2話ー5 光魔共同危機防衛計画(魔界側)



 【天楼の魔界セフィロト】史上最高の策士ギュアネス・アイザッハの造反。

 歴史上類を見ぬ事態を招いた魔界では、それが引き金となった事象に対し一層の警戒を強めていた。


 そんな中――


「よもや地球まで巻き込み、あまつさえその両世界に滅亡の危機を引き寄せるとは……。」


 魔界の大地は主惑星【ニュクスD666】の衛星軌道から離れ、すでにかなりの時が経過している。

 その尋常ならざる事態の対応に、ここ最近追われ続ける一人の神々しき男性。


「君は自分が管理する世界の滅亡の危機――それを救おうと奔走ほんそうする魔王を見て、滑稽こっけいに思うかい?……ミネルバきょう……。」


 ここは【天楼の魔界セフィロト】の最上層――最も神の座に近き世界【ケテル】。

 その中枢となる【万魔殿ばんまでん】の一室――魔導回線にて、神々こうごうしき男性が他の階層を任される魔王とのコンタクト中である。

 

 もともと【天楼の魔界セフィロト】は、セフィロトの樹と呼ばれる魂が試練を得て昇華し――神へと至る概念的な道筋を現す。

 地上世界における、魔術的な意味合いを持つ物よりその名を取られたと記される。

 概念的な意味合いには諸説あるが、この魔界は魔族と言う存在に必要な考えを抽出――種族が負に堕落し存在価値を失わぬ様、古き魔王達により創造された世界である。


 そこで最上層に位置する【ケテル】は、その階層を治めると同時に魔界全体を統括管理する者が住まう地である。


『フフっ……、まさか。あなたはいつも誰かのために奔走ほんそうしていましたよ。――それが、例え【天楼の魔界セフィロト】を統べる者となっても変わりません。』


 ミネルバきょうと呼ばれた女性――中間に位置する階層にて、美を象徴とする世界【ティフェレト】を統べる魔王である。

 その口ぶりから、どうやら【ケテル】を治める魔王とは昔馴染みか、話がとても親近感にあふれている。


「買いかぶるな……。正直君には本当にすまないと思っているよ……。」


 金色こんじきの御髪を揺らす神々こうごうしき男性――その表情にミネルバと呼んだ魔王に対する謝罪の言葉が、止め処なく浮かぶ面持おももちである。


『――魔神帝ましんていルシファーともあろう者が、下位の魔王に対し軽々しく謝罪しないで下さいませ……。神々こうごうしさが吹き飛びますよ?』


 金色こんじきの御髪を揺らし、へりくだる存在――紛う事なきこの【天楼の魔界セフィロト】の最高位にして最強の魔王【魔神帝ルシファー】である。

 その魔王は今、下層世界――美の世界ティフェレトの魔王へ謝罪の念に耐えない状況であった。


「――彼女を、妹君ジュノーを平和の中で魔族の希望と成すはずが……この様な計画の尖兵せんぺいに仕立てる事態になろうと――」


 妹君ジュノー――そして計画の尖兵せんぺい

 それはまさしく地球の【三神守護宗家】との合同計画を――そしてその矢面に立たされる覚醒した王女テセラを指していた。


 妹であるジュノー・ヴァルナグスが生まれた時から、姉ミネルバはそこに眠る可能性――僅かであるが、未知数の希望を見出していた。

 現状それはおぼろげで定かでは無い。

 しかし魔族にとっても、地上の人類にとっても、新たなる未来を創造する可能性。


『私があの子に見た可能性――それを導くためとは言え、力と記憶を封印してまでもあの子に背負わせるべき事だったのか……。自分でも成否の判断は出来ません。』


 魔導通信先の下位であるはずの魔王は、まるで魔界の頂点と同列にあるかのごとおだやかで――それでいて神々こうごうしさが満ち溢れる表情で、昔馴染みの最高位の魔王へさとす。


『――しかし、宇宙のことわりが世界の未来のために、妹を必要としたのなら――私は今の状況を受け入れたいと思っています。』


『ですから――ルシファー……我らは今、出来る事をしましょう……。あの子を……ジュノーを信じて……。』


 下位である――しかし昔馴染みの慈愛に満ちた心遣いに、最高位の頂きも強く首肯した。


「――心得た……。それこそが今重要だな……ありがとう、感謝する。」



****



 魔嬢王の異名を取る【ティフェレト】の魔王ミネルバとの通信の後。

 まだ地球の【三神守護宗家】にも伝えていない作戦の進捗状況しんちょくじょうきょう確認のため――少し前から側近によって万魔殿ばんまでんへ通され、静かに控える一人の男に質問する魔界の頂きルシファー


「すまないな、この様な所へ……。貴公の世界と我等の仲だ――楽にしてくれて構わないぞ?」


 馴染みの友との会話が終えるも、相手は神のごとき存在――通された男が気圧されながらも粗相無き様かしこまる。


「――勿体無きお言葉。されどこのミツヒデ……ルシファー卿のお招きにてこの素晴らしき魔城へ通された事――誇らしく思っております。」


 ミツヒデと自称する男、気圧されてもその精神は大して揺らいではいない――この魔界の最高位である頂きを前にして。


「やはり貴殿は――いや、貴殿の祖国はすべてが面白い……。して……貴殿の主君より提案された物と……王国の世界マリクト状況はいかに……?」


 そう硬くなるなと言わんばかりに、笑顔で男と相対する魔王――ミツヒデと自称する男もすぐさま心を落ち着かせ、神々しき魔王の望む答えを献上する。


「はっ……では。我らが主君によればすでに予定している物は最終段階に――そして【マリクト】の統治状況に至っては……上々です。ですが、あの導師をたばかるためにはもう一押し必要かと……。」


 魔界の頂きが口にした王国の世界とは、【天楼の魔界セフィロト】における一世界――最下層における、〈王国〉をシンボルに持つ最も物質界に近いとされる場所。

 そして同じく語られた導師とは、今の【天楼の魔界セフィロト】が置かれた状況を生み出した者であろう――だが、その男は魔界で最強の策士と呼ばれた程。

 それを知った上か――魔界の頂きの傍にてかしこまる男は、その者をたばかると言い放った。


 その問いに、魔界の頂きはいくつもの思案を巡らせながら――ミツヒデと名乗る男に深く礼を返し、さらに良い答えを用意してくれた男の礼をと付け加える。


「今はまだ策の準備段階ゆえ、地球には明かさぬ方が賢明だな。――本当に良い策をありがたく思う……ミツヒデ・アケチ殿。主君のノブナガ殿にもよろしく頼む。」




 魔界の最高権力者が二つの名を呼んだ――


 一つはミツヒデ・アケチ、一つはノブナガ――


 

 

 【天楼の魔界セフィロト】では近年、長きに渡って無法地帯と化していた最下層界【マリクト】に激震が走った。

 無法地帯の要因はそこに相応しき統治者、つまる所の魔王不在が要因とされる。

 しかし――その無法地帯に彗星のごとく転生してきた男が、二年を待たずして怒涛どとうの勢いで制圧してしまった。

 瞬く間に広がる情報ウワサ――それがすでに魔界全土でささやかれ始めていた。


 その男は、一人の魔族としてではなく――並み居る魔族を次々と己が手駒とし、大軍勢にて【マリクト】の天下に上り詰めた。

 後に魔神帝ましんていによる公式な声明により――名実共に【マリクト】の魔王となったと言うものだ。



 【マリクト】に現われし者――その世界を〈天下布武〉の名の元に制した魔王。

 名を【ノブナガ・オダ・ダイロクテン】と呼ばれた。

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