夏祭りと花火の彼女(1000文字縛りVer.)
泳ぐ人
第1話
甚平を着込んで外に出る。箪笥の奥に仕舞っていたからだろうか。ほのかに防虫剤のにおいがする。
「やあ」
彼女はすでにそこに立っていた。髪の毛を少し上にまとめていて、金魚の柄が入った涼やかな水色の浴衣姿だった。
「綺麗だね」
「ありがとう」
どおん、どおんと太鼓の音が遠くで聞こえる。
「行こうか」
「そうだね」
言葉少なに僕らは向かう。祭りの会場へ。
小さな祭りだが、すでに人がごった返していた。
「何をしようか」
「いろいろ見て回りましょう?」
とりあえずと僕らは屋台を見て回ることにした。
様々な屋台が色とりどりのビー玉が詰まった宝箱のように街道にきらめいていた。
「あれがほしいわ」
彼女が指さしたのは金魚すくいの屋台だった。
「おじさんやってる?」
「おう、あんちゃん。やってるよ」
「それじゃあ一回お願い」
僕はそういって屋台のおじさんに300円を手渡す。
赤白黒、様々な色の絹布が小さなプールの中をたゆたう。
そのなかでもひときわ綺麗な赤色の金魚に狙いをつける。ゆっくりとしかし迅速にポイを入水。ふちの部分にひっかけて受け皿に掬い上げる。
「やったわね」
見事金魚をすくった僕に、彼女もご満悦だ。
「あんちゃん上手かったねえ。毎度あり!」
「ありがとう」
金魚の泳ぐ水袋を手に提げ店を後にする。そこからまた、僕らは屋台を眺めてまわる。そして夜も深まる頃に。大輪の花が咲いた。遅れてドォーンという腹の底から突き上げるような音が響いてくる。
「花火、始まったね」
彼女は目を細めて言う。
「川岸に行こうか」
花火が良く見える場所に彼女を連れていきたかった。僕は彼女をせかして祭りの人混みから離れた空き地に行く。
極彩色の花が夜空を染め上げる。星空が完全に隠れて見えないほどだ。
「はあ、綺麗ね」
熱っぽい瞳で夜空を見上げる彼女はまるで幼い子供のようだった。
時間は経ち、最後の一発が打ち上がって消えた。
「さようなら」
彼女が言う。
「さようなら」
僕も言う。振り向くと彼女は霞のように消えていた。
翌日、僕はお墓参りにある所を訪れた。
「七回忌か」
墓石の碑に刻まれた彼女の名前。丁度夏祭りの日に彼女は亡くなった。交通事故だったという。
それから夏祭りになると待ち合わせにやってきて花火を見ては消えていく。それは彼女なりの未練なのかもしれなかった。けれどもう彼女は訪れないだろう。これまでまたねと別れた彼女が、さようならと告げたのだから。ならば僕も改めて言おう。
「さようなら」
夏祭りと花火の彼女(1000文字縛りVer.) 泳ぐ人 @swimmerhikari
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