第22話 その名はゼク・レムレクス

 夕焼けの色に染まる凛華町の一角は今、悲鳴と絶叫が木霊する、さながら戦場のような状況下にある。

 道路は地割れでも起きたのかと疑う程にひび割れ、建物もことごとくが無作為に破壊されている。


 今日以前にも、宇宙超獣が地球に襲来して来てはいるが、これ程までの大破壊は今までに無い。地球に来たどの宇宙超獣が引き起こした被害よりも凄惨な状況だ。


 「フハハハハ! いいぞ! 実に痛快では無いか!」


 比較的被害を受けずに済んでいるビルの屋上にいる体格の良い異星人は、眼下で繰り広げられている破壊劇を眺めて愉悦に浸る。


 「圧倒的ではないか! なぜ今までこれほどの駒を出し惜しみしていたのだ!」

  

 これ程の力、始めから投じていれば、こそこそせずとも『白銀の閃鋼』を倒せていただろうに!」


 嬉々としている相方とは対照的に、やせぎすの男はするどい目付きで彼方をみやる。

 

 「フン、噂をすればなんとやら。早速お出ましだぞ」


 やせぎすの男は、混迷を極める戦場に現れた鋼の巨人を、まるで面白い見世物がはじまる直前の観客のような目つきで見つめる。


「さぁ行け! ゼク・レムレクス! その力存分に振るい『白銀の閃鋼』を屠ってみせよ!」



□□□□□□□□□□□□□□□□□□



 宇宙界獣の暴れている地点に到達したシエルは、目の前の光景にただただ唖然とするしかなかった。


 『まさか、これ程までに破壊活動が進んでいるとは……驚愕を隠せないな』


 まるでシエルの心の声を代弁するかのようにベルグレイアスが語る。


 シエルは言葉を詰まらせたままだ。


 人が往来する活気のあった町並みの様子は、もう跡形も無い。ほんの僅かな時間でここまで無惨な破壊を引き起こされたとあっては、最早口に出す言葉も浮かばない。


 「ざざ……ざり……ざ……」


 大破壊を引き起こした張本人は鳴き声とも、咆哮とも取れぬ、故障した機械が出すような、耳障りな電子音を出しながら、凛華町を尚も蹂躙していく。

 

 破壊活動に夢中になりすぎるあまり、ベルグレイアスの存在に気付いていないようだ。


 ゼク・レムレクス――雷晶界獣の二つ名を持つこの宇宙超獣の事はシエルもベルグレイアスも認知している。危険極まりない凶悪な存在であると。


  まず目に付くのは体躯。20メートルを超えるベルグレイアスのそれを易々と超える巨体は圧倒的と言うより他無い。


 天を砕かんばかりのいかめしさを持つ、斧のような形状をした角に、細長い鞭のような尻尾、背中には刺々しい突起が無数に突き出て、体中の至る所を、見るからに堅牢そうな甲殻が覆っている。


 その禍々しい見た目と全くの対となる、宝石のような輝かしさを持つ両肩の巨大な結晶が一際異彩を放つ。

透き通った氷のような結晶は、青白い輝きを淡く放ち、どこか幻想的な雰囲気を纏っている。獰猛な界獣の一部でさえなければ、いつまでも見ている事が出来たであろう。


 「ざざ……ざり……ざ……」


 破壊活動に終始していたゼク・レムレクスだが、ベルグレイアスの存在に気付いたようだ。


 凶悪な風貌と性格に違わぬ、殺意を充満させた視線がベルグレイアスに浴びせられる。


 『シエル、あれを見てくれ』


 ゼク・レムレクスの悪意を総身に受けても尚、一切の物怖じを見せる事無くベルグレイアスはシエルに状況の報告をする。


 モニターに拡大されて映し出されたその姿は地球人にているが地球人に非ず。彼の者達こそシエルとベルグレイアスが探していた者。


 「ドゥーム星人……見つけた!」


 シエルがその姿を確認したかと思うと、ビルの上にいるドゥーム星人の一人が高笑いを上げる。


 『さぁ行け! ゼク・レムレクス! その力存分に振るい『白銀の閃鋼』を屠ってみせよ!』


 「ざざ……ざり……ざ……」


ゼク・レムレクスは不愉快なノイズを上げる。


『応戦する』


 シエルにそう答えて、ベルグレイアスは構える。


 ゼク・レムレクスもベルグレイアスの戦闘態勢を察知したようだ。視線どころか、全身から殺気が溢れ出ている。それに、結晶の淡く幻想的な輝きが、一転して激しく攻撃的な光になり、電流を帯び始めている。


 「ベル!」


 『了解している。アドヴェントイーリス、展開』


 ベルグレイアスは光の盾を形成し、正面に構える。

 瞬間、眩い閃光と轟音と供に、雷撃がベルグレイアスの盾に浴びせられる。


  『フッ! フハハハ! いや、御見事! 流石と言ったところか。よくぞ耐えた! そうでなくては困る!』


 賛辞を並べるドゥーム星人だが、嘲笑と共に送られるその言葉には、称賛の念があるようには到底思えない。


 『彼等の情報を特定完了。指名手配中のドゥーム星人、ルディルスとアスプで相違無い』


 ゼク・レムレクスの雷撃にも、やせぎすの男――ルディルスの嘲笑う声にも動じる事無く、ベルグレイアスは淡々と冷静に、状況をシエルに報告する。次いで、ビルの屋上に立つ、異星人に声をかける。


 『ドゥーム星人ルディルス、並びにアスプ。何を目的にこの星へ来た?』


 『我等の目的を、敵対している貴様に教えるとでも?』


 呆れた様子でルディルスは吐き捨てる様にそう答える。


 『ルディルスよ、それではつまらん! 少し『白銀の閃鋼』と言葉を交わす位よかろう』


  アスプの反論を聞いて、ルディルスは怪しく微笑する。


 『フッ……確かに、名高き『白銀の閃鋼』と正面から構えて、なんの会話も無しと言うのはつまらんな。少し談笑をするのも悪くは無いか』


 果たして、これから交わされるものが談笑と呼べるものになるのか疑問で仕方ないが、兎に角ルディルスは口を割る気になったようだ。


 『そう難しい話では無い。この星は我等の故郷には無い物に溢れている、それを持ち帰ろうと、ただそれだけの話よ』


 口元を不気味に歪ませながら、ルディルスは自らの目的を吐露する。


 「つまり、地球の物品を非合法に流通する事が目的だったようね」


 『そのようだな。確かにこの星の物は我々の世界には無いものばかりで、大きな価値がある。破格の値段が付いても、欲しがる手は数多あるだろう』


 ベルグレイアスの不意をつくようにゼク・レムレクスが巨椀をもって襲い掛かる。


「あいつを倒さないと話の続きは無理みたいね」


『そのようだな。まずは襲ってくるエネミーの応戦が急務だ』


言い終えて、ベルグレイアスは構える。シエルも気を張り巡らせて目前の難敵を見据える。


『現状、脅威となるのはゼク・レムレクスと判断。付近の避難を完了している。従って、エネミーを無力化の後、ドゥーム星人の捕縛に移る』


 「順当な判断ね。了解、作戦行動を開始します」


 シエルの合意を聞いて、ベルグレイアスは展開している光の盾を剣の形へと変える。口元をフェイスガードで覆い、展開した光の剣をゼク・レムレクスの方へと向ける。


 「ざ……ざ……ざり……り……ざ……り……ざ……!」


ベルグレイアスの戦闘態勢に呼応するように、奇怪な電子音を撒き散らしながら、ゼク・レムレクスも構える。

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