5話ー3 導かれる意志 遠き記憶より



 私が最後の【震空物質オルゴ・リッド】回収を成功させたその後日——宗家の研究機関へ運ばれたその対象物は、入念な検査が行われました。

 一番最後の【震空物質オルゴ・リッド】に今までに無い特徴があったからです。


「つまり、赤き魔法少女――レゾンが言うには自分達には回収出来なかった……そういう事で間違いないですね?」


「はい……。導師や魔導姫マガ・マリオン達に悟られない様な声量でしたけど——はっきりと聞きました。」


 宗家御用達の研究機関――それは東京湾に浮かぶメガフロートイースト-1と言う、移動式人工海洋都市施設にあります。

 人造魔生命災害バイオ・デビル・ハザードの時分断されたこの国は、自己防衛機関の大半を失っていたそうです。


 それ以降の時代——【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】の使用制限も加わり、人智を超える想定外からこの国を一体誰が守るのかという……とても大きな問題が発生したらしいです。


 そこで使用制限の掛からない設備や施設を中心とした、分断された東西の日本を守護する機関の駐留場所——さらには様々な有事対応機関を詰め込んだ、今世紀でも最大規模の海洋人工施設群を建造したという事です。


 メガフロートと呼ばれる海洋施設……西の二つを【ウエスト-1新呉市】、【ウエスト-2新佐世保市】——東の二つを【イースト-1新横須賀市】、【イースト-2新大湊市】を日本東西に有しています。

 現在竣工間近の物もあるそうですが、現状稼動状態にあるのはその四つと聞いていました。


 そして現在私は【イースト-1新横須賀市】にいるという訳です。

 本来有事の際以外は、そうそう出入りも出来ない所なんですが。


れい様、中々に厄介な代物ですが——この施設の技術制限レベル内で調査は可能と見ています。——と言うわけで現在モニタリング中ですので……少しお時間を頂けますか?」


 研究員の言葉を受け——裏当主さんに同行した私は、ひとまず施設内の待機室へ移動です。


 今、回収済みの【震空物質オルゴ・リッド】の輸送作戦のための準備を急ピッチで進めている様で——この【イースト-1新横須賀市】もにわかにあわただしくなってきてます。


れいさん……【震空物質オルゴ・リッド】の輸送先は、確か英国ですよね?」


 タブレットとにらめっこな難しそうな横顔に、悪いと思いつつも質問します。


「——ええ、そうですね……。少々長旅になります――旅行気分はとてもじゃないですが、味わえませんよ?」


 れいさんも——そして私もよく理解しています。

 あの導師ギュアネスは、きっと【震空物質オルゴ・リッド】を魔界に届けるのを妨害してくる事が明白であると。


「あなたの故郷である天に舞う魔界セフィロト——早くそこにあるべき物を届けたい。ですが……導師の策を見越した対策を取らねば、テセラ――あなたが必死で努力した事を無に帰してしまいます。」


 ああ、やっぱりこのヤサカニ裏当主さんは、優しい人です。

 そして——守護宗家の多くを背負って今も戦い続けています。

 その姿に私も出来る事を――何でもいいから手助けしたい、そんな気持ちにさせられます。


「ロウにシリウ——そして桜花おうか殿にも協力してもらわねば……。ただ……こんな時に魔界との連絡が取れぬのは心もとない限りです。」


 れいさんにシリウさん、ロウさんに桜花おうかちゃん。

 私を囲む人達は、暖かく――そして強さと優しさで私を守り、支え、満たしてくれます。


 その宗家の人達に囲まれて、私の中に――今とても強くき上がる想いがあります。


「(……姉さまに……会いたい……。)」


 ジョルカさんから聞いた昔話、そして少なからず交流があった零さんがしてくれた話。

 そこに出てくる姉さま――天楼の魔界セフィロトが一世界、ティフェレトの魔嬢王ミネルバ。

 今のれいさんにも負ける事ないほど、素敵で魅力的な人。

 幼かったはずの私には、面影すら残っていません。


 会いたいというその想いは、過酷を極めるであろう戦いを前に——今もなお膨らみ続けていました。



****



「お久しぶりです~、当主様。通信では桜花おうかさんの件で少しばかり会話しましたが~。」


 英国ロンドン郊外——広大な庭園を持つ、英国文化を象徴する建築物が悠然とそびえる。

 庭園と外界をさえぎる巨大な門には盾と紋章を形取る装飾——英国情緒の凝縮された屋敷が、雄大な森林をバックに広がっていた。

 そのお屋敷の奥、来客用の大部屋で待つ日本からの訪問者——それを迎えるため部屋に現れる少女と秘書。


 少女の年恰好——外見だけ見れば幼き10代に満たぬそれ。

 ゴシック調の黒を基調としたワンピースのドレスに、同じく黒のヘッドドレスで正装したこの屋敷の主。

 腰まで届く薄い蒼の煌めきを、さらりと空へ漂わせ——来訪者に対面する様に厳かなソファーへ腰を沈めた。

 そして客として待つ日本からの訪問者は、他でもないクサナギ家表門当主——クサナギ炎羅えんらその人だ。


 数日前には、日本首相官邸に訪れたクサナギ家表門当主は、その返す足で英国に訪れており——そこへ裏打ちされた、決断力と行動力こそこの当主の強みともいえた。


「いえ、あの時は急な用件でしたので。しかしその節はご迷惑をおかけした。」


 クサナギ表当主は、この様な場所でも礼節を欠かさない。

 先件、めいであるクサナギ桜花おうかの宗家奥義継承の儀——想定だにしなかった儀の失敗により、日本神話にある天津神の霊体を幼き当主候補へ降臨させ……非常事態となったクサナギ宗家。

 その天津神の強力極まりない神霊力を制御するため、魔法少女システムM・S・Ⅱをベースとした装備を桜花おうかのために製作した組織。

 

 それがこの【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】であり、装備製作の指揮を取った者――【星霊姫ドール】システムと言われる【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】の結晶体。

 ブリュンヒルデ・クウォルファー——星の観測者【アリス】の代行者である。


「それはお気になさらず~。私共とて桜花おうか様のお命に関わる事態、見過ごす訳には行きませんからね~。」


 通常【星霊姫ドール】と呼ばれるこの少女——どうやら少々間延びした、のんびり屋ともとれる口調がくせのようだ。

 が、決して本人はふざけているつもりはないらしい。


「こちらも訪れる度に急な、そして難題をお持ちしてしまい心苦しい限りです。――ですが今一度、ご協力をたまわりたく足を運んだ所存です。」


「大丈夫……存じてますよ~。天楼の魔界セフィロトへの震空物質オルゴ・リッド輸送の件ですね~。それと~——」


 星の守り人ブリュンヒルデはやはり【アリス】の代行者だけの事はある。

 恐らくは世界中に張り巡らせた独自のネットワークで、あらかたの状況を理解しているのだろう。

 クサナギ表当主が訪れ口にした要請の中に、さらに別の件が含まれる事を見抜いていた。


「これ程の事態——現状の地球側だけでの対処では、事の実行に不安が残る所ですよね~。という事でずばり、天楼の魔界セフィロトとの通信手段の確保——それも含まれているでしょう~?」


「さすがは【アリス】代行……ご推察すいさつの通りです。今回は二点の要請――代行の許可を得るために参りました。」


 すると【星霊姫ドール】の少女が、少し頬を膨らませて可愛い抗議を始めた。


「もう~。日本の方に【アリス】代行とか言われると、何だかお客を運ぶ運転手さんみたいじゃないですか~。」


 星の守り人がソファーに座した片割れで、無言のまま付き添っていた専属秘書官——正に黙して語らずの女性はサッパリ纏めて、肩口で整えられる濃い茶のストレートヘアー。

 しかし縁なし眼鏡が輝く面持ちは、鋭さを前面に押し出し——優しさと言うものが皆無と取れるほど。

 その彼女——星の守り人のこの場にそぐわぬ抗議に、キッ!とにらみをきかせると……代行者の少女が「ヒッ!」とすくみ上がる。


「せめてそういった口上は、案件のやり取りが終わってからにして下さい。クサナギ当主に失礼でしょう(怒)。」


 無言を貫くかに思えた秘書からの痛烈なお小言に、星の代表者が震え上がってしまう。

 立場の逆転すら心配されるこのやりとりは、ここ円卓の士が集う場では日常であり——逼迫ひっぱくした時期にあって、心ばかりの清涼剤になる風景。

 当主炎羅えんらにしても、そのやり取りが礼を失しているとは微塵みじんも考えてはいない。


「秘書官殿もお気になさらず。むしろそれぐらい気を許して頂ける方が、こちらも難題を持ちかけやすい。」


 そう——その様な双方の何気無いやり取りですら、外交の決め手に組み込む男にとって……こそが重要であるのだ。

 【アリス】の代行者はともかく——秘書官はクサナギ炎羅えんらのこういった切れる交渉のやり取りを幾度いくども経験しており、その度に関心させられていた。


「クサナギ当主も、相変わらずの交渉術。今の日本があるのは、あなたの様な方がその柱を支えているからでしょうね。」


 クサナギ表当主はその言葉に、むずがゆさしか浮かばない。

 三神守護宗家において、自分はしか出来ない——故にそれを磨き上げ、己が武器としてきたのだ。

 しかし、それでも見る者からすれば——それは賛美さんびに値する一級の技術。


「——その賛美さんびは嬉しい限りですが……今はひとまず急を要する件であるため——できればその賛美さんびを、難題へのこころよ承諾しょうだくに変えて頂けると助かります。」


 秘書官はと舌を巻く。

 鮮やかすぎる切り替えしに、いかな難題であろうともこころよ承諾しょうだくするより他の選択肢は皆無――と、誰もに感じさせてしまう表当主の交渉話術。


「それでは今回こちらから、代行殿の認証を必要とする二点をまとめております。なるべく早急な認証の後、準備を進めたいと思っておりますので。」


 完全に相手を己が交渉術の流れに巻き込んだまま――クサナギ表当主より【アリス】の代行者へ提出される、観測者認証が必要な要請。


 一つ――宗家にて現在建造が完了予定のを、魔導技術によるサポートにて起動・運用させる件。

 一つ――L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー使用制限外の手段にて、天楼の魔界セフィロトとの緊急回線を用立てる件。


 かくして、二つの世界を救うための作戦――その最初のプランを実行するために、魔法少女を支える大人達はさらなる奔走ほんそうを続けるのだった。



****



 日本――イースト-1 新横須賀市では最後に回収した、震空物質オルゴ・リッド検査待ちのヤサカニ裏当主金色の王女テセラ――八汰薙やたなぎ兄弟から王女のためにとある提案が持ち出されていた。


『どうだろう姉さん?――恐らくこれからテセラちゃん達に、極めて過酷な戦いをいる事になるだろ?だから――』


 宗家専用回線となる携帯端末の先――担い手兄が、王女を労わる想いを乗せて意見具申して来る。

 ヤサカニ裏当主の様に――宗家のほこる若き担い手の男性陣も、幼き少女達に全てをゆだねなければならぬ状況に心を痛めていた。

 だからこそ――少女達がひと時でも安らげる時間を作りたい、その想いからの提案を提示する。


「――いいでしょう……。その代わりあなた達が送迎を受け持ちなさい。特にプライベート――その際魔法少女システムM・S・Ⅱを装備しない彼女らは無力です。なにかあれば、その時は全力であなた達が護衛に当たる事――それが条件です。」


 ――この世界の命運をかけた大勝負の時期に、何も無いはずがない。

 否定要素が浮かばない現実を認識しながらも、ヤサカニ裏当主は条件付きの許可を出す。

 それは少女達の心を大事にし――そして宗家がほこる若者達の、心意気と実力をんでの判断である。


 ささやかな提案の連絡直後――最後の震空物質オルゴ・リッド検査結果がようやく明らかとなる。

 そこへ示された結果とは――


れいさん……この震空物質オルゴ・リッド天楼の魔界セフィロト最下層――【マリクト】のメインコアになる物と判明。ただ――その魔法力マジェクトロン反応は旧魔王の物と思われますが――」


 弾き出された結果に、瞬間脳裏に過ぎる一つの記憶――ヤサカニ裏当主がすかさず、その検査結果をモニターで確認する。

 視界に飛び込む数値を見るや、思いつめた表情の裏当主――そしておもむろに結果のデータ上へ別のファイルから抽出したデータを合成させた。 


「こ……この魔力パターンは……!?れいさん……まさか――これは……!」


 合成されたデータに研究員も驚愕きょうがくする。

 研究員にとっても、想定していなかった魔力パターンが表示されたからだ。


「あの――れいさん……?どうした……の?」


 だが、データの意味を理解出来ない金色の王女——それよりも目の前のヤサカニ裏当主の状況のほうが気がかりであった。

 普段であれば厳しさと難しさが同居するヤサカニ裏当主——王女もそれが常と認識していた。

 だが瞳に映ったその凛々しく厳しい当主の表情――そこには哀しみに歪み、二筋の煌めきを頬に湛えた……遠き友を想う一人の女性がいたのだ。


「——あなたという人は……。いったいいくら、人類のごうを背負えば気が済むのですか……。少しくらいは私達に手伝わせなさいよ……ルーベンス……。」


 ヤサカニ裏当主が口にした【ルーベンス】という名。

 それはかつて人造生命魔災害バイオ・デビル・ハザード後の宇宙大戦にて――混沌とした世界をまとめるために、自ら必要悪を演じ……その後太陽系外に追放された【悲劇の英雄】の名――

 


 そしてその宇宙大戦――今なお伝わる、地球人類史上最悪の抗争【クロノギア大戦】の総指揮官を務めた者。

 それが三神守護宗家 ヤサカニ家当主……ヤサカニれいであったのだ。

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