2話ー2 課せられた使命



 何気ない風景の中、少し都心から離れた町並み――いつもなら当たり前の様に人や車が行きかう街角が、異様な雰囲気ふんいきに包まれていた。


 巻き起こる土煙の中で半壊するいくつかの建物――何人も近づけぬ惨状。

 その中心に得体の知れない異形の物体と、それを取り囲む無数の影が異様さをさらに増大させている。


 いくつかの影は充分な距離をとりつつも、一足飛びで異形の物体を仕留めるかの気迫を放ち――その相手を何らかの力で押さえ込んでいるのだろうか、構えて微動だにしない。

 見るとそれらは、統一された戦闘用であろう武装をまとい――肩口に陰陽の紋をたずさえたプロテクターを各々が着込んでいる。

 さらにそれぞれが特殊な形状の自動小銃を持ち、銃口は異形の物体を捉えていた。


「各員陣形を乱さないで!私が力を封じます……不意のG・Bギア・ブレイクハザードに備えなさいっ!」


 異形の物体と陣を組む影を見据え、凜とした声が影の背後より響いた。

 後方に直立し、胸前で印を組むは歴戦の気迫を纏った女性――体内の気を整え何らかの行動の準備を終えた所である。

 軽装ではあるが、影らと同様に陰陽の紋を携えたプロテクター――凛々しさと厳しさが同居するたたずまい。


 しかしその手にはなんら武器を手にしておらず――だがゆっくりと影達が組む陣を越え、相対するへ近づいて行く。


 異形の物体――それは一見いくつもの生物の特徴を混ぜ合わせたキメラの様な怪物に見えるが、端々に機械的な構造が骨格を成した機械生命体とも取れる。

 

 そしてその異形の生命体を、今まさに封じようとする女性。

 他ならぬ対魔法生物特殊対策に特化した組織に属する者。

 数多の時代地球の国家間を越え――さらには遥か古より影から生命を守護してきたとされる、日本国がほこる最強の存在。

 【三神守護宗家】にして【ヤサカニ家】現裏門当主――ヤサカニ れい である。


 と、その女性が近づくや否や生命体が一層の力を放出し始めた。

 危険を感知したのか、生命体が素早くうごめき攻撃の構えを取ろうとする――がその刹那、【ヤサカニ】の力が縛り付けていた。

 対魔法生物用の封縛結界が、裏門当主 れいの結んだ印に呼応し発動したのだ。


 それは生命体が何か行動を起こす――そんな隙は最初から用意されていなかったかの如き、計算された戦術であった。


 一連の全く隙の無い手際。

 それは誰の目にも異形の生命体を、ヤサカニ家裏門当主がそのまま消滅・破壊いずれかの手段を用い万事解決――問答無用の結果を想像するであろう。


 しかしヤサカニ家裏門当主の極めて複雑な表情、万事終了ではなくこれ以上術が無い――そう思わせるいきどおりが浮かぶ。


「これで事を収められるなら、あのに無理をいる必要など無い……。」


 もどかしさのこもる裏門当主の言葉に、わずかの不安を感じた部下の一人が口を開く。


「ですが当主、この地域まではかなり距離があります……。間に合うのでしょうか……?」


 封縛が解け――いつ暴れだすかも分からない生命体を前に、部下の不安も最もであるが、部下の問いに対しそれが杞憂となる解を持って答える。


「あのの傍らには【魔量子型使い魔クオント・ファミリア】がいます。その力を使えばこの程度の距離、量子ジャンプを応用しすぐにでも到達で可能……。心配の必要は無い――」


 ヤサカニ家裏門当主が部下への返答をした矢先――彼女らの後方上空に複数の魔量子立体魔法陣M・Q・S・Sが現れる。

 その中心より光が発せられると、位相空間より小さな少女の姿が顕現けんげんした。


「……えっ、ここ空っ……!?」


「落ち着いてテセラ!まず魔導機ロード・グラウバーを巡航形態に移行――その後魔法障壁展開!」


 記憶の中においても、数える程もこなしていない空中飛行――さらには飛行その物が困難なこの地球上の空を魔導機ロード・グラウバーに助けられながら、小さな魔法少女が一触即発の現場に降り立った。

 機械杖が金色の王女の魔法力マジェクトロンに感応――大気圏内を滑空するための小スラスター翼を展開し、魔法力マジェクトロンの力場によって障壁が自動生成。


 杖のシステム端末が集中する登頂部を後方に構え、王女が杖にまたがる姿勢を取り大気圏内巡航形態を取るその姿――地球の伝承に準えるならば〈ほうきまたがった魔女〉である。

  

 【天楼の魔界セフィロト】における大気は、地球のそれに近いが実際は魔量子の充満した空間である。

 そこへ住まう魔族の内――上位クラスをはじめ魔王以上の者であれば、魔力操作による単独飛行能力を備えている。

 ――が、こと地球上においては正物質世界であるため、例え魔王クラスであっても大型の魔量子変換炉無しでは飛行もままならない。

 

 だが【震空物質オルゴ・リッド】は、その大型変換炉を必要とする程膨大ぼうだいな魔量子エネルギーを、一個の物質でおぎなってしまう宇宙でも随一ずいいちのレアマテリアルである。

 そこに魔王クラスの魔力が加わる事で、正物質が充満する地上でも魔族が真の力を開放――地球上の大気内ですら単独飛行を可能とするのである。


 中でも魔動機ロード・グラウバーのコアは、上位魔族以上が使用する事を想定して、そこに搭載とうさいされる【震空物質オルゴ・リッド】をより自然生成に近いレベルのマテリアルへ変更したスペシャルモデル。


 近自然生成レベルの【震空物質オルゴ・リッド】――クロノギアと呼ばれる総称は、本来それらの超エネルギー結晶を指すと言われ、純自然生成結晶の物質には【天楼の魔界セフィロト】による公式な名称があてがわれている。


 その名称を【時空結晶クロノ・ギア】別名――魔界の歴史上においての真の名を【時の歯車クロノ・ギア】と呼称する。


 歴史上に伝わる真の【時の歯車クロノ・ギア】の出現には伝承が存在する。


――世界に暗雲立ち込める時、クロノ・ギアは真理より生まれ、

  人の運命さだめとあわさりて、その未来へ進む歯車ギアとなる――


 伝承における『人』とは、正物質より生まれし人類であり、反物質により構成される魔族である。


「何をしています!急ぎなさい姫夜摩ひめやまテセラっ!」


 逼迫ひっぱくした異常発生地帯――ヤサカニ家裏門当主の声が、魔族ではあるが記憶の整理もおぼつかない魔法少女を急かす様に追い立てる。


「……はっ、はい!分かりました!」


 金色の王女は、ヤサカニ当主を知らぬ訳ではない。

 八汰薙の若き担い手ロウやシリウ――黒髪はんなりな友人若菜にとっての家族である当主 れい は、むしろとても身近な存在である。

 しかし――そこに友人との親しさの様な物は無く、むしろ苦手の部類に入る。


「テセラ!まずは今、封じられた状態の災魔生命体に意識を集中!その中心に【震空物質オルゴ・リッド】の反応を感知したら、それめがけて力を放出!」


 【災魔生命体】それがヤサカニ家と魔族の王女の共通目標につけられた臨時呼称である。

 それは、言わずと知れたローディが主の命によって地球へともたらした、【震空物質オルゴ・リッド】の関わる災害名称となる。


 【震空物質オルゴ・リッド】は超高密度のエネルギー結晶であるため、そのサイズからは想像も出来ない質量を持つ。

 そして、それが存在する空間周辺は、存在の質量にみあった時空のゆがみを生じさせ――マイクロブラックホールに近い状態となる。


 地上の物質は、個体質量が巨大な地球本体重力の影響の方が強い。

 が、局所的な限定空間においては、地上の物質が素粒子情報レベルで影響が出ると確認されていた。

 【災魔生命体】は【震空物質オルゴ・リッド】をコアにして生まれた【魔導災害】と呼称されるのだ。


「――【震空物質オルゴ・リッド】の反応……、見えた……!」


 【災魔生命体】を中心に発生する疑似マイクロ・ブラックホールの現象は、金色の王女が【震空物質オルゴ・リッド】を感知するために重要不可欠。

 発せられる微量の重力波及び、同物質に凝縮された魔量子反応を感知――これらを標的と認識出来るのが、王女の封印術式である。


「ローディ君!魔量子変換機構マガ・トランスフィア起動!目標……、眼前【災魔生命体】……!」


「了解!魔量子変換機構マガ・トランスフィアリバース……、魔量子変換マガ・クオント・トランス開始。エネルギー相転移……同位相正量子パラ・フェイズ・クオント収束……!」 


 マスターである金色の王女の指示に合わせ、魔導機ロードグラウバーのコアである少年は本体制御に掛かる。

 王女の背後に体躯より大きな魔量子立体魔法陣M・Q・S・Sが出現――位相空間より円形を四等分した魔導機械製リングに、複数の魔量子変換機構マガ・トランスフィアを等間隔で爪状に配置した装備が物質化する。

 

 展開した魔量子変換機構マガ・トランスフィアリングにエネルギーがほとばしると、コアの少年が魔(反)量子を正量子へ変換――マスターの少女が手にする機械杖きかいじょうに転送・収束させた。


 魔導機ロードグラウバーは【クロノギア】の探索のみならず――万が一それらが地上に飛散した場合、正物質生命及び物質と結びつく事で発生する【災魔生命体】を無力化・沈静化させるためのシステムが内蔵される。

 同時に【災魔生命体】関連事象に遭遇した場合の戦闘用機構をも内包する、一級の魔界技術の結晶である。


対物質反転浄化波アンテリアス・コンフリクサー……、撃てぇー!」


 反量子より変換されたエネルギーが一条の閃光となり――轟音に包まれる対象の生命体。

 テセラの浄化攻撃により【災魔生命体】が原因となっていた【震空物質オルゴ・リッド】を残して消滅する。

 まずは魔法少女となったばかりの、金色の王女テセラのお手柄である――であるが、実際問題の根底はそれで事が済む事態ではなかった。


「……姫夜摩ひめやまテセラ……。今回の事に対し賛美さんびの言葉などありません。」


 逼迫ひっぱくした事態を物語るかの様な、ヤサカニ家裏門当主 れい辛辣しんらつとも思える言葉。

 言葉を掛けられた金色の王女テセラも、事を理解しているのか思案にふける表情でうなずき返した。



****



 時はわずかばかり戻り、学園初等部寮に客人として【量子使い魔クオント・ファミリア】の少年が訪れた日――


 魔法少女として――遠く【天楼の魔界セフィロト】が一国、【ティフェレト】の王女として目覚めた、金色の王女テセラ。

 その王女が自らが望み――そして課せられた使命。


 【量子使い魔クオント・ファミリア】の少年ローディは、自分が使える新たなマスターへ――創造を絶する事態と過酷な使命を伝えていた――


「テセラ……よく聞いて欲しい……。今、【天楼の魔界セフィロト】は太陽系の公転軌道を離れ、制御を失いつつある。――そして、現在その軌道は徐々に狭まり、太陽系内のある惑星へ向かっての衝突軌道に乗る事が確定している――」


「えっ……、衝突……?」


 使い魔である少年の言葉は、あまりにも現実味を持たない冗談の様な言い回し。

 王女の思考も一瞬停止する程に――


「……テセラにはその衝突を回避するために必要な、ボクが奪い返し――地球のマスドライブサーキットで魔界に転送するはずだったある物を、収集する手伝いをして欲しいんだ……。」


 停止した思考の中、少女はようやく一つの問いを返す事が出来た。


「その惑星……って……、まさか――」


 使い魔の少年は、伏せていた目を真っ直ぐ眼前の少女に向け言い放つ。

 紛う事無き現実であると――突きつける様に。


「――太陽系内の衝突軌道上にある惑星は……、第三惑星――この地球だ……!」

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