

 でもやっぱり足はしびれたままです……。


 この場には、私と若菜わかなちゃんに桜花おうかちゃん――各使い魔ファミリアにシリウさんとロウさん。

 なんだか勢ぞろいです。


 れいさんは宗家の臨時会議で出られませんが、次の機会にまた是非誘って欲しいと言ってくれました。

 そしてこのお茶会が終われば、両世界防衛のための最初のミッション――震空物質オルゴ・リッド輸送任務が待っています。


 れいさんの言う次のお茶会の機会――それはすなわち、世界に安寧あんねいが訪れた時を指していたのだと、私も理解しています。


 それにしても――


「お先に……。お点前てまえ頂戴いたします……。」


 目の前で起こる事態に、ちょっとびっくりです。

 まさかのロウさんが、とても作法に忠実にお茶を頂いています。

 これには流石に衝撃を受けました。


「ロウ兄様……テセラはんがとっても驚いてますえ~……☆」


「だってロウさん、テセラちゃんと若菜わかなちゃんの前でかっこつけたいもんね~☆」


 桜花おうかちゃんと若菜わかなちゃんが、ここぞとばかりにロウさんをいじり倒します。


「ば……バカを言え……!お……オレはいつも作法に忠実に――うおぁっ!?」


 図星を指され慌てたロウさんが、置き損ねた茶器を引っ掛け――危うくお茶をぶちまけそうになります。


「だ……大丈夫ですか?ロウさん……。」


 となりのローディ君が、すかさず茶器を支えて難を逃れましたが――かっこよさ激減です……。

 そして作法も台無しです……(汗)


「――茶の作法に、慌てて引っ掛ける様な物はなかったはずだが?」


 そこにシリウさんの手痛い突っ込みが入って失笑が起こり――


「ロウ殿……茶の席では、神仏への感謝の意がかなめのはずだが――貴殿はまだまだと言わせてもらおうか……。私は何も感謝の意を感じなかったぞ?」


 ああ、もう……神様までダメ出しです。

 ていうか神様直々じきじきにそれ言っちゃ――

 さしものロウさんも落ち込んじゃったじゃないですか……(汗)


 和の心――かどうかは分かりませんが、肩にずっと重く圧し掛かった重圧が少し軽くなった様な気がします。

 きっとみんなが私のを分かって、この会を開いてくれたと思うと、とても胸が熱くなりました。


 ……そして、だめ……もう足が限界です……(泣)



****



 少女達がお茶会を楽しんでいた頃より、わずかにさかのぼる事数時間前。

 国防省の女長官である音鳴ななると呼ばれた、本名狩神かりみ長官はようやくつながった電話に悪態をついていた。


『あのね、奨炎しょうえん君?……仕事が忙しいのは分かるけど、せめて携帯ぐらい持ち歩いてと何度も――』


 女長官の痴話喧嘩の様な会話にいつもの事かと、電話相手の荒げた声量が大きめなのか――少し携帯を耳から離し聞き流す男。


「ああ、わりぃな~……そこは勘弁かんべんしてくれ。ちょうど張り込みが必要な事件が出てな~。流石にそんな時に携帯が鳴ると問題があるんだよ……。」


『まあ――そんな事件なら仕方ないですね……。それで、その事件はもう解決したんでしょ?』


 相手は警察にか関わる人物か――それにしてもそんな相手に、ずいぶんな会話の仕方である。


「オレのプロファイリング上では単純なパターンだったからな……。とっくにお縄だよ……。それよりお前――ちゃんと飯食ってんのか?」


 馴染む様な会話の中――警察関係と思しき男の、まるで親御の様ないいぐさに女長官はお決まりの癇癪かんしゃくを暴発させる。


『――ちょっ!?それは私のセリフですよ!?あなたこそちゃんと食べてるんですか!?』


 これはどうやら痴話喧嘩というよりも、夫婦喧嘩のようである。


「はぁ~……同棲は長かったけど、まだ結婚もしてないんだぜ?オレ達。なんでそんな嫁的な発言が出るんだよ……。まあいそがしすぎて、それ所じゃないのはお互い様だけどな。」


『……なんではこちらのセリフです。このタイミングで何故その話題ですか。』


 奨炎しょうえんと呼ばれた、痴話喧嘩――もとい夫婦喧嘩の言葉に、微妙にテンションを落とす女長官だが、気を取り直し重要な件の連絡に移った。


『――今はそんな議論のために、く時間も惜しいので単刀直入のお話です。』


 そんな議論と言われ、ややムッとした警察に関わりし奨炎しょうえんと呼ばれた男――緊迫した感じが伝わったのか、すぐに気持ちを切り替えて話に聞き入る。


『先日、炎羅えんらさんから国防省直通の――極秘の案件遂行の許可を求められました。いよいよ両世界の防衛作戦が本格化してきています。……その事について――』


 女長官の話を聞く奨炎しょうえんと呼ばれた刑事は、すぐさま事の内容を理解し問い返す。


「そいつは沙織さおり闘真とうまには連絡済みか?炎羅えんらさんから依頼が来たっていう事ならオレも即座に動くぞ?」


『ええ、二人はあなたが電話に出ないから先に――あと、雪花ゆっかちゃんにはいつものバックアップ……学園に何か差し迫った時の対処を進めてもらってます。』


 やはりクサナギ 炎羅えんらの人脈パイプは想像を越える。


 国防省の現長官――狩神 音鳴かりみ ななる

 民間防衛組織 機動兵装教導官――亜相 闘真あそう とうま

 日本警察本庁所属 刑事――叶 奨炎かのう しょうえん

 そして、

 メガフロートウエスト-1新呉市支部局長――亜相 沙織あそう さおり(旧性 希葉きば

 国立師導学園理事長――皆樫 雪花みなかし ゆっか


 炎羅えんらが呼びつける者達、いずれもこの日本を支える要となる重鎮じゅうちん

 ともすれば、彼らの動きで一つで日本が動くほどの存在。


『事は急をようすから。いつでも動ける様にしておいてね?』


「わーってるよ。準備は万全に――だな。」



 そして――クサナギ炎羅えんらの動きよりいくばくも立たぬままに、地球と天楼の魔界セフィロト防衛のための準備が、速やかに且つとどこおりなく進められて行くのだった。



****



 少女達の心に配慮したお茶会がお開きとなり、各員がそれぞれ帰路に着く。


「では、ロウ。テセラちゃんとローディはお前に任せるからな。」


 宗家のお屋敷駐車場では、二台の車―― 一台は八汰薙やたなぎ弟の愛車、いつもおなじみ4人乗りスポーツクーペがドロドロと音を立て、隣合い停車するのはもう一台……その兄の愛車。

 大柄なボディに、GT-Rと記されたエンブレムがほこらしく鎮座ちんざする——最高出力500psオーバーを叩き出すモンスターカー。


「分かったぜ兄貴。こっちは任せろ!……若菜わかな、寂しい時は連絡するんだぞ~……。」


 いつものごとく、八汰薙やたなぎ弟の妹溺愛できあいぶりが発揮され――黒髪はんなりな若菜妹が、「はよ行きなはれ……。」といささかの冷たさをまぶして送り出す。


 そのいつもの風景も、テセラには今までと全く違う感覚が湧き上がっていた。


「(もしかして……ロウさんやシリウさんは若菜わかなちゃんの過去を知った上で——)」


 魔族として覚醒してからこちら——鋭いかんと知識が今までにない推測すいそくを打ち立て、まとを得た回答に辿たどりり付きやすくなった金色の王女テセラ


彼女は若菜わかなという少女が本来宗家の人間ではない事を、ヤサカニ当主の話に出て来た【悲劇の英雄】の一人娘という一節で知り得ている。

 それより導かれた推測……はんなりな友人を何かしらから守るため——あるいは育てているのでは?との解へ辿り着く。


「どうかしたかい?テセラちゃん。」


 すでに車に乗車していた王女に、はんなりな妹を溺愛できあいする二番目の兄が、運転席に乗り込みながら問う。


「——あの……若菜わかなちゃんは……宗家の人じゃないって——」


 そう口にしようとした王女を、人差し指で制する八汰薙やたなぎ弟——そのまま爆音と共に愛車を発車させた。


「……姉さんから聞いたのかい?」


 王女とその使い魔——そして運転手である八汰薙やたなぎ弟を乗せ、低く洗練された爆音が街道を駆け抜ける。

その帰路に着きながら、八汰薙やたなぎ弟が王女へ向けて問い掛けた。


「……あの……はい……。」


 するとミラー越し——ヤンチャであるも、大人びた爽やか笑顔で王女に八汰薙弟ロウが思う所を打ち明ける。


若菜わかなは宗家の大切な存在だよ?……そしてそれはかけがえのない家族という事……。」


「あの子にある過去がどんな物でも……家族であるならば、決して彼女を裏切らない。——兄貴や姉貴と、そう誓ったからね。」


 絶句する王女。

彼女は自らが口にした言葉の愚かさに気付き――そしてじた。

 この宗家の者達は自分が魔族の王女であろうとも、今の今まで大切に育ててくれた——その疑いようのない事実が思考を支配する。

 その事実が黒髪はんなりな友人に対しても同様である事は、容易よういに想像が付いたはずだ。


 そんな一瞬の気の迷いの様な浅はかな問いを口にした自分の愚かさに、王女は今までになく落ち込んだ表情に陥ってしまう。


「テセラ、そんなに気にし過ぎてはだめだ。君が抱いた思考はほんの些細ささいな事——それを宗家の人達や、若菜わかな様は責めたりしないよ。」


 さすがの使い魔も主の描いた思考を悟ったのか——心からの気配りで愛しき王女をはげます。


「彼の言う通りだよ、テセラちゃん。君はいつでも笑顔を絶やさないでくれ。でないと——きっと若菜わかなが悲しむ。君も宗家にとって――とても大切な……家族なんだから。」


 それは不意打ち。

 いつもムードメーカーで少しボケ役、その姿しか想像出来ないロウという男。

 その者からの、沈む心をわしづかみにする様ないたわりの言葉――


「……おっ……おい、テセラちゃん??」


 車のミラー越し——八汰薙やたなぎ弟の目に映る王女の瞳が、溢れんばかりの雫に濡れていた。

 それは魔界の姉に再会出来るも、そこで世界を救うと宣言し——またしてもその小さな背へ重圧を負ってしまった……本来は初等部半ばの少女。


「……あれ……?……なんで?あの——違うんです……なんか嬉しくて。」


 ヤンチャであるも大器ある若者のこぼした言葉は、その少女の重圧をやわらげるには充分すぎるいたわりであった。




 八汰薙弟ロウが駆る愛車で、学生寮に到着した王女と使い魔――二人はそれぞれ帰宅するため降車し分かれ道に差し掛かる。

 使い魔ローディは普段少し離れた関係者寮に身を寄せているため、少しの距離を徒歩で移動する。

 量子生命体という特殊さもある使い魔――検査や調整を宗家に申し出ており、それも踏まえた上での居住選択であった。


「じゃあローディ君、また明日ね~☆」


「うん、それじゃ――」


 挨拶もそこそこに、互いが居住する場へ戻ろうとした――したはずが、その二人を囲む謎の陰が複数立ち塞がっていた。

 全身黒ずくめ――言葉を発さぬ異様な集団に、只ならぬ気配を感じる王女と使い魔。


「……えっ?誰――」


 その集団に感じた気配は人のそれでは無い――か、若しくはであると察した二人。

 異変に対し身構え、【魔法少女システムM・S・Ⅱ】の力を解放しようとし――寸前、使い魔に走る電流の様な衝撃。


「――ぐっ!?」


「ローディ君っ!?あなた達……彼に何を――」


 二人を引きく様に複数の人影が囲み――使い魔の少年が魔導式拘束具と思しき物で捕えられた。

 そして少年が言葉を発する間もなく黒いセダンへと引きずり込まれ――学生寮に帰るはずであった王女がたった一人、黒ずくめの集団による襲撃を受ける事となってしまう。


 魔界の王女と言う存在を覆う様に、渦巻く陰謀が牙を剥き始めていたのだ――

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