――救世の章――

ー王女を支える伝説達ー

 5話ー1 動き出す脅威



「……何が……起こった……?」


 大量の爆風とけむりが収まった高空。

 魔法少女の激突した地点でからみ合う二つの影――


 晴れる煙の中より出でた影はやがて鮮明となり——

 砲身形態となった王女の機械杖きかいじょうが、吸血鬼の眼前に突きつけられ——その空域へ滞空していた。



 

 王女の放った高レベル決戦魔法術式。

 間違いなくその魔弾の嵐は、吸血鬼をとらえていた。


 だがその吸血鬼のそば——共に突撃を行った使い魔もいた。

 王女の術式に反応した黒翼竜の使い魔が、全魔法力マジェクトロンを使い多重層魔量子障壁M・M・Q・Sマスターを完全防御する。


「もらったぁぁぁーーー!!」


 爆風を煙幕に、赤き吸血鬼レゾン金色の王女テセラへの再突撃――距離にして、まず王女が回避不可能な間合い。

 振り抜かれる赤き閃光——吸血鬼の武装、爪状魔力刃マギウス・クロウラーが王女をとらえる。


 ――が、その爪は王女に一撃与える事も叶わぬまま……構えられた機械杖きかいじょうに受け流されていた。



****



 ある時、私はレゾンちゃんとの戦いを前に自分の弱点を補う手段を、その専門家でもある宗家の面々から教わっていました。


『あなたは接近戦に対し、それに応じた武器が必要と思っていますね?』


 ヤサカニ裏当主さんは語ります。


『戦いという物は必ずしも、武器の優劣で決まる物じゃないですよ?』


 クサナギの小さな当主桜花ちゃんは教えてくれました。


 この地球に存在する武技ぶぎ

 それは強い武器をまとって、ただ強くなる事ではない——いかに不利な条件で相手に勝利するか。

 例え非力な武器や、時には素手であっても窮地きゅうちを脱する事が出来る——それが武技ぶぎ真髄しんずいと教えてくれてます。


 そしてその生粋きっすいの専門家とも言える、宗家の人達が私に少しの間ですが手解てほどきもしてくれました。



****



「(相手の武器の軌道をよく見る……!)」


『相手の手段が突撃であれば、その攻撃軌道は限られます。』


「(自分の武器の特性を生かして……!)」


『軌道が読みやすくてそれが来ると分かっていたら、それに対して待ち構える事が出来るよ?』


「(自分を軸に機械杖きかいじょうを当てて……)」


「受け流すっっ……!!」


 二人の魔法少女の決着は、止めもなく増大するお互いの魔力の大きさではなく——武の心得を会得えとくした王女が、吸血鬼の突撃を事で幕を閉じたのであった。


「この勝負——私の勝ちだねレゾンちゃん……!」


 最初からこの金色の王女は、吸血鬼の少女を打ち倒すためではなく対話のために制する事を前提で戦っていた。

 だが——吸血鬼の少女は相手を戦闘不能に追い込むつもりで戦いに臨んだ。

 それでこのあり様——吸血鬼の少女の、ぐうの音も出ぬほどの完全敗北である。


 その吸血鬼は戦意を喪失し、途切れた緊張の中で疑問が浮かぶ。

 どうせ対話の場を臨んでいたのだろうと察し、とりあえず質問をと敵対する王女へ投げかける。


「これだけ戦闘しておいて何だが……私はお前に名乗った覚えが無いのだがな……。」


 戦闘が始まって以来、まさかここでその質問?と王女はう軽くなれる——が、むしろ相手から対話をしけ掛けてくれるなら、活路があると察し返答する。


「うん、あなたは名乗ってないものね……。その名前はジョルカ——じゃなくてシュウさんから聞いたの。魔王シュウ……レゾンちゃんは知ってる……んだよね?」


 吸血鬼の少女もうなれた――またあいつかと。

 そもそも導師の要塞へ幽閉された身で、いつ彼女へそれを伝えたんだとの疑問が過るも——けれどその魔王が伝えたのならばと、特別に不満などは浮かぶ事もなかった。


「あいつの事だ……。お前……王女テセラも同じ昔話を聞かされたのだろう……?まあ——その聞かされた手段までは、あえて問わないでおくが……。」


 王女の心が喜びに弾む。

 今――赤き敵対者と戦闘行為による命の削りあいではなく、対話をしている。

 彼女にとって、きっとそこからが始まりであり——今の状況を好転させる決め手になると確信している。


 だから、吸血鬼の言う――魔王の昔話――それは決め手の決定打になるものだ。

 王女も言葉を慎重しんちょうつむぎ——赤き少女とのつながりを築こうとする。


「——同じ話……聞いたんだ。そう——聞いたよ?昔話……。私の姉さまと魔王シュウさんと——そして、二人の掛け替えのないお友達……の——」


 そこまで発した王女の言葉を遮る吸血鬼——その表情は驚愕の余り絶句しそうなほどの、強い感情を宿して——


「待っ——!?私は当事者の詳しい名は聞いていない——あの魔王は想像していたが、もう一人はお前の姉で……。それに……シスター……テセラ……だと……!?」


 そのシスターテセラと言う名に赤き吸血鬼が反応する。

 最初に金色の王女の名を耳にした時、その名に引っ掛かりを覚えるも——思考に浮かぶもやが記憶していたはずの名を忘れさせていた。

そのもやが王女の言葉で吹き払われ――彼女の脳裏の片隅に、わずかに残る記憶の断片が顕となる。


『(――そう……悲しい想いをしたのね……。)』


 吸血鬼の脳裏にフラッシュバックする風景と声――懐かしき光景そこに浮かぶ、光に包まれた一人の女性。

 艶やかな薄いブラウンがきらめく御髪をふわりと流し、聖職者然としたシスター服に身を包む――その背にはいつも、ヒトに追われしか弱き魔族らをかくまう神々しくも人間ヒト


『(――名前……。……あなたのお名前は……?)』


 見開く双眸――赤き吸血鬼はその目覚めようとする記憶に、鼓動こどうが激しく鳴動めいどうする。

 高鳴る鼓動と脳裏へ再来する記憶の断片――噴出する滴りの中、思考も身体も硬直する。


「――っ!?」


「……レゾンちゃん!?どうしたの……もしかして、攻撃がダメージを――」


 やっと言葉を交わせた赤き少女の只ならぬ異変――

 それを目にした王女は思わず手を伸ばし――吸血鬼へ近付こうとする。


『(――では、あなたはこれから……そうね、レゾン……レゾン・オルフェスと名乗りなさい。そして……私との――シスターテセラとのお約束……あなたは――)』


「……シスター……私は――」


 赤き吸血鬼がらした、記憶の中の聖職者シスター――その記憶に支配された少女の目から、止めもない涙があふれ出る。

 蘇る記憶の前に全てが無防備となる吸血鬼へ、気遣う王女が寄り添おうとする――

 まさにその刹那――


 きらめく一閃が、その二人を引き裂く様に振り下ろされた。


「――無用な接触は避ける様にと、導師さまに釘を刺されているはずです……。」


 その一閃をあわやの回避で後方に下がる王女。

 そしてその聞き覚えのある声に、状況好転のチャンスがかき消されたのを感じた。


「……【魔導姫マガ・マリオン】……コスモっ!!」


 王女の声に反応した【魔導姫マガ・マリオン】は、一応の訂正を交え無感情に返答する。


「申し訳ありませんが――私は導師様より改称【セブン】の名を与えられております。……念のため……。」


 まさにあの最初の襲撃者――無機質で抑揚よくようの無い声。

 だがその改称が意味する物か、全体の印象は以前より人間味を増した表情と、明らかに強化された装備が目に入る。


「――貴様……セブン!」


 王女に反応する淡き魔導人形――その現れた魔導人形に対し、同じく反応した赤き吸血鬼が再び憎悪の表情を取り戻した後……【魔導姫マガ・マリオン】の少女をめ付ける。


 その眼前――ヒュッン――と刀状の武器を突きつけ、


「すぐさま退却する事をお勧めします。すでに事は始まっている――計画に支障を来たす、これ以上の想定外を呼び込まぬことですね……。」


 ふと、他の気配に気付き吸血鬼と王女が周囲を見回す。

 そこには――セブンに改称された【魔導姫マガ・マリオン】とわずかな差異さいはあるも、同様の出で立ちの者が刀を携えし人形セブンを除き三人……王女たちを囲んでいた。


「……ローディ君。これ、まさか……?」


 王女は記憶を辿たどり、使い魔が最初に地球へ訪れた際の出来事――その内容に関連する四人の【魔導姫マガ・マリオン】のくだりを引き出す。


「ああ――彼女らもセブンと同様……【魔導姫マガ・マリオン】だ……!」





 後方海域――宗家輸送船より偽りの霊兵装ヤタガラスが飛び立つ。

 ヤサカニ裏当主が手出しをせず見守る状況は一変した。


 王女の使い魔より聞き及び――警戒対象へ組み込まれていた三人の【魔導姫マガ・マリオン】。

 ここに来て現れた彼女らが引き起こす、不測の事態――万一に備えるためだ。


『各員は封鎖を強化!場合によっては増援を必要とします。至急宗家への連絡を!』


 ヤサカニ裏当主としてはこの事態――あと一歩で状況に進展が見られる所での手詰まり。

 そして状況がこれ以上暗転すれば、もはや地球と魔界の両世界を救う所ではなくなる――明らかなあせりが見え始めていた。


「導師ギュアネス・アイザッハ――やってくれますね……。」


 偽りの霊兵装コックピット内――苦虫にがむしみ潰した様な表情で、ヤサカニ裏当主は機動兵装の機関出力を上げ……王女の元へ飛んだ。




「いいだろう……導師にこれ以上失態を見せる訳にはいかん……。」


 観念した吸血鬼の少女――撤退の意志と共に【魔導姫マガ・マリオン】にしぶしぶ従う。

 ――自らの得たの【震空物質オルゴ・リッド】をたずさえて。


「素直に従うのなら問題はありません。ガゼル、スプリンテ、クイント――貴女方も帰還しなさい。」


 刀を携えし魔導人形の言葉を合図に三人の【魔導姫マガ・マリオン】が撤退し――二人を引き裂いた魔導人形も合わせても撤退する。


 それに少し遅れて吸血鬼が撤退するためくるりと反転し――魔導人形らに悟られぬ程の声で王女に告げた。


「(テセラ……お前の後方――海上を確認してみろ。……どの道私には回収できん……。)」


「――えっ!?」


 唐突な赤き少女の言葉にドキリ鼓動を高鳴らせつつも、告げられた後方の海上を確認する王女。

 ――そこには、吸血鬼の魔導式探知レーダーには全く反応しなかった想定外……最後の【震空物質オルゴ・リッド】が取り残されていた。


 告げられた事実に驚きながら、すでに撤退を始めた吸血鬼へ向き直る王女は――心からの声を上げた。


「レゾンちゃん……!また……またあなたとお話がしたいっ!だから――」


 その声が届いたか否かは本人吸血鬼にしか分からない。

 王女の想いの猛りへの返答も無いまま、赤き魔法少女は【魔導姫マガ・マリオン】と共に撤退していった。

 

 だが――この戦いが決めてとなり、両世界救済の決定打になる最後の【震空物質オルゴ・リッド】は王女側の手に渡る事となったのだ。



****



「さて……頃合ですかね……。」


 次元の狭間はざま――企みの導師ギュアネスの私設要塞。

 その彼が無用であれば訪れる事のない場所――を幽閉する次元牢獄にいた。

 魔導モニターで手足の様に操るの帰還を確認し、その光景を牢獄の中でただ繋がれるだけの存在へ見せ付ける。


「……お前――本当に始める気か……!」


 あの吸血鬼や【魔導姫マガ・マリオン】との会話ではほとんど見せる事のない、かつての凶悪さを物語る怒気どき

 腰まで伸びた白髪を逆立てる様に――鋭き眼光と共に放つ怒気を、眼前の愚行を企む者へ叩きつけられる。


 しかし――叩きつけられる猛烈なる怒気どきをその身へ受けて、平然とする愚行の導師。 

 かつて導師は魔王シュウに使える、最高位の腹心であった過去を持つ。

 それゆえに、彼女の怒気どき――その源〔魔霊力〕はもはや慣れた物であった。


「ええ――始めますよ……?貴女はそこでおとなしく見ているといい……。」


「私が策により、この醜く光る地球ほし天楼の魔界セフィロト――愚かにもこの私から最高の主君をうばったが……魔天の下す罰により、滅びを迎える所を……!」


 牢獄の中――ただ睨め付ける事しか叶わぬ白き魔王を尻目に、低く響く嘲笑を残しその場を後にした愚行の導師。

 そこへ訪れたるは、を――宣言と共にかつての主君へ知らしめるため。

 まさにただそのためだけに、足を向けていたのだ。



 ――そして、導師ギュアネス・アイザッハの、復讐とも言える計画の一端が実行に移される事となる。

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