5話ー2 暗躍 支える者達


 ――日本標準時間12:00未明――

 すでに地球と魔界衝突が騒がれてから、季節の節目を跨いだその日――【三神守護宗家】に激震が走る。

 宗家を始めとする世界の機関にへ向けられたピンポイント魔導通信にて――彼ら……否、人類にとって最悪の報が送信されたのだ。

 その送り主は今正に窮地に立たされる世界を追い込んだ存在――魔界より訪れた災厄。

 策謀の導師からの通信である。


『お初にお目にかかる。私はかつて、魔界の王シュウのかたわらで参謀さんぼうを務めし者――導師ギュアネス・アイザッハ……。』


『私はこれより君達抵抗勢力――ひいては、醜き光満るこの蒼き世界に宣戦布告しよう。……世界滅亡までせいぜいあがくといい……。』


 その通信を境に——魔界の王位を継ぐ少女は、地球と魔界存亡の命運をその背に乗せ……一層過酷な試練へと巻き込まれる事となる。



****



 東首都中心部――首相官邸へ一台のスポーツクーペが乗りつけた。

 しかしそれは、一見完全に場違いな重度のカスタムを施された車――傍目からすれば興味本位の若者が、モラル配慮に欠けたまま冷やかしに訪れたかに思える。

 大仰なリアウイングが目を引く低く構えられた――純白のボディに観音開きの特殊なドアが斜め上方へ開かれると、一人の男性が颯爽と降車する。


 それが本当に若者の冷やかしであれば、即座にSPにより拘束され警察へ連行されてもおかしくは無い。


 が――それを視界に入れたSPが、車の持ち主を確認するやいなや駆け寄り、今しがた降車した男性の周辺警護へと移行する。

 だがこの純白のスポーツクーペの運転手――あまりSPの警護を好ましく思わないのかやれやれと視線を巡らせ嘆息する。

 致し方なしの表情のまま警護のSPを引きつれて、足を向けたのは現在官邸へ出向中の日本国・防衛省長官の元。


「はい、少々お待ち下さい。」


 迎える秘書官が対応し長官へ連絡後、その唐突なる来客者が通される。

 そのまま官邸の一室にて男性を待つ長官である女性が、扉を開き訪れたる来訪者を迎えるため席を立ち――社交辞令を振り撒いた。


「お久しぶりです。炎羅えんらさん、息災の様でなによりです。――しかし、未だ宗家は難儀なんぎしている様ですね。」


「ああ、そう言えば……しばらくご無沙汰だったな。」


 炎羅えんらと呼ばれた者――それはクサナギ桜花おうかの叔父にして、クサナギ表門の当主を担う存在……【クサナギ炎羅えんら】。

 体躯は中肉中背で大よそ体育会系からは遠ざかるも――その外見だけならば、四十代でも通用する容姿。

 穏やかさの中にも確固たる意志が宿る双眸を、肩まで掛かるやや長髪の奥に隠す凛々しさ――ある理由により、容姿に対する彼の実年齢はすでに60を越えていた。

 この男……振るう手腕は宗家だけではなく、日本の政界にもとどろくと言われ――守護宗家における、稀に見るトップクラスの文官系当主である。


 それはほぼ顔パスで、首相官邸に出入りできる事からも想像にかたくないだろう――が、今の現状に関して言えば、世界の存亡が宗家の働きにかかっている事も無関係ではないのだが。


「早速で申し訳ないが――重要案件が発生した……。音鳴ななる君に伝えておく必要があると思ってね……。」


 迎えた秘書官への一礼もそこそこのクサナギ表当主炎羅――金に物を言わせた豪勢極まりないソファーへ腰を沈めると、それに合わせた長官の女性も同じく腰を下ろす。

 表門当主炎羅えんらは防衛省のトップ――背丈は低めで肩で切り揃えた黒髪に、縁無ふちなしメガネをかけた凛々しい長官をラストネームで呼ぶ。

 すると長官よりいましめの言葉がすかさず飛来する。


「……はぁ~……。炎羅えんらさん……いくらあなたとは言え、この場では長官と呼んで頂けるとありがたいのですが?」


 不意をついて出た長官のいましめの吐露。

 そこには厳重注意――と言う物ではなく、どこか昔をなつかしむも少々控えてくれ、程度の重みが込められる。

 その長官然とした態度に炎羅えんらが思わず――


「ははっ……昔引きこもっていたゲームマニアの少女とは思えない、型にはまった対応だな……。」


 さすがにその言葉に、声を微妙にあらげて長官は抗議する。


「なっ――この場でなんてトンデモ昔話を引っ張り出してるんですかっ……!?さすがに私も怒りますよっっ……!?」


 先ほどの凛々しさが、嘘の様な子供めいた癇癪かんしゃく

 この二人はそれ程までに気が知れているのだろう――相手の昔話が出るほどに。


「すまないな……(汗)。まあ冗談はこれぐらいで――君に良い知らせと悪い知らせがある……。」


 話をえられ―― 一瞬ムッとした表情に可愛さも残る50代の未だ若々しき女長官は、知らせと言う言葉にすかさず緊張を取り戻す。


「良い知らせ……からお願いします。」


 長官の言葉に、当主炎羅えんらおもむろに語りだす。


「魔族の王女である姫夜摩ひめやまテセラ君……彼女が計算上必要な――最後の【震空物質オルゴ・リッド】回収まで成功させた。」


 長官の緊張がさらに高まる。

 最初に悪い話も合わせてと受けているゆえ、その報を素直に喜べない。

 そして、重要な悪い知らせに耳を向ける長官。


「悪い知らせ……だが。導師ギュアネス・アイザッハが明確な……国家――引いては世界に対する敵対行動を宣言した……!」


 それは最悪の知らせ――

 今世界は、地球と天楼の魔界セフィロトの衝突による滅亡回避という未曾有みぞうの危機対応の最中――語られるは、それを起こした張本人からの敵対行動宣言。

 現在、【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】の厳しい制限下にある世界にとって最悪のシナリオであった。


 その報を聞き、女長官はソファーに深く腰掛け、頭を抱えながら天井を見上げた。


「……マジ――ですか……。あり得ないですよ……私的に……。」


 あまりのショックに、口調が炎羅えんらが知る学生時代のそれに戻ってしまう女長官。

 だがその直後、炎羅えんらの言葉に引っ掛かる点を見つけ、バッと起き上がる。


「世界――!?今世界と言いましたか……!?」


 激しく起き上がり――ソファーから転げ落ちるほどの勢いで上体を前のめりにする、女長官の言葉に首肯を返すクサナギ表当主。

 騒ぎを起こした張本人――導師は魔界衝突を静観するだけでは?と踏んでいた国防省は、導師に明確な動きがなければ衝突回避に専念出来ると動いていた。

 それが世界を相手取り宣戦布告など――状況は最悪極まりない。

 だがその布告する相手が魔界や日本一国ではなく――世界であれば話は別。


 そして——ここからが本題とばかりにクサナギ表当主が切り出した。


「その通り——世界に対する宣戦布告だ。すなわち……世界の各機関の協力を確実に得られる口実になる、と言う事だ。」


 炎羅えんらが指す世界の機関——それは世間で知られる所の国家や軍組織、と言う意味ではない。

 このような地球規模の危機——それも災害などではなく侵略……或いは破壊や支配を前提にした想定外の組織に対し真っ向から対処できる、超技術関連組織を指す。


 この地球現在におけるそれに該当する機関のおもとして——某国ローマ・ヴァチカン13課執行部隊【神の御剣ジューダス・ブレイド】、英国【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】、同英国【マスターテリオン機関】がそれに該当がいとうする。


 だがそれは、あくまで限定的な技術的支援に限定される。

 そこには【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】の制限が、該当がいとうする機関に多大な影響を与えている事が関係していた。


 が、考察されるデメリットを踏まえても得られるメリットが過ぎったのか——女長官はバッとテーブルに両腕を付き目を輝かせる。


「【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】の協力!——であれば、【アリス】代行より制限下であれ何らかの支援がとりつけられる、と言う事ですね!?」


 首肯する炎羅えんらはそのまま続け——


「とは言え、導師の動向から察するに魔法少女及び【魔導姫マガ・マリオン】以外の戦力は未だ判断しかねる。それに対する我らの戦力は――」


「王女――魔法少女と【疑似霊格機動兵装デ・イスタール・モジュール】だけ……ですよね~……。」


 再び長官がソファーに倒れこむ様に座る。

 何かと感情と行動両面で、起伏きふくの激しい女長官である。

 その女長官を見かねて、当主炎羅えんらは用意している秘策――それも国家の承認が必要な案件を持ち出した。


「そこでだ……。今数年前からのプロジェクトで【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】の制限の外にあって、今の時代に現存しない――またはすでに損壊・抹消が確定している個体の復元及び利用と……それらを運用するための技術・動力関連への限定的支援を、魔界より取り付ける方向で進めている。」


 【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】は正人類の技術乱用の抑止を目的とした、太陽系内で制定された宇宙国際法であるも——実質今そこに存在していない兵器、また魔界の技術は対象外とされる。

 しかし同様の危機的状況にある魔界の魔導技術全般を、大々的に利用するのは不可能であり——そもそも今からでは間に合わないのが実情。

 かといって地球の伝説級に強力な【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】は、大半が制限にかかり使用不可能。


「……炎羅えんらさん……?そのプロジェクトって……私も聞くのは初めてなんですが?」


 有事に備えて情報統制もいていた守護宗家——国家の要である防衛省でさえも預かり知らぬプロジェクト――


「そう——このプロジェクトは……すでに海の藻屑もくずとなった物の内、そのを魔導技術で復元再生しようと言う物だ。」


 嘆息のままやや呆れ気味の女長官——炎羅えんらと言う男が如何いかなる者かを知り得る彼女は、その能力が生む奇想天外な策略を全く想定出来ない国家へ失望さえ浮かべ——


「毎回思いますが——何で炎羅えんらさんがこの国を纏めて無いのか、不思議でなりませんよ。——まあ、に求める要求は想定しました。こちらでも可能な限り善処しますよ。」


「迷惑かけるな……。頼よろしくむ——国防長官殿。」


 防衛省長官との臨時極秘会談後、クサナギ表門当主は【アリス】代行よりその技術の戦略的利用の概要がいようと使用の許可了承のため—— 一路英国は【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】のある本拠へと向かうのであった。



****



 晴れ渡る晴天の下——それに似つかわしく無い物々しい轟音が、うねる大地の其処彼処そこかしこで炸裂する。

 無数の砲撃音と金属のれ合う音が響く、ここ富士のふもと――機動兵装演習場。

 通常自衛隊が演習場として使用する地であるが、近年は限られた民間企業との合同使用が大半を占めていた。


 その民間企業に代表されるは——かつて人造魔生命災害バイオ・デビル・ハザード以前に存在した組織が名と姿を変えた国内最大を誇る防衛組織。

 機動兵装訓練要項に基づく実戦演習を繰り広げていた。


亜相あそう教官、首相官邸より極秘のホットラインです。』


 今まさに訓練の最中——複数の新米機動兵装隊員を扱き立てる教導官に、官邸からの連絡が入る。


「官邸から……?めずらしいな……。すぐに出ると伝えてくれ。」


「各機―― 一時演習を中断、順次自主トレーニングへ移行!」


「「了解しました!」」


 白兵戦による競り合いを行う訓練機を一望出来る場所——他と一線を画す装備の機体が、通信を受けその身を翻す。

 隊員機全体へ通信――自主トレーニングをうながした後、仮設営された部隊管理設備でホットラインへ応じるため機体を降りる教導官。


『ごめんなさいね……訓練中だったかしら?』


「……本当にめずらしいな……長官からのホットラインとは……。しかし未だに慣れない——」


 通信の先――国防省長官へ、この教導官はまるで先のクサナギ当主の様にふくんだ言葉を返す。

 と――


『——闘真とうま……あなたまで……(怒)どうせ私はかつて引きこもってましたよ……!そうですよもうっ!』


 そして、先ほど同様癇癪かんしゃくが襲う女長官。


「オレはそこまで言ってないが……(汗)まさか炎羅えんらさんがそっちに……?」


 慣れ親しんだ様に、女長官の癇癪かんしゃくへ苦笑いを浮かべる教導官。

 クサナギ表当主は、どうやらこの教導官とも昔馴染みのようだ。

 まさしく炎羅えんらという男は、国防省に民間防衛協力体の教導官と――他にもどれ程のパイプを持っているのかと驚かされる状況を垣間見せる。


 そして癇癪かんしゃくばかりでは困る防衛省長官は、気を取り直して教導官の亜相あそうと言われた男へ用件を伝える。


『先ほど炎羅えんらさんから、良いと悪い――両方の報を受けました。……ようやくこの国——いえ、世界の危機に対し表立って動ける条件も取り付けましたよ……。』


 やはり国家という物は、個人の都合や熱き想いだけでは突き動かせない——厳しい現実を存分に味わったのだろう。

 さしもの長官も幼き頃数多あまたのロボットが戦うゲームで、無類の強さをほこった様にはいかないと、通信中の言葉に苦労がにじみ出る。

 

「苦労しているようだな……。そうか——という事は最低でも、必要と言いたいんだな……?」


『話が早くて助かります。二人にはこちらで連絡をつけます——まずは有事に備えるという事で……。』


 二人にしか分からぬやり取り。

 機動兵装を指すのか、装備の準備――それらを動かすパイロットと速やかに備えが整って行く。


 蒼き地球と天楼の魔界セフィロトの危機――巻き込まれた幼き少女達が宿命さだめをかけて戦うその裏で——

 それらを支える心強き大人達が、少女らを支援するために一人——また一人と集って行く。


 その危機は一人で背負う物ではない――多くの人と力を合わせて乗り越える。

 それこそが人類の素晴らしき力であると宣言するかの様に――

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