第7話
早川がそう宣言すると、ようやく由紀や麻衣の表情が変わる。
「全国……?」
「全国って、ベルヒットの全国大会?」
聞き間違えでもしたように二人はそれぞれ聞き返した。
「そうだとも。茜、三歳の頃からベルヒットやってるなら、大会に出た事はあるよな?」
「う、うん。一応」
茜は急に質問を振られてどもりながら答える。早川は続けて尋ねる。
「成績は?」
「……今まで出た大会では、負けた事はないかな」
「……!?」
一瞬、茜の返答の意味を理解しかねた早川含む三人だったが、すぐにその言葉の意味するところを察し、全員が驚愕の声をあげた。
「負けなしって、全部優勝したって意味かっ!?」
「そんなまさか……!!」
「嘘ですよね!?」
形相を変えた三人に問い詰められ、茜はたじろいでしまう。
「ゆ、優勝って言っても小学生の頃の大会なんだよー。中学時代は試合にも出なかったし、全然誇れるものじゃないっていうか……」
「なんてこった……。中学でもベルヒットやってれば確実に第一格闘部に入れた天才なのに、中学時代の成績がないばっかりに格闘部にすら入れないところだったなんて……」
「いや、そんなに大した者では……」
茜の謙遜には全く反応せず、早川は再び立ち上がって茜の肩を掴む。
「こうなった以上は仕方がない! 俺がお前を全国に連れて行く! いやむしろ、俺を全国へ連れて行ってください!」
頼りがいがあるのか無いのか分からない発言をする早川。
直後、その横腹に再び鋭い蹴りが突き刺さった。
「うぼぁっ! 由紀か? 何すんだ!」
「いちいちボディタッチすんのやめなさいセクハラ教師が!」
早川は凄まじい剣幕の由紀を見て動揺するが、気を取り直して言いたかった事を続ける。
「お前らだって他人事じゃないぞ! 茜がいれば団体戦でうちの一勝は確保出来たようなもんだ! あとはお前ら二人でどうにか一勝もぎ取れば、第一格闘部にだって勝てるかもしれない。それどころか、団体戦で全国に行けるかもしれないんだぞ!?」
「団体で全国、ですか……?」
「でも、私達初心者だよ。そんなの無理に決まって……」
由紀と麻衣はさすがに馬鹿馬鹿しい話と一蹴しようとした、が
「無理じゃない! 現に俺だって高校からベルヒットを始めたんだ! それで全国まで行った! お前らと同じように、茜みたいなすごく強いやつと一緒にだ!」
強く言い放つ早川の目に、嘘をつくような雰囲気はなかった。
「一騎お兄ちゃんも……、私達と同じだったんですか」
「……そうだったんだ」
「皆で、全国……」
とにかく真剣で熱い思いがほとばしり、半信半疑だった由紀と麻衣、さらには黙って聞いていた茜の気持ちすらも動かそうとしていた。
「行きたくないか、全国。俺達全員の力を合わせれば、きっと行けるぞ!」
早川は夢物語を語っているのではない。彼は心の底から、信じていたのだ。
その真摯さが伝わったのか、由紀がぽつり、と一言
「行きたい、です。皆と一緒に……」
続いて茜と麻衣が口を開く。
「私も、行きたい! 団体戦はしたことないけど、皆で一緒に勝ち続けられたら、絶対嬉しいと思う!」
「私も行けるなら行ってみたいかな……」
麻衣だけは一歩引いたような感じだったが、ともあれ三人の気持ちは早川と同じようだった。早川はにやりと笑い、手につけていたミットをぱしぱしと打ち合わせて音を鳴らす。
「いいじゃないか。どうせやるなら、高い目標掲げた方が絶対にいい!」
そして今一度全員の顔を見渡し宣言した。
「よし! そうと決まれば、早速練習を始めよう! まずは基本的なフォームと動きを覚えるところからだ!」
「はい!」
由紀と茜の二人は元気良く返事をし、いよいよ本格的に練習が開始されようとしていた。だが、由紀がその前に一言
「私達着替えなきゃいけないので、一騎お兄ちゃんは出てってくれますか?」
早川は勢いを削がれ面倒そうに答える。
「……俺むこう向いてるから」
「いいから出てけー!!」
「ぶごふっ!?」
三度目の蹴りが早川の脇腹に突き刺さった。
数分後、由紀と麻衣が競技用の姿へとしっかり着替え終えた所で、本日の練習が幕を開けた。
「重たいです……」
「つべこべ言わない。すぐに慣れる」
由紀の愚痴を早川がぴしゃりと制し、それからフォームの指示を始めた。
「まずはスタンダードフォームだ。利き手側の腕と脚を前に出して、逆の腕はボディを守るように中段に構える。俺と茜の真似してみて。茜は由紀の方見てやってくれな」
そう言って両腕を構える早川。彼は麻衣のそばに寄って彼女の動きを見る。
「こう?」
「そうそう、足は斜めに軽く開いて重心は親指の付け根にかける。いいね、様になってるぞ」
すると隣で茜に質問する由紀。
「利き手が前なんですか? なんだか逆のイメージでしたけど」
「そうだね。ボクシングとかじゃ左前が基本だけど、ベルヒットでは右前なんだよね。まあ強制ってわけじゃなくて人それぞれだよ。ちなみに私は、右利きだけど左前に構えてるんだ」
茜が簡単に説明し、早川がそこに補足する。
「ベルヒットはパンチやキックの威力を競う格闘技じゃないからだよ。当てればポイントが入るんだから、わざわざ強く打つ必要がない。だから体重は乗っけづらくても、相手の近くに扱いやすい利き腕利き脚を持ってくるんだ」
「なるほど。後ろに引いといたほうが威力は出るけど、威力はいらないから利き腕を前に出しとくんだ」
麻衣が納得した様子で返事した。だがあえて早川はこの話を続ける。
「とはいえ、強打がまるっきり無効ってわけじゃないぞ。力の入った重いブローってのは、プロテクター越しでも確実に相手の重心をぶれさせるんだ。当然、相手の足は一時的に止まるし、そこから連打のチャンスにも持っていける。メリットも結構あるわけ」
そう言って早川は茜に目配せする。茜は小さく笑って由紀に説明の続きをする。
「……そんなわけで、私は割と強く打つタイプだから、右手を後ろにして体重を乗せやすくしてるんだよね」
「構え一つとっても色々と理屈があるんですねー」
由紀が感心した様子で呟く。
「他にもある。フットワークとすり足の違いとか。ガードの構え方の違いとかな。一気に言っても分からないだろうから、今は本当に標準的なものだけを教えていくぞー」
やる気まんまんで言う早川に対し、麻衣が小声で聞き返す。
「ええーと……まだ構えを続けるの?」
早川が当然とでも言いたげに
「そうだよ? まずは徹底的に正しい姿勢を身に着けないと。一度ついた悪い癖は簡単には取れないからな」
と答えると、由紀は駄々をこね始めた。
「えー、私も茜ちゃんみたいにビシバシとミット打ちしてみたいですー」
「甘い! ミット打ちなんぞ百年早いわ! 今日はひたすらフォームのチェック、そしてお前らは基礎体力もリズム感も脚のバネも不足しているんだから、今日から家に帰ったら縄跳びを毎日三分間続けてみること!」
甘えを許さない早川の指導は、しかし素人目にも手慣れていることがすぐ分かった。
「うう……、やっぱり格闘は向いてないかもしれません……」
「まあそう言わないでがんばろ。フォームはすっごく大事なんだよー。最初は大変だけど、後からその大事さが分かってくるよ」
苦笑いしながら、泣き言を言う由紀を慰める茜。そんな二人の様子を見ていると、自然と麻衣の顔から笑みがこぼれた。
「よーし、今度は守りの基本姿勢をやるぞ!」
早川の宣言に、三人は頷き元気に返事をする。
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