1話―4 王女 ジュノー・ヴァルナグス



 少年は状況打開可能なたった一つの方法を金色の縦ロールツインテールを揺らす少女に宣言した。

 それはすなわち、少女を平和な日常から追い立てる事だと――マスターとなる者へ伝わる様に。

 少女は心中で、彼が口にした王女と言う言葉に抵抗を覚える――それでも、自らの発言に覚悟を決める。


 そんな中、少年の宣言――その言葉に戦慄せんりつを覚えた者がいた。


「……っ!力の覚醒……、そうか第二王女の力は封じられて……!させませんよっ!」


 敵対者の少女は、圧倒的有利が一瞬で瓦解しかねない事態を予見――手にした刀型の武器を鞘から抜き放つと、閃光の如き速さで未だ不利であるはずの目標を襲撃した。

 ――だがその刃は、寸での所で光の壁に阻まれる。


 否――その壁はただの光の壁でない。

 一瞬早く少年が、ギリギリの魔力で張り巡らせた多層魔量子障壁マルティア・マガ・クオント・シェイルだ。

 そのまま障壁の発した反衝撃で敵対者は後方へ弾かれる。


「テセラ……いえジュノー・ヴァルナグス王女殿下。ボクの名はローディ――貴女の力を具現化するしもべ、【魔量子型使い魔クオント・ファミリア】にして魔導機――【世界創生ロード・グラウバー】のコアとなる者。」


 少年はローディと名乗り、金色の御髪の少女の力を解放するため――魔力障壁内でさらに結界を生み出し準備に取り掛かる。

 程なく――少女とローディを取り巻く無数の魔量子立体魔法陣マガ・クオント・シェイル・サーキュレーダが輝きを増す。


「王女殿下……今はボクを信じて全てを預けてください。」


「……う……うん分かった……。」


反量子ネガ・クオンタム充填 じゅうてん――魔量子相転移開始マガ・クオンタム・フェイズシフト……。魔量子場マガ・クオンタム・フィールド安定領域……。」


「高次魔量子相転移機構――【魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステム】起動――!」


 使い魔――ローディと名乗る少年の、最終術式組み上げと共に浮かぶ大量の魔量子立体魔法陣M・Q・S・S

 金色の御髪の少女をおおい、その体に魔量子の光が纏われる。

 さらに少女の体にあった、初等科の学園服は量子レベルで変換された。

 それと入れ替わるが如く全く別の衣服――黒を基調とした、白とのコントラストが映えるゴシック調ドレス。

 さらに随所へ若草色に彩られた飾り付き甲冑――現れたそれらが脚・胴・腕を経てカチューシャに至るまで、装備が次々と少女に装着されて行く。

 彼女の御髪と双眸そうぼうの色合いが、そのまま身に纏う鎧と化した様に。


「この【魔法力マジェクトロン】レベル……、王女がこれ程とは……!」


 崩れた態勢を立て直す、障壁に弾かれた敵対者――目の当たりにする規格外の、暴力的なまでに巨大な力に危機感を覚える。

 構え直す刀状の武器へ、王女である者とは異質の魔力を込め――敵対者の少女は攻撃対象を無力であった少年から、強大な魔力を放つ王女に変更する。


「導師様より与えられし我が【コスモ・スクエイター】の名において、貴女を討ち……捕縛してみせましょう!」


 高まる【コスモ】と名乗った敵対者の魔力と、それと拮抗するかの様にエネルギーを増大させる魔量子立体魔法陣M・Q・S・Sの中――金色の御髪の少女は魔法少女としての変身を遂げようとしていた。

 

 その記憶、意図的に封印されていた真実が呼び起こされ――王女として覚醒した少女は確信の言葉を発した――


「……この感じ……知ってる……。そう……私は……魔族!」


 覚醒した王女テセラから激しい閃光がほとばしる。

 刹那――それに反応したコスモも同じく閃光に身を焦がす。

 刀の切っ先を少女に向け、覚醒を阻止せんと突撃した。


 一瞬――衝撃と閃光。

 交差する金色の王女テセラ敵対者コスモ

 魔力を纏い、刺し貫く程の勢いで繰り出された刀の切っ先――王女を覚醒前に捉えたかに見えた。

 ――しかし、それは濃密な多重層魔量子障壁M・M・Q・Sによってさも当然の様にはばまれる。

 

 その障壁の先に、小さな量子生命体と見て取れる浮遊する者――そして体よりも大きく機械的な造りに魔術処理を施した機械杖きかいじょうを持ち……優雅ではあるが戦闘を考慮したゴシック調ドレスに身を包んだ少女が立つ。

 

 ――魔法少女として変身を遂げた金色の王女テセラと、その使い魔ローディである。


 高次魔量子相転移機構【魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステム】は、反量子といった反系の力を反応・相転移により魔量子に変換しエネルギーとして運用する機構である。

 反系(反量子ネガ・クオンタム)の力は正系(光量子フォニック・クオンタム)が多量に存在する空間にはほぼ存在できず――エネルギーとして成り立たない程わずかにしか存在しない。


 単純に言えば地球の光が満ちる世界では、【魔法力マジェクトロン】の源泉になる力が自然界にほぼ存在できず――魔力を自給自足する必要があるのだ。


 だが【魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステム】のメイン機関、相転移変換能力を内蔵する【世界創生ロード・グラウバー】――それを介する事で極少量の反量子を相転移させ、魔族の持つ魔霊力エネルギー……【魔法力マジェクトロン】として運用する事が出来る。


 さらには――反量子と相転移させる対の魔力は魔王クラスの王女の力。

 ――発揮される【魔法力マジェクトロン】は桁違いである。


 よもやの形成逆転した事態に、敵対者コスモは無感情な表情の奥に僅かの動揺をチラつかせた。

 彼女も主より与えられた使命があり――むざむざ引き返す事は出来ぬと、三度みたび武器を構え直すと攻撃に転じた。

 ――はずが、ガクンッと体が引き戻される。


 己が身体の異変へ視線を素早く移す敵対者――異変の正体は、無数の半物質化した魔量子の帯。

 絡みつき――動きを封じるその帯の出所にすかさず目を走らせると、王女の隣りに浮遊する使い魔の量子体へと辿りつく。

 

 ――その瞬間、コスモの脳裏に大きな状況の読み違いが鮮明に浮かび上がる――


使い魔ファミリアの魔力……戻っている!?――王女との契約……ですか……!」


 自らのエネルギーを体内で操り、魔量子の帯を振り切ろうと試みる敵対者――が、全く手ごたえが無い。

 振り切る所かびくともしない――それは即ち、相手の魔力が圧倒的に強いという事実。


 なす術を失った少女コスモが、今度は自分がその体に凍りつく様な気配を浴びせられる番となった。


「ジュノー殿下……!記憶に蘇った術式を周囲に描いて下さい!……ボクが術式変換をサポートします!」


 魔量子型使い魔ローディの言葉に、うなずく金色の王女テセラ――両の手でかざ機械杖きかいじょうを胸前へ。

 魔法術式と共に多層立体魔法陣マルティア・シェイル・サーキュレーダーがその身を包み、魔量子収束が開始される。


超振動ヴィヴラス――小宇宙開放クオス・マイクス……魔導回路接続マギウス・ゲイト……!」


 超振動を起こす魔量子の奔流――膨大な、中空に満る魔法力の流入口が彼女王女敵対者コスモの間に現出。

 と、エネルギーの流入に反応した機械杖――王女の胸前に滞空し、その形状を変化させ始め――

 杖を中心に発現する無数の魔法陣――本体へ連結される位相空間より、大小からなるパーツが機械杖に接続された。


 機械的な無数のパーツにより、杖の形が金色の王女テセラの体よりも大きな魔量子エネルギー収束機構へ変形を遂げる。

 収束されたエネルギーが、敵に外す事無く向かう様な砲身――後方への逆放射により放射時の反動を相殺する円形の放射ノズル。


 そして――【魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステム】を発動させた魔族の王女を囲む様に滞空する、無数の魔量子変換機。


――覚醒した金色の王女テセラの魔力エネルギーが、その機構を通じて開放される――


魔量子相転移砲マグ・クオス・フェイザード――ぇぇぇーーー!!」


 閃光は閃条となり――地球の大気を、舞い飛ぶ電子の本流と共にほとばしる。

 高密度に収束された魔量子は、一条の巨大な帯となり動きを封じられたコスモを強襲する。

 その放たれた光が敵対者を包もうとする直前――標的となった少女コスモは纏わり付く拘束こうそく魔力帯を、自らの脚・腕と共に吹き飛ばし防御障壁を展開した。

 

 敵対者コスモは、生命体とは異なる構造を持つ――それ故の最終手段で、即座に防御体勢に移った。

 が――覚醒したばかりの王女の魔法力マジェクトロン……その絶大な威力に、防御障壁ごと敵対者は後方上空へ弾き飛ばされる。


 高空をまばゆいばかりに照らした魔力光の放出。

 それが収まった上空で力無く浮遊する敵対者。


「……ここまで、ですか……。」


 自ら吹き飛ばした身体の部位以外も、この魔力砲で無数のダメージを負った敵対者の少女――任務の失敗を確信し撤退を迫られる。

 そして――無感情ながらも、僅かに悔しさを滲ませながら遥か上空へと去って行った。

 

「終わった……よね……。」


 敵対者の様子を目に、魔族の王女への覚醒を見た少女は心底疲れ果てた表情――その場にへたり込んだ。

 だが今彼女は、昨日までその身が体験していた現実――そして蘇った真実との狭間はざまで、大きく息を整えながらこれからの自分を探し始めていた。



 そうなる事を選んでしまったのだからと、自らに強く言い聞かせるかの様に――

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