第20話 地・球・掌・握



 『シエルが帰ってくるな』


 ベルの報告の後、すぐに玄関の扉が開く音。次いで階段を昇る音が耳に入る。


 「コタロー様! アドレスの交換をしましょう!」


 勢い良くドアを開けて、シエルが俺の部屋に入ってくる。ノックくらいしろよ。


 「いきなり何? アドレスの交換って?」


 「これですよこれ! たった今これの契約をして来たんです!」


 妙にテンション高く、シエルは真新しいスマホを俺に見せてくる。


 「……これ、ちょっと前に出たばっかの最新機種じゃん? 値段大丈夫だったの?」


 「全然問題ありません! さぁ! 早くアドレスの交換を!」


 自分のスマホを俺に握らせて、シエルは俺に迫ってくる。液晶画面はご丁寧に電話番号を映し出している、


 まぁ、特に断わる理由も無く、とりあえず自分のスマホにシエルの番号を登録して、俺のアドレスをシエルのスマホに送る。


 「やたっ! ありがとうございます!」


 「いや、まぁ……ただのアドレス交換だし、そんなに喜ばれても困るんだけどな」


 「はじめてのアドレス交換相手、コタロー様なんですよ!」


 「そりゃあ今契約して、すぐ俺の所に来たんならそうだろうよ」


 突然、シエルのテンションが急落。哀愁たっぷりの溜息を口から出し始める。


 「確かにそうなんですけどね……」


 ふてくされながらシエルは窓の方へ向かう。なんだ? もしかして、俺なんかまずい事でも言ったのか?


  「ところでベル、エマージェンシーの発令と取り消しがあったみたいですけれど、何があったの?」


 シエルの問い掛けに……なんて言うかベルが固まった気がする。


 『……申し訳ない。私の誤認だ……異常は現在見受けられない……』


 ベルにしては随分と締まらない様子で、そう答える。


 「誤認……? エマージェンシーを誤るなんて、珍しいミスもあるわね」


 『返す言葉も無い……』


 「別に責めてるわけではないからそこまで気にしないで。それよりも……」


 シエルは自分の分とは別のスマホをベルに見せる。


 「これはベルの分。この星の環境だと、私達の世界での通信が上手く機能しない事もあるから、こっちでも連絡を取れるようにしましょう」


 『確かに。今までも君の居場所次第では通信が上手く行えない事があった』


 「この端末を解析すれば、そう言った事態も無くなるでしょう? やってみましょう」


 『了解した――ところで、そこの袋の中身はなんだ? 他にも何か買ってきたようだが』


  たしかにベルの言うとおり、シエルは大き目の紙袋を持って俺の部屋に入って来た。 今は床に置かれているあの紙袋の中には一体なにが入っている事やら。


 「えっと……これは……その、あの……」


 ベルの問いに答えないでしどろもどろになっているシエル。あれ? これちょっと前に見たぞ。


 「何? また漫画とか色々買ってきたわけ? 好きだねぇ……」


 「違います! 今日買ってきたのはふぁみゅこんですっ! あっ……」


 勢いに任せて、うっかりさんが自白する。と言うか、マジでふぁみゅこん人気だったんだな。


 あれ生産中止になってからもう10数年も経つ、ゲーム界隈じゃ完全な骨董品だから中古屋周りしなきゃで、手に入れるのにはそれなりに骨が折れるんだが……良くやるよ。


 どうせなら最新のゲーム機に手を出したらと思うのは俺だけなのか?


 『シエル』


 「違うんです! これは、この世界のテクノロジーを改めて分析するための参考にするもので……」


 もっともらしい言い訳を、あたふたしながら話し始めるシエル。

表情を見ればわかる、あれはベルの怒りに触れる事を恐怖している顔だ。

たしかに、あの時のベルはなんとも言えない凄みを持っていたからね、気持ちはわからないでもない。


 『いいんだシエル。こうも長期間の滞在となれば、息抜きも必要だろう。少々程度ならば羽を伸ばすのもいいだろう』


 「……いいの?」


 予想だにしないベルの返答に、シエルは困惑と、喜びを滲ませたかのような声で問い返す。


 『構わない。だが、くれぐれも任務に支障の出ない範疇で楽しんでくれ』


 ベルの心境が変化した事に、シエルは小躍りして喜びを表現する。


 『ひとまずは端末の解析を行おう』


 そう言ってベルは自分の手を窓の近くに寄せる。


 「何? なんかやるの?」


 「興味があるのなら見てみますか?」


 「いいの? じゃあ何やるか見せてもらおうかな」


 『いいだろう。今や君は我々の協力者だ。解析の様子程度であれば公開する事もやぶさかでは無い』

 

本人直々の許可も貰った事だし、何をやるのか気になった俺は、シエルと一緒にベルの手の上に乗る。


 ベルの手が体勢と共にゆっくりと動き、コクピットの前で止まるとハッチが開く。

ベルの手を伝ってコックピットに入るシエルに俺も続いく。


 例のコンソールから小さな台座がせり上がり、シエルはそこにスマホを置く。するとその台座はスマホを置いたまま、コンソールの奥深くに沈んで行く。


 『解析を始める』


 コクピット内にベルの声が響く。


 『解析完了。これで、今後は私もこの端末を使った通信が可能となった』


 「はやっ! もう終わったのかよ!?」


 たった今解析はじめたばっかじゃん! まだ1分経っていないよ? カップ麺ができるよりもはやいよ?


 『極めて単純なシステムだった。仕組みさえ理解してしまえば難しい事は何も無い。今習得した通信技術を使用して、電子機器及び情報ネットワークのシステムも掌握した。これで今後これらの事で不自由する事は無いだろう』


 掌握って……まさかとは思うけど、やろうと思えばハッキングを容易くできるとか……そんな話じゃないよね……?


 『ただし、この星のプロテクトは極めて頼りない為、このままでは情報漏洩や通信傍受の可能性が非常に高い。――早速だが、この端末の情報防護プログラムを試験的に改良した』


 「やっぱりベルもそう思った? 私もちょっとさわった感じだと、性能に目をつぶるとしても情報保護には問題があると思って改良を考えていた所だったの」


 『ならば君の案も聞こう。改良は施したが、このプログラムが既存のネットワーク環境を破壊してしまう可能性はまだ前例も類似例も無い為未検証だ。一緒に検証を行って万全を期したい』


 「やめろぉ! 未曾有のサイバーテロを引き起こしかねない話を俺の前でしなでくれ! 心臓に良くないから!」


 果たしてこの一人と一機に、この星のテクノロジーを握らせて良いのかどうか。未熟で半人前な俺ではわからない。


 俺に出来る事は、万全を期してくれると言ったシエルとベルの善意と可能性、

 それから検証がつつがなく無事に済むよう信じる事だけだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る