それからはクラスの皆が皆手伝い合って教室の机と椅子いすを動かし、教室の中央に空間を作り、其処に人狼ゲームの参加者五名各々おのおのの椅子を計五脚けいごきゃく、サークル状に向かい合う様にして並べてくれた。やけに皆、手際が良い。運んでいる最中にも稲荷が私に少し話してくれたが、

「今このクラスでは内山君の功労こうろうによってデジタルのスマホ版、そしてアナログのGM介入版問かいにゅうばんとわず、人狼ゲームが大流行だいりゅうこうしているのだよ~」……との事らしい。

「毎回毎回お前らには言ってやってるが……人狼ゲームを始めるに当たって、GMとしてこれだけは諸注意しょちゅういしておく」

 GMの内山は教壇きょうだんの方から、参加者として円を描いて座る私達五名、そして更にその外側に中央を向いてたむろする他の生徒達全員に向かって、かなり険の有る口調で話を始めた。

「GMである俺のゲーム進行を、邪魔じゃまするな。俺がGMを買って出るのを許可した以上は、ゲームの参加者全ては俺の指図さしずに、従え。絶対に従え。ギャラリーの他の奴等やつらもだ。お前らも真ん中の五人も俺も含めて、全員がこのゲームの立役者たてやくしゃだ。全員が、主役何だ。皆でこのゲームを盛り上げて行こう。そして、勝敗、結果がどうあれ、最後まで無事に、成功させるんだ。

 ゲームの円滑な進行を妨げる様な、無粋ぶすい真似まねをしようとする奴は、今すぐ教室から出て行け。さもなくば……」

 クトゥルフの邪神じゃしん、ダゴンの餌食えじきにしてやるからな? そこまで一息に言い切った内山の、己のゲームにける、情熱じょうねつ。この空間を共有する誰もが、緊張きんちょう感嘆かんたんの入り交じる息をいていた。

 だが、GM内山賢次は身を乗り出して、なおもこう続ける。

 ールールは全力で守る物。

 ーゲームは心から楽しむ物。

 ーそして、勝負はしっかりと勝ちに行く物。

 ーそれが大原則だいげんそくだ。それが全てだ。

「そして、GMの俺は、参加者のお前ら全員がそれをこころゆくまでおこなえるよう、全力でサポートに回ると、この場でちかわせてもらおう」

 内山が胸に手を当てて誓いを立てると、本当に自然発生的しぜんはっせいてきに、皆が静かに拍手をおくった。私も共感きょうかんして心からの拍手を贈り、近場に腰掛こしかけていた参加者の稲荷も私に向かって、

相変あいかわらずGMの内山君はカッコ良すぎんよ~!」何てはしゃいでいた。

「GMの時だけで、テストは赤点。運動も音痴おんち……」

「言うなし呂模ぉー!!!」教室がどっと笑い転げた。

「……コホン。時間がしい。早速さっそく人狼ゲームを始めるぞ?

 帰国子女さん事朱美さんも他の参加者も、人狼ゲーム事『なんじは人狼なりや?』の基本的なルールや流れは知っている様なので、単刀直入たんとうちょくにゅうにまずは、今回使用する役職やくしょくカードの内訳うちわけからだ。

 使うのは『タブラのおおかみ』。それの中でも『人狼読本じんろうどくほん』で挙げられている基本役職九種類の内から、人狼一枚、予言者詰よげんしゃつまりうらないを一枚、それから今回は最初からいきなり夜の襲撃に成るから、お情け代わりとして狩人かりびと詰まり騎士を一枚。この三枚だけは参加者の五名の内三名にかならくばり、後はさっき挙げた以外の別の役職カード……村人や狂人きょうじんとかだな。これら六種類の内から一枚ずつを、残りの参加者二名に今から配分はいぶんする。フリーメイソン事恋人のカードに付いては例外的れいがいてきに、配るときは必ず残った二名の参加者にペアで配るが、それは俺が配る気に成った時の話だ。GMの俺からは、『配っている可能性かのうせい微粒子びりゅうしレベルで存在そんざいする』とだけ言っておこう」

「ウホッ! 帰国子女と俺が恋人同士に成れる可能性も微レ存……」牛尾が私を見ながらそうコメントした。その視線しせんきたならしくて空腹くうふくなのにがした。

「第三陣営であるハムスター人間事、妖狐ようこのカードもまぎれ込む可能性が有るから、気を付けろよ? 迂闊うかつに村人と人狼だけで争ってると、何時の間にか妖狐が漁夫ぎょふで一人勝ちしてました。何て事も有るからな?

 ……聞いてるか? ?」

「一人勝ちは嬉しいけど、そう言うのサッムいから。早く始めろよウチヤマダ」

「ユーモアと言う言葉ことば辞書じしょに無いのかよ、お前は……」

 羊子の冷たい返しに内山もギャラリーも苦笑にがわらいする中、GMが教壇の段差だんさから降りて、用意していた日本語版タブラの狼カードセットから五枚のカードをり出し、参加者五名に時計回りにそれぞれ一枚ずつ手渡てわたしで配った。皆が手渡された役職カードをまじまじと眺め、そして脳裏のうり戦術せんじゅつっている事だろう。羊子だけは配られたカードを見た途端とたん舌打したうちをしていた。因みに、私のカードは……。

「自分の役職については村人陣営も人狼陣営も、第三陣営の妖狐も、みずからカミングアウトするのもかたるのも、基本的に自由だ。そう言うゲームだからな。

 ただし、自分のぞくする陣営の戦略上で必要な場合を除き、自分が負ける様にわざと仕向ける言動……所謂いわゆる『自殺』は止めろ。ゲームがシラケて参加者全員の迷惑めいわくに成る。

 さっき配った役職カードも、基本的にはGMの俺以外には、絶対に他の奴等に公開するな。自分の椅子の下に皆、分からない様に裏側うらがわにして置いておき、夜のターンで各役職の能力処理のうりょくしょりを行う時だけ、だまって起きて俺に見せて確認かくにんさせてくれ。占い師の能力対象に成った時には代わりに俺が拾いに行って確認かくにんして、人狼なら親指おやゆびを下に、村人なら親指を上に立ててジェスチャーしてやる。

 後は、今回は『遺言ゆいごん』のルールを適用てきようしてやる。人狼のがぶり、昼間の投票吊とうひょうつりで死んだ奴は、自分の役職が何であったか、一言だけ自由にコメントして良い。但しこれも"役職だけ"だ。別にここで騙るのも構わないが、それも自分の陣営が有利に成るようなコメントを心掛けろ。

 そして、死んだ奴のカード自体はラストまで未公開情報みこうかいじょうほうだ。後は『死人に口無し』。まれたりして死んだプレイヤーは、最後までだまって指くわえて大人しくゲームを眺めてろ。ギャラリーの他の奴等もだぞ? プレイヤー達に役割があからさまに分かるリアクションは御法度ごはっとだからな? 精々にやにやゲームを眺めてあおってろ」

 では……とGMが教室の中央におどり出て、手振りを交えてゲームを開始した。

「夜がおとずれました。プレイヤーは目を閉じこうべれて、眠りについて下さい。

 ……おら羊子、しれっと薄目うすめ開けてんじゃねえよ。指示に従わねえと強制死亡扱いにすっぞ? 牛尾、てめえもだ。さっさと寝やがれ」

 まぶた暗闇くらやみの外で、大原則を無視しようとしたらしい不届ふとどき者がGMにしかられていた。因みにどうでも良いかも知れないが、私は弁当を食べはぐっている。空腹過ぎて段々苛立だんだんいらだちからか頭が逆にえて来てしまっていた。

「人狼は目を開けて下さい。GMに役職カードを提示し、今晩、誰を襲撃するかもくしたまま指定して下さい。指定が終わりましたら、再びカードを置いて椅子に座り目を閉じて、眠りについて下さい」

 GMの合図により、人狼役が目を覚ましてカードを提示ていじし、今夜の獲物を手振りで指定してから、再び眠りについた。

「占い師は目を開けて下さい。GMに役職カードを提示後、今晩、誰について占いを行うか指定して下さい。占いが終わりましたら、再び眠りについて下さい」

 GMが次の指示を出して直ぐに、ギャラリー達が「あっ……」と声をこぼしたのが、瞼の暗闇の向こうから聞こえた。一瞬私の近くで、人の気配がした。

「騎士は目を開けて下さい。GMにカードを提示し、今晩、誰を護衛先ごえいさきにするかを指定して下さい」

 騎士役が護衛先を指定したらしい瞬間も、ギャラリーから「あ~あ……」何て溜め息が、暗闇の中で聞こえて来ていた。

 その後、フリーメイソン役の能力処理が終わり……夜が、明けた。

「夜が明けました。牛尾さんが無惨むざんな姿に成って発見されました。彼の遺言が有ります」

 瞼を上げると、牛尾がGMに肩を叩かれて、唖然あぜんとしていた所だった。

「えっ……、おっ、俺ぇ!? 不味まずいですよ!!」

「不味くなんかねえよ。人狼の襲撃が成功した。そして騎士の護衛ごえいが失敗した。ルール通りだ」

「俺、占い師なのに! 折角人狼を初回ツモったのに……!!」

「因みに仮に占い師が初日襲撃を受けたら、そいつは占い結果を言及不可能げんきゅうふかのうだ。死んでるからな」

「そこを何とか……! オナシャス! センセーシャス!!」

「遺言はそこまでだな? 死人は黙ってくたばりやがれ。それとも、お前の好きなホモビ俳優みてーに、ケツに銃弾撃じゅうだんうまれてえのか? ああ?」

「……スンマセン大人しく死んでますスンマセン。生まれて来てスンマセン……」

 GMの凄味有すごみあ剣幕けんまくと口調に、あわれな牛尾は空気の抜けた風船ふうせんの様にしぼんで黙りこくった。と言うか頼むからその汚ならしい目で一々私を見るな。気持ちが悪い。

「占い師が初夜しょやトンされたぞ!?」

「これは分からなく成って来たな……」

 思わぬ番狂ばんくるわせにギャラリーも騒然そうぜんとしていたが、ゲーム参加者の中にも一人、ヒステリックにわめらしている女が居た。羊子だ。

「ちょっと待って! 信じらんない! 占い師が居ないのに人狼何てクソゲーじゃん!? 誰よ最初からいきなり夜にしよう何て言い出した大馬鹿は!? マッジ最悪何だけど!?」

「お前だよ羊子……」呂模が私の心の声を代弁してくれた。と言うか多分参加者もギャラリーも皆思ったはずだ。

 そして私は一方で、占い師の訃報ふほうになぜか胸に手を当てて安堵あんどしている、稲荷の仕草しぐさを見過ごさなかった。

「さて……昼間に成りました。これから生存者同士せいぞんしゃどうしの人狼を探すための、一〇分間の自由な会話の時間をもうけます。一〇分後に人狼と思われる人間の、投票処刑を行います。

 尚、プレイヤーは昼の間は死亡者やギャラリー、GMとの会話は禁止です。GMの俺には、ルール上の疑問点ぎもんてん提案等ていあんなどが有る時だけ助言じょげんを求めて下さい。但し、GMの俺はゲームの勝敗しょうはいにはあくまでも中立ちゅうりつ立場たちばで有る事をつとめます」

「以上、開始!」そうGMが宣言した途端、さっきからヒステリックに成っていた羊子が、私を睨み付けた。

「皆! 犬美さんを処刑しようよ! コイツ絶対人狼だよ!!」

 皆の反応は静かだった。私も別に心理的しんりてき動揺どうようはしなかったので、淡々たんたん対処たいしょする事にした。

「その意見の論拠ろんきょは有るのですか? 羊子さん」

「だってコイツ犬美だよ!? 絶対人狼に決まってるわよ!」

個人的こじんてき感情論かんじょうろんだけで明確めいかくな論拠は無いのですね?」

「うるさい! そのはらった態度たいどが人狼である証拠しょうこよ!」

「嫌、お前も朱美さんを見習みならって落ち着け羊子……」呂模が仲裁ちゅうさいに入ってくれた。

「まずはこのゲームのセオリー通りに……」

「皆の役職、カミングアウト! でござるな? 呂模君」

「その通りだ、稲荷」

 カミングアウト。その言葉を聞いて、やっと羊子が大人しくなった。少しは。

「じゃあ先ずは俺から。俺の役職は勿論もちろん村人陣営の……」

「呂模は私とフリーメイソンだからね! リアル恋人だからね! そうよね呂模!?」

「お、おう……」

 羊子の横槍よこやりに、呂模はたじろいだ。この反応を見て取って、私も意見してみる事にした。

「皆さん。羊子さんと呂模さんはフリーメイソン関係等かんけいなどでは有りません」

「は、ハアァ!? 犬美あんた、何を根拠にそんな事言って……!?」

「根拠が無いのは羊子さんの主張の方です。私には論拠が有ります」

「何よその論拠って!? 言ってみなさいよ!?」

「俺も気になるな、朱美さんの論拠とやら」

「稲荷も気に成るー!」

 皆の視線しせんが集まる中、私は手振てぶりをまじえて皆に説明を始めた。

「最初の夜の各役職の能力処理時間の中で、フリーメイソンの処理時間だけが、圧倒的あっとうてき短過みじかすぎました」

「えっ……」

 羊子と一部のギャラリーが動揺どうようする中、構わず私は説明を続ける。

「夜の間の各役職カードの能力処理手順は、GMが役職に目覚める様に指示し、各役職が目を覚ました後、自分の座席ざせきの下の床に伏せて置いてある役職カードを拾ってGMに提示し、その後フリーメイソンならお互いにカードを公開し合い、認識し合います。その後、カードを元の位置に戻して眠りにつくまで、少なくとも一〇秒以上は動作に時間が掛かります。

 なのに、私が暗に数えた所、GMはフリーメイソン役に六秒しか能力処理時間をいていませんでした。時間が足りません。よって、フリーメイソンのカードは今回のゲームでは配布されていません」

「確かに短かったよね……」

 稲荷が私の意見に賛同する。ギャラリー達も感嘆している様子を見るに、同意見の様だ。

「うっ、ウチヤマダー!?」

「てへペロ」GMは自分の席で、アインシュタインの肖像画しょうぞうがみたいな顔をしていた。

「GMにやり場の無い怒りを向けているいとまが有るなら、早く次の正しいカミングアウトをさったら如何いかがですか? それとも、羊子さんはフリーメイソン騙りの、人狼なのでは無いですか?」

「うっうるさい! あたしは人狼じゃない! それに、今は呂模の役職をいてるのよ!?」

「俺の話をさえぎったのはお前だろ羊子? 後、因みに俺は普通に村人だからな?」

「へっ? 呂模あんた、本当は騎士のロールじゃないの?」

 羊子の発言に参加者もギャラリーも皆が、唖然あぜんとした。羊子は本当にこの人狼に手慣てなれたクラスの一員なのか? 皆がが目をうたがったからだ。

「羊子お前……、その発言はそのまんま『俺を人狼の次の襲撃対象にしたいんだけど?』の意で間違いないぞ?」

「別にそんな意味は無いわよ? 呂模なら私のリアルナイト様だから、騎士に成ったら当然私をまもってくれるんでしょ? って意味よ。邪推じゃすいしないでよ」

「いやー……、邪推もしちゃうのだよ羊子ちゃん。何故なら騎士のロールは……」

「他の村人を守れる護衛能力が占い師と並んで、人狼サイドにとって目障めざわりな存在。詰まりは『噛みたい対象筆頭候補たいしょうひっとうこうほ』ですよね? 稲荷さん」

「そそ。それに仮にだよー? 仮に呂模君が本当に騎士のロールだと発覚しよう物なら……」

「騎士は自分自身を護衛出来ない。詰まりはもしも次の村人投票処刑で、人狼を首尾しゅびよく引っこ抜けなかった場合は……」

 ー騎士が夜に人狼に噛まれるのは、確実。

「別に何も問題ないじゃない?」羊子はなおも食い下がらない。

「人狼は犬美で確定何だからさ。こいつを皆で吊ればこのゲームは終わりよ」

「だから、その意見の論拠がお前には無いって話をしてるんだぞ?」呂模はあきれて苦笑いがこぼれていた。

「犬美ちゃんのカミングアウトを訊いた方が早くないかい? 呂模君」

「そうだな稲荷。朱美さんの洞察力どうさつりょくするどいみたいだからな。おまけに昼の会話の時間も限られている。そうだろGM?」

「んっ? ああ。残り六分って所かな」GMが教室の壁掛かべかけ時計を見遣みやりながらそう宣言せんげんした。

 皆の視線が再び私に集結しゅうけつする。

「私のロールは……『ハンター』。この国で言う所の猫又ねこまたです」

「ほう……」

「えっ……何それ? そんな役職カード有った?」

 呂模や一部のギャラリー達が感嘆する中、頭の弱い羊子だけは状況じょうきょうが飲み込めていない様子だった。私はかまわず続けた。

「GMがこのゲームを開始するに当たって使用すると公言した、『人狼読本』の基本役職九種類の中には含まれているはずです。内容は、私が何らかの方法で殺害された場合に、他プレイヤーを抹殺まっさつして道連みちづれに出来るという物。

 基本的にこの猫又に依る報復ほうふくは投票処刑時なら生存者からランダム殺害ですが……。ここで私からGM様に一つ提案が有ります。宜しいですか?」

「もぐもぐ……何かな帰国子女さん?」GMは自分の席で、食べかけのきそばパンを飲み込んでいる最中だった。私も空腹だ。

「私がもしも昼間の村人投票処刑で吊られたその時は、報復対象として羊子さんを指定殺害させて下さい」

「はっ、ハアアァァァ!?」

「如何でしょうか? GM様」

「ふむ……ルールの例外適用申請れいがいてきようしんせいか」

 GMは紙パックの液体えきたいヨーグルトを一息に飲み込んでから、再び鋭いGMとしての眼光がんこうを取り戻して、考え始めた。

「ルールは全力で守る物。この大原則に従うならば、いくら帰国子女さんが才色兼備さいしょくけんびだろうが、例外は認められない」

 ただ……。と羊子が安堵しかけた途端、GMは尚もこう続けた。

「羊子は羊子で、朱美さんを投票処刑で殺したくて、仕方が無いんだろ?

 だったら、朱美さんが仮に猫又だった時に、処刑の首謀者しゅぼうしゃである羊子を『報復で殺害する』のも、理にかなっているんじゃないのか?

 依って……ゲームを心から楽しみたい俺としては、OKオーケーだ。認めよう」

「ちょっ!? ウチヤマダーーー!?」

「俺の力にたよらずとも、精々勝負せいぜいしょうぶにしっかりと勝ちに行く事を考えな、羊子。GMの俺からは以上だ」

「おっ、覚えてなさいよ……!」

 飄々ひょうひょうとしたGMとは対照的たいしょうてきに、羊子は怒りで顔が真っ赤だ。そんな羊子を置き去り、呂模、稲荷、そして私は話し合いを進める事にした。

「今現在判明している情報を整理しましょう。人狼、占い師、騎士のロールは最初の五名のプレイヤーの内三名にはそれぞれ一枚ずつ、確定で配られていて、残り二名のロールはランダムです。因みにフリーメイソンは配られていません」

「そして占い師役と思われる牛尾は既に、あの世逝きだ。

 牛尾は汚い男で定評ていひょうが有るが、やり方まで汚い奴じゃない。ただの馬鹿ばかだ。だからがぶられた時にも、初回ツモった占い師だと馬鹿正直に公言した。これにうそは、無いだろう」

 かたわらで椅子に座ったまますでにあの世逝きしていた牛尾が、呂模の言葉に半べそきながらコクコクうなずいている。

「そうなると残り四人の内二人は人狼と騎士さんで、騎士さんは一回村人の護衛に失敗してる訳だよね?

 残り二人のロールが何かで変わって来るよねえ~。まあ、犬美ちゃんは猫又、呂模君は村人、更にここでカミングアウトさせて頂いちゃうと、稲荷は霊媒師れいばいしなのだよ~。だから詰まりは……」

「少なくとも一人以上は騙っていますね。ゲームの性質上せいしつじょう当然とうぜんですけれど」

「ふむ……」

「うーん……」

 思索しさくふけるプレイヤー。それをニヤニヤしながら見守るGMとギャラリー達。人狼ゲームが佳境かきょうに入って来たあかしだ。……羊子だけは目を血走ちばしらせてたけくるっていたが。

「でもでも、羊子ちゃんは呂模君の事を少なくとも騎士だと見ている訳でござるよね?」

「そうよっ? それが何? 稲荷」

「そうなると呂模君のロールが何なのかが気になって……。少なくとも常識的じょうしきてきな人狼プレイヤーなら、自分や誰かを騎士だと公言する村人陣営は居ないのでござるよ?」

「うるさいなあ! 悪かったわねっ常識が無くて!」

「本当ですね」

「犬美は黙れーっ! この人狼!!」

 まなこを血走らせている今の羊子の方が、人狼らしい。少し滑稽こっけいなので、私は羊子をからかってみる事にした。

「羊子さんは呂模さんをわざと騎士と指定して、次の夜に人狼の襲撃から呂模さんを守ろうとしている、本当の騎士の可能性も有りますね」

「単なる狂人の間違い何じゃないのか? リアル狂人」

「呂模までそんな事言うのー!?」リアル恋人の冷たい台詞に、羊子はあせりが顔に出てしまっていた。

「いえ、狂人ならば逆にこの人数ですから、人狼に多数決たすうけつでのパワープレイを呼びかけている事でしょうね」

「確かにそのたくも有るな。羊子にそこまでの知能が無さそうだが」

「羊子ちゃんは最初に呂模君にフリーメイソン騙りを持ち掛けるのに失敗してますからな~」

「あんた達うるさいわよ! それにパワープレイとか意味分かんない事言わないでよ!? 日本語を話しなさいよ!!」明らかに、羊子は狂人のパワープレイをこなせるだけの知能が足りない様にしか見えない。

「となると……犬美ちゃんが言った通りに、羊子ちゃんが騎士のロールか、少なくとも村人陣営なのは間違いない感じでござるよね?」

「そう。そして、今回のゲームでは私の推察すいさつした所、狂人のカードも確定で配られて居ません」

 私の言葉に、ギャラリーがどよめくのが聞こえてくる。

「ほう……? 何故そう言い切れるんだ? 朱美さん」

「犬美が主導権握しゅどうけんにぎろうとしてる、人狼だからでしょ?」

「違います羊子さん。このゲーム、人狼サイドである狂人が配られていたとしたら、『既に第三陣営が一人勝ちしている』からです」

「げえっ!?」

「マジかよ……?」

「嘘でしょ……!?」

 ギャラリーが騒然としている。GMも私達の会話中に食事を済ませて、自分の席から立ち上がりこちらに向かって来ていた。そろそろ昼も終わる頃か。私は稲荷の方を向いた。

「稲荷さん。貴女はなぜ、牛尾さんが占い師だとカミングアウトして亡くなった時に、安堵あんどしていたのですか?」

「えっ!? ちょっ、それはだね犬美ちゃん……ただの見間違みまちがいだと思うなあ……」

「嫌、見間違いじゃないな。俺もあの時稲荷が、胸に手を当ててホッとしてる所を、確かに見たぞ」

「呂模君までそんな……!」稲荷が目に見えて狼狽うろたえだした。

「役職が解る能力が有る村人陣営が噛まれて、安堵して喜ぶ村人陣営等、そうそう居ません。

 これはあくまで私の推察ですが……稲荷さんは本当は人狼か、或いは占い師の占い対象に成ると自動的に死んでしまう役職……"妖狐"の可能性が非常に高いと思います」

「ガビーーーン!!!」私の推察に稲荷は、口をあんぐりと開けて絶望ぜつぼうしていた。

「稲荷が……妖狐?」

「成る程な。確かに稲荷が妖狐のロールなら、狂人が紛れ込んでただけで村人陣営が一人だけになり、既に村は死んでゲームセットだからな。それも、妖狐の一人勝ちで」

「えっマジ……?」

 状況が呑み込めている呂模に対し、羊子は半信半疑はんしんはんぎのままだ。

「占い師が噛まれてしまった村に妖狐が紛れ込んで居る可能性が高い今、人狼の夜の襲撃にも噛まれない妖狐の一人勝ちを防ぐ為には、この後の投票処刑で稲荷さんを吊るしか有りません」

「でもそれじゃあ人狼の犬美が生き残るじゃないのよ!?」羊子は尚も私を人狼だと決め付けてはばからない。

「稲荷さんが人狼ではないなら、人狼は確かに生き残ります。私とは限りませんがね……。この場合の村人陣営の勝ち筋は……」

「……騎士の護衛能力でワンチャン。それだけか、朱美さん」

「その通りです、呂模さん」

「はーい、タイムアップ。楽しい楽しい夕方の投票処刑の時間がやって参りました」

 GMが手を挙げながら再び教室の中央に、颯爽さっそうおどり出て来た。口元にさっき食べていた焼きそばパンの青海苔あおのり付着ふちゃくしたままだ。

「村の投票処刑のやり方も手慣れたお前らなら知ってるよな?

 一人一票だ。人狼か或いは妖狐か……村の中で『こいつはきな臭えな』って除外じょがいしたい人間に、きよ邪悪じゃあくな一票を投票してくれ。そして多数決で間もなくそいつは、首を吊られて、あの世逝き。『臭い男で定評ていひょうが有る牛尾の後を追う』ってわけだな」

「絶対イヤ!」

「嫌です」

「嫌だな……」

「嫌だねえ~」

「ファッ!?」

 生存者全員から拒否反応を示された『臭い男』のしかばねが、ショックの余り叫び、GM直々に「くさった死体は黙ってろ」ときゅうえられていた。この男は一体何の為にゲームに参加したのか? ギャラリーの方からも失笑しっしょうあわれみの声が容易よういに聞き取れる始末だった。

「会話の時間は既に充分に設けた。時間が押してるので投票は一発で決定するぞ? せーの、のドン! で参加者は吊りたい奴を各自一斉かくじいっせいに指差してくれ」

「解りました、GM様」

「俺もOK」

「う~ん、稲荷ちゃんは嫌~な予感がするよ~?」

「えっ? ちょっと、待ってってばウチヤマダ!」

「せーのっ!」


 ードンッ!


 呂模と私は迷わず稲荷を、そして稲荷は私を指差し、羊子は私と稲荷を見比べて迷いながらも、仕方無し。と言った感じに遅れて稲荷を指差していた。

「ありゃ~、何でこぉ~成るのっ!」稲荷は苦い笑みを浮かべていた。

「それでは、稲荷さんを処刑します。

 アメミット成らぬ"ホモ"ミットにまれゆく稲荷さんからの遺言が有ります」GMが私でも知らない言い回しの処刑宣告しょけいせんこくをした。

 稲荷が牛尾の顔をちらりと一瞥いちべつする。

 ……気味の悪い眼光を飛ばす牛尾と目が合った。途端に、稲荷が深刻しんこくな表情を浮かべた。

「……役職を皆に正直に公開するから、その後ちょっとおトイレに、おベンジョンソンして来ちゃっても構わないかい? 内山君」

「いいよ! (行って)こいよ!」GMが親指立おやゆびたてながら満面まんめん笑顔えがお承諾しょうだくした。

「稲荷のロールはだね……」

 稲荷は一時瞼を閉じて、深呼吸しんこきゅうした後、宣言した。

「……犬美ちゃんの大正解! 妖狐でした! ハムスター人間だよん!!

 ではでは皆の衆、健闘けんとういのる! さらばだよ~!」

 そう言い残して、トイレに元気にもうダッシュしていく、小さな身体の稲荷。さながら本当のハムスター人間の様だった。牛尾はがっくり肩を落としていた。

「ゲームは続行だ。二晩目の夜が訪れました。十中八九このゲーム最後の夜だぞ、皆!

 プレイヤーは椅子に座り直して目を閉じ頭を垂れて、眠りについて下さい」

 GMの呼び掛けに、私は再び瞼の暗闇と、空腹を感じる。内心弁当はとっくに放課後まで諦めた。

「人狼は目を覚まして下さい。今晩の襲撃対象を黙して指定し、再び眠りについて下さい」

 生き残りの人狼役が暗躍あんやくする。

「騎士は目を覚まして下さい。今晩の護衛先を指定して、眠りについて下さい」

 騎士が負けじと奮闘ふんとうする。後は確率かくりつとのたたかいだろうか。

 そして……決着の朝。

「夜が明けました。

 羊子さんが無惨な姿で発見されました。

 村人と人狼が同数に成りました。今回のゲームは、人狼陣営の勝利で終わりました!」

 昼休みが丁度終わる校内チャイムのウェストミンスターのかねの音。ギャラリーの拍手喝采はくしゅかっさい。そして、最後の犠牲者ぎせいしゃ敗者はいしゃの羊子の、ヒステリックな叫び声。


 チェックメイトは、三重奏トリオいろどられた。

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