半月の人狼

月読草紙

 私は月が、嫌い。

 生きとし生けるものが住まうこのあおき星に、太古たいこの昔からのろいの様にまとわり付いて離れない、あの巨大な石塊せきかいが放つただ恒星こうせい模倣もほう反射光はんしゃこうは、カーボンコピーの分際ぶんざいで、私を身も心までも、変えてしまう。



「カサブランカ朱美あけみです。以後いごお見知り置きを」

「皆も名前を聞いておどろいただろうが、この子はね、日系人と外国人のハーフで、帰国子女何だ。仲良くするんだぞ……ええっと、空いている席は……。羊子ようことなりが空いてるな」

 クラス担任との自己紹介もそこそこに、私は転校したばかりの未知の教室の、窓際の最後列の空いている席に通された。右隣の席に座っていた羊子と呼ばれた女生徒が、よろしくね~、ガイジンさん。といかにも頭の悪そうな挨拶あいさつをして来て、私は会釈えしゃくだけする事にした。

 次の休み時間に成ると、私の席の周りにたちまち人だかりが出来た。みな手に手にスマートフォンを携えて、「LINEラインで友達に成ってよ」「Twitterツイッターでフォローするからフォロバしてよ」と迫りに来る。私もスマホは自分の物を所持しては居るし、ラインもツイッターにも自分の粗末そまつなアカウント位は有るので、遜色そんしょくの無い範囲内はんいないで皆と情報を交換し合った。

 すると、先程から隣でそのやり取りを面白く無さそうな、侮蔑ぶべつの眼でにらんでいた羊子が、自分のスマホをいじり始めた途端に、笑い出した。

「えっマジ? 朱美さんのツイッターあかのアイコン犬とか、チョーウケる!」

 どうやら先程ツイッターのアカウントを見せた生徒の一人が、羊子とフォロワー関係にあったために、羊子の方にも私のアカウント画像がRTリツイートされて、知られてしまったらしい。

 新参者しんざんもの礼儀れいぎとして仕方無くフォローバックしたとたん、羊子がDMダイレクトメッセージ機能でズケズケと話題に入って来た。

「プロフィール読んだけど、ブランカって犬飼ってんでしょ?」

「飼っていますよ? それが何か?」

「あたしも実家がジジイの犬飼ってんだけどさー。エサ代かかるし、しつけも全然出来ない位のバカ犬でさ。オマケに痴呆ちほうみたいで夜鳴きとか滅茶苦茶めちゃくちゃうるさいから、さっさとっちゃえば良いのにって、何時も思うんよ」

「犬は忠誠心ちゅうせいしんの高い生き物です。特に飼い主のさがには忠実です。私の犬は私の最大のき理解者ですよ?」

「うっわ何? あたしの事馬鹿ばかにしてんの? それにたかだか犬が最大の理解者とかきっしょ。有り得ないから」

「きっと貴女あなたの犬も貴女に対して同じ気持ちでしょうね」

「ハア? 死ねよ犬女」

 すぐ隣に座っているはずの羊子とのこのDMでのやり取りは他の学生達には伝わらず、代わりに羊子から直々に命名された「犬女いぬおんな」の称号しょうごうだけが羊子の手にするスマホによって、次の退屈かつ愚鈍ぐどんな古文の老人教師の授業中にはこのクラスのほぼ全ての生徒に受け入れられてしまっていた。



「犬美さん、人狼じんろうゲームって知ってる?」

 既に「犬美いぬみ」と鬱陶うっとうしいあだ名はスマホからも現実の音声でも、合計十七回目位には呼称されている、秋の晴天の日差しがす昼休み。私は自分の弁当を食べる前にスマホで別に月齢計算げつれいけいさんアプリを開いて、うつに鬱を重ねている最中だった。が、当に弁当を食べ終えたクラスメイト達は……と言うか羊子は、私を手頃な玩具おもちゃにして遊びたがっていた。

「知っていますよ? この国では『タブラの狼』のルールタイプが最も盛んにプレイされている様ですね」

「そういう事には詳しい辺りが流石さすが犬美ね……」

「お互い様です。で、それが何か?」

「お互い様は余計よけい……!」

「横から稲荷が失礼しちゃうよ~? 犬美ちゃん犬美ちゃん。このクラスにはね~、優秀なGMゲームマスター君が居るのだよ?」

 私の買い言葉に憤慨ふんがいしかけた羊子に構わず、先の時間にツイッターでいの一番にフォロバ関係に成って親しい眼鏡めがねの三つみ女子、稲荷いなりってきて気さくに話に割って入って来た。

「GMとは、ツイートの履歴りれきから察するに……内山さんの事ですか?」

「そそ! 我らが内山賢次うちやまけんじ君の事なのだ!」

「んっ? 呼んだかー稲荷?」

 クラスの中央付近の席で、もやしの様な体格の男子が呼びかけに反応した。私の推察すいさつが正しければ、確かツイッターのプロフィールで「探索者たんさくしゃウチヤマダ」と言うアカウント名で「クトゥルフ神話のTRPGテーブルトークロールプレイングゲームを極めるのが夢です」とコメントしていた人物のはずだ。

「ウチヤマダー! 犬美が人狼やりたいってさ!」羊子が勝手に話を進める。

「人狼か。別に構わねえよ? あれは簡単に終わるし。アナログのGMを買って出てやる。唯、時間的に二夜位で終わるのが限界だからな?」

「内山君は前から休み時間のGM役が長引き過ぎて、先生に激おこされてますからな~」

「それ言うなし! 分かってるなら頼むから皆ゲームを円滑えんかつに進めろやし!」

稲荷と内山はどうやら性格せいかくには陰日向かげひなたが無いなと、二人の会話を聞いて私は思った。

「おーい! 帰国子女さん達と一緒に人狼ゲームのがぶりやりたい、エロい奴は挙手きょしゅー!」

内山は一言、余計だ。

だが、その呼びかけに皆が振り向き反応する。

「人狼!? 見たいみたい!」

「帰国子女とか日本語の会話出来んのかよ?」

「はいはーい! 俺、人狼色んな意味でヤりたい奴の、牛尾うしおでーす! オナシャス!」

反応したクラスの生徒の中でも、最高に頭が悪そうな男が挙手してきた。確かこの牛尾は先の皆のクラス内ツイッターのRTの中で、この国のネット界隈かいわいで昔流行っていたらしい「ゲイ向けアダルトビデオ俳優はいゆう」の、汚ならしい画像を添付てんぷしていた男のはずだ。

「牛尾と、稲荷と、帰国子女さんと、羊子で良いな? 四人も居れば直ぐに終わるがぶりが出来……」

呂模ろぼも入れて五人にして。ウチヤマダ」

大神おおがみか。確かにあいつはがぶり慣れてる上に、お前の彼氏だからな。おーい、良いかあ大神?」

羊子の提案を受けて内山が窓際の前列の方にそう呼び掛けた。窓辺で腕を組んで外を眺めながら立ち尽くしていた男、大神呂模が此方こちらに振り返った。確かこの男とはまだ、ツイッターアカウントのフォロー等の交流こそ無いが、授業中には教師に当てられても沈着冷静ちんちゃくれいせいに解を述べていたし、RTで流れてくる情報では確かに内山の発言の通り、羊子の彼氏らしい。

「人狼……。別に俺に異存いぞんは無い。異存は無いが……羊子お前、俺が人狼役に成ったら村人役のお前でも、容赦ようしゃ無くうかも知れないんだぞ?」

「いやん、呂模に食べられちゃう何て、素敵!」

「駄目だこいつ……」

言いながら呂模はゆっくり此方に歩いてきた。私は呂模の為人ひととなりが未だ読めずにいた。どうして呂模は羊子等と付き合っているのかが、壊滅的かいめつてき疑問ぎもんで仕方が無かった。

「五人も居れば丁度二夜位でむから、募集はこれでめ切るぞー? ただ、俺的にはさっさと簡潔かんけつにゲームを終わらせたいんだよな……。毎回長引いて先生、おこだし」

「なら、いきなり夜パートから始めない? 人数が減りやすく成るわよ?」

「羊子お前それ、SANサン大丈夫発言か? 折角役者ロール振った村人が何も会話も無しに、いきなり一人襲撃しゅうげきされるんだぞ?」

SAN値と言うのはクトゥルフ神話のTRPGで使われている「正気度しょうきど」のステータスのこの国での俗称ぞくしょうである。確かに羊子の発言は、ゲームを純粋じゅんすいに楽しみたいプレイヤーにとっては正気の沙汰さたでは無いかも知れない。

「良いわよ? それってあたしが人狼役に成れれば、村人襲撃し放題ほうだいって事じゃん? 有利よ」

「お前なあ……」

羊子のSAN値が確実にゼロひとしい事が、皆に知れ渡った。

「開幕早々村人が一人死亡かよ? やべえよ……やべえよ……!」

「まあ、幸いな事に俺が持ってる人狼カードセットには、村人陣営に騎士きしのロールも有るし、誰かがそれで村人を守ればワンチャン有るし、ワンナイト人狼でもいっか。俺は長引くのは嫌だが……」

「決まりだな。この五人で人狼ゲーム、始めようぜ?

ただ……朱美さん、ほんとに人狼のルールとか大丈夫? そもそも日本語での交渉力こうしょうりょくとか、だいじ?」

男性陣三人が口々に話す中で、呂模だけは私の立場を心配してくれて、しかもきちんと本名で呼んでくれた。その一瞬いっしゅんちらりと視界の片隅かたすみで、羊子の苛立いらだちの視線が見えた。

「私なら大丈夫です。人狼ゲームも経験は有りますし、母親が日系人のハーフブラッドですから、日本語も語彙ごいは有りますから」

「ハーフブラッドってカッコいい響きだよねえ!

さあ皆の衆! 今宵こよいも血のうたげを始めようではないか!?」

稲荷が真っ昼間から親指を立ててそう叫んで、教室は拍手はくしゅ歓声かんせいでにわかにき上がった。私は血の宴にしては楽しそうだな、空腹と共にそんなギャップを覚えていた。

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