第3話 あいさつから始まる物語

 住んでいるマンションから歩いて15分のところに駅がある。そこから電車を乗り継いで、10分程度のところにその店はある。外観はただのビルだ。その地下に一目にはわかりづらいが、カフェっぽい作りのオフィスがある。最近のITベンチャ系の企業がよく取りそうなオフィスの作りをしている。中に入ると、受付があり、すぐそばに奥へと続く扉がある。扉はカードキーで開く。カバンの中からカードキ−を取り出し、扉に設置されている非接触型の受信機に近づける。 「ピッ」という小さな電子音がして、「カチャ」というロック解除の音が聞こえる。なぜこのようなオフィスを作ったのか。外部から怪しまれないように気を使っているとしたら、笑ってしまいそうになる。仕事内容が説明しにくい、このオフィスの存在を、労働管理局はどう認識しているのだろうか。

「おはようございます」

「おはようございます。今日もご苦労様です」

 いつもの見慣れた顔とはいえ、挨拶が照れくさい。それくらいカウンタに立っている、この女性は可愛らしい。彼氏がいないことはすでに確認を取っているが、なかなかデートに誘う算段が取れていない。

「今日も早いですね」

「この時間には集合を言われますからね」

「そうなんですか?」彼女が首をかしげる。可愛いの一言で済む。

「そうですよ。でも、向こうについては、久利恵さんの方が詳しいはずですよ?」

「あたし、軍については詳しくないんですよ」

「そうですか」

 本当にこの人は不思議だ。こちらの世界にすっかり順応している。寝起きもこちらの世界でしていると聞いた。確認したことはない。できるわけがない。逆に向こうの世界については、ところどころ怪しいところがある。本当はこちらの住人ではないかと思う。以前聞いた話では、こちらの世界に住みつく気満々ならしい。

「すみません。もう行かないといけないので・・・・・・」

「あ、はい、そうでした。ごめんなさいね。長話しちゃって。行ってらっしゃい。無事に帰って来てくださいね。あと、またお土産もよろしくお願いします」

 笑顔で手を振りながら言われる。可愛い動作に騙されているが、お土産なんか持って帰って来たことはない。余裕がそもそもないのだ。

「じゃあ、またあとで」

「はい」いつも通りの笑顔を返す。営業スマイルだと思うので、まだまだ道は遠そうだ。

 彼女から視線を外し、オフィスの奥にある扉に向かう。オフィスと言っても、彼女がいたカウンタ以外の場所は、机や椅子が少しある程度で、ほとんど誰もいない。少し奥に事務処理をする「総務」の人がいるが、会話したことがない。なんとなく話が通じる相手ではない気がして、ずっと敬遠している。用事も不思議とないので、気にする必要もないと思っている。

 少し歩くと、カーテンがかかっている箇所がある。そのカーテンをめくると、不思議な扉が出現する。この扉だけなぜか古い中世の時代のものに見える。扉の向こうからは、つたがだらしなく出ている。この先に仕事場がある。

 ゆっくりと扉を開くと、中には白い光だけが存在している。すっかり見慣れたものだ。それでも眩しくて目を細めてしまう。その光の中へと進むように、足を運ぶ。あとは白い光に抱きかかえられるように身を任せるだけだ。

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