5話ー4 宗家分裂


 


 世界を【悲劇の英雄】ルーベンス・アーレッドと、そのパートナーユニヒ・エラ。

 彼らは世界への反逆者として追放処分を受け——太陽系外へ消える事となった。

 その後世界は、ようやく一つの世界としてまとまり——多くの傷を負った全ての人々と、母なる蒼き大地救済に乗り出す。

 しかし、その矢先の野良魔族事件——世界はこれまで、ひと時の安らぎも得る事が出来ぬまま、徐々に疲弊ひへいし続けていた。


 地球と魔界衝突の危機——これはそこに追い討ちをかける事態である。


 蒼き地球に及ぶかつてない危機。

それすらも予見していたのか——【悲劇の英雄】はその救済のための鍵の元へ、時代の引き金となる魔族の王女を導いたのだろう。


 今は遥か宇宙を旅する英雄は、何よりもこの地球ほしを大切に思っていたのだから――



****



「ルーベンスは元々人間でも、魔族でもありませんでした。……彼は時代の混乱をおさめるための鍵として――【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】によって生み出された者——」


 少し落ち着いたれいさんのお話に聞き入ります。

 その内容はヤサカニ家——引いては守護宗家全体を担う彼女にとって、なつかしさよりも自分達が無力だったという事実に向き合うかなしいお話です。


「【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】によって生み出された……?それって——」


 研究室を後にしながら、私は前を行くれいさんに察した内容の正否せいひを問います。


「ええ……。彼は体内に魔界の震空物質オルゴ・リッドを埋め込まれて育った、ある女性のクローンをベースとした生命体――そして彼が最初の人造魔生命体と呼ばれた存在です。」


 私は、自分が想像した内容をはるかに上回る壮絶そうぜつな事実に、言葉が詰まりそうになります。


「そして彼のパートナー ユニヒ・エラは——彼とは違い普通に生活をしていた少女が……適合するという理由だけで、同じ様に人造魔生命体に造りかえられました。恐怖と絶望で、言葉も奪われる程の地獄——ある機関の生体研究の過程で……。」


 それはすなわち――人体実験――


 言葉も出ないまま思考が停止します。

 そこには私の様な満ちあふれた幸せの欠片かけらなど、どこにも存在しない悲劇。

 いつしかその過去の悲劇に耐えられず、ほおを熱い物が伝っていました。


 その私の表情に気付き、凛々しき裏当主さんがそっと抱き寄せてくれます。


「ごめんなさい……。あなたにまでつらい想いを伝えてしまいましたね……。大丈夫——あなたの様な子が思って涙してくれるなら、彼らも笑って生き続けられます。」


 生き続ける?

 その言葉に疑問が浮かぶも、途端に恐怖に苛まれます。

 自分で察した思考の中——通常の生きると言う意味の範疇はんちゅうを遥かに凌駕する真意を想像してしまったから。


「……ユニヒ・エラはすでに普通の人として生きられず——悠久ゆうきゅうの時に縛られています。そしてルーベンスは、彼女を一人には出来ないと自らも化け物となる道を選び、今は彼女と共にあります。ですが——」


 かなしさが残るも、とても優しい笑顔のれいさんの手が、私の頭にそっと置かれます。


かなしい話ばかりではありませんよ?あの二人には、その想いを継ぐ一人娘が――この地球に今も住んでいますから。」


 もうお話の全てが飛びすぎて、理解が及ばない錯乱状態になりかけた所へ、現実に引き戻す名がれいさんの口から放たれます。


「ルーベンスとユニヒ・エラの一人娘、名はアイシャ・エラ・アーレッド――日本名を八汰薙 若菜やたなぎ わかな……。」


「——わ……若菜わかなちゃんが……!?」


 つらい悲劇の話から、突然聞かされたとても大切な——かけがえのない友達の名で思考が現実に戻ってきた所。

 れいさんの所持した携帯端末が急かす様に鳴り響くと——


「——こちられい……炎羅えんら殿?……はい……。……そ……それは本当ですか!?」


 端末の先で響いた緊急であろう通信相手に、ヤサカニ裏当主さんがとてもかしこまって応対します。

 ちょっとこんなかしこまったれいさんは初めてですが、口にするのは止めておきます。


「テセラっ!ついて来なさい!」


「……はっ……はひっ!?」


 口にしないと考え中だった私は、急に話を振られて声が裏返ってしまい——思考する間も無く零さんに引き連れられて、メガフロートの大通信施設へ足早に向かいます。


「……あ、あの~……こんなに急いでどこへ——」


 あまりに急かすため、私も疑問を隠せません。

 その私へ前を行く凛々しき当主さん——表情はきっと明るいままで、声を弾ませ思いもよらない返答を返してくれました。


「今クサナギ表門当主——炎羅えんらさん……桜花おうか殿の叔父に当たる方から朗報です。調整中に付き、一時的にですが魔界とのコンタクトを取りつけました。少しなら話せますよ——お姉さんと!」


 お姉さん――その言葉を聞いた瞬間、心が舞い上がりそうになりました。

 やっと……姉さまに——面影すら思い出せない、私の本当の家族に会える。


 凛々しき当主さんが急かす理由を、瞬時に理解するのには充分な内容——この世界へ危機が訪れんとする只中で、一筋の光明から湧き出た副産物に弾む心を抑えつつ……メガフロート内大通信施設を目指す私でした。




 

「ふ~ん、そう動きましたか……。」


 メガフロートイースト-1【新横須賀市】の最上層、太平洋が一望出来るはしたたずむ一つの影。


「どうやらあの導師は、気付いていない様ですが——今回は見逃して差しあげましょう。わたくしが【死を振り下ろす者デス・クロウズ】より受けし命は、導師への兵力供給のみですから……。」


 〔導師〕と〔兵力供給〕――地球側にとって、極めて重要な今後を左右する言葉を口にする影。


 ゴシック調のドレスに幼き少女の姿は、地球にある【アリス】代行の【星霊姫ドール・システム】を彷彿ほうふつとさせる。


「それにしても、やはり海は素敵ですわ~。」


 不穏ふおんな口ぶりを他所よそに、その影はまるでただ景色を眺めに訪れた旅行客の様な面持ちで……そよぐ潮風を堪能たんのうしていた。

 


****



「あの……私……その——」


 イースト-1メガフロート内、大通信施設。

 各国関連機関は元より、特殊霊災指定されし害獣被害に対応するあらゆる機関との連絡連携の要。

 その場所にて現在新たに構築された、超技術制限より外れた技術によって——追加された通信先とのテストを兼ねた、ロータイムラグ双方向通信が繋がる。

 映し出される映像の先——それは金色の王女テセラをそのまま大人へ成長させたかの様な、輝くブロンドで片目を隠す様に流す……さしずめ女神の様相を讃える女性がたおやかに座す。

 ようやく本当の家族である、魔嬢王まじょうおうとの対面がかなった金色の王女――が、あまりに緊張しすぎて会話が完全に飛んでしまう。


「……その、いっぱいお話……しようと思ってたんだけど……。なんか……その、恥ずかしくて……。」


 王女の眼前には姉である魔嬢王まじょうおう――例えモニター越しとはいえ、これは一方的なメモリ通信などではない。

 正真正銘あの天楼の魔界セフィロトとの対話通信である。


 クサナギ表門当主である炎羅えんらが世界を駆け回りようやく実現した、この窮地きゅうちの世界にかざされる光明。

 魔界とのダイレクト通信――しかも導師側に悟られない事が必須条件の連絡網は、これからの作戦を優位に進めるために決して外せない物である。


 ただ炎羅えんらという男――その通信の一時試験を事務的にこなし、さっさと次に移行してしまう様な者ではない。

 その一時試験を、是非とも金色の王女の家族対面に使ってもらいたいとヤサカニ裏当主に打診したのだ。

 三神守護宗家における当主クラスの者達が得意とする、あらゆる者への考え尽くされた配慮――正に彼らが当主の座を頂く所以に他ならなかった。


「あのね――姉……様……。私大きくなって……学園に行ってから、友達がたくさん出来ました。」


『ええ……。それから?』


「最初は自分の正体とかも知らない生活でしたけど……宗家の人や、クラスの友達がみんな素敵で――大切な親友も出来たんですよ。」


 せっかく与えられた姉との対話時間。

 緊張の中でとにかく話をしようとし、当たり前の日常の話ばかりが口を付く。

 肝心な話に中々移れない王女。


『そう……。それは素敵ね……それからどうなりました?』


 魔嬢王まじょうおうにとってはジュノーである妹。

 その妹の話をとてもたおやかな笑顔で聞き続ける姿は、まさに素敵な姉の姿である。


 ――そして、緊張がほぐれようやく伝えたい事の整理が出来た王女は、その想いの全てを魔嬢王まじょうおうである姉にぶつける。


「姉さま……!私は……ジュノーでありテセラです。私がこの世界になぜ、記憶と力を封ぜられてまで送られたのか――今なら分かります。」


 魔嬢王まじょうおうは静かに、妹の話に耳を傾ける。


「それで私……この地球も大切で……。でも姉さまがいる、本当の故郷ふるさとである魔界も救いたくて……。だから……私はこの力を――魔法力マジェクトロンを――」


 王女は胸前で、強く両の手を強くにぎめる。


「私にたくされた――光の希望と闇の願いチカラを背負って、二つの世界を救って見せますっ!」


 魔嬢王まじょうおうが――そして隣りにいる裏当主までもが、その王女テセラの心に打たれ、胸が熱くなるのを感じていた。

 

 今、運命に翻弄ほんろうされるがままだった少女が、その足と意志で立ち――運命に挑む事を宣言したのだ。

 そしてその宣言を見守る者――王女に仕えてきた使い魔も満足げな表情で、自分を彼女の元に使わした元主もとあるじへと通信越し――今は遠きその姿へ深々と頭を下げるのだった。



****



 もう何度目になるか、宗家の臨時会議。

 すでに金色の王女は八汰薙の若者らと、彼女のための思いやりの提案のため――王女らと共に目的となる場へ移動している頃。

 先の通信確保の目処めどは準備中である事と懸念材料発生に対し、ひとまずは会議内での一部重要議論をひかえた内容としていた。


 その原因は――


「やはりこの様な事態です。あの王女でも囮にして導師をおびき出し――」


「いや、いっその事【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】の制限など無視して、超技術による徹底抗戦を――」


 導師ギュアネスの、世界で名だたる特定機関に向けたピンポイント通信。

 それ以降か―― 一部の宗家古参重鎮に、言いようの無い違和感を感じる凛々しき当主。


「あの様な発言に、危機感をつのらせるのは分かります。今はしばし、そういった考えをひかえる様に……。」


 平静をよそおうヤサカニ裏当主も、ここに来て内部から問題が噴出ふんしゅつした惨状さんじょうに頭を悩ませる。

 否――その重鎮らが発する、ともすれば裏当主の神経を逆撫でするかの内容にいきどおりさえ感じていた。


 しかし、そこに感じる違和感。

 誰もがただ、不平や自分勝手な意見を述べるだけならばいざ知らず――その語る一部の宗家重鎮らの背後に揺らめくドス黒い気配。

 只ならぬ事態――それを悟るのは自分と一部の信のおける有力幹部。

 幾多の大戦を共に駆け抜けた者達以外の、事あるごとに問題を撒き散らす古参の影。

 それらが好き勝手に語る口の端々より、只ならぬ気配を察していたヤサカニ裏当主――自分が想定する最悪の事態を懸念けねんし、あえての策に出る事を模索していた。


 想定されるその事態――場合によっては宗家が分裂しかねない非常事態への策を――


「――致し方ありません……。」


 その策を打つため、事前に同じくこの違和感を持つ有力幹部と通じ――策の準備とその事態から想定される、その後の状況の対応を綿密めんみつに打ち合わせていた。

 打ち出される策――それは一見、裏当主が気を違えたかと思える内容も……その宗家にうごめく不穏を


「――ここは三神守護宗家の会議……。あなた方の意見は宗家全体の意見として吟味ぎんみする必要があります。」


――そして、ヤサカニ れいはその策に打って出た。


「これより宗家主導により、魔界の王女テセラを拘束こうそくし、導師ギュアネスへ引き渡します!」


 その言葉に、おおっ!とよめく重鎮幹部連中――

 だがその者達の表情――わずかだが狂気にゆがんでいたのを、当主れいは見逃さなかった。

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