3話ー4 仮面の断罪天使



「ほんま~~?桜花おうかちゃんとおうたんや~~☆」


 しばらくぶりの日常の午後、若菜わかなちゃんにクサナギの小さな裏門当主様の事を話たら、案の定——面識のある答えが返って来ました。


「せやけど桜花おうかちゃん、身体の方は大丈夫やった?ずっと病院で体調崩してたて聞いたえ?」


 う~ん、崩してた??むしろ絶好調だった気もするけど……(汗)

 まあ、回復したという事だと思い返答します。


「そうなの?じゃあ、元気になったんだね。元気過ぎて私、宗家の軍事施設を何ヶ所も一緒に回ってクタクタになったよ……?」


「あははは……☆桜花おうかちゃんらしいわ~~☆」


 ああ、やっぱりこの日常に心癒される……。

 心の底に、日々悪化する状況が徐々に影を落とし始めている私は、このかけがえのない日常に戻ってくるため——今も進んでると言っても過言ではないです。


「こ~~ら~~!!もう下校時間はとっくに過ぎてますよっっ!!」


 うわっ……その日常を壊す門番が登場した……。


「って、委員長もまだ残ってたの!?」


 ——あっ、またやってしまったと後悔しましたが、時すでに遅し……(泣)


「ぅわああたしは委員長です!!いろんな仕事があるからに決まってるでしょ~~!!そんな事より早く帰りなさ~~いっっ(怒)!!」


 あれ!?なんかいつもより怒らせたっ……(汗)——ここは退散です!


若菜わかなちゃん!早く帰ろ!……このままじゃ委員長が襲ってくるよ!?」


「も~☆アーエルちゃんもかわええなぁ~~☆」


 ちょっと、なんで火に油を注ぐの若菜わかなちゃん!?恐る恐る後を振り返ると……


「委員長と……呼べと……言ってるでしょーーー!!」


 ぴゃぁぁぁぁーー逆鱗げきりんでましたーー!


 結局その後、アーエルちゃんに捕まって——まさかの近所の公園で説教される事態におちいるハメになるとは思いませんでした……(汗)


 きっとそれがいつもの日常――私が大事に大切にしたいテセラの記憶――

 けど、その日常のある日それは訪れました。



****



 東首都近郊――頻発ひんぱつする野良魔族の発生に【三神守護宗家】は完全に手に余るかと思えた——

 だがそれらは宗家により別機関へ依頼され、海外より派遣されたエージェントによってことごとく排除されていた。


 海外の別機関——宗家との連携が強固な組織の内、対魔討伐に特化した部隊。

 ヨーロッパ某国、法王庁13課――執行部隊【神の御剣ジューダス・ブレイド】により送られた人員。

 コードネーム【仮面の断罪天使】1名――そのエージェントには、さらに別の指令も下っていた。


 いつもの日常が包む師導学園——当たり前の風景に珍しく、不在の友達に寂しさを募らせる金色の王女テセラの姿があった。


「はぁ~~、若菜わかなちゃん今日お休みで退屈だ~。」


 宗家ならではの都合に振り回される、ヤサカニ家の次期当主筆頭である黒髪はんなり少女。

 金色の王女も【震空物質オルゴ・リッド】回収任務さえなければ、はんなりな友人不在時でも少々の寄り道はよくある事だ。

 しかし—— 一人になると世界の危機を救わなければという重責が、小さな両肩に圧し掛かり、心へ憂鬱を抱えるのが増えていたのも事実。

 それだけに——いつも隣り合う友人の存在は、特別な意味を有するのだ。


 そんな金色の王女は、まだ少々下校には早い時間を持て余し——校舎内を散策していた。

すでに見慣れた学園校舎——それでも未だ見知らぬ場所もある王女。

 わずかに赤みが増した日の光が差し込み——陰りとまぶしさに彩られた屋上階段を見つけ、誘われる様に歩いて行った。


「——うん……そう……——」


 その屋上――少女の物と思しき話し声。

 先客かと首を傾げた王女は、そっと屋上へ通じる階段のドア——静かにノブを回し、少し開いてのぞき見た。


 ――金色の王女は見知った顔を見つけた。

 だがその瞬間——背筋を凍る物が走り、手足は硬直して動かせない。

 冷や汗が噴出する。


 金色の王女が目撃した者。

 そう――それはクラス委員長アムリエル・ヴィシュケ。


 しかし、王女は今までそんな物を見た事が無かった。

 よく知るはずの少女の口元は、鋭くり上がり――今までの敵対者でも感じる事のなかった、凍りつく様な冷徹な瞳。


 そんなものがクラスの委員長、あの怒りんぼでツンケンし——いつも規則に厳しかったアーエルと言う少女な訳が無い。

 その思いが爆発し、とっさにドアを激しく開放し声を上げていた。


「——あ……あなたはだれ!?……アーエルちゃんじゃないのっ!?」


 すると、突然開いたドアに少々驚いた凍る様な瞳の少女は、その目にした人物を認識した直後「はぁ~……」と嘆息を零した。


「——えっと~〜……エルハンド様?今しがた監視任務の失敗を確認しました……。」


 極めて淡々と、手にした機械端末で何やら会話を続け——そして回線を閉じた少女。


「王女テセラ……何言ってるし?私がアーエル……アムリエル・ヴィシュケだよ……。」


 凍る様な声が、王女の耳に突き刺さる。

 彼女は普通の学生なら知りえない、自分が王女である事を知っている。

 飛び出したはいいものの、手足が竦んで動かない。

 きっと敵対者達のいずれと対峙した時にも、抱いた事のない感情が全身を包む。


 ――それは恐怖――


 その金色の王女に、見知った友人であるはずの冷徹を纏う少女はついに吐き捨てた。


「まあでも、正直良い子ちゃんぶるの——飽きちゃったしな~……。」


 凍る気配を表情に乗せ——口元が更にり上がる。

 そしてその目に言いようも無い狂気が宿ったのを王女は感じた。


「……別にバレたらバレたで、対処して良いって言われてるし……だから教えてやるよ——アタシの名前……。」


「アタシは法王庁13課執行部隊――【神の御剣ジューダス・ブレイド】所属……。断罪の魔法少女……ヴァンゼッヒ・シュビラ!!」


 王女を包む周囲の空間——貫く様な冷徹な気配。

 まわりにある全ての空間が、凍りつく様な錯覚に襲われる。

 正気を保ちながらヴァンゼッヒと名乗った――アーエルであるはずの少女を見た。


 が、その目に映ったのは二丁の銀色の銃。

 ほぼ同時に発されたマズルフラッシュ——銀の祈りを纏う弾丸が、爆発音と共に撃ち出される。

 刹那——放たれた弾丸が金色の王女の学生服両脇を、引き裂く様に掠めた。


「——アッハハハハッ……!どうした王女様!ビビッて声が出てないよ!?」


 銃口をテセラに向けたまま、狂気に染まった少女が歩み寄る――


「アタシの任務――教えてあげよっか……。それはな……しゅの名の元に、この世の全ての魔族を撃滅する事だよっっ!」


 魔族の全て――言わずと知れたその中に自分も含まれる。

 その思考へ至る金色の王女の心を、底知れぬ恐怖が支配する。

 

 それでも——今までの少女ではない、が彼女の心に一つの芯をつらぬいた。


「——あ……あなたがアーエルちゃんなら、なぜこんな事をする必要があるの!?」


 強く言い放つ王女。

 恐怖に抗う様に貫く意志をかざす表情——その頬を更に弾丸が掠める。

 夕日の煌きを反射しながら、はらりと零れる数本の御髪――それでも真っ直ぐアーエルではずの少女を見る。


「へぇ~……今ので気を保つなんて。……ちょっとびっくりだし……クヒッ……。」


 変わらず狂気の表情で、ヴァンゼッヒと名乗った断罪の魔法少女がゆっくりと歩み来る。

 そして……銀銃の一丁がテセラの額にあてがわれ——


「フフフッ……じゃあ今度はこれで試してみようかぁ~?」


 滝の様に流れ落ちる、冷たい汗に塗れてなお——魔族の意地を昂ぶらせる王女は、見据えた瞳を揺るがさない。


「言っとくけど、この弾丸は対魔族用——全ての魔族を激滅せしめる断罪の魔弾。ミンチじゃすまないよ?」


 ―― 一時の時間――長くも短い中で王女が、冷酷な挑発に耐えしのぐと——


「……はぁ……つまんないし……。」


 先に折れたのは、断罪の魔法少女ヴァンゼッヒであった。


「アタシは野良魔族を撃滅せよと、指令は受けてるけど——あんたに関しては監視のみ。手出しは無用って言われてるしぃ~。エルハンド様に迷惑かけられないしね~。」


 わずかに、銀銃を構えた少女の狂気が収まった——が、狂気それたたえる表情は変わらず。

 当てがった銀色の霊銃を下ろすと、そのまま金色の王女の横へ立ち——耳打ちする様にささやいた。


「今日は手出ししないし、日常も今までのまま――けれど、あんたが世界に害成す魔族なら……容赦はしないから……キヒヒっ。」


 挑発を孕む狂気の囁き——耳打ちされるも身動きが取れない。

 金色の王女はその少女狂気を、立ち尽くしたまま見送る事しか出来ない。


 と、屋上の階段扉前で友人であるはずの少女は、振り向きざまに意味深な言葉をつぶやいた。


「ああ、そうそう……ここだけの話――あの赤い奴……野良魔族だってさ……。あいつは楽しく鳴いてくれるかな~~。キヒヒヒっ。」


 発された言葉の意味が分からず、振り返り聞き返そうとした王女。

 だがすでにアムリエル――ヴァンゼッヒ・シュビラと名乗った少女は姿を消してしまっていた。


「赤い……奴……?……野良魔族って——」


 謎の言葉に翻弄ほんろうされ、自分の友人の本性を知り——愕然がくぜんとしたまま一人立ち尽くす王女。

 校舎の屋上を照らした夕焼けが、闇夜に陰り行くのを呆然と見送っていた。



****


 

 地球成層圏――位相空間に留まる、導師と呼ばれる者の私設要塞。

 その中にあてがわれた居住区の一室——味気ない金属の壁に、機械的なコードが薄く光る板に包まれた……周囲を囲むだだっ広いワンルーム。

 そこにポツンと置かれたベッドに、少女が一人片足を抱えて座っていた。


「マスター……せめて食事を。お体に触ります。」


 その少女をマスターと呼ぶ者。

 同年代とも取れる少年——その身体はあの王女テセラの使い魔に酷似こくじした、半量子体と見て取れる。


「ああ、わかっている……。」


 少女は自分をマスターと呼んだ者が用意した食事を口に運ぶ。

 だがそれを入れた容器に記された文字は、「メディカル・ブラッド」――医療用血液である。


「ブラックファイア……奴の使い魔は手強かったか?」


 奴——それは先日戦闘した魔族の王女であろう……その使い魔とはまさしくローディの事である。

 ブラックファイアと呼ばれた者が正確に——そして確実に己が主へ解を示す。


「——マスター……それは聞くまでもないと思います。半物質化した私はマスターと魔法力マジェクトロンの結合を一度切らねばなりません。……ですが彼は——」


「……やはりか……。私達はあちらのミスに助けられた——と言う事だろうな。」


 魔族の王女テセラが、魔法少女と戦うのが始めてだった様に——この赤き少女も同様の節がチラつく。

 だが、事前に得ていた同じ指令を受ける少女からの情報——そこより大きく現実が異なっていたため、予想以上の苦戦を強いられたと言う結果だろう。


「あのまま戦い、手の内が知れれば負けていた……か……。」


 そのまま、少女はベッドに倒れこむと吐き捨てた。


「やはり【魔導姫マガ・マリオン】の情報は当てにならん!」


 すると、満足に食事も取れぬ疲れからか——そのまま深い眠りに誘われる。


 彼女にとっての本来の食事とは、霊的に謳歌おうかしている人間の生き血である。

 それを何故か少女は、かたくなに取ろうとせず、〈メディカル・ブラッド〉に頼っているのだ。


「……レゾン様……。」


 傍目で分かるほどの無理を続けている主——ブラックファイアと呼ばれた少年を形取る使い魔は、ただ静かに……赤き少女のそばへ控えるのだった。

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