4話ー3 憎悪と慈愛と



 王女テセラとそれを守護・支援する者達。

 対するは導師ギュアネス・アイザッハの手の者達。

 【震空物質オルゴ・リッド】を巡る争いは、混迷を極めていた。


 地球圏の【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】に対する厳しい使用制限がなければ、王女テセラはすぐにでも【震空物質オルゴ・リッド】回収を終え、【天楼の魔界セフィロト】は難なく地球衝突を回避していたであろう。

 この時代において——【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】はそれほどまでに、世界の情勢を左右する物となっていた。


 ゆえに、その技術による支えを失った世界は、恐ろしいほど脆弱ぜいじゃくで――同時に策士と呼ばれる者の格好の獲物に成り果てていたのだ。





 十六の内除外出来る【震空物質オルゴ・リッド】を除いた必要数は十二。

 しかし、その三分の一を導師側に奪われた金色の王女テセラ


 【天楼の魔界セフィロト】は地球衝突限界軌道のゼロポイントへ徐々に近づきつつあり——予断を許さぬ状況が差し迫っていた。


 さらにその【震空物質オルゴ・リッド】を回収後——【M・D・Sマス・ドライブ・サーキット】に運ぶまでは、少なくとも地球側にて対処せざるを得ない。

 【三神守護宗家】を初めとする、各国防衛機構は連携を強め——何としてでも魔界の衝突回避を成功させようと、あらゆる策を講じて備えていた。


 しかし——ここに来てさらに事態の深刻さに拍車をかける状況が、【震空物質オルゴ・リッド】の回収任務に立ちはだかる。


『こちられい、各員結界を維持!奴らの市街地侵入を阻止しなさい!』


 残された五つの【震空物質オルゴ・リッド】の内、二つの反応を復興途中の市街地周辺で確認、宗家の回収部隊が向かう。


 だが、その地点に野良魔族の反応が重複して確認され——回収任務がいっきに難度を跳ね上げる。

 対魔部隊に続いて現地到着した金色の王女は、すぐに反応の探知に入った。


「ローディ君!野良魔族発生地区の中心!……【震空物質オルゴ・リッド】があんな所に……!?」


 さすがに王女も、ここまで予想外の事態に困惑が隠せない。


『テセラ!野良魔族はこちらで何とかします……!その隙に【震空物質オルゴ・リッド】の回収を——』


 ヤサカニ裏当主は、この事態を別ルートから得た情報によって推測していた。

 そのためこの【震空物質オルゴ・リッド】回収に合わせて、宗家の対魔部隊を増員していたのが不幸中の幸いとなる。

 さらに、先の赤き魔法少女の件を鑑み——宗家専用機体【疑似霊格機動兵装デ・イスタール・モジュール】まで持ち出していた。


「確かに情報通り——野良魔族まで同時発生するとは……。しかし、これは……。」


 その異変に対し、ヤサカニ家裏門当主はただならぬ事態を想定する。

 現在発生を確認している野良魔族、それらのタイプに彼女は着目していた。


 【疑似霊格機動兵装デ・イスタール・モジュール】は市街地戦を考慮――空戦型の【ヤタガラス】ではなく、高機動陸戦型の【タケミカヅチ】を出動させている。

 人型をベースにした、可変機構を持つ点は空戦型と同様であるが、こちらは変形後に高機動高速戦闘車両ハイ・スピード・グラップル・ビークルへ可変する。


 現在の日本は、人造魔生命災害バイオ・デビル・ハザード以降分断された列島を、かつてと比べ物にならぬ規模と数のハイウェイで全国を繋いでいる。

 その東西経路を結ぶ陸路——及び海をまたぐハイウェイ全域を、素早く……そしてフル活用できる高機動陸戦型は水を得た魚である。


 日本所有機体の高機動形態は高速車両形態——重火砲戦闘形態とが存在する。

 が、宗家で用いる【タケミカヅチ】は現地への最速での移動を考慮し高速車両形態のみで運用される。

 人工オリハルコン製硬質退魔弾を内蔵する、重機関砲は【ヤタガラス】共通とするも、地上戦においては市街地戦仕様とし――近接白兵戦武装である、刀形状の大型超振動ブレードで固められる。


 宗家が誇る機体の一角――高機動形態から、瞬く間に10m近付くの人型へ変貌を遂げる

 雷神とも武神とも言われる名を冠する機体。

 魔を屠るに相応しき存在が、大気揺るがす白刃を翳し――咆哮を絶叫へと変えながら、野良魔族を一体……また一体と浄化していく。

 しかし——明らかにそれらは、今まで遭遇した物とは格が違っていた。


「野良魔族の反応に、まさかとは思いましたが……。間違いなく高次霊格個体……!」


 日本国内で大量発生する野良魔族は、その多くが霊格が通常より高位の個体が中心であった。

 それでも、あるいはの部類であったため、宗家の対魔部隊で充分対応が可能であった。


 だが今、ヤサカニ裏当主が相対するのは——【疑似霊格機動兵装デ・イスタール・モジュール】による討伐でようやくイーブンになるレベル。


 ――純粋に高霊格の魔族である。


『聞こえますかテセラっ、対魔部隊が今相対している魔族は、意図的に疑いがあります……!恐らく来ますよ……彼女が!』


 ヤサカニ裏当主の思考が、可能性の高い戦場の先を予見し注意を促す。

 その言葉に警戒をあらわにしながらも、金色の王女はかろうじて災魔生命体への変化直前で、【震空物質オルゴ・リッド】回収に成功。


 が――


「その【震空物質オルゴ・リッド】……貰い受けるっっ……!」


 高速で振り抜かれる爪状魔力刃。

 大気へ電子のほとばしりを生みながら疾る——赤き烈火の衝撃が金色の王女を襲う。


「——っ……!ぅぅ……。」


 衝撃の瞬間、障壁を張るもまたもや弾き飛ばされた王女は、背後の建築物に激突する。

 衝突部位にクレーターを刻まれ軋む建築物――魔法対物障壁が間に合い、軽い打撲を被るも何とか体勢を整える王女。

 ほとんど不意であった攻撃の元——自分が今いた場所に赤き烈火が滞空していた。


「赤い——【赤煉の魔法少女】……!」


 立て直した王女——その様を見た瞬間、脳裏に浮かんだ言葉をつづって眼前の敵対者をそう呼んだ。


「上手く衝撃を逃がした様だな……。——無用に戦闘するつもりは無い。」


 赤煉と呼ばれた魔法少女は、おくする事なく王女に歩み寄り——予想外の交渉を持ちかけて来た。


「【震空物質オルゴ・リッド】さえ渡せば、このまま立ち去ってやろう——渡せばな……。」


 交渉——と言うには条件が一方的である。

 が、どちらにせよそれを渡せと言っている少女に、金色の王女も後には引けない——引くわけにはいかないとの剣幕であらがう。


「あなた達は導師ギュアネスの使いでしょ?……私達が、地球と天楼の魔界セフィロト衝突回避のためにこれを集めてるのを知って、ずっと妨害を続けてる——」


 強い瞳を真っ直ぐに、赤煉の魔法少女へ向けて——王女も負けじと自分の意志と言葉をぶつけて行く。

 すると、その敵対者からまさかの返答が返された。


「——地球と魔界が……衝突……?初耳だな……。」


 嘘は言っていない様である――だがそれを知った赤煉の魔法少女は好都合とばかりに、その世界滅亡から得られる物……自分の利を確信しさらに告げた。


「そうか……導師が任務をこなせと言っていたから、私は従っていた。——そうと聞いたら、ますますこの任務を完遂する必要が出てきたな……。」


 その言葉を終えた瞬間、王女をも包み込む憎悪が増大する。

 一瞬その巨大な憎悪に、心が恐怖でへし折られそうになるも耐えしのぐが——金色の王女は、その赤き敵対者の発した言葉の意図を測りかねていた。


「……ちょっとまって……!二つの世界が衝突すれば、世界が滅びるんだよ!?なのに……どうしてそれを手助けしたりなんか——」


 ゆえに当然の疑問を、少女に問いただそうとした時――周囲に拡散されていた巨大な憎悪が敵対者の言葉と共に、王女一人に集約され突き刺さる。


「……世界が滅亡するならば、宇宙と地上に存在する全ての魔族を、まとめてこの世界から駆逐出来るだろうっっ!!」


 爆撃の様な突撃が王女を襲う。

 何度も受けたはずの赤き突撃が今までの何倍も重い。

 突撃と共に王女は背にした建造物へ、対物障壁を貫通して押し込まれ――今まで障壁に守られていた分のダメージをまともに食らってしまう。


「……か……はっ――」


 想像を絶する衝撃に王女の意識が遠のく。

 先の戦闘での失敗から、ローディが半物質化しない事で対応していなければ、致命的なダメージを追うことになっていただろう。


 その途切れそうになる意識の中――王女は自分の中に感じていた眼前の魔法少女に対する違和感、その一つに対する答えがおぼろげながらに導き出された。


「(……この……子……私とか……じゃない。全ての魔族を……憎んで……い――)」


 その解を導くかどうかの所で、金色の王女の意識が消え失せる。


『テセラ……!聞こえますか!――テセラ、退避しなさい……!』


 ただならぬ状況に、いつもは冷静なヤサカニ裏当主も未だ増殖する高霊格魔族らをぎながら――王女を救出するためあせりの中で呼びかける。


 今この状況――敵対者の対象は【震空物質オルゴ・リッド】回収だけではなくなった。

 そう――目の前の魔族の王女を駆逐すると言う目的が追加されたから。


 マスターの絶対絶命の危機――ローディは使い魔としての使命を果たすため、世界創生ロード・グラウバーの防衛機能を全力展開する。


「テセラ!目を覚ましてっ!このままじゃ……テセラっっ!!」


 使い魔の必死の呼びかけも虚しく、王女の意識は戻らない。

 世界創生ロード・グラウバーが展開する防御機能も、赤煉の魔法少女側の使い魔が徐々に障壁を抜いてくる。


 そして、王女の障壁を全て砕き――赤き魔法少女はその憎悪に染まる手を、気を失ったままの少女の首へ伸ばし締め上げた。


「全ての魔族は消えてしまえばいい……。全て……スベテ……スベテ……ヲ――」


 締め上げる手に力が込められる。

 赤き魔法少女は先ほどの冷静さが霧散むさんし、それに変わって激しい憎悪に包まれ――すでに目の前の対象を滅ぼす事以外思考に宿っていない。


『テセラーーー!!!』


 ヤサカニ裏当主の悲痛な叫びが響くも、その守護の手が届かない――

 その場にいた全ての対魔部隊員が、最悪の結果を想像したその時、


「――全く……アタシが撃滅する前にやられてんじゃないし。クヒッ……。」


 どこからともなく響く声。

 赤き少女の憎悪とは違う、狂気の宿った声。


「愚かなる雑魚魔族より生まれし、哀れなる――人ならざる少女に、しゅの裁きの鉄槌を――エイメンっっ!」


 刹那――赤き魔法少女に向けて主への霊量子いのりによって構成される、一本の神槍が雷光のように放たれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る