4話ー2 封ぜられし魔王



『――ザッ――こちら……エジプト上空【EJ M・D・Sマス・ドライブ・サーキット】!!……ヨーロッパ方面防衛隊……応答願います!こちら……ザッザー――』


 世界各地で【M・D・Sマス・ドライブ・サーキット】が謎の破壊工作を受けていた。

 それはほかでもない、あの魔界の造反導師が絡む一連の事象。


『任務内容は以上です。あなた達は速やかに【M・D・Sマス・ドライブ・サーキット】への破壊工作を遂行する様に……。』


 造反した導師の指示を受け、設備破壊を請け負う三体の影。

 【M・D・Sマス・ドライブ・サーキット】は各種存在し、場合によっては地球は大気圏レベルの高空に位置する物もある。

 ここエジプト、ピラミッド上空――成層圏最下層にある設備もその一つだ。


 各地に設置される【M・D・Sマス・ドライブ・サーキット】。

 それらは【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】の中では、制限が軽微である設備の一つであり――各高空の設備に関しては位相空間へ次元鋲じげんびょうにより連結され、地球の自転の影響を受けないよう制御される。


 通常はインビジブライズ機能により、光学的な視認性を疎外するフィールドが形成され――目視にて確認する事は出来ない。

 設備運用時のみ、光学的な疎外フィールドの解除をもって視認可能となり――限定的な制限の元、太陽系内・多種の惑星間物質運送に利用が可能と定められる。


「コスモ抜きの任務……。彼女無しでも作戦に支障を出さない様動く……。」


 三体の影の内、一つが他二人を指揮し【EJ M・D・Sマス・ドライブ・サーキット】に侵入する。

 施設の外見的な特徴として、おおよそ巨大なリング形状を持ち――設備起動時はリングが形成する反重力力場を円筒状に展開、さらに内部空間を螺旋形状の半物質化レールが伸びる。

 地球側から輸送対象を射出する際は、地上の発射施設から電磁的な加速の元――宇宙外へと輸送が可能になる構造である。

 

 その設備管制を司る管理施設は、通常一箇所――が、高空に位置する場所では地上と高空それぞれへ管理管制施設を設けていた。


「この設備を完全破壊する必要は無し。一時的に使用不能とし――導師様の策の優位性を確保するのが最優先。」


 三体の影は必要な破壊工作を速やかに行使する。

 破壊工作それが行われたのは、監視の目が届きに難い上空施設――技術制限を受けた現在の地球上における防衛システムは、大気圏上施設の防衛能力に支障を生むレベルとなっていた。

 破壊された管制施設――影らが一時的な作動停止を確認。

 空中設備から魔導型戦闘艇に搭乗――速やかな撤退を見せる。


 その手際――言うなれば、命令を忠実にこなす操られた機械のそれ。


「地球上の【M・D・Sマス・ドライブ・サーキット】はすでに五つが機能不全ですか――上々です。」


 位相空間の私設要塞上層、大広間で策の推移を見守る男。

 何をするでもなく、量子立体式モニターを通して、じっと状況を監視する。


 そして別のモニターを一瞥いちべつ――同時遂行中任務の経過を確認し、状況推理に入る。


「現時点の計画への障害になる物は――この【日の国】にいるソウケと呼ばれる組織……。それにジューダス・ブレイドと、円卓の騎士会辺りですか……。」


 一連の所業――世界をチェス盤に見立て、意のままに操る神を演じている様だ。

 その世界をゲームにしている男に、無機質な声がかけられる。


「導師様……。」


「コスモ……修復は完了しましたか?」


 声をかけた少女――【魔導姫マガ・マリオン】を視界にすら捉える事無く導師は問う。


「ハイ。とどこおりなく……。」


 【魔導姫マガ・マリオン】コスモもそれを気に留める事ない。

 簡潔で――必要最低限の言葉を、無機質な感情のまま返答する。


 それからわずか数分であるが、互いが会話を交わす事もなく時間が経過し――導師が更にモニターを開き、ようやく会話の再開を見る。


「先の戦闘と、野良魔族の少女が収集したデータ――それを元にした新システムを用意しています。あなた方【魔導姫マガ・マリオン】は今後の戦闘に備え、それらを運用してもらう予定です。」


 導師があの赤き魔法少女を「野良魔族の少女」と呼んだ事に、コスモはわずかに反応した――が、やはりそれを気に留めるでも無く導師の指示を仰ぐ。


「他の三人は、帰還後改めて追加しますが――あなたにはすでにデータ諸々を追加終了しています。……そうですね……現状を便宜上後期型とし、名称を【セブン】に改めましょう……。」


 モニターに映る映像群に、地上のあらゆるデータを集積したライブラリが開かれ――膨大なデータの羅列をシャッフルさせる造反導師。

 その一つ――それは考え抜いた訳でもない、言わばルーレットで名称を選択……何の脈絡も無く、ただヒットした名を改称として与えられる。

 意味も――価値も存在しない選別である。


 無機質を地で行く人形の少女――【セブン】と言う名を命名された少女でさえも、一連の導師の行動で明確な事実が思考へ刻まれた。


「(私達は――ただの、道具……と言う事ですね……。)」



 

 その後――【魔導姫マガ・マリオン】の少女セブンは、導師より受けた指示の一つをこなすために機械的に淡々と行動する。

 向かう足は大広間のある建物から数百メートル離れた、窪地くぼちにある施設へ進められた。


 要塞全体から次元的に隔離され――厳重なロックにより管理された、四方30メートル前後の施設。

 外観こそ魔殿をよそおうが、その実何の味気も無い建造物。

 これら要塞内建造物全ての意匠は、導師の性格が由縁ゆえんしているのだろう。


 大扉のロックを解除した人形の少女セブンは、さらに奥にある大部屋へ向かう。

 そこは、周囲に強力な魔導結界が幾重いくえにも張り巡らされ、何人もそこから脱出する事が叶わぬ次元牢獄。


 牢獄である部屋の外、人形の少女セブンらと同じ――いや彼女らと比べれても、まず意志と言う物が存在していないであろう……【魔導姫マガ・マリオン】のコピー体が、人形の少女セブンわずかばかりの食事を渡す。

 受け取った無機質な少女は、牢獄内の唯一の牢へ食事を運ぶ。


「……食事です。無理に食べろとは言いませんが……。」


 薄暗く……そして強固な檻に囲まれる牢獄奥――魔導錠により両手を繋がれた女性が一人。

 ここに繋がれてから、どれ程の時間を過ごしたかは分からぬ程の、足まで伸びきった白髪。

 だが、その眼光は未だ衰えぬ光を放ち、顔の半分には導師と酷似こくじした魔導文字のタトゥー。

 身長は大人の背丈ぐらいであるその女性は、人形の少女セブンに対しやや空ろではあるが――鋭さをはらんだ目を向け問いかける。


「ギュアネスはどうだ?……未だ世界と言うゲーム盤の上で神気取りか……?」


 低く――それでいて底知れぬ威圧感を伴うその声。

 恐らく並の人間や下級魔族であれば、その声に込められた強烈な魔霊力に当てられ卒倒そっとうしているはずである。


 しかし、元来明確な魂と言う物を持ち合わせていない【魔導姫マガ・マリオン】である少女には何の効果もなかった。


「ふぅ……やはり貴様では面白みが無い……。あの赤い少女はどうした?私としては、あの少女の方が見込みがある……。」


 人形の少女セブンには白き女性の言う意味がよく理解出来ない。

 仮にも彼女は、人質的な扱いでここに幽閉されているはずだ。

 ――にもかかわらず、この傲岸不遜ごうがんふそんな態度。

 その会話の端々で、未だ何かをくわだてているかのごとき思考。


 人形の少女にとっては、この女性が全てにおいて理解不能であった。


「――私はなぜ、この様な事になっているのだろうな~~……この白魔王びゃくまおうシュウとあろうものが。ミネルバと共に魔界を駆け巡り、覇権争いをした頃が懐かしい……。」


 幽閉された女性――己が名をシュウと言った。


 ――白魔王びゃくまおうシュウとは、かつて【天楼の魔界セフィロト】においてあの魔嬢王ミネルバと、【ティフェレト】【ネッアク】を賭けて大決戦を繰り広げ、数々の異名を打ち立てた魔王である。


 その名は名声に留まらず、悪名としても魔界を震撼させ――多くの魔族を恐怖の底に叩き落とした凶悪を地で行く魔王である。


 しかしそこにいた女性は、眼光や魔霊力はともかく――その威厳など欠片も無い。

 ただ無残に魔錠まじょうに繋がれ――監視の【魔導姫マガ・マリオン】に悪態をつくのがやっとの状況となっていた。


「……そんなにあのレゾンが良いのであれば、シフトを変更してもらいましょう。」


 人形の少女としても、理解不能の寂れた魔王の相手より、導師の任務を道具として遂行する方が生に合っていた。


「それが良い!そうしてくれ……!では私はここで待っているぞ……!」


 人形の少女はやはり、本人も認識はしていないだろう――無機質な感情の中に煩わしさがチラついている。

 その魔王の言葉に反応する事も無く、再び牢獄を閉ざし任務に戻って行った。


 



 閉ざされた牢獄の中――寂れた魔王は何も無い天井をあおぎ見る。

 するとその先に、魔導センサーにも感知されぬ程微弱な魔法力マジェクトロンで、映像を映し出す。


 その映像の先に映し出された物、人影――少女の姿……それは魔族の王女テセラであった。


「……大きくなったな……まるで幼い頃のミネルバじゃないか。……姫夜摩ひめやま……テセラ。」


 先ほどまでの、傲岸不遜ごうがんふそんな態度が嘘のように消えた魔王――その映像を目にしたあとまぶたを閉じる。

 まるで遠い記憶を振り返るかの様に――


「……なあ……あのミネルバの妹は……君の様な希望になれるかな……?シスターテセラ……。」

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