第28話

練習試合の反省会、ということで。更衣室と化している部室ではあまりにも居心地が悪いため、由紀の希望とごり押しで第七格闘部の面々はファミレスに来ていた。

 そこには顧問である早川一騎も一緒である。


「お兄ちゃん、私これが食べたいです。チョコケーキ」

「私はパスタだよー」

「私は……家帰ったらご飯あるからいいや。ドリンクバーで」


 由紀、茜、麻衣。三人はせーの、で呼吸を合わせて言う。


「ごちっすーっ」

「ちょっと待てなんで俺が払う感じになってんだっ?」


 厚かましい女子高生三人に早川は食ってかかる。


「え、違うの?」

「違うの? じゃねえよ! 確かにこのシチュだと俺が払うパターンは多いかも知れないが最初からそれを当てにしてるのは品が無さ過ぎるだろうが!」


 奥ゆかしい女性をこよなく愛する早川は、彼女らの振る舞いに怒りを隠せない。


「大体麻衣だけじゃなく、お前ら家帰ったら飯あんだろ。なぜにここで食い気を発揮する? つーか今回は反省会のために仕方なく俺までファミレスに来ただけで、こういうのあんまりよくないんだぞ。用が済んだらさっさと帰らんと」


 教師が生徒と私的な交流をするのは、一般的に禁じられている。部活の一環とはいえファミレスで一緒に食事する、というのもグレーゾーンであろう。万一同じ学校の生徒に見つかって学校に報告でもされたら、と思うと気が気でなかった。しかし、今をときめく女子高生にそんなのは関係ない。


「甘いものは別腹なので」

「先生がファミレス来たらなんかまずい事あるの? あ、カレーもいいな」

「私ドリンクバーだからいいじゃん」

「別腹は食後に発揮されるもんだろ! 茜はとりあえずメニュー表のあからさまに炭水化物なエリアから離れろ! いいじゃん、じゃねえよそういう態度がいかんと何度言ったら……」


 一人ひとり指を差しながらツッコミ倒す早川。その途中に割り込むように由紀が言う。


「あーもういいですいいです。わかったからドリンクバーでさっさと反省会しちゃいましょう。ケチ」

「ケチは余計だ。とりあえず一戦目から振り返ってくぞ。茜メニューしまえ」


 由紀の文句を払いのけ、メニュー表を眺める茜を叱りながら早川が話を進める。


「まず由紀の試合だが、二人は何か思ったことあるか? 茜その期間限定品のメニューもしまえ」


 茜は名残惜しそうに、持っていたメニュー表をテーブル脇のメニュー立てに差し込み、


「途中からフォームがぶれぶれだったのと、相手の蹴りに意識を向けすぎて負けるべきじゃない時に負けちゃったことかな。問題があったとすれば」


 経験者らしくぴしゃりと言い切った。遠慮の無い物言いに由紀は若干縮こまってしまう。


「う、それを言われると……」

「まあ事実だな。俺の見立てじゃ由紀は第3ラウンドまで戦えるはずだったし、実際それだけの力もついていたと思う。実践で練習通りの実力を出すのは難しいけど、ある程度は練習通りに動けなきゃな」

「はーい」

「次、麻衣は何か思った?」


 との質問に麻衣は首を捻る。


「うーん、私は……人の事いえる立場じゃないんだけど……」


 そう前置きしてから何か言おうとしたときに、


「お客様、ご注文はお決まりになりましたか?」


 ちょうど店員がやってきてそう尋ねてきたのだ。


「えっと、ドリングバー4つで」


 早川が答えると横から由紀が


「それとフライドポテト1つ」

「待てコラァ」


 すかさず叱り飛ばす早川だが由紀は食い下がる。


「なんですかドリンクバー×4って! 一品ぐらい頼まないとお店に失礼でしょ!」


 もっともな事を言われて口ごもる早川。


「う、確かに……。いや、しかしな。一品ぐらい頼んだ所で大して変わらんのでは……」

「……結局ご注文は?」


 店員が困惑した様子で聞き返してくるので、早川は部員たちの顔をちらりと見回し


「ドリンクバー4つと、フライドポテト2つで」


 申し訳無さそうに言った。店員は笑顔で繰り返す。


「ドリンクバー4つとフライドポテト2つですね。ドリンクはあちらになります。ごゆっくりどうぞー」


 去っていく店員の背中を見つめながら、由紀が一言。


「なんでポテト2つですか?」

「1つだといかにも安く居座るため、って感じだろうが」

「2つでもあんまり変わらないと思うんですが……」

「いいんだよ、俺はポテト好きなの。はい、麻衣さっきの続き。茜なにそわそわしてんだ」


 強引に話の流れを戻す早川。が、茜の様子がおかしいのでつい尋ねてしまう。


「え、飲み物取りに行かないのかな、って」


 どうやら彼女は、ドリンクバーの品揃えに興味津々であるらしい。


「麻衣ちゃん見てください。これ、ロブスターですって」

「まじ? うわ高っ。こんなもんファミレスで食わないって」

「せんせー、飲み物はー?」


 三人がそれぞれ思い思いの事を喋るため、まったく収拾がつかなくなってしまう。


「だぁぁっ! お前らちょっとは落ち着いて話聞けんのかっ!」


 早川が大声で、と言っても周りの客に怪しまれない程度にではあるが、一喝する。

 反省会もなかなかスムーズにはいかないようだ。




 それから十数分後、第七格闘部の反省会はようやく終わりに近づいていたのだった。


「茜ちゃんはー……、私は特に悪かった所もなかったように思いますけど。ていうか、よくわかりませんでした、レベルが高すぎて」


 由紀が冷めたポテトを口に運びながら言う。すると茜は若干照れた調子で


「何かない? 初心者の意見も参考にしたいんだよね」

「そー言われますと、力が入ってるなぁ、って思いました。それが良いのか悪いのかはわかりませんが」


 早川も由紀の食べすぎを制止するようにポテトへ手を伸ばす。


「その通りだな。ま、ハードヒッターは力入れてなんぼって部分もあるから簡単には言えないけども、無駄な力みは動きを邪魔しちゃうから要注意と」

「うーん。どうしても力はいりすぎちゃうんだよね」


 茜はつやつやの髪を触りながら小首をかしげた。


「スポーツ選手なら舌出してプレイするとか聞いたことあるけどな、脱力するために。あぶねえからベルヒットではやっちゃ駄目だけど。そうだな、マウスピースをあんまり強く噛み過ぎないようにするとか、あとは……。ちょっと茜、両肩を上に上げてみ」

「?」


 早川の指示に茜は不思議そうな顔をしつつ、ぐい、と肩に力を入れた。


「もっと強く」

「こう?」

「もっともっと」

「~~~~っ」


 指示に従い身体が震えるくらい肩に力を入れて持ち上げる茜。早川がようやく


「はい、力抜いて」

 というと、茜はほっとした様子ですとん、と両肩を下ろしたのだった。

「ん、あれ?」


 今度は驚きの表情を浮かべ自分の肩を触る彼女に、今の行為を説明する早川。


「すっと力抜けたろ? 一旦力入れてから抜くと普通に脱力しようとするより、やりやすいんだ。んで、身体の緊張は肩や首周りに起こりやすいんだな。つーことは、試合前に今の動きをやれば簡単に脱力できるかも知れんぞ」

「へぇ。ためになるなぁ」


 茜は感心した様子で頷く。


「それじゃ、次は麻衣。茜について何かコメントあれば」


 早川はすぐに次へと話を進めた。すでに結構時間がかかってしまっている。現時点では、茜の反省点は他二人に比べれば少ないのだから、なるべく早く終わらせてしまおう、という魂胆だったのだ。


「特には思いつかないけど、試合後の発言は気をつけたほうがいいと思いました」


 麻衣はすました顔でそう言った。試合後の発言、というのは


「ああ、あと1ラウンドやれば勝てるって言ったやつな。確かにあれはまずいかな」


 早川が同意すると、隣から由紀が茶々を入れる。


「一騎お兄ちゃんも相手の返し文句にムキになってましたけど」

「う、耳が痛い……」


 すると茜は申し訳無さそうに頬を触って謝った。


「あの時は試合後で興奮してて……配慮が欠けてました」


 続いて軽く弁明する早川。


「まあ、茜は仕方ないから今後気をつけるとしよう。俺は黒木先生に謝っとくよ」

「……なんか早川先生って、先生て感じしないよね」


 そう言ったのは茜だった。突然言われて早川は目を丸くしたが、麻衣と由紀には茜の言う意味が伝わったようだ。


「あ、それ私も思った。なんか生徒みたいっていうか」

「わかりますわかります。簡単に謝ったり、威厳がないんですよね」

「威厳がないっ?」


 由紀の言い草に動揺を隠せない早川。威厳がない、とは顧問にとって致命的ではなかろうか。しかしそんな彼を慰めるように、麻衣が言葉を継いだ。


「私たちと同じ目線なんだと思う。教師としては良くないかもしれないけど、普通の先生とは話せないことも話せるし、私は……悪くないと思うけどね」


 言い終わると、なぜかその場がしんと静まり返る。

 誰も何もいわず、早川の事をほめた麻衣に視線が集中する。


「な、なんで静かになるのよ」


 慌てて質問する麻衣に、早川は感激した様子で


「麻衣……お前が俺をそんなに慕ってくれていたとは……」

「へ? べ、別に先生とは話しやすいと思ったからそう言っただけであって」

「まあそう照れるなよ。ケーキ食うか?」

「照れてない! いらない!」


 気味の悪い笑顔を浮かべる早川。麻衣は若干顔を赤くして否定したのだった。

 そこを茶化しにかかる悪ガキが二名。


「麻衣ちゃん、一騎お兄ちゃんにお熱ですかー?」

「わぁそれは大変だぁっ」

「どうしてそうなるのよ!」

「俺は構わんぞうははははは。って痛ぇ! バカ殴るなよ冗談だよっ!?」


 四人の発言が交錯しかなり混沌とした状況を呈する反省会であった。

 が、


「楽しそうでございますねぇ。第七格闘部の皆さん?」


 賑やかに盛り上がる彼女らのもとへ

 突然声をかけてくる人物がいたのだ。

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