4話ー6 運命に舞う 王女と吸血鬼



 量子力学の分野における量子クオンタム反量子ネガ・クオンタム

 それらは物理学上お互いが同空間――同一座標上で出会うと、膨大なエネルギーを発し対消滅ついしょうめつを起こすと言われている。


 【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】が興った超古代においても、その現象は現在と同様に対消滅ついしょうめつされるとし――その反量子ネガ・クオンタムを含む反系物質により構成される生命……それを魔族と呼称するのはすでに常識であった。

 ゆえに、超古代においても魔族は正系人類との接触は危険であり、互いは共存出来ない――その認識がくつがえる事はなかった。


 しかし双方とも同じ人類であり同胞である事実は変わらず――対消滅ついしょうめつの危険なく共存するという事は希望であり……願いであった。


 そこでその希望を託し、存在を予見した理論こそが対消滅ついしょうめつする事なく存在出来る仮想理論である。

 量子と反量子の対生成ついせいせい現象と呼称された理論形態が【惹かれあう者スーパーパートナー】の原型であり――光と闇に生きる者達の永遠の願いそのものとされた。


「――全く……人にわざわざ食事を運ばせたと思えば、暇がてらによくしゃべる魔王だったな……。けど――」


「私が……あの王女との……?」


 魔王の言葉の多くは理解が出来ない赤き吸血鬼レゾン

 しかし――【惹かれあう者スーパーパートナー】のは直感的に悟っている。

 己の中にある違和感――王女と出会ってから、日増しに増幅される感覚に合点がいったから。


「しかし――あの魔王にも大切な者が……。」


 赤き吸血鬼は難しい理論はともかく――その後、魔王が思い出話をしていた事の方を気にかけている。

 天の魔界――王族の血脈を持つ魔王と孤高の魔王、そして地球のとあるシスターの物語。

 魔王が口にした昔話は特に詳しく名は明かされぬまま。

 しかし少女が得た断片的な情報――そこから二人の魔王の内一人は間違いなく、あの魔王自身であろうと直感していた。


 その話を聞く内に、赤き吸血鬼は魔王が気に入っていた理由に至る。


「――私とシュウは……同じだったんだな……。」



****



「レゾン様……導師様より通信です。」


 魔王シュウのご機嫌取りから程なく、導師よりの通信でさらなる【震空物質オルゴ・リッド】反応あり――至急回収せよとの命が下った。


「……またあいつと接触するだろうな……。」


 あいつ――魔族の王女テセラ。

 自分の力の増大に疑問を持っていた私は、あの魔王の言葉で揺らいでいた。

 こんな状態であの王女と戦えば、また任務を失するだろう――

 全くあの魔王は……余計なタイミングで、余計な事を吹き込んでくれたものだ。


「ブラックファイア。次に王女と相対した時……お前の力――【魔導機】としての力が頼りだ……。」


 【震空物質オルゴ・リッド】回収の如何いかんにかかわらず、これ以上の失態は許されない。

 それは自分がよく分かっている。

 だが、私は彼に頼るしかない――自分が魔法少女として有する能力は、常人離れした身体機能だけだから。


 だが、王女は膨大な魔法力マジェクトロンがある。

 あちらの使い魔はその制御を高速処理し、発動準備を整えるだけ。

 たったそれだけで、絶大な攻撃力をほこる魔法を放つ事が出来る。


「……分かっております……。我が力はレゾン様のお力――この身が果てるまでお力添えいたします。」


 ブラックファイアの【魔導機】としての力は、本来ならマスターに仕える必要のないほど強力な物――それを強引に封殺し、私のレベルに合わせた運用を行っている。

 つまり――私と王女はが違う。

 恐らくそれを帳消しにしている現象――それがあの魔王の言う【惹かれあう者スーパーパートナー】なのだと直感していた。


 ――その事実は、自分自身の存在価値に疑問を投げかけるのには充分過ぎる。

 そしてその疑問を抱えたまま、私は【震空物質オルゴ・リッド】反応地点へ向かうのだった。



****



「だいたいこれが、ボクの出すあの魔法少女の戦力分析だ。」


 ここは学園寮――今日はローディ君と秘密の会議。

 あの強い魔法少女、レゾンちゃんとかち合った時の作戦を二人で練ってる所です。

 個室ではありませんが、基本同室の子がいない私は貸しきりで部屋を宛がわれた様な感じなので――寮長さんの許可の下、こうやって会議を開いたりしています。


「この分析は、テセラの感じている違和感を抜きにした状態であることは忘れずにね……?」


 自分の中で、彼女と戦った時に感じる違和感、すでにローディ君を初め宗家の人達にも連絡済みです。 


 それは――レゾンちゃんとの戦いの時、力が必要以上に沸いてくる事。

 それも自分の中からというより、レゾンちゃんから流れ込んでくるという不思議な違和感。


「そっか……それでもレゾンちゃん――接近戦に特化してる感じがする。じゃあ少なくとも接近戦は避けるべきだね?」


 レゾンちゃんとの接触はほんのわずか――それなのに私の使い魔君は、そこから最適な状況分析を行ってくれます。

 これも魔界では二つと無いらしい、世界創生ロード・グラウバーの成せる技なんだと思い知らされます。


「それでね……ローディ君に質問。いろいろと秘密にしてる機能――あるでしょう?」


 思い切りの質問をぶつけます。

 とても思いやりのある使い魔君なのは充分理解しました。

 だからこそ――マスターである私に危険を冒させない様、機能に制限をかけている事もなんとなく分かってます。


「……やっぱり気付いてしまったか……。」


「うん、気付いた……。でもきっと、彼女を助けるためには今のままじゃ……。だから――私に無茶をさせて欲しいの……。」


 れいさんに無茶をしない様にと言われています。

 本来の力に目覚めた私でも、データが示すあの赤き吸血鬼レゾンちゃんとの戦いを前にし――やっぱり力不足は否めません。

 けど相手はやっぱり魔族です。

 昔のジョルカさんや姉さまの話を聞いて確信しています。

 高貴で気高い魔族なら――自分を打ち負かすほどの相手でなければ、対等な話にも持ち込めない。


 レゾンちゃんは吸血鬼。

 きっとそのほこりは強く気高いはずです。

 だからこそ――


「……レゾンちゃんに……ちゃんと話を聞いて貰いたい……。ちゃんと届けたいの――ジョルカさんの願いと私の想いを……。」


 ――そして、二人だけの会議から数時間後――

 私と孤高の吸血鬼レゾンちゃん――二人の魔法少女は真正面から激突する事となるのです。



****



 日本海上――大陸にほど近い海域。

 金色の王女テセラの使い魔が地球へ【震空物質オルゴリッド】を運搬中に襲われた際、それらは予定地に運べず運搬用コンテナは爆散していた。

 が、【震空物質オルゴリッド】本体にはさほどの影響も無く――しかし、遥か高空から散りじりになったため地球の各地に飛散していた。


 それが幸いにも、散り散りになった対象の大半が日本近郊へ落下していた事もあり――金色の王女と【三神守護宗家】にしては好都合となる。


 しかし導師ギュアネス率いる敵対者の介入で、想像以上に【震空物質オルゴリッド】回収に手間取る金色の王女勢――現状回収した物は計算上必要とされる数に、ぎりぎり間に合うかどうかといった状況であった。


「……これはどうなっている……。」


 その残り三つを今まさに手中に収めようとしていたのは、敵対者側の魔法少女である赤き吸血鬼レゾン

 しかし――


「あの最後の一つ……導師より回収せよと指示を受けた反応は二つ。だが――」


 確かに導師ギュアネスは、レゾンに二つの【震空物質オルゴリッド】反応ありと伝えていた。

 だがその場に急行した赤き吸血鬼の視界には、間違い無く三つの対象が映っている。


「マスター……この対象は全く魔導レーダーには検知されていない様です。変ですね……。」


 吸血鬼側――翼竜の使い魔ブラックファイアも疑問をかくせない。

 本来魔族の力を凝縮させて生み出される、魔界製【震空物質オルゴリッド】――それが、魔法力マジェクトロンを検知する魔導レーダーに全く反応しないのは通常ありえない事態。


 さらには――


「あの対象……こちらが回収用の術式で、【魔動機】の隔離次元内に取り込もうとしても反応が無い……。まるでこちらの回収に抵抗しているみたいだな……。」


 敵対者側においても予想外の事態。

 恐らくこの最後の対象を回収するかいなかで、地球側の運命は決する――赤き吸血鬼はその事も理解した上で、その対象――最後の【震空物質オルゴリッド】を持ち帰るつもりなのだ。


「そう――これを導師にゆだねれば全てが終わる……。この世から全ての魔族が消え失せる。」


 その考えに至った赤き吸血鬼。

 しかし――少女の脳裏にいくつもの迷いが生じる。


 ささやかでわずかではあった、みすぼらしい少女との暮らし……。

 自らに全てを賭け、使える使い魔……。

 自分と似た境遇で、執拗しつように自分を気にかける魔王……。

 全てはこの地球に生まれ出でて得た物……。


 そして――


「マスターっっ!」


 迷いの海で彷徨う寸前の吸血鬼。

 突如として襲い来る、強力な魔力の奔流――大気を震撼させてきらめく魔量子の強襲に、素早く反応した翼竜の使い魔が声を上げる。

 迷いの狭間はざまで揺らぐ赤き吸血鬼は、高収束された魔力火線砲の襲撃を寸でかわし切る。


「……くっ!?」


 呆けた最中のあわやの回避――己自身を脳裏で叱責しながら、赤き吸血鬼はすぐさま火線砲の放出先をめ付ける。

 そこには、想像したとおりの相手がまさかの行動で先手を取っていた。


「レゾンちゃん……これでおあいこだからね……!」


 数十メートル先にいた者

 地球側――そして魔界側の魔法少女、金色の王女テセラである。

 だが――その身体の回りには、先の戦いでは見られなかった装備を携える。

 円形に近い形状で腰部に展開される魔導装備――それらに連結される、対空武装を兼ねたと思しき小型の高機動武装群。


「それがお前の――【魔動機ロード・グラウバー】本来の姿か……。」


 冷静をよそおう赤き吸血鬼。

 が、まさに自分が想定した最悪の結果に引きずり込まれ――さしもの彼女も動揺していた。


「ブラックファイア、すまないな……私のミスだ。この状況――完全に王女あいつのフィールドだ……。」


 数十メートル先――だが、自分が突撃するには勢いを殺される距離。

 対してその距離のわずか後方に構え――すでに強力な砲撃の射程にとらえる王女。


「ご心配には及びません、マスター。魔法術式を介す彼女の攻撃に対して、私の火線砲は無術式の固有魔法……。高速術式制御にも勝る自信があります。」


 しかしそれはレゾンにとって、唯一の戦力の源泉である魔力接続を完全に切断する事と同義――切断後は、最低限の防御力で自分を守らなければならない危険な策である。

 だが、使い魔は言い放つ――すでに主である吸血鬼の覚悟は知っているから。


「私が接続を切る間は、マスター自身の防御……自分でなんとかして下さい!」


 赤き吸血鬼はわずかに微笑んだ――放たれた使い魔である少年の言葉は、自分に対する信頼そのものと知っているから――


「言うようになったじゃないか……。分かった――魔力結合切断後、遠距離よりの援護攻撃をお前に任せる……活路を開いてくれっブラックファイアっ!!」


 使い魔と魔法少女を結ぶ強い絆は、時を経る度強固となり――すでに絶大な信頼を置くほどへ昇華する。

 その絆を以って――赤き吸血鬼は使い魔と共に、魔族の王女……うらやんで止まない相手に突撃を仕掛ける。


「ローディ君、来るよ!制限解除――まずは突撃をさせない!君の……世界創生ロード・グラウバーの力が鍵になる!お願いっ!!」


「了解!テセラの成長を信じてる!きっとボクの性能を使いこなせるとっ!!」



 絆と絆、赤き吸血鬼レゾン金色の王女テセラの全力勝負が今――開始された。 

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