第15話 これは奇妙だけど、現実的

「でも、噂で聞いたことはあります。どうして、こうやって河野さんとお話しできるようになったか」

「それはどうしてですか?」

 本当になにも知らないのかと思っていたが、彼女は案外そうでもないらしい素ぶりを見せ始める。さっきの言葉はなんだったのかと思ったが、そのことは黙っておくことにした。

「ここ数年の間に、魔物の数が多くなりました。原因はわかりません。対抗するために、強い軍隊を創り、何年も戦ってきました。当たり前ですけど、そうやっていると犠牲者が出てきますよね。しかも、魔物は1体でものすごく危険です。ですから、今まで通りの方法だけでは対処が難しくなったんです。そのために、外の世界の力を借りる必要があったんです」

「それが僕や後藤さんのような助っ人の存在だったということですね。でも、僕や後藤さんは今でこそなんとかやっていますが、ど素人ですよ。どう考えても、戦いになんて慣れていない。なんで、僕らだったんですか?」

「河野さんは知らないだけで、結構いろんな人に頼んだんですよ?メールを送っても、ほとんどは無視でした。この世界に来てもらっても、すぐに逃げ帰る人がほぼ全てです。だから、感謝しているんです。あなたにも」

「そりゃ、そうですよ。僕だって初日以降は行くことに悩みました。でも、こっちの世界で死んでも、魂自体は元の世界に縛られているから大丈夫だと言われたので、それを信じてやっているんですから。まぁ、短い期間のつもりだったんですけどね。すっかり長くなりました」

「意外と根性あるんですね」

「意外は余計ですね」

 否定したが、彼女はその言葉に少し微笑むだけだった。たぶん聞こえているが、聞こえていないふりをしている。リラックスしているのがよくわかる。

「話の続きですが、外の世界という話になったときに、なんとか繋げることができたのが、河野さんたちが住んでいる世界でした。それが今のところ、良かったかどうかはまだ判断できてないそうですが、高度な文明社会で教育を受けている河野さんたちは、あたしたちの世界と異なり、様々な知見を持っています。ですから、かなり貴重な戦力だと思われているみたいですよ」

「そうなんですね。それなら良かったです。あんまり役に立ってないねと言われるのは癪ですから」

 彼女の言葉に嘘はないと思う。さきほどまで気楽な雰囲気だったが、この話をするときは真面目な表情をしていた。彼女の言葉を聞いて安心した。自分がこの世界に繋がったことの意味を知りたかったのかもしれない。

「このさき、この世界はどうなるんですか?」

「さぁ、私にもわかりません。でも、大丈夫ですよ。私はあちらの世界に移住する気満々ですから」

 握りこぶしを作って、体の前で構える。きっちりと構えることで、意思を強く示しているように見える。

「本気なんですね」

「本気ですよ。だって、こっちには身内もいませんし」

「そういうことも考えての人選だったんですか?」

「立候補ですね」

「立候補?」不思議に思って、彼女の言葉を繰り返す。

「そうです。異世界なんて、普通は怖いじゃないですか。ただこっちの世界に留まる理由もなかったんで、思いきって行ってみようと思って」

「勇気があるというか、好奇心が強いですね」

「河野さんも人のこと言えないと思いますよ。だって、知らない世界に来ても、堂々している。かっこいいですよ」

「僕が戦っているところ見たことないですよね?」

「はい、ないです。でも、噂は聞いてますよ。智将だって」

 そんなふうに言われるのが意外に思える。頭が良いなんていう褒め言葉はもらったことがない。

 そのまま二人で夕暮れになるまで時間を潰した。お互いの世界のことを言葉で交わす。こんな経験することが人生であると思っていなかった。

 異世界に関わる仕事をいつまで続けるかは考えものだ。なぜこんな体験をしているのかも、よくわからない。しかし、彼女と話しているうちに、これも現実の一つなのだと認識できた。

 今経験していること自体が、新しいなにかの始まりなのだろうか。そう思えた。気がつけば、太陽が沈もうとしていた。

「暗くなってきましたし、帰りましょうか?あ、一緒に晩御飯食べます?」

 彼女の提案に黙ってうなずく。すっかり打ち解けてしまった。

 明日からいつもの日常が始まる。新しい物語の始まり。

 物語をまた紡いでいく。知らない世界での生活。

 異世界に出稼ぎ、なんていう生活はもうしばらく続きそうだ。

 

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