第14話 戦闘の話


 エディンムが暴れている場所はあまり建物は密集していないが、それでも人はそれなりの数がいた。


 巨大で獰猛な怪物に人々は未曾有の恐怖を覚え逃げ惑う。まさしくそれは昨日の大惨事をそのまま再現した物だ。


 幸い、まだ街に大きな被害が無い。そうなる前にベルはエディンムの元へと駆けつける事が出来た。


 「じ……じ……」


 無差別に暴れまわっていたエディンムだが、ベルの姿が近くにあるのを認めた途端、こっちに向かって襲い掛かってくる。


 ドリルのような角を高速で回転させて、猛牛のように、一直線に突進してくるエディンムを、ベルは軽やかに交わし、馬乗りになって押さえつける。


 『まだこの周辺に地球人の生体反応が確認できる。従って、まずは付近の地球人が逃げる時間を稼ぐ』


 尚も暴れようとするエディンムを、ベルは力ずくで押さえ込む。


 しかしエディンムは、少しずつだが確実にベルの拘束を振りほどいてきている。鋼鉄の塊が自身にのしかかってる状況なのにも関わらず、力ずくで抵抗をしてのける。その膂力は圧倒的で驚異的だ。


 このままではベルの拘束から抜け出すのも、時間の問題なのかもしれない。


 『シエル、私だ。応答してくれ』


 エディンムを押さえ込みながら、シエルとの通信を続けるベル。苦心の甲斐あってか、ようやく反応が返って来る。


 『ベル! エマージェンシーって、一体何があったの!』


 通信機から、焦りの色を多分に含んだシエルの声が反響する。


 『宇宙超獣・エディンムが凛華町に襲来。現在交戦中だ』


 『宇宙超獣!? そんな、一体どこから……?』


 『不明だ。だが今は原因を解明する時間が無い。』


 『とにかくそちらへ向かうわ』


 『現在私のいる座標を送る。直ちに合流してくれ』


 そう返事をして、ベルはシエルとの通信を切る。


 『付近に生命反応は無い。住民は全員避難できたようだ。後は、シエルと合流するまでの時間稼ぎだ』

 

ベルの拘束を逃れようとエディンムは尚も暴れまわっている。遮二無二暴れるエディンムの強靭な後ろ足から繰り出される蹴りが、ベルの体を吹き飛ばす。


  20メートルを超える鋼鉄の巨人を軽々跳ね除ける圧倒的な運動量は、俺達のいるコクピット内にも嵐の海に煽られた船のように激しい揺れを与える。


 幸いにして俺に怪我は無い。激しい揺れの割に、体に来るダメージはたいしたこと無かった。まるで俺が座っているシートが、衝撃を吸収しているかのように……もしかしたらこの水みたいな感触のシートは衝撃を吸収する事に長けているのかもしれない。


「茉莉、大丈夫か?」


 「平気。どこも打ってないわ」


 良かった、茉莉にも怪我は無いようだ。


 だが、今の状況は良くない。まるでさっきまでの逆襲と言わんばかりに、仰向けに倒れてるベルの上に、エディンムがのしかかって来ている。


 モニターにドアップで映し出されている、巨大な口にびっしりと生え並んだ鋸状の歯は、海洋ホラー映画の主役が持つそれよりも遥かに鋭く禍々しい。あの口なら、人の1人や2人くらい、文字通り朝飯前に平らげてしまうだろう。


 興奮し血走った眼は、視線だけで生物を殺せる勢いで、間近でその眼を見た俺の全身が怖気で凍りつきそうなる。


 「キャーーーーーッ!」


 あまりの恐怖に、俺は反射的に悲鳴を上げる。こんなんジョーズだって泣きべそかいて逃げるだろ。

 

「耳元でうるさい! あと、そんなひっつかないでよ! 離れなさい!」


 「そんな寂しい事言わないで! ね、もう少しこのままでいさせて……ホント

  ……マジでちょっとだけでいいから……」


  今、茉莉から手を離したら恐怖のあまりどうなるか分かったものではない。


 『二人とも……巻き込んでおいてこんな事を言うのは気が引けるのだが……もう少し現状と真面目に向き合ってくれ』


 「私まで一緒にされた!? 馬鹿やってるのはコタローだけなのに!?」


 「失礼な! 俺は超真面目だぞ! 真面目に目の前の化け物が怖いから、こうして茉莉ちゃんにしがみついているだけだぞ!」


 『……この際何でもいいが、少々コクピットを揺らす事になる、十分に備えてくれ』


 立場が逆転しても処方は同様。力で押さえつけてくるエディンムを、ベルは鋼の膂力で強引に投げ飛ばす。体勢を直立に戻し、エディンムと正面から対峙するベル。

 彼方のエディンムも、ランスを操る騎兵のように巨大な角を回転させながらこっちに突っ込んでくる。


 「くるぞ、ベル! 迎撃準備!」


 『了解している』


 突っ込んできたエディンムの、長大な角を両手で掴み、強引に回転を止めるベル。


 「あ……あれ? ベルさん? アレ使わないの? 腕からバーってビーム出したり剣みたいなの出してたじゃん?」


 昨日と、そして一昨日。ベルは光の剣を巧みに操り剣戟を繰り広げ、更には切り札にあたるであろうビームも持っていた。


 迎撃するならやはりアレを使うだろうと、そう思っていたのだが、今日はまだ一回も出していない。使えばもっと展開は有利になりそうなものなのに、妙な話だ。


 『済まない……今はどちらも使う事が出来ない』


「なんでよ! 今は出し惜しみしている場合じゃ……」


 『出し惜しみをしている訳では無い。私の武装は、シエルが私の中にいないと起動する事が出来ない』


 「えっ、なんで!?」


 話の流れがよく見えなくて、俺は思わずベルに問い掛ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る