ー赤き憎悪ー

 4話ー1 憎悪の始まり



 暗い暗い闇夜の中で、おぞましき姿の者が生まれ来る。

 自分を自分と認識したのは、いつなのか定かでは無い。

 そこがどこであったかもすでに分からない。

 ただうろ覚えの中でその日を覚えてる――


「ワ……タシ……ハなんダ……。なにモノダ……?」


 自分を囲むのは――異形――

 そこにいた私は――人型――


 明らかに周囲とは違う、しかし周囲の異形は私をまだ同じと見ているのか——襲われる気配はない。


 ただ身を流れに任せて流浪るろうしていたが、やはり私は生命体であろう——腹が減る。

 だが同じ頃に生まれた異形は、何を食しているのか見たことが無かった。


 どうにも腹が減る――いたし方なしに異形共に着いて行き、彼らのご相伴しょうばんに預かろうとした…。


 しかし――


「アレは……ヒト……?」


 自分がそれを……ソレと認識した時——思考した通りのモノは、すでに肉片となって散らばっていた。

 それをさらに、異形共は喰い散らかす。


「——うっ、……オエェッ……!」


 それを見た私はひどく気分を悪くし、嘔吐おうとした。

 同族と思しき異形が、私と同じ人型を食していたからか。

 それ以来私は食事を取る事を諦めた。


 しかし、それも長くは続かない。

 生命として生まれた以上、食無しで生きる事は出来ないから。


 私はついに人里に迷い出た。

 本能的に昼間を避け、夜の街を徘徊はいかいする。

 とうに腹の減り具合は、限界を越えていた。


 すでに満足と言えぬ思考は、嘔吐おうとした自分の姿など忘れ——ただ食せる物を探し歩き……ひたすらに歩き続けた。


 そこに人影を見る。


 時間はすでに深夜——田舎の町ゆえその頃になって出歩く人などいないはずだが、私の眼前で少女がうずくまっていた。

 みすぼらしい服と、靴も無く歩き回ったのか——酷くれあがった両の足。

 ひと目で訳ありと分かりそうな姿。


 だが——そもそもまともな思考が存在していなかった私は、もう我慢の限界であった。


「——ヒッ、……な……何!?——ばけも……の……!?」


 私は少女ににじり寄り、その牙で食い千切ちぎろうとした。

したはずだ——しかしその、化け物と言う言葉で動きを止めた。

 大して宿っているとも思えない思考が、脳裏へ異形の物共が食い散らかす人であったモノをフラッシュバックさせ——


「グッウ……アアアっ……!!」


 自らの腕を押さえ込み、湧き上がる食の衝動を死に物狂いで打ち払った。

 思考が無くとも、あれらと同じにはなりたくはなかった。


 その私を思いも寄らぬ事態が襲う。

 眼前の少女が立ち上がり、私に手を添え声を掛けてきたのだ。


「ごめんなさい……。あなた……私を食べるのをためらっているのね……。でも良いですよ?驚いてしまったけど、あなたは異形の物では無いから——」


 今思っても、何を言っていたのかと思う。

 しかし、その少女は最初から自分の命を絶つつもりだったのだろう。


「こんな可愛い魔物さんなら……襲われても怖くないかな?」


 少女はどうぞと両の手をこちらに差し出す。

 けれど——自分の思考がかたくなに人を食らう事をこばむ。

 耐え難き空腹と、異形と同じになる自分を否定する思考。

 それを超えた私は、その牙を——彼女の肉では無く、首筋に突き立てた。



****



 どの町に行っても、やはり野良魔族が溢れる世界。

 多くの人間が襲われ餌食になる中、すでに私はその下等魔族らとたもとを分かっていた。

 そもそも仲間意識があるのかどうかも分からないが、共にいればまた気分の悪い物を見せられる――それが嫌だった。


 そんな私だが、少々困った事になっていた。


 あの少女の血を吸って以来、もう吸血を行わないと決め——行く先々で医療用血液メディカル・ブラッド拝借はいしゃくしては、なんとかしのいでいた。

 そんなにわか吸血鬼をマスターあおぐ者が現れ、正直参っていた。


「マスター……今日の血液です!召し上がれ~~!」


 そうやって自分の首筋を差し出す少女——それは間違いなく私が最初に吸血したみすぼらしい少女である。


「バカを言うな……もうお前の血は吸わないと言っている……。」


 先の吸血以来——少女の血が影響してか、人語が程なく話せる様になった。

姿もわずかに異形寄りだった身体が、人間と違わぬ程に変化もしていた。

 その覚えたての言葉で、みすぼらしい少女を追い払っては逃げ隠れする日々を続ける私。


 聞く気はなかったが——

 あの少女が、自分から話し始めた素性は案の定——家族を野良魔族によって失い、さらには親類にも不幸を呼ぶ厄介者としてさげすまれたのだと。

 そのまま追い出された挙句——行くあても無く彷徨さまよっていたと言う少女。

 もはや行く当ても——生きる意味も見失って自分の命を絶とうとした時に、私が通りがかって襲ってしまったという事だ。


 それ以降私は、少女がいた町を後にして放浪ほうろうしていたが——彼女は見事に吸血鬼を継ぐ半妖ハーフとなり、いつの間にか探し当てられ、この結果である。


「でもマスター……また医療用血液メディカル・ブラッドでしょ?吸血鬼ならちゃんと人の血を吸わなきゃ……んグゥ!」


 と、無駄に気を使う少女の口にやや強引に手を当て、耳元で小声の忠告をする。


「(少し考えろ!この様な人通りの多い場所で、それを容易く口にするな……!)」


 日も落ちた夕暮れ時ではあったが——ここは繁華街に程近い路地に、西洋独特の町並みの中。

 行きかう人々は皆楽しげに、その日常を営んでいる。

 人里に出て案外この風景は気に入っているのに、無用の事を起こしたくは無い。

 しかたなく——みすぼらしい少女を、町の外へ無理やり引っ張って行く事にした。


「頼むから、無用な騒ぎの原因を作らないでくれ。お前も追い出されたくはないだろう……。」


 と、キツめにさとすが——


「私はマスターとなら、どこでもご一緒しますっ☆」


 と……効果も無く付き纏われる。


 けれどそれは——野良魔族として生まれた自分が、始めて人間の様に過ごせるかけがえのない時間。

 いつしか自分も、少女が付き纏う事が迷惑と言うより、楽しさが勝る様になっていたのだ。


 ――彼女は自分が最初で最後に吸血した……この世で唯一の同族であり妹の様なものであったのだから……。


 そのにわか吸血鬼の自分に訪れた、ささやかな日常の中——相変わらずの暗がりでの生活。

 荷物が散らばり弱っていた老婆のそばを、たまたま通りがかり——出来心で助けてしまったら、ほんのお礼と路銀を渡された。


「——うむ……困った。私は路銀の使い方など分からんのだが……。」


 と、悩んでいると老婆が私に——


「よろしければ、大切な方へのプレゼントを買うためにでも、使って下さいませ。」


 親切にも享受してくれた。


「……大切な方と言われても……。」


 私は魔族ですからとは口が裂けても言えなかったが、その老婆に享受された唯一心辺りのある——大切な方への贈り物を買うために小物屋に足を向けた。


「いらっしゃい!お客さんどんな御用で?」


 そこは様々なアクセサリーの並ぶ小さな小物屋。

 基本的に人間の文化になじみの無い自分だが——思いのほか興味をそそられた。

――のだが、思わず手にしようとしたイヤリングが十字架であったのには流石にギョッとした。

 危うく神の浄化で自爆する所——霊儀式を受けてはいなくとも、やはり十字架は十字架だ。 


 極力自分の顔がさらされぬ様、深めのフードでおおいい——店主に十字架以外の小さな女の子に似合う物を尋ねようと、カウンターへ向き直った。

 その視界に飛び込む首飾り——深く考えた訳では無かったが——


「……これ……二つでいくらだ……?」


 その装飾を手にするや——迷わず店主に交渉していた。

 三日月と牙――これ程自分たちに似合う物は、その店に見当たらぬと思ったからだ。


「おっ、お目が高いね~。今日入ったばかりの新作だよ!」


 値段も老婆にもらった路銀で事足り、私はそれを握り締めて小物屋を後にした。


 この一帯は、まだ野良魔族の脅威を知らぬのか——活気に満ち溢れていた。

 おぼろげな情報で、世界の主要都市の大半は先の大災害で壊滅的な被害を受けていると知り得ている。

 

 その後も野良魔族が多発し、復興も思うように進まない——当時の私が知り得た世界情勢はその程度。

 そもそも野良魔族より生まれ出でた私にとっては、滅ぼす側であったゆえに複雑な気持ちではあった。


 日も落ち月夜が綺麗な空。

 奇しくも今日は満月。

 少しだけ私は気分が高揚していた。


 妹の様に接してきた、同族となったみすぼらしい少女。

 今彼女のために買った贈り物を手にしている。

 その中で、今まで忘れていた大事な事を思い出した――


「……そうだ……私と彼女には名前が無い……。」


 みすぼらしい少女は、悲しい記憶を全て忘れようとしたため、自分の名を捨てたと言っていた。

 だから私はお前としか呼ばなかった。


「私はともかく、まずは彼女だ……。そう——名前をプレゼントしよう。」


 私はその贈り物と共に、彼女のための名前をたずさえ、いつもこちらに付き纏っては、疲れて眠る場所――二人だけの隠れ家へと早足で向かった。





「お~い、もう眠ったのか?まだ眠るには早いぞ~。」


 いつもなら当たり前の様に、私に向かって「今日の血液を召し上がれ~」と言って、飛びついて来るはずである。


 何故かそれに断るのが、奇妙な日課となっていた。


 ――様子がおかしい――


 私は、隠れ家の奥――周囲の木材で仮に作った寝床付近へ、音を殺して進む。


 そこに彼女の気配が無い……。

 だが違う物の気配がいくつも感じ取れる。

 その気配――私は知っている……自分が生まれた時に周囲にあった物……。


 ――異形――


 全身が殺気立つ。

 自分の脳裏に絶対目にしたく無い惨状さんじょう明滅めいめつする。

 贈り物を握り締めた手が、細かく震えだす。


 自分の中に、猛烈に湧き上がる殺意を押さえながら——寝床としていた場所に飛び出した。


 ――私の目は見開いた――

 ――絶対に見たくない惨状さんじょうが、その目に……脳髄のうずいに、鋭利な刃となって突き刺さる――

 ――私は想像を絶する怒りに支配されるのが分かった――


 数体の野良魔族がそこにいる——彼女の姿は無い。

 違う、そうじゃない。

 彼女はそこにいた――だが、……無数の血痕けっこんと肉片。

 すでに、胴より食い千切られ――無残に散らばる……――


「……ゥゥアアアアアアアッッッッーーーーーーーー!!!!」


 その姿がみすぼらしい少女と認識した瞬間、私の中で止めもない怒りが爆発した。


 そこにもはや理性も何も無い――

 あったのは——

 ――スベテノマゾクヲ、ミナゴロシニシテヤル――



****



「アアアアアッッーー!!」


 激しい怒りのまま、起き上がる赤き少女。

 ここは導師の要塞の一室――殺風景なだだっ広いワンルームにあるベットの上。

 噴出した汗と見開いた目——少女は肩で息をしながら、自分の額をむしる。


「マスター……!」


 突然の絶叫に、使い魔も慌てて駆け寄る。


「——ハア……ハア……。大丈夫……だ……。」


 自分の過去――全ての始まりである血の憎悪に染まったあの日。

 それを夢に見てしまった吸血鬼の少女は、少しずつ息を整え使い魔にすまぬと目配めくばせする。


「しばらくは収まっていたのに……。何故今頃になって……。」


 彼女はその悪夢を、発作の様に見る事があった。

 だが、ここ最近はなりをひそめていたのだが——ここに来て再び悪夢にうなされる事になった。


 しかし、吸血鬼の少女は――それが魔族の王女との邂逅かいこうこそが原因であるとは、未だ想像だにしていなかった。

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