1話ー5 不穏は紅蓮の少女と共に



 ここは地球衛星軌道上――だが地上にいる人類には確認できない位相空間。

 魔力制御により廃人工衛星・スペースデブリを、意図的に堆積たいせきさせた宙域へ一隻の宇宙艇が飛来した。

 周囲を位相のゆがみが包んだかと思うと、空間に光の穴が発生し宇宙艇は、光学的な視界から消えさってしまう。


 位相空間に静止する巨大要塞――それこそ光学的に確認可能なら地上からでも視認出来るであろう、1000m超はあろう巨大物体。

 それは魔力干渉制御により、何者にも気付かれる事なく存在していた。


 「導師様の命だ。コスモを組織再生機へ――」


 先の戦闘で大破を被った人を形取った少女は、要塞の下層ブロックに位置する研究施設らしき場所へ――同じ体躯の【魔導姫マガ・マリオン】達によって運ばれた。

 要塞の半分以上が研究に関する施設で構成される居城――さしずめ導師と呼ばれる者の研究施設が、魔導コロニーごと移動してきたかの如き様相である。


「……醜態しゅうたいだな……。」


 組織再生機と呼ばれた高さ4m台の円柱形シリンダー容器へ、大破した少女コスモが移される中――その様子を冷徹な眼差しで蔑む少女。

 黒を基調とし、マント風形状に赤いゴシック調レースを裏地にあしらった衣服と防具――四本の機械式と思われる爪とも翼とも取れる装備。

 そして、腰まで届く遅れ毛をともなった燃える様な長い赤髪――片側前髪を三本のピンで留め、そのおかげであらわとなる赤眼。

 

 その少女もコスモと同じく導師に使える者であろう――だが、仲が良いとは言えない関係なのは傍目はためから見ても明らかだった。


「返す言葉もありません……。まさか意図的に行方知れずとされていた王女が地球に存在し、あまつさえ力が封印された状態であったとは……。」


「負け犬の言い訳に耳を貸すつもりはない。封印された力を解除させたのもお前が自ら招いた失態――だが想定外の事態ではあるな……。」


 共に導師の目的のために使えている者である以上――障害となる事態にはさとい赤髪赤眼の少女だが、コスモに対して敵意むき出しの嫌いがある。

 ――否、この場合というのが妥当であるか。


「魔王クラスの魔力保持者が相手だ……。お前達【星霊姫ドールシステム】のなり損ない、【魔導姫マガ・マリオン】では到底役不足だと思うがな?」


「……繰り返させてもらいますが、返す言葉もありません……。」


「フンッ……。」


 再生処置を施すため、シリンダー容器はコスモが中に移されたのを感知し、自動で密閉状態へ移行していく。

 その間――わずかな二人のやり取りは、嫌味を軽くいなされ不機嫌気味にそっぽを向く赤髪の少女が吐き捨てた言葉で幕を閉じた。


 不機嫌を顕にする赤髪少女が口にした【星霊姫ドールシステム】――【魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステム】の原型とされている。


 人ならざる者を利用し特定の対象を防衛するためのシステムとして、【霊格存在バシャール】(世界で認識される所の神々)と同格である【観測者】によって生み出された超技術体系。

 太古の時代より伝わる【L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー】の一端である。


 だが【星霊姫ドールシステム】に対し――システムの目指した物は同一であったが、創造の時点で本質的に前者にそぐわぬ者が生み出されてしまう。

 それらの総称となったのが、【魔導姫マガ・マリオン】である。


 そぐわぬ理由の主な物として、霊的なコアを触媒とし生命体として扱われるのが【星霊姫ドールシステム】――対して霊的なコアを持たず、人工的な非生命体として位置付けられるのが【魔導姫マガ・マリオン】である。

 コスモと呼ばれた少女のまるで人形の様な雰囲気は、霊格的な存在ではない事が原因と言える。


「全く……、予定外の目標を見つけてくれたものだ……。」


 赤髪の少女が、どうも好きになれない【魔導姫マガ・マリオン】の少女が入る組織再生機シリンダー――なおも険悪な眼差しを向けていた時、背後から低く乾いた声が掛けられた。


 すると先の険悪さから一転、従僕らしくもやや無感情気味の表情で向き直り跪く赤髪の少女。


「追跡任務中に破損した、他の【魔導姫マガ・マリオン】は修復が終えていません――致し方ありませんね……。」


 独り言の様に言葉を放った男、今度はすぐ傍でひざまづく少女に次の言葉を向ける。


「……残る【クロノギア】の探索と収集、貴女にお任せしますよ、レゾン・オルフェス……。」


「はい……導師様。」


 レゾンと呼ばれた赤髪の少女は、その命を待ち焦がれていたのであろうが――導師と呼ばれる男に一礼を返すと、やはり無感情を晒す表情で颯爽さっそうとその場を後にした。


「さて――もし彼女がジュノー王女とかち合う様なら、追って指示を出しましょうか……。現時点では地上の野良魔族程度でも、利用価値はありますからね……。」


 不穏な言動の導師と呼ばれた男は、無表情にも思える顔でひとり呟く。


 程なく、顔の右半分に魔術文字のタトゥーを刻み、魔族特有の装飾を施したローブをまとった男が、そのまま音も無く要塞の中枢へと消えて行った――。

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