第12話 ベルグレイアスの話

20mを超える巨人の手ともなると、俺と茉莉を乗せてもまだまだスペースに余裕がある。なんだったらあと1人か2人程度なら乗せれそうな位だ。


 『手を動かす。落ちないように気をつけてくれ』


 そう言ってベルはゆっくり手を動かし胸部まで俺達を運んでくれた。


 圧縮された空気が吐き出される音を出してハッチが開く。


 「そ、それじゃあ、お邪魔しますよ……っと」


 いざ入るとなると変に緊張するもんだな……足場を滑らせておっこちないようにしないと。俺はベルの手からコクピットに乗り移り、備え付けられているシートに腰掛けてみる。


  何ともいえない不思議な感覚だ。今まで座ったどの椅子とも違う……強いて言うなら体を水で包まれたかのような、そんな感じの座り心地だ。


 不思議な感触のシートに腰を預けながら、あたりを見回してみる。


  思ったよりはシンプルな作りだ。


 計器の類はシート前面のコンソールと手元のタッチパネルみたいな装置だけ。想像していたより大分すっきりしている。


 ロボアニメとか、ゲーセンにある体感ゲームとかでは、機体を操縦するための操縦桿やペダルの類があるが、それらしい物が全くないのは意外だ。


『どうだ? 何か感想は?』


 「最高だよ! 子供の頃の夢がまさかこんな風に形になるとは思わなかった!」


『そうか。喜んで貰えたなら何よりだ』


 いやーもうこれは感動も感動、感激の嵐ですわ。茉莉もこの感動を――ってあれ?


 「茉莉はこっち来ないの?」


 ベルの手の上で立ち尽くしている茉莉に声をかける。


 「アンタがシートにいるから、私の座るスペースが無いじゃない」


 確かに、ベルのコクピットは一人乗りみたいでシートは一人分のスペースしかない。一応全体はそれなりにスペースがあるから入れないことは無いが。


 「あっ、そうだ。じゃあここに座ればいいんじゃないの?」


 俺は自分の膝を軽く叩いて茉莉の座る場所を示す。


 「なっ、馬鹿な事言わないでよ! そんな所座れるワケ無いでしょ!」


 「別にそんな気にしなくても良いんだけどねー? 昔はよく俺の膝の上に座ってたじゃん」


 「昔の話でしょ。今も同じってわけにはいかないわよ」

 

 『しかしそこにいられるとハッチを閉められない。中にはいってくれ』


 「えっ……? あぁ、もう……仕方無いわね」


ベルの手から一足飛びでコクピットの中に入って、茉莉は俺の膝の上にそっと腰掛ける。


 「……何よ?」


 特になんも言ってないのに、茉莉が目を鋭くして俺に言い寄る。


 「アンタがこうしろって言ったんだからね? 文句は無いでしょ」


 「まぁ文句は無いよ。無いんだけど……なんか思ってたよりも重たい……もしかしてふと――」


 言い切る前に、茉莉の肘打ちが俺の顔面にクリティカルヒットする。


「肘は止めて……打ち所悪かったら冗談抜きに死ぬから……」


 「コタローがデリカシーの無い事言うからでしょ!」


 ご機嫌斜めにそれだけ言って、茉莉は俺の膝の上でふてくされてしまった。


 『ハッチを閉める』


 コクピット内にベルの声が響くと同時に前面のハッチが閉じる。すると前面にモニターが浮き上がり、鉄の壁だった部分がまるで窓ガラスになったかのように、周囲の風景を映し出す。


 「おー、すげー」


 見慣れた風景であっても、こうやって未知の技術を通して見ると、新鮮で目新しい光景に早変わりするものだな。


「こんな青々とした海を見てると、心が洗われるようじゃないか」


 『そうだな。この星の海はとても綺麗で優雅だ』


 俺の言葉に返事を返したのは、意外な事にベルだった。


 『美しい星だな……地球は』


 抑揚こそあまり感じられないものの、どこか感慨深そうな感じなベルの声がコクピットに響く。


 『この星には木々が豊かに生い茂り、潤沢な水と海があり、肥沃な大地があり、そして多様な生命に溢れている。今まで任務を通して様々な星を見てきたが、この地球ほど美しく穏やかな星は記憶に無い』


 「そんなもんなの?」


 『そんなものさ』


 そんなもんか。


 俺は地球以外の星に行った事はないからよくわからんが、多くの星を見てきたベルが言うんなら、まぁそんなもんなんだろう。


 それにしても、美しいか。


 このベルと言うロボットは、たとえ見た目はどうであろうと、俺達と同じように心を持っているようだ。


人工知能やAIの類であれば、どれ程の高性能でも、感情が無いから海や大地を見ても美しいと思う事は無い。ベルが地球の景色を、感性を持って見る事が出来るのは、まぎれもない人格を持っているからこそだ。


 『――さて、そろそろ2人を下ろそうと思うのだが』


 「えー、もうちょっとみたいー」


 「子供みたいな駄々をこねない。少しだけって約束だったでしょ? あんまりベルを困らせるんじゃないわよ」


 はぁ、仕方ない。本当はもう少し乗っていたいんだが、あんまりわがまま言うわけにもいかないか。


 「へいへい。それじゃあ名残惜しいが降りるとしま――ん? なんか揺れてない? 地震でも起きたん?」


 地震にしては変な揺れ方しているけど。なんていうかこう、まるで地面の中を何か大きな物が進んでいるような。


 『NO。これは地震ではない』


 抑揚に乏しかったベルの声に、僅かながら焦りの色が混じっている。


 『この反応は……間違いない。界獣……来る!』


 ベルの宣言の後、コンクリートで固められた地面を、巨大な何かが突き破り、宵闇のように薄暗くい穴から不気味な異形が這い出てきた。

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