第15話 決着の話


 『私の武装、君の言う光の剣やビームは、オーガニック・フォトンと呼ばれる――噛み砕いて言うならば、有機生命体の精神を元に精製するエネルギーを必要とする。有機生命体ではない私のみでそのエネルギーを生み出す事は叶わない』


 「そのエネルギーは有機生命体――つまり、人であれば作れるのよね? 私達で作る事はできないの?」

 

『恐らく不可能だろう。有機生命体であれば何者でも良いと言うわけでは無い。私と適合する波長を持った者の精神でなければ――シエル以外の者では、オーガニック・フォトンを充分量供給する事はできない』


 ベルがシエルとの合流を第一義に考え続けていたのは、そんな理由があっての事だったのか。


 『エディンムは決して驚異的な界獣ではない。しかし、武装の一切を使用できないとなれば苦戦は間逃れない。今はシエルとの合流を第一に、なるべく町の被害を抑えつつ戦うほか無い』

 

ベルの腕を振り解こうと、暴れているエディンムを、ベルは投げ飛ばす。

だが、エディンムにさしたるダメージは見受けられない。別段何事も無かったかのように起き上がり、猛牛の勢いで再びベルに突進する。


 ベルはエディンムの背中を転げてやり過ごす。


 空と大地が目まぐるしく反転する。やばい……これは……


 「酔った……気持ちわるい……」


 物凄い嘔吐感に襲われる。今のぐるぐるで気分が悪くなってしまった。


 「もう駄目……吐きそう……」


 「ちょっと! ここで吐かないでよ!?」


 「そんなこと言っても、もう限界……大丈夫……俺、茉莉ちゃんならゲロでも受けとめてくれるって、信じてるから……」


 「受止められるわけないでしょ!? 放しなさい! 吐くなら外でやって!」


 『2人とも。中睦まじいのは結構な事だが、時と場合を弁えて欲しい。恋人同士の情事なら後にしてくれ』


  「ここここ恋人っ!? 情事!? 何で私がこんな奴と!」


 そう言って俺の肩を肘撃ちでガスガスうっててくる茉莉ちゃん。


 やめて……それホント今はシャレにならないから……痛いだけじゃなくて、絶妙な揺すりで吐き気も倍増するから。


 『……とにかく、怪我だけはしないように気をつけてくれ。――エディンムの方に動きがあるぞ』


 螺旋状の角を回転させて穴を掘り、エディンムは地面に潜って姿を消す。


 「逃げたの……?」


 「へっ……恐れ入ったか……俺達を怒らすとこうなるんだかんな……分かったか? 分かったらゴメンナサイするんだ……うぷっ……」


 『何故君が得意気になっているかは理解しかねるが、エディンムは逃走などしていない。まだ近くに潜んでいる』


 えー……いいからどっか行っちまいなよ。空気の読めない奴め。


 『位置は……駄目だな。地中深くに潜り込んでいるせいで正確に特定できない。いつ襲ってくるか不明だ』


 辺りを注意深く見渡しながら、ベルが地中から遅い来るであろうエディンムへの警戒を最大限に研ぎ澄ませる。


 じりじりと胸が焼きつくような緊張感。たったの1秒が、実際よりも何倍にも長い時間経過に感じる。


 「つーか、もうマジ無理……気持ち悪い……長引くならちょっと吐いてくるから外出して……」


 『今外に出るのは極めて危険だ。承服しかねる』


 「俺も今極めて危険なじょうた……うっ……おぼべぇ……」


 俺の吐き気がついに限界点を突破しようとしている。これ以上は本当のマジに、我慢の限界だ。


 「ギャーーー! 吐かないでよ! 絶対吐かないでよ!」


 「ごめんね……もう出しちゃう……」

 

「いやいやいや無理っ! 無理だから! 引っ付いてないで! 放れなさい!」


 『二人とも……もっと緊張感を――言うだけ無駄か……』


ベルが一瞬の隙を見せたその瞬間、地中からベルの背後を目掛けて鋭い角の奇襲がくる。


 地面に大穴を易々と穿つ程の力を持つエディンムの巨大な角が勢い良く激突するが、ベルの鋼のボディを壊すには至らなかった。


 だが、はげしい揺れで俺も茉莉も前に倒れる。


 「痛っててて……」


 前にあるコンソールにぶつかるが……見た目とは裏腹にゴムみたいな柔らかさで

 大事には至らなかった。


『高濃度オーガニック・フォトンを感知……? 馬鹿な、一体何故……』


  明らかに困惑しているベルの声がコクピットに響く。


『マグナドライヴ起動……オーガニック・フォトンの同調……コンプリート。システムオールグリーン……』


棒立ち状態のベルを、これ幸いと言わんばかりにエディンムが猛烈な勢いで突進してくる。


  高速回転する角がベルの体を穿とうと肉薄した瞬間、エディンムの頭から離れて宙を勢い良く飛び始める。


 バッサリと切断されたのだ。だが、あんな巨大で、鋼より何倍も硬いはずの角を、一体何が斬ったって言うんだ?


 その答えは直ぐに導き出された。ベルの腕から光の剣が煌々と輝いている。


 「光の剣!? 武装は今使えなかったんじゃ……?」


 『状況が変わった。出所は現在不明だが、オーガニック・フォトンが供給されたおかげで武装の使用が可能となった』


 「渡りになんか来たってやつか! 今ならエディンムを倒す事も出来るのか?」


 『YES。だが、オーガニック・フォトンの供給がいつ絶たれるかは分からない。次の攻撃で決着をつける』


 角を斬られたエディンムは、勢い良く跳躍して、巨大な爪を持ってベルを穿とうと前足を振るう。


 だが、ベルの持つ光の剣は、その足ごとエディンムを二つに切り裂く。


 ベルの宣言通り、その一撃が戦いを終わらせる決定打となった。


 幕引きはあっと言う間。突如街中に現れ暴れ回っていた界獣は、戦う力を取り戻したベルの前にあっさり敗れ、跡形も無く爆散して果てる。


 『エネミーの撃破を確認。ミッションコンプリートだ』


 光の剣が、儚げな残滓を残して霧のように消えて行く。なんとかなったみたいだな、やれやれだぜ。


  『幸運だったとしか言いようが無い。オーガニック・フォトンの供給がなければ、まだてこずっていただろう。しかし、何処からあれだけのオーガニックフォトンが発生したのか……』


 疑問を浮かべた後、ベルは暫くの間無言になる。


 『これは――』


 驚愕、困惑、焦燥、そして疑念。それらが複雑に入り混じり、絡み合ったかのような雰囲気でベルは続ける。


 『オーガニック・フォトンの発生源は、美作胡太郎……君だ』


 ふーん……俺が発生源ねぇ。


 「――え? 俺? どう言う事?」


 あまりに突飛な物言いに、ベルの言葉を呑み込むのが後れてしまう。


『私もにわかには信じられない話だが……先程君の精神が私と同調して、その結果オーガニック・フォトンが発生したと、そう測定結果が出た』


良くわかんないが、どうやら俺がおーがにっくふぉとんってのを出したのは間違いないようだ。


 『オーガニック・フォトンを供給したと言っても君に悪影響が及ぶ事は無い。精々精神力や体力の消耗位のものだから休息を取ればすぐに回復する。その点は安心して欲しい』


 「そうなん? それなら良かったけど」


 未だに何がどうなってるのが良く分からないが、とりあえず不都合もないみたいだし、まぁそれならそれでいいのだろう。


 「ベルと同調できるって、そんなにスゴイ事なのかしら?」


 すかさず、茉莉がベルに問い掛ける。


 『オーガニック・フォトンは言うなれば精神の指紋だ。全ての有機生命体が持っているが、個体ごとにその性質はバラバラで私と同調できる波長を持つ者は極めてすくない。今回の件は極めて稀なレアケースと言える』


そんなに凄いのか。


『つくづく不思議な縁だ……もしかすると、君とは浅からぬ関係になるかもしれないな、美作胡太郎』


 「あー、その、なんだ。俺の事フルネームで呼んでるけど、別にそんな仰々しくしないで、コタローでいいんだぜ?」


  最早俺とベルは、それ相応の縁がある事だし、フルネーム呼びで他人行儀にされると少し寂しく感じる。


 『では、私も君の事はコタローと呼ばせて貰おう』


 うむ、やはり普段そう呼ばれているし、しっくり来て良いな。


 「それで、これからどうするん?」


 敵は倒した。ひとまずベルの役目は終わったわけだが……さて、これからどう行動したらいいのか。


 『ベル!』


 シエルの声が通信機を解してコクピットに響く。同時に、ベルの直ぐ近くにいる彼女の姿も確認できた。肩で息をしている。相当飛ばしてきたみたいだな。


 『グッドタイミング。シエルに、事の顛末を説明するとしよう』


 ベルは片膝を付いて、ハッチを開ける。俺達を見たシエルの表情が、みるみる驚きで彩られていくのが手に取るように分かる。

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