フォーカード?

 牡丹が見つけて来た新しい子はどうやら海外からの留学生のようだ。ヘイリーと呼ばれたそのブロンドの女の子がやわらかい笑顔を浮かべて挨拶した。


「こんにちわ。わたし、ヘイリー・クラブツリーともうします。アメリカザユーエスのニューヨークからきました」


 そうゆっくりと自己紹介するヘイリーさんの第一印象は、はつらつとしているというよりかは穏やかそうな雰囲気。


「なんだ、ヘイリーじゃないですか」


「おー、そういうあなたは、クルミ」


 どうやら剣崎さんとヘイリーさんは面識があるようだった。


「初めまして、ヘイリーさん。私は菱沼小珠。二人は知り合い?」


 私の問いかけに剣崎さんが「クラスメイトです」と答える。


「ヘイリーちゃんはねー、ポーカーできるんだってよー! スゴイよ! 本場のポーカーがみれるよ!」


 牡丹はウキウキ語った。

 本場のポーカー。その言葉を聞いて思わず私もえりを正す。

 強者と相まみえるかもしれない、そんな予感に対する緊張を感じた。


「それほどじゃないです。くにでは、かぞくやゆうじんと、ちょとだけホームゲームをしてました」


 片言ではあるが、ようするに経験豊富ではない、ということを言いたいのだろう。


「そんなわけだから、さっそく四人でポーカーをやってみようと思います!」


 牡丹がそう提案した。居ても立っても居られない、そんな様子だ。

 実をいうと、私も牡丹の気持ちがわからないでもなかった。ポーカーが好きなのはお互い様だ。でも、まだ先に剣崎さんに、しっかりとルールを説明した方が良いのではないか、という迷いもあった。


「私なら大丈夫ですよ、大体はわかりましたから。もしわからないことがあったら聞くので教えていただけますか?」


 剣崎さんが私の内心を読み取るように言う。「まかせて!」と牡丹が答えた。私も後を追う。


「もちろんだよ。それじゃ、チップを配り直そう」


「わたしも手伝うよ。一人$2,000でいい?」


「ああ、それで頼む」


「ふふ。ねえ、わたしたちってなんかもうフォーカードって感じじゃない?」


 牡丹がチップを準備しながら、嬉しそうな声色で私にそんなことを言った。サングラスの顔が近い。

 フォーカード。牡丹はフォー・オブ・ア・カインドのことを、そのおなじみの和製英語で呼んでいた。牡丹と付き合いの長い私は、牡丹の言わんとしていることをなんとなく察したが、一応「どうして?」と私たちをどんな理由でそのハンドになぞらえたのか尋ねた。


「だって四人集まって一つのチームになろうとしてるんだよ。これはもうフォーカードと言わざるを得ないよ!」


 ということらしかった。まあ、そうだろうとは思ってた。


「でも私たち二年生二人と一年生二人だし、どちらかというとツーペアじゃないか?」


 私の反論に牡丹が「う゛っ」と軽くのけぞる。その発想はなかったという様子だ。


「そ、そんなびみょーな役、嫌すぎる……っ! ……それもこれも原因は日本の部活動における歪んだ縦社会のせいだよ」


「なにを言ってる」


「わたしたちがツーペアではなくフォーカードになるには、先輩と後輩という垣根は壊さないといけないということだよっ! くるみちゃん! ヘイリーちゃん!」


 牡丹がチップを準備するのを休めて二人の方へ振り返る。ヘイリーさんは何を言われるのだろうと不思議に思っている顔だったが、剣崎さんはまた何かくだらないことを言われるのだろうと悟ったらしくジト目で呆れ顔作っていた。既に牡丹への態度が完璧に調整アジャストされている。


「わたしとたまちゃんのことは、先輩だなんて思わないで同い年の友達のように思ってくれてかまわないからねっ!」


 私もかよ。いいけど。


「そんなわけでわたしたちの間には敬語も一切ナシ! タメ口でお願いしますっ!」


 言い出しっぺが敬語を使ってるようだが。


「そんなこと言われても、私たちまだ出会って一時間ですよ」


 剣崎さんの指摘もごもっともだ。だが牡丹は止まらない。無茶ぶりの矛先はヘイリーさんの方へと向かった。


「ヘイリーちゃん、わたしのことを家族や友人だと思って、打ち解けてくれていいんだよ。おいで~」


「うーん、オーケー。わかりましたボタンさ……ボタン」


「いいねいいね。その調子。ほら、なんでも思ったことを気がねなく言って」


「おもったことなんでも……うーんと……」


 ほら、ヘイリーさんが考え込んでしまったじゃないか。「突然そんなこと言われても、困っちゃうだろ」と仲裁に入ろうとしたが、何か思いついたらしいヘイリーさんが「あっ」と言ったことでその行動はさえぎられた。


「ボタン、そのサングラシズサングラス、にあってないです」


♥♦♠♣


 地面にひざまずき、頭を垂れた牡丹の姿があった。

 「ボタンさん。ごめんなさい」とお詫びするヘイリーさんを、剣崎さんが「大丈夫ですよヘイリー」とフォローする。

 うなだれた姿勢のまま牡丹がぽつぽつと話し始めた。

 

「くるみちゃんに最初『似合ってない』って言われたとき、後でくるみちゃんの見る目がないだけだって何回も自分に言い聞かせて納得したんだ。わたしのセンスが悪いわけじゃないって」


「失敬な。そんなこと考えてたんですか」


「でも、ヘイリーちゃんにも言われちゃったら、これはもう認めざるをえないよ。間違ってたのはわたしだって……ううう」


 二度目はかなりこたえたのか、打ちのめされているようだ。長い友人のつとめとして、ここはなぐさめの言葉をかけてあげるべきかもしれない。


「牡丹、元気だせよ」


「うぅ……たまちゃんは似合ってるって思う?」


「え? いや、それはないけど……」


 牡丹の不意の質問に思わず素の反応をしてしまった。牡丹が「ぐふっ゛」と言ってうなだれ姿勢から仰向けにひっくり返った。しまった。

 完全に心が折れてしまったかと思われたが、ふらりと立ち上がり「ふふふ」と不気味に笑った。サングラス姿は似合ってないが、妙な迫力だけはある。

 そのまま手近の椅子に座ると、手で私たちにも着席を促した。

 四人全員、机を囲って着席すると、牡丹がほぼ終わりかけていたチップの準備を済ませ、全員のもとにチップがいきわたった。牡丹が静かに語る。


「わたし、思ったんだよ。カッコよさというのは外見ではなく内面からにじみ出てくるものだって。だから世界一のポーカープレイヤーになってわたしのこの姿をカッコよさの基準にすることを決意したよ」


 牡丹が裏向きに一枚づつカードを配った。ボタン決めのカードだ。

 黒いオーラをまとわりつかせながら両手を肩より高くあげ言う。


「さあ、伝説の幕開けとなるゲェムを始めようか」

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