第13話 ここでの存在意義を忘れかけて

 彼女の用事が何なのかわからないまま、二人であちらの世界に移動した。彼女からしたら、あちらの世界がこちらの世界になるんだろうけど、今はどういう感覚なのだろうか。自分が住んでいた世界に戻るのは久々だと彼女は言っていた。

「そんなに戻っていなかったんですか?」

「全然戻ってないですよ。だって、用事がないんですもの」

「ご両親とかは?」

「死にました」

 その言葉に衝撃を受ける。でも、当たり前のことだ。僕らが何のためにこの世界に呼ばれて戦っているのか。そんなことも考えずにいたこと自体が恥ずかしい。彼女の言葉を聞いて、次に何を話せばいいのかわからないでいると、彼女から今度は声をかけられた。

「そんな顔しないでください。ずっと昔のことだから、気にしてませよ。それに今は向こうの世界に完全に身を置いてやろうと思ってますから。毎日、新しいことばっかりですごく楽しいことばかりですし」

 黙ってうなずく。そう言ってもらえるだけで嬉しい。やっぱり今日は来て良かったと思った。用事とは別に、誰かと話す時間が彼女は欲しかったのではないか。勝手な想像だけど、その考えは間違いがない気がする。

「たくましいんですね」

「たくましい?どの辺が?筋力とか全然ないですけど」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「わかってますよ。冗談です。すぐに騙される」

 また笑っている。この表情を見ていると、何だかほっとしてしまう。

「もういいです」

「怒りました?」

「怒ってません」無理をして、彼女の方を見ない。怒っている演出。言葉とは裏腹。

「怒ってますね」

「怒ってません」

「じゃあ、こっち見てくださいよ」

 言われて見ると、ふわりと柔らかい匂いに包まれていた。すぐに抱きしめられていることに気がつく。

「な、何を?」

「びっくりしました?」

「しました。びっくりしました。だって・・・・・・」

 言葉が出てこない。黙っていても、彼女の香りが近いせいか、気持ちが安らぐ。いつからこんなに待ちわびていたのか。そう思えるくらい、望んでいたことのように思えてきた。彼女の感触に心が支えられる。

「一体どうしたんですか?急に抱きしめられて・・・・・・えっと」

「強がってたんです。寂しかったんですよ、ずっと。こっちの世界に戻るのが」

「どうして?」

「知っている人もいます。尊敬する女王陛下もいます。でも、それだけです。こっちの世界とあっちの世界のあたしは別人なんです」

「別人?」

「そうです。別人です。こっちの世界のあたしはあんまり喋らないんです。おかしいでしょ。あっちでは、軽い感じでいつも話しているのに、こっちに来ると、あんまり喋らないです。ずっとそういう自分だったから、この任を受けてから、あっちの世界で生まれ変わりたいと思ったんです。だから・・・・・・」

「ありますよね。そういうことって」

 そう言うと、彼女が体を話す。手で掴まれたままの状態なので、完全に離れてはいないが、少し距離ができる。彼女は驚いた顔をしている。

「コーツさんでもあるんですか?」

「当たり前にありますよ。だって、人ってそういうものですから。それに僕だって、こっちの世界に来ると、少し生まれ変わった気がします。でも、久利恵さんの言葉でわかりました。みんな、同じ感覚を持っているんですね。見た目が変わるからでしょうか?」

「あ、そういえばそうですね。今気がつきましたけど、コーツさん、向こうの世界より体が引き締まってますね。かっこいいですよ」

 今までと違った、柔らかくて優しい笑顔だった。その表情を見ていると、今日ここに来た意味を忘れそうになる。そもそもまだ聞いていないが。



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