第6話  「ニーベルングの指輪」(ワーグナー)(改訂版)

 今夜をもって、地球は滅亡、ならば、ここはもう、やるならば二度とできない事じゃあなければ意味がございません。

 普通、この意味不明なほどに巨大な作品は、四夜にわたって上演される決まりになっています。

 『序夜』とされます「ラインの黄金」のみ、少し短くてコンパクトに収まっておりますが、それでもCD2枚たっぷりかかります。残りは、『第一夜』=「ワルキューレ」、『第二夜』=「ジークフリート」、そうして終末『第3夜』=「神々の黄昏」と、どれも、とにかく長くて、CD4枚分ずつかかり、結局一般的に言って、この作品全部を収録するのには、CD14枚を要することになっております。

 

 実際の上演では、人間が動くのですし、休憩もするでしょうから(いろいろ、歴史上ではトラブルもまた、あったようですが・・・)まあ大変です。

 しかも、これを実際に舞台で歌える人間と言うのは、世界中でも限られています。オケも大変です。

 べー先生の第九交響曲ならば、最後の夜に世界各地で演奏することが可能でしょうけれど、この作品はそうはいきません。

 なので、だからこそ、どこで行うかと言えば、これはもう聖地「バイロイト」でということしか考えられません。

 

 お約束通りに、4夜かけてやれれば、それでもいいでしょうけれど、なにしろ緊急事態ですから、そんなにのんびりやっていられないかもしれません。

 なにせ、皆さん様々なご都合があるに違いないからです。

 となれば、二日か、場合によっては、ダブルか、トリプルキャストかしてでも、20時間ほどかけて、一日でやってしまい、この世の終わりとするのです!

 

 まあ、このお話全体が、どうも、「男」中心の、かなり自分勝手なお話であることは、この際目をつぶって・・・いやあ、つぶれないかも・・・だって、なんで「ブリュンヒルデ」は「ヴォータン」から、あんな罪を着せられて、火の山に幽閉されなければならないのだ?しかも最高の勇者(男)の口づけでしか目覚めないとされたうえ、ところがやっと目覚めて見れば、その相手は、まあ強いけれども、世間知らずで身勝手な、おたくおぼっちゃまである「ジークフリート」ときますでしょう? で、結婚したものの、さっそく悪者の計略にはまって、よりによって、グートルーネなんていう、良い人だけど、曰くつきの人間の女と重婚してしまい、最後は、まったくなんにも良いところなしで、「ハーゲン」に殺されてしまう。で、なんでブリュンヒルデは「自己犠牲」なんかにならなキャならないの? さっさと、もっとまじめで、よい人を探しに行くべきです。

 「それこそ愛なのだ」と言えば、そうかもしれないとは思いますが。

 一番気の毒なのは、やはり「ラインの乙女たち」にプライドをズタズタにされた「アルベリヒ」でしょう。高嶺の花に手を出す方が悪いというかもしれないけど、あれは明らかに弱者に対する『いじめ』です。 モーツアルト先生の『魔笛』も、まってき(たく)、自分勝手なお話しですけれど、(なんで娘を奪われる「夜の女王」が悪人で、人さらいの方が賢者なのかということは、子供時代からおかしいなあと思ってはいましたが。それが大人の社会なのかしら・・・)しかしながら、この『指輪』は、地球的規模でどうかしています。どうも、ワーグナーさんの作品には、弱い者いじめの傾向と、自己顕示欲丸出しの、上昇意欲満々の、やな上司そのもののいやらしさが、(部下には厳しく上役には優しく、部下の成果は上司のものという)めいっぱい詰まっているようです。しかし、ワーグナーさんは、そこのところも、実は、分かっていてやっていたふしがあります。


 この巨大な音楽の大詰めの部分の素晴らしさは、ちょっと、どうにもしがたい素晴らしさがあります。それは明らかに、もう神の領域をも、実際に侵略しようとしているほどに素晴らしいものなのです。

 どうも、ワーグナーさんは、多くの、彼を虐げ、こけにした、自らの敵たちに、「最後の復讐」を行っていた可能性があるように、ぼくは思うのです。


 終末、ブリュンヒルデは、ジークフリートを陥れた大神ヴォータンを批判し、『指輪の呪い』を、終わらせようと宣言します。そうして、「『神々の黄昏』が始まっているのだ」と天に宣言します。やがて天上世界は燃え上がり、滅んでゆくのです。

「これからは、神々の時代では無くて、我々人間の時代なのだ」と。


 しかし、ワーグナーさんがこの音楽を書いてからのその後、人間が、人間や自然に行った残虐な行為は、もう、とっくにヴォータンを凌いでしまったのかもしれない、と思います。

 おまけに、「核兵器」や「化学兵器」という、『指輪』を指にはめてしまった人々は、その呪いにとらわれ、争いがやめられません。

 一方それを持たない人々が、なんとかして手に入れようとして、うごめいているような気がします。

 そのために、いま、「人間の黄昏は、始まっているのだ!」という、誰かからの通信を、心ある人々は、受け取り始めているのではないかと思うのです。

 

 でありますから、これこそ、最後の最後まで、地球上で権力争いに明け暮れて、今夜滅亡するという人間の、その成し遂げた最高の芸術の証として、この『指輪』こそが、最後の音楽として一番ふさわしいのであります。


              はあ、疲れた・・・これにて、おしまいです。













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「地球最後の日」音楽詩編集 やましん(テンパー) @yamashin-2

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