第23話 雷晶界獣の脅威
音超えの速度で風を切り、一瞬の間に標的へ肉薄し、ベルグレイアスが先手を取る。光の剣で一太刀。しかしゼク・レムレクスを守る、鎧のような甲殻を前に思ったような有効打は望めない。
次いで一太刀、更にもう一度。全くの無効という訳では無いようだが、まるで手ごたえが感じられない。
「ざ……! り……ざ……! ざ……!」
耳にこびり付く不快な鳴き声と供に、ゼク・レムレクスの肩にある結晶が、一際激しい輝きと電流を放つ。
危機を察したベルグレイアスは後方へと大きく飛び退く。
瞬間、ゼク・レムレクスは結晶を通して膨大な量の電気エネルギーを解放する。
超高圧の大放電で、地面は黒焦げ煙を吹き上げている。咄嗟の判断で回避こそできたものの、もしも今の一撃をまともに受けていたなら、ベルグレイアスも無事と言う訳にはいかなかっただろう。
膨大な雷を意のままに操り、気性も稲妻の如く。正しく雷晶獣の二つ名が通り。
今まで戦った敵とは絶対的に格が違う。対界獣の切り札と言える。ベルグレイアスと、力で真っ向から対抗しえる破格の界獣に、シエルは改めて戦慄を覚える。
『ガハハハハ! どうした『白銀の閃鋼』! 防戦一方では無いか!』
通信機越しに、まるでスポーツ観戦でもしているかのような気楽さで大笑いするドゥーム星人――アスプの声が聞こえる。
『流石の貴様も、雷晶界獣の前では形無しか! ガッハッハハハハ!』
あからさまな挑発ではあるが、シエルもベルグレイアスもそれに動じる事は無い。
「ベル! 周辺の人達の避難状況は!」
『半径5キロ圏内に人はいないが、ここからそう遠くは無い場所に人の群れがある。いつゼク・レムレクスの脅威に晒されても、おかしくは無い状況だ』
ベルグレイアスの報告を聞いて、シエルの焦燥はより強くなる。
今現在、なんとか人気の無い場所でゼク・レムレクスを押さえつけられてはいるが、もしも逃げ後れた人達の元へ向かってしまえばどうなるか。
理性を持たず、本能のままに破壊を行うゼク・レムレクスならば、なんの躊躇いも無く地球人を消し炭にしてしまう事は想像に難くない。
そして、その破壊衝動がいつ欲求となってゼク・レムレクスを駆り立てるか、全く見通しがつかない。
シエル達の胸中などお構い無しに、ゼク・レムレクスは攻撃を続ける。
肩の結晶が強い輝きを放ち、激しい電流が渦を巻いて天へと昇ると、無数の弾丸となってベルグレイアスに殺到する。
豪雨の様に降りそそぐ稲光を、右に跳び、左に避け、それでも防げない電撃は光の盾をもってやり過ごす。
間断無い雷の乱舞に、反撃の余地を見い出せない。避けて、防ぐ以上のアクションをおこせずに時間だけがじりじりと過ぎて行く。
「おかしい……どうしてこれだけのエネルギーを……」
シエルは胸の内で湧き上がった疑問を口にする。
「たしかに、ゼク・レムレクスの電気エネルギーは膨大……でも無限ではないはず。これだけの放電をおこなったのならば、どこかで発電をしないといけないはずなのに……」
ゼク・レムレクスの放電メカニズムはある程度まで解明されている。
特徴的な肩の結晶に電力を蓄え、それを体の至る所から放出しているのだ。詰まる所、結晶と言う器に溜め込んだ電気が無くなってしまえば、補充するまでは放電が行えない……はずなのだが、目の前の雷晶獣には、その道理がまるで通用していないように思える。
『既に電力は枯渇していてもおかしくは無い。だのに一向に放電が止む気配は無い……一体、どう言う事だ?』
不測の事態ではあるが、務めて冷静にベルグレイアスは原因を模索する。
『思ったより、面白くないな。興が醒めた。もういい――お遊戯はここまでだ! ゼク・レムレクスよ! 『白銀の閃鋼』を葬るがよい!』
ルディルスの司令を聞いて、ゼク・レムレクスの動きに変化が現れた。
「ざ……ざ……ざ……ざり……ざ……り……ざ……ざ……!」
ビルの屋上に立つルディルスとアスプの方へと体を向ける。
異変に気付いた時には既に手遅れ。頭上から無数の電光が降りそそぎ、ルディルスとアスプは立っていたビル諸共、跡形も無く消え去ってしまった。
悲鳴一つ、そしておそらくは恐怖を感じる時間すらも無い内に、一連の騒動を起こした首謀者は死んでしまった。彼等が絶対の力と信じていた存在によって。
『ドゥーム星人の生命反応消失を確認。――やはりこうなってしまったか』
一瞬で行われた惨劇ではあるが、ベルグレイアスはこの結末をどこかで予期していた様子だ。
『ゼク・レムレクスの凶暴性と戦闘力は、到底手なずけられるものではない』
さもありなん。恐怖を知らず、恭順を理解せず、ただ破壊衝動のみが全てを占めるゼク・レムレクスが、他者の手の下に降るはずが無い。
『こうなってしまった以上、止むを得ない。作戦内容を修正。雷晶界獣・ゼク・レムレクスの討伐、以上を最優先とする』
ベルグレイアスの提案に、シエルは首肯を返すのみだった。目の前で起きた事に戦慄し、体が震えて声が出ない。
『大丈夫か?』
一言、ベルグレイアスが声をかける。
子を気遣う親の様にも、部下を激励する上官の様にも聞こえるその一言を耳にして、シエルの震えは瞬時に止まる。
「もちろんいけます。作戦を続行しましょう」
シエルは女の子だ。だが、花よ蝶よとただ愛でられただけの乙女では無い。戦士としての経験と勇敢な精神が、体の芯に備わっている。これしきの事でいつまでも戦々恐々とするほど弱くは無い。
『GOOD』
ベルグレイアスもまた、短く返答をするだけだった。しかし、その返事からはシエルへの絶大な信頼が感じ取れる。2人の間には、余計な言葉など必要無いのかもしれない。
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