かけていいものと、かけなくてもいいもの

 剣崎さんと机を挟んで向かい合っている。

 机の上にはポーカーマットの代用品として麻雀マットが敷かれており、お互いに均等に配られた様々な色のチップが山をなしていた。

 牡丹はいない。二万円をはたいて購入したサングラスを似合ってないと一蹴された牡丹は、悲痛な面持ちのまま椅子から立ち上がると、何も言わずにふらふらと何処かへ消えてしまった。落ち込んだあいつが元気を取り戻して帰ってくるまで、おそらく二分はかかるだろう。


「なんかすみません」


「気にしないで、あいつなら大丈夫だから。さ、始めよう」


 軽くシャッフルしたトランプの束の一番上の一枚を表向きに剣崎さんに配ると、同じように自分にも一枚配った。剣崎さんはA♠。私はK♦だ。


「剣崎さんの数字の方が大きいね。じゃあ、最初のボタンだ」


 彼女のテーブルの方にDEALERと書かれた丸く平たいプラスチックを置く。


KケーよりAエーの方が大きいんですね」


「そう。ポーカーではAエースが一番大きな数字として扱われるんだ。逆に最小の数は2デュースになる」


「菱沼さんがくれたこれはなんですか?」


 剣崎さんがボタンを手に取り裏返す。しかし、裏面に書かれているのもDEALERの文字だ。コインのように表と裏があるわけではないのだ。


「それはディーラーボタン。プレイヤーがポジション……つまり行動アクションを起こす順番を決める目印だ。二人で遊ぶ時も、それ以上の人数で遊ぶ時も、一番大きな数字のカードを配られたプレイヤーに、このボタンが渡されるんだ。これで剣崎さんの最初のポジションはSBスモール・ブラインドに決まり、私のポジションはBBビッグ・ブラインドになった。赤いチップを一枚前に出してくれる?」


「こうですか?」


 剣崎さんが$10と書かれた赤いチップを一枚、前に出した。


「うん、それでいいよ。そして私は二枚。これは手札ハンドごとに支払われる強制的な賭けチップなんだ」


 ちなみにポジション決めの時、カードの数字が同じ場合は、スート、つまりスペードだとか、ハートだとかの柄によって強さが決まる。

 しかし、カードのスートが強さの基準になるのは、テキサス・ホールデムではあくまでこのポジション決めの時だけだ。例えば、自分と相手がお互いに同じ役であるワンペアを持っているとすると、その役の強さは持ってるカードのスートによって決まることない。役の強さは役を構成する5枚のカードに含まれる数字によって決まり、それが全く同じならばハンドは引き分けとなる。

 私はこれらの説明を口には出さなかった。このようなことを必ずしもいますぐ初心者の彼女に教える必要はないと思うし、いたずらに多くを説明することはかえって理解を妨げる原因になりかねないと思ったのだ。

 私はトランプのデッキを二つの山に分け、両方の手に一束づつ持つと、二つの山を寄せ、向かい合う方の端を親指でカードを落とすように弾きぱらぱらと交互に重ね合わせ、再び一つの山にした。リフルシャッフルと呼ばれるカードの混ぜ方だ。

 牡丹とポーカーをするとき、カードを切り、配るのは私の役目だった。牡丹は切り方がどうもルーズで、ヒンズーシャッフル(みんな知ってるあの切り方だ)を二度三度やってそれで終わり。注意してやると一時的には直るのだが、放っておくとまた元通り。仕方がないのでそのうち私が一人でやるようになった。

 もともと、ディーラーボタンというように、ボタンはプレイヤーのポジションを決めるものであると同時に、カードを配る者ディーラーを決める役割も果たしていた。カジノのようにゲームを取り仕切る専属のディーラーがいない場所では、ディーラーはボタンを持ってる者が務める交代制なのだ。だから、カードを切り、配る役目を、その慣習にならって現在ボタンの剣崎さんにやってもらうこともできたが、ここは慣れてる私が引き受けようと思った。

 シャッフルを終えたデッキの上から、カードを裏向きのまま次々に配る。まず、一枚を中央手前、ゲーム進行の邪魔にならない適当な場所にバーン・カードとして置く。そして、今度はお互いに一枚づつ配る。私。剣崎さん。私。剣崎さん。これでカードの分配ディールは終了。私たちはお互いにそれぞれ計二枚のカードが配られた。そして、私は剣崎さんにお決まりの台詞を言うことにした。それはかつて、牡丹と一緒に、友達にテキサス・ホールデムを布教した時にも何度も言ったことのある台詞だった。


「さて、実をいうと手札のカードはこれで全部なんだ」


 これが日本のポーカーファイブカード・ドローとテキサス・ホールデムとを分かつ最初の、そして最も大きな違いだ。手札が二枚と聞いた友人たちの反応はみんなそれぞれ違っていたが、その根底にあるのは同じ一つの疑問だった。つまり、「どうやって役を作るんだろう?」だ。剣崎さんもまた、彼女たちと同じ疑問を持つだろう、と私は素朴に予想していた。


「やっぱり、ホールデムなんですね」


 だが、どうやら剣崎さんは既にテキサス・ホールデムを知っているらしかった。


「ホールデムを知ってるんだ?」


「はい。海外の映画やドラマでたまに見かけるので知ってました」


「なるほどね。けど、やっぱりっていうのは?」


「配られたチラシにイラストがあったじゃないですか。女子が二人、向かい合ってポーカーをやってる絵。伏せられてるカードが二枚だけだったのできっとホールデムだって思ったんですよ」


 これで剣崎さんが私たちのポーカーがテキサス・ホールデムだと知っていた理由がわかった。だとすると、彼女が言っていた「ポーカーに興味がある」という言葉には、単に遊びとして興味がある以上の意味が含まれているのかもしれない。

 そんなことを考えていると、剣崎さんが伏せられた二枚のカードを両手で覆い、指でカードの角を少しめくり、下から覗き込むようにカードを確認した。


「えっと、カードはこうやって見るんでしたっけ?」


「そのとおり。今は二人で向かい合ってプレイしてるから問題ないけど、大人数でプレイする場合は席同士が近くて両手で持つような持ち方だと隣のプレイヤーに見えてしまうことがある。だから伏せたままカードを確認するんだ。よく知ってたね」


「映画でこうやってたので……見様見真似です」


「うん。じゃあ、1対1のヘッズ・アップだから、最初はSBの剣崎さんからのアクションだ。カードの強さで受けるコール上乗せするレイズ降りるフォールドを決めて欲しい。と言っても、まだカードの強さも、アクションもわからないよね」


「そうですね。どうやって決めればいいですか?」


「ただ勝負に参加したい場合はコール。自分の手札、スターティング・ハンドが相手よりも強いと思ったらレイズ。ハンドが弱くて勝負に参加する価値が無いと判断したらフォールド。もちろん、ポーカーだからハンドが弱くても強いふりをしてレイズをすることもできるけど……あまり難しく考えないで感覚で決めていいよ。ちゃんとこれからゆっくり順を追って説明していくから」


「フォールドすると終わってしまうんですよね?」


「うん。その場合、このゲームはその場で終わって私の勝ちになるね。現在賭けられてる三枚の赤いチップ。$30分は私が手に入れることになる」


「では、コールしてみます」


「わかった。コールの場合はチップの量を相手に合わせるから、この場合、剣崎さんは赤いチップをもう一枚支払うんだ」


 赤いチップがもう一枚重ねられた。


「今度は私がアクションを選択する番。さて、ハンドは……」


 8♠と7♠。隣同士の数字でスートが揃っている、いわゆるスーテッド・コネクターだ。ヘッズ・アップならそう悪くない手。今選択できるアクションはチェックとレイズのどちらかだ。私はチェックすることにした。


「私はチェック。ここでもし私がチップを上乗せするレイズを選択した場合、もう一度、この段階で剣崎さんに番が回るんだけど、今回私はこのまま何もしないパスチェックを選択するよ。だから現段階プリフロップは、次の段階フロップに移行する」


 二人のチップを中央手前にかき集めてまとめると、一枚バーン・カードを追加してさっき置いた一枚の上に乗せる。そしてカード三枚を中央に横一列で表向きに並べた。K♥5♦A♠。フロップのカードはかすりもしない。


「この三枚のカードはコミュニティカード、あるいはボードという。コミュニティカードは途中でフォールドが無ければ最終的に五枚まで並べられ、手札の二枚と合わせた合計七枚の中から五枚を選んで役を作る。それがテキサス・ホールデムのルールだ」


「五枚のカードで役を作る、というのは普通のポーカーと同じですね」


「そうだね。そういう点では、ゲームでファイブ・カード・ドロー・ポーカーをやったことがある人なら、ルールは覚えやすいかも」


「となると、私の手札の二枚と場のカード三枚。この五枚の組み合わせで作られる役が私の今の手の強さになるわけですね。……ところで、この裏返しになったカードは?」


 剣崎さんがバーン・カードを指さしたずねた。


「ああ、それはバーン・カードって言ってね。各段階、これはベッティング・ラウンドっていうんだけど、その最初にカードを配るとき、山札の一番上のカードを除外するんだ。カードの傷やしるしで一番上のカードがばれることで不正が行われるのを防ぐためのものだよ」


「よくわかりました」


「さて、フロップ以降……別名ポストフロップではアクションの順番が逆になる。私はチェックかな。アクションをどうぞ。今はベットかチェックができるよ」


「チェックはパスのような感じなんですね。えっと、場の三枚と私の手元の二枚が手役の強さになるから……ベットします。いくらまで賭けられますか?」


「テキサス・ホールデムにはフィックス・リミットやポット・リミットがあってそれらにはベット額に制限があるけど、私たちのはより一般的なノー・リミットのルールだから上限は持ってるチップの範囲内ならいくらでも、下限はビッグブラインドの額と同じだから$20から。セオリーとしては場に出てるチップの合計額以内の額を打つのが普通かな?」


 例外はある。牡丹のように場に出たチップの額ポットサイズと同じくらいか、それよりも大きい額をベットするプレイヤーもいる。これらの額には根拠があって、それは確率や期待値といった数学的な計算に基づいている。高校数学の範囲だから学ぶのは少し骨が折れるけど、もしも牡丹さんとこれからもポーカーができるようになったなら、いずれは教えたいと思った。


「ふふ。わかりました……。では場にチップが$40出てるので、$40ベットします」


 牡丹さんは不思議と小さく笑い、ベットを宣言すると$40分のチップを前に出した。手役が無い私は完全にお手上げだ。


「フォールドするよ。おめでとう。ここまでの一連のゲームの流れを一ハンドと数えるんだけど、今回のハンドは剣崎さんの勝ちだ」


 ポットのチップを剣崎さんの方に差し出した。彼女はそれを受け取ると満足気に持ちチップスタックに収めた。


「チップに$10って書いてありますけど、本当に賭けてるわけではないんですよね?」


「もちろん。賭けごとは一切やらないよ」


 私と牡丹がポーカーを通して賭けをおこなったことはない。金銭は当然として、給食のゼリーや掃除の当番も。牡丹が前に「賭けていいのは誇りだけだよっ!」と上手いこと言ったような顔で言ってたのを思い出した。少し腹が立った。


「じゃあ次のハンドへ移行しよう」


 場のカードを全てデッキに戻し、ボタンを今度は私の方へと置くと、再びデッキをシャッフルし、お互いにブラインドを出してから、カードをディールした。

 ハンドを確認する。Q♦Q♥クイーンズ。ポケットクイーンだ。非常に強い。今回は強気なアクションを選択できるだろう。だとするとレイズだが、いくらのレイズ額が妥当だろうか?


「レイズ$30」


 ブラインド額の2倍の額になるミニマムレイズ。文句なしに強いプレイングをしていいハンドではあったが、私はポットサイズを小さく抑えてプレイするスモールボール戦略を選択した。


「私の番ですか……さっき菱沼さんはチェックしてましたよね」


「うん。そうだね。だけど今回の場合はチェックできないんだ。なぜなら今回、私は剣崎さんが出してるよりも多い額をベットしたからね。この場合、とれるアクションはコールかレイズかフォールドになる」


「わかりました。さて、どうしようかな……」


 剣崎さんがハンドを確認しながら考える。


「決めました……コールします」


 私のベットに合わせて$20を追加で支払った。コールの額をしっかり合わせるところをみると、かなり飲み込みが早い。


「オーケー。フロップを見てみよう」


 カードが三枚並べられる。2♥A♦Q♠。セット(ポケットペアがボードのカードでスリー・カードなること)完成だ。ヘッズ・アップでこの二番目に最高の手セカンド・ナッツを持っている状況は勝ってると考えて問題ないだろう。剣崎さんがより強いA三枚のスリー・カードトリップスを持ってることはまずない。問題は剣崎さんのハンドによってはこの後、ストレートを作る可能性があるということだ。ホイール(Aから5までのカードで構成されたストレート)を完成させるようなカードの組み合わせを剣崎さんは持っているだろうか?


「今度は私の番からですね。チェックします」


 さて、私のアクションだ。素直にプレイするなら間違いなくベット。しかし、剣崎さんにこの後続くターンやリバーについての説明もしたかった。もし私がここでベットすれば彼女はフォールドしてしまうかもしれない。ここはスロープレイ(強力なハンドを持ってるときに、強さを隠すために受け身パッシブなプレイをすること)でもすべきだろうか? いや――


「ベット$60」


 私はベットした。チュートリアルであっても手加減することは礼を失する行為だ。ここは誇りをかけて全力で勝負しよう。

 「賭けていいの誇りだけだもんね」と再び頭の中にドヤ顔の牡丹が浮かんでくる。脳内でチョップしてやると顔を><にさせて消えた。


「ベットですか。だとすると、何か強い手を持っているんですか?」


「どうかな? 相手が何を持ってるのかわからないのがポーカーだ。私はブラフしてるだけかもしれないよ」


「そうですね……ですが、コールします」


 私のベットと同額のチップが前に出される。


「よし、次の段階へ行こう。ターンだ。ここではカードが一枚だけ表になる。最後の段階のリバーも同じだよ」


 ターンのカードが場に落ちる。7♥。おそらくラグ(誰の手の役にも立たなそうなコミュニティカードのこと)だが、剣崎さんがハートのスーテッドを持ってるならランナーランナー(ターンとリバーのカードによってハンドを完成させること)フラッシュの可能性が生まれた。


「今度はどちらからのアクションになりますか? 私からでいいんでしょうか?」


「うん。その通り。プリフロップとポストフロップではアクションの順番が変わるけど、ポストフロップでの順番は常に同じなんだ」


「では、チェックです」


 私にアクションが回ってきた。アクションは決まっていたが、あえて少し時間をかける。アクションの速さから手を読まれないためだ。


「ベットするよ。$150だ」


 テーブルに二度目のベットダブルバレルを撃ち込んだ。

 さっきよりも大きいこのベットに剣崎さんはどんなアクションをとるだろう? そんな風に考えながら視線をテーブルから彼女の方に移す――彼女はにやりと笑っていた。


「積みましょう、肘の高さまで。オールイン!」


 剣崎さんが両手を使って自分のチップの山を前に押し出す。彼女が選択したアクションはオールインだった。それは予想外の、超強力なアクションだった。通常このアクションは、非常に強力な手を主張リプレゼントしている。自分のチップの全てというリスクを賭けて勝負しに来ているからだ。本当に強い手を持っているか、あるいはブラフを装っているか。このボードならまだリバーのカードでフラッシュやストレートが完成する可能性があるのでセミブラフの可能性もある。もちろん、初心者の彼女にそこまでの考えはないだろうが。

 だが、それでも私のアクションは決まっていた。私のQのトリップスはこの状況でも余裕を持って応えられるほどに強力な手だった。


「オーケー。コールするよ」


私のコール宣言に剣崎さんは待ってましたと言わんばかりにいっそう笑顔を深くした。そして、彼女は私にこう言った。


「ふふふ……残念でしたね、菱沼さん。これはコールできない状況ですよ」


「へ? どうして?」


 何か見解の相違が生じているようだった。剣崎さんは私に、なぜこの状況でコールができないかの理由を嬉しそうに説明してくれた。


「私のオールインの額は菱沼さんのチップの総量よりも多いんです。さっき勝って私のチップの方が若干多くなりましたからね。だから菱沼さんはコールしたくても額が足りないんですよ」


 あー……。

 その説明で彼女の言いたいことがわかった。


「その、できるんだ。コール」


「えっっ?」


「テーブルステークスって言ってね、相手のベット額に対して自分の手持ちのチップが足りない場合、手持ち全部を出せばコールできるんだ」


「菱沼さんはアメリカのドラマ『プリズン・ブレイク』を御存知ですか?」


「え?」


 剣崎さんが私に質問する。どうしていま海外ドラマの話をするんだろう。


「えっと……知らないかな」


「『プリズン・ブレイク』では、主要な登場人物の一人であるベンジャミン・マイルズ・フランクリンが資金を工面するために他の囚人とポーカーをします」


「うん」


「彼はライバルの囚人からオールインのベットをされますが、自分の手は未完成のストレートで、コールしても勝てる手ではありませんでした。そこで相手の持ち金を大きく上回る額をレイズし、ブラフすることで相手をフォールドさせ勝ったのです。『コールしたければ仲間から金を借りろ。でなきゃおまえの負けだ』と」


「うん」


「『プリズン・ブレイク』はアメリカのドラマです。ポーカーの生まれた国です。潤沢な資金をもって制作され、優秀な脚本家たちによって練られたストーリーです」


「うん」


「そんな『プリズン・ブレイク』よりも一介の女子中学生である菱沼さんの話を信じろと言うんですね?」


「信じてくれ……」


♥♦♠


 彼女に信じてもらうのは骨の折れる作業だったが、ようやく認めてもらうことができたのは、スクールバッグの中に入ってた『フィル・ゴードンのポーカー攻略法 入門編 』の存在を思い出したからだった。私はその本からテーブル・ステークスに関する記述の部分を彼女に見せ、ようやく納得してもらうことができた。ありがとうフィル。


「一応納得しました」


「ありがたいよ」


「それでこの場合はどうなるんですか?」


「ターンでオールインが成立したから、お互いにカードを見せ合い、リバーのカードで決着を決める。私のハンドはクイーンズだ」


 私のショーダウンに合わせて彼女がハンドをオープンする。5♦3♦だ。


「ブラフだったんです。私の負けですね」


「それでもまだ逆転の可能性は8%あるよ。ストレートの目があるから」


「確率がわかるんですか?」


「簡易的な計算だけどね。逆転できるカードの枚数に開かれてないコミュニティカード一ヶ所当たり2を掛けた数字だ。つまり4×2=8。フロップの段階では16%の勝率でターンなら8%だ。さあ、リバーを見てみよう」


 リバーが開かれる。カードは4♦だった。


「4が落ちた。ストレート完成だ。完敗だよ」


 剣崎さんにポットのチップを差し出す。これで私のスタックは空っぽになった。


「いや、納得いきません! 返します!」


 チップを突き返された。


「ちょ、返されても困るよっ!」


「こんな運だけ野郎な勝ちじゃ納得いかないですよ! ちゃんと実力で勝たなきゃチップは受け取れません!」


「ポーカーじゃ運も実力のうちだと思うけど……」


 そんなやり取りをしていると、牡丹の陽気な声が聞こえてきた。


「おっ! 二人ともすっかり仲良しそうだね」


 声の方を向くとサングラスをかけた笑顔の牡丹がいた。戻ってきたらしい。私の読み通り、すっかり元の調子だった。


「牡丹、戻ってきたのか。すっかり元通りだな」


「戻ってきただけじゃないよ! ちゃんと新しい部員も確保したのさ!」


「えっ、本当か?」


「ふふ……私が落ち込んでそこら辺をふらふら徘徊するだけの人間だと思ってたのかしら?」


 牡丹が肩の辺りで架空の長髪をファサッとかき上げるジェスチャーをとる。何キャラだ。


「思ってた」


「えー! ひどいよー! でもいいいや。それより二人にも紹介するねっ! あ、来た来た」


 牡丹の横に人が並んだ。長いウェーブのかかった金髪。青い目をしていた。


「こちらヘイリー・クラブツリーちゃん! アメリカから来たんだよ!」

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