2話ー4 光魔共同危機防衛計画(地球側)



「ではこちらが【天楼の魔界セフィロト】における統一管理者、魔神帝ましんていルシファーきょうからのタイムメモリ通信です。」


 会議の議長を担当するヤサカニ裏門当主 れいは、コの字に展開する金属製テーブルを座して取り囲む重鎮へ向けおもむろに切り出した。


 相次ぐ【マス・ドライブ・サーキット】の機能停止を受け、宗家内緊急会議を開催。

 組織が擁する東都心中央管制設備――学園、要人施設といった重要建造物が集約される区画。

 その沿岸から伸びる巨大な海洋施設へ、宗家を代表する重役が集められた。

 集まる会議の場――オフィス然とし100人前後を許容する大会議室へ、【震空物質オルゴ・リッド】輸送先でもある【天楼の魔界セフィロト】よりのメモリ内蔵通信が届く。

 

 太陽系全域に送信するための施設――火星~木星間に存在するソシャールコロニー。

 通常コロニー全体を通信施設として利用する、広域通信ソシャール【ニベル】と呼称されるそれを経由し――最小のタイムラグによって地球から全宙域への通信が可能とされる。


 しかし、【天楼の魔界セフィロト】に関しては周囲に【魔法力マジェクトロン】以外のエネルギーを阻害する魔導の大気層――【マガ・ヘリオスフィア】が存在するとされる。

 魔族と言う種を有害である光量子フォニック・クオンタムから保護するための、主星ニュクスより広がる大気層が影響し通常の量子通信は機能しない。

 

 そのため、惑星【ニュクスD666】軌道に存在する魔量子変換通信衛星マガ・クオント・ネットワーク・トランサーを介するのが基本とされた。

 ――が、【天楼の魔界セフィロト】はすでに主星ニュクス衛星軌道を大きく外れているため、こちらからの通信は届ける事が出来ない現状があった。


「あちらは現在、【天楼の魔界セフィロト】を可能な限り制御するため、通常を上回る【魔法力マジェクトロン】を放出中です……。主星ニュクス傍であれば【マガ・ヘリオスフィア】対策としてトランサー経由が出来き、問題はないのですが――」

  

「すでに魔界は、主星ニュクスの衛星軌道を外れたコースを突き進む状況――仮初めの大気層の役を成すため放出中の、膨大な【魔法力マジェクトロン】の影響を受けない通信はメモリ通信これのみとなります」 


 会議に収集された【三神守護宗家】当主らを初めとする重鎮じゅうちんへ向け注釈後、作戦立案者であるヤサカニ家裏当主は遠き魔界の地――古き友人からの通信を、会議室中央の立体モニターへ投影する。


『お久しゅうございます、地球の日の本は【三神守護宗家】の方々。』


 通信の先に映し出される男性。

 まばゆ金色こんじきの御髪が腰まで伸び、物々しくもきらびやかな魔族甲冑に――全てを見透かさんとする金色こんじきの瞳。

 女性とも男性とも見て取れるその姿は、宗家の重鎮じゅうちんですらも畏怖いふさせる神の化身――いや、【天楼の魔界セフィロト】においては神そのものである存在。


 魔族世界において神と同格とされる男の名は【魔神帝ましんていルシファー】――魔界における最高権力者にして、数ある魔王をひれ伏させる大いなる者である。


 神なる魔の者ルシファーは正人類に対し圧倒的に少ないながら、力の総量が計り知れない魔族の民を管理統制する、【霊格存在バシャール】と【調律者】の二つの使命を与えられた存在である。


 その想像を絶する大物から、地球の一組織――長き歴史を持つ防衛のかなめである巨大組織への、物腰の低い挨拶から始まる内容。

 ――だが……メモリ通信の先にいる魔王から発せられる尋常ではない程強力な魔霊力は、多くの重鎮じゅうちんへ耐えるだけで精一杯の冷や汗を呼ぶ。


此度こたびは地球における多くの事件に、我らが同胞が関与しているとの情報を、こちらでもすでに確認している。これは明らかに管理者たる我の落ち度である。』


『――大変申し訳ない……。』


 メモリ通信の先、とてつもない存在――神とも呼ばれる偉大な魔王が、人類に対し頭を下げて謝罪する。

 おそらく歴史上始まって以来の大事件であろう。

 地上では、長い歴史の最中数え切れぬ程の矮小わいしょう卑猥ひわい俗物ぞくぶつ共が、地上を闊歩した。

 己の事しか考えずにあらゆる場所で、力なき物を食い物にする――品も、義も、礼すらも無き愚かなる人類の闇。

 

 だがそこにいた神とも魔王とも呼ばれる存在は、すでに別次元の霊格――礼儀すらも神格領域かと思える程の。

 恐らく――その【霊格存在】は地上の誰もが遭遇した事のない、奇跡の存在であると言えよう。


『今地球の方々に対し申し開きのない状態であるが――事は急を要する。……ご容赦願いたい。』


 深々と頭を下げていた神なる魔の者が本題に入る。

 メモリ通信のため一方的な通信であるが、現在の【天楼の魔界セフィロト】の位置から導きだされた防衛計画の概要がいようを【三神守護宗家】へ通信し終わるとそのメモリ再生は終了した。


「以上が計画概要がいようです。何かご質問は?」


 その言葉に重鎮じゅうちんらは重い表情で顔を見合す。

 それもそのはず――現状取れる手段として、輸送に使用する【マス・ドライブ・サーキット】を限定。

 そこに現れるであろう魔族の離反者勢力を、地球最大戦力で迎撃――すきに乗じて、輸送対象オルゴ・リッド魔界かの地へ移送すると言う物。

 さらに魔界側で、移送に成功した全ての輸送対象オルゴ・リッドを、超巨大コロニーである魔界制御機関群へ再設置――出力再調整の後、衝突軌道から逸らせると言う神頼みの様な計画。


 そして、その矢面やおめてに立たされる戦力は――まだ覚醒して間もない、美の世界と呼ばれる【ティフェレト】第二王女。

 ジュノー・ヴァルナグス――姫夜摩ひめやまテセラである。

 すると質問の場であるはずが、反対派重鎮じゅうちんの野次が飛んだ。


「小娘一人に何が出来る!」


「彼女は魔族だろう……!相手が魔族の離反者なら、共謀きょうぼうして地球滅亡に加担するのでは――」


 二人目の心なき重鎮じゅうちんが野次を飛ばし終えようとした時、その者を刺し貫く様な視線が襲う。

 一瞬で口を閉ざしたその重鎮じゅうちんの顔から、大量の油汗が噴出していた。


「彼女一人に頼らざるを得ないこの状況の中……よくその様な口が叩けますね……!」


 身も凍る視線で重鎮じゅうちんを黙らせたのは、他でもない作戦立案者であるヤサカニ家 裏門当主である。

 魔族の王女の平和を願っていたのは、遠く魔界の姉だけではない。

 その一人である、ヤサカニ裏当主の眼前で魔族の少女に対する心無い暴言―― 一撃を見舞われなかっただけでも感謝すべきである。


「でも、一人では流石に危険だと思います。支援が必要では?」


 計画に対する会議の中、その場にそぐわぬ小さな少女の声が質問を投げかける。


「それに対しては用意している手があります。加えてあなたにもお任せしようと思っているのですが――異存はありませんね?クサナギ家 裏門当主、クサナギ桜花おうか殿」


 クサナギ桜花おうかと呼ばれた少女――現クサナギ家を継ぐ当主にして、宗家が誇る当主陣の一人。

 【三神守護宗家】を政治や産業を主とする表の顔に対し――軍事や特殊紛争による防衛を主とする部門で国を支える組織形態。

 その中において――異例の10代で当主となった彼女は、すでに戦闘技術も内なる器も宗家において並ぶ者が無き逸材である。


「まあ、そうなると予想してましたけど(汗)その件については異存はありません。」


「では現時点での計画通達は以上ですが――事が事です。いつ大きな計画変更が発生するか想定が出来ません。そのためにも海外の各機関にも協力要請を出しています。」


 そして――臨時会議は長い道のりの最初の門を閉じた。



****



「叔母様……。」


 【三神守護宗家】施設内でベンチに腰掛け、大きく息を吐き出し額を缶コーヒーで冷やす、臨時会議も早々に切り上げたヤサカニ裏当主

 一息つく会議議長に声をかけたのは、可愛いクサナギ裏当主 桜花おうか


桜花おうかですか……。何か御用ですか?」


 会議の場とは違うまるで親しき親類の様相で、やり取りを交わす二人。


 沿岸から伸びる施設を一望出来る会議室外―― 一角へ自然を配した憩いの場。

 有事に備え幾重いくえにも張らる結界と、対魔防衛処理隔壁内――全面ガラス張りの憩い空間であり、荒事あらごとの多い【三神守護宗家】の者にとってもいい息抜きになる場所でもあった。


「彼女――姫夜摩ひめやまテセラ……さんでしたか。魔族の王女に覚醒してからその……ご家族――魔界のお姉さんには会われた事はありますか?」


 いこいいの空間ベンチへ隣合わせる姿――先の会議で傍に常備していた車椅子に座し、小さな当主桜花は、先の議題にも上がった少女の事案を問いかけてくる。

 車椅子に乗る当主と言う姿――事の他深い事情を有した少女である。

 その慈愛に満ちた車椅子の当主の問いかけに、暖かさを感じるも――返答が言い淀むヤサカニ裏当主。


「……無い……でしょうね。かといって、今可能な手段はメモリ通信のみ――それも魔界側から送られなければいけませんよ?現時点では彼女が魔界セフィロトの肉親と会話するのは不可能です……。」


 慈愛に満ちたクサナギ表当主の問いかけに、暖かさを感じるも――返答が言い淀む。


 小さな当主が気にしている事はヤサカニ裏当主にも想像が付く。

 この当主の肉親は遠く月面施設におり――表門当主クサナギ炎羅えんらと言う叔父によって育てられた。

 小さな当主にとって叔父は当然大切であるが、本当の肉親が遠く離れた所――それも星をまたいでの途方も無い距離にいると言う似た境遇に、いても立っても居られないのだろう。

 優しく――そして大きな器を持つこの少女は、相手が魔族だろうが分け隔てない。


「計画実行までは時間がありますよね?……何とか出来ませんか?」


 これはまた無理難題を……。

 そう口にしそうになったが、ヤサカニ裏当主は無下には出来なかった。

 

 かく言うこの当主も、かけがえのない兄妹のように共に戦った仲間がいた。

 しかし、恐らくもう生きて彼らと会う事は出来ない。

 彼女のかけがえのない仲間は、地球に対する反逆者として遥か銀河の彼方へ追放されたのだから……。


「――考えてみましょう……。」


 しばしの考察の後、桜花おうかと呼ばれた少女の慈愛に少しばかり打たれたヤサカニ裏当主は、その願いの検討に入るのだった。

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