第25話 白銀の閃鋼


 

 ゼク・レムレクスは最早、膨れ上がる破壊衝動を押さえ付ける事が出来ずにいる様子だ。だが、見渡す限りに広がるのは、崩れた瓦礫ばかり。

 強大な力を手にした雷晶界獣の欲求を満たせる玩具は、もう殆ど残っていない。


 異常な力と供に宿した、底無しの凶暴性と破壊衝動だ。このまま行くとまだ手付かずの玩具が並び立つ区域へと足を運ぶ勢いである。


『こっちだ!』


 注意を引きつける為に、ベルグレイアスが光の刃を放つ。

 ダメージは少々。だが、ぜク・レムレクスの気を向けることは出来た。


ぜク・レムレクスが暴走するトラックの勢いでベルグレイアスへ突進する。密接する程の至近距離まで肉薄し、激しい電気が纏わりついた、斧を思わせる角を力任せに打ち付けて来る。


ベルグレイアスは展開した光の刃で、振り下ろされた雷の斧を受け止める。

閃光と雷光の激しいぶつかり合い。幾重にも重なる神秘的な光と破壊的な光。

まぶたを開いてはいられないほど強い発光が押し寄せて来る。


「ウェアアアアアアアアア!」


 恐怖を揺さぶる、甲高くおぞましい叫びを上げながら、ゼク・レムレクスは角を打ち付ける。

 ベルグレイアスは襲い掛かるゼク・レムレクスの角を防ぐのに手一杯の状態だ。


 すでに陽は落ちて空は黒く染まっている。だが、ゼク・レムレクスの放つ稲光に照らされて辺りは真昼のようにあかるい。


「ウェアアアアアアアアア!」


体の芯から凍てつくような咆哮と、宵闇を真昼のように照らす、激しい電光。会話をせずとも、殺意に染まった眼光を見れば彼の獣の意志は手に取るように理解できる。


 ――はやくお前達を殺したい。殺させろ。


 一方、ベルグレイアスの現状は、限界に近い状態だった。ゼク・レムレクスの無尽蔵のエネルギーに対して、力を使いすぎた。


 『残りエネルギー……30パーセント』


 その報告を、力ない様子でシエルは聞く。

 疲労の概念とは無縁の存在のベルグレイアスだが、パートナーはその限りではない。


 彼の使用する武器――光の剣、アドヴェントパルスと光の盾、アドヴェントイーリス、そして切り札たる最強技、アークサージ・グレイス。


 その動力となるオーガニック・フォトンは、有機生命体が放つ、言わば精神エネルギーだ。その提供に命の危険が無いとは言え、長時間に渡って供給を続ければ、どうしても肉体や精神の磨耗と言う結果を招いてしまう。


 無論ベルグレイアスも既に万全の状態とは言い難い。ゼク・レムレクスの超高電圧の雷撃を何度も受けて、装甲にダメージが蓄積されている。

これ以上の消耗戦は、勝利を遠ざける要因でしかない。


 強力な一撃――ゼク・レムレクスの強靭な外殻を打ち砕く、研ぎ澄まされた一撃を。


 だが、必殺の技、アークサージグレイスを撃てる隙が見出せない。このまま行くとベルグレイアスに必殺の一撃を残す余力がなくなる。

 長時間の戦闘でエネルギーの損耗が激しく、大技を繰り出す力を出す事が出来ない。

八方手詰まりの感が、色濃い暗雲となってシエルの表情を染め上げる。

 

 「それでも! 私達は!」


 『負けるわけにはいかない』


 ゼク・レムレクスの放つ雷撃の渦に、ベルグレイアスはあえて突っ込む。


 足が欲しいなら、その雷で灼くがいい。腕が欲しいなら、その爪で裂くがいい。


 例えこの身を焦しても、それでも渾身の一撃を。


 ベルグレイアスの肉を切り裂く行動は、雷晶獣の予知する動きでは無く、流石のゼク・レムレクスでも咄嗟の対応ができないものだった。


「ウェ……ア……ウェ……ウェアアアアアアアアア!」



捨て身で迫る鋼の戦士を目の当たりにして、ゼク・レムレクスが咆哮を上げる。

その叫びには殺戮の概念しか持たない蛮獣が初めて抱いた焦燥の念が含まれているように思えてならない。


「ベル! 今がチャンス」


 暴虐の獣が見せた一瞬の隙を、シエルは見逃さなかった。


『この一撃で断ち切る』


電撃を掻き消した光の剣を、ゼク・レムレクスに向けて振るう。

はげしい輝きを放つ、両肩の結晶がはかない輝きを放ちながら砕け散って行く。


 『ウェ……ア……ァ……ざ……ざり……ざ……ざ!』


 膨大な電力を貯蔵する結晶が砕け、行き場を無くした電流がゼク・レムレクスの体を走る。

 超高圧の電力に耐え切れず、ゼク・レムレクスの甲殻は焼かれて、亀裂が生じてしまう。


 その亀裂を入り口として、膨大な量の電気がゼク・レムレクスの体を襲いかかる。

 自らが生み出した強大な力が、自分自身を焼き尽くす。なんとも皮肉な展開だが、感傷や同情の余地は無い。


 「ベル!」


『これで最後だ』


 ベルの両腕に光のエネルギーが溜め込まれ、最大最高の奥義を放つ準備が整う。


 「アークサージ・グレイス!」


『アークサージ・グレイス』


 戦士達の叫びと共に、放たれた光のビームがゼク・レムレクスの体を貫く。


 『ざ……! ざ! ……り……ざ! ざ……ざ……り……』


 耳に残る嫌な音を上げながらゼク・レムレクスは爆発して果てる。


 『エネミーの撃破を確認。――ミッションコンプリートだ』


 はげしい雷の、破滅的な光は消え失せ、凛華の町を静寂の闇が包み始めた。

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