奴はフィリップ一族の中でも最強……

 不審な格好で校内をうろついていたことで、私と牡丹はあの後、職員室で先生から叱られた。


「でも、これで大事な第一歩を踏み出せたよ」


 牡丹は、それを特に気にするでもなくのんきだ。

 教室に戻ってきた私たちは、ちょうど最後の一人だったクラスメートから教室の鍵を預かると、私の机で向かい合って座っていた。


「どうだか……私には、無駄骨に終わっただけのように思えるけど」


「あれは単なる前座だよ。もともと大して期待してなかった、ちょっとしたパフォーマンスにすぎないのさ」


 おい、さっきと言ってることが違うぞ。私は怒られ損か。


「今度は部員勧誘のために、ポスターを作ろうと思うんだ。部活動に所属してない生徒とか、新入生に見てもらおうと思って」


 前回のアイデアと比べると今回のアイデアはずいぶんとまともだ。


「ふーん……まあ、いいんじゃないか? 少なくとも、サングラスで学校を徘徊はいかいするよりかは」


 皮肉の混じった私の言葉を誉め言葉と素直に受け取った牡丹は、「えへへ、ありがとー」と言うと、機嫌よく手さげ袋からポスター用紙や鉛筆と消しゴム、彩色に使うコピックなどを取り出し机に並べた。


「職員室から戻る途中で、美術室に寄って借りてきたんだ」


 ちゃっかりしたやつだ。牡丹は鉛筆を手に取り下書きを書き始めた。


「えーと、“ポーカー部設立計画中!”、“みんなでいっしょに楽しくポーカーしよう! 初心者大歓迎!!”、“興味がある人は二年A組の猪目牡丹か菱沼小珠のところへ来てね!”、あとは……絵とかあったらいいかな?」

 

 文章を書き終え、今度はその下の余白部分に、再び鉛筆を使って、イラストを描き始めた。

 牡丹は絵が上手い。私も絵を描くが、牡丹ほど上手くは描けない。

 迷い線もなしにすらすらと人物を描き上げていくその見事な技術は、絵を描く私にとっては何度見ても興味深いもので、思わず見入ってしまった。

 程なくして牡丹は、劇画調の、鋭い目つきをした黒人男性の絵を完成させた。


「って待てい!」


 思わずツッコミを入れる。


「なんだそれは」


「何って……フィル・アイビーさんだよ?」


 何当たり前のこと聞いてるの、と言わんばかりに牡丹が答えた。

 フィル・アイビーとは、プロのポーカープレイヤーだ。

 プロの中でもトップレベルの実力の持ち主で、特徴は、同じテーブルに座ったすべての者を震え上がらせるその超攻撃的スーパーアグレッシブなプレイスタイルだ。

 世界大会で何度もタイトルを獲得し、数学者アンディ・ベールとの1対1の勝負ヘッズアップでは、三日間で1,700万ドル近い額を勝ち取るなど、彼の伝説は枚挙にいとまがない。


「それはわかるが……おまえ、それ見てこの部に入りたいって思うか?」


「思うっ! 『これを描いた人は、ポーカーのことをよくわかってるんだな!』って思っちゃうよー」


「質問が悪かった。私が聞きたかったのはつまり、ポーカーのことをよく知らない普通の人が、このポスターを見て部に入りたいって思うかってことだ」


「…………?」


 牡丹が質問の意味をわかりかねた様子で首をかしげる。私の質問はそんなに難しいか……?


「描きなおし」


「えー、そんなー! ……じゃあ、ここはひとつたまちゃんがお手本見せて!」


「へぇ!? わ、私が?」


 思わず声が少しうわずってしまう。実を言うと人に見せる絵を描くのはすごく苦手だ。なんか恥ずかしいし。牡丹より下手だし。


「いや、私はいいよ。牡丹がもう一回描いてくれないか。ほかの作業は私がやるからさ……」


「大丈夫だって! わが一番弟子のたまちゃんにならできるのじゃ」


 そう言って牡丹がこっちに紙をまわしてきた。うぅ……。

 しぶしぶ、牡丹の絵を消しゴムで消し、鉛筆を握る。腕を組みながら何を描こうかとしばらく悩み、よしと覚悟を決めるとペンを走らせ、時間をかけてアニメ風にデフォルメされた女の子二人が、ポーカーテーブルを挟んでカードをしてるイラストの下書きを完成させた。


「これでどうだ? 初めはトランプで楽しく遊ぶイメージでみんなに興味を持ってもらうんだ。詳しいことはあとで知ってもらえばいいんだよ」


 私の絵をまじまじと牡丹が見つめる。うぅ~、緊張する……。描いたイラストの評価を待つ時間と、ポーカーで相手のアクションを待つ時間の緊張感はとてもよく似てる、そんな風に思った。


「うーん、なるほど。いいね! これでいこう」


 ほっ。どうやら牡丹のお眼鏡に適ったようだった。


「よし、じゃあ色塗ろうか!」


「うぐっ……! で、でも私、コピックの使い方よくわからないし……牡丹頼むよ。な?」


「ダイジョーブだって! たまちゃんならできる! ほら、ちゃんと握って。描かないと終わらないよ? 居残りはいやでしょ?」


「うー、無理なのに……ムリなのに……ううう……」


♥♦


 なんとか下書きにペン入れして色を塗り、ポスターを完成させた私たちは、それを職員室でコピーして廊下や掲示板に貼り付けた。

 作業が終わるころにはもう日はほとんど落ちていた。二人で下校する途中では、ちょうど部活動を終えたであろう他の生徒たちを見かけた。


「これでみんなにポーカーに興味持ってもらえるといいね!」


 帰路で牡丹がそんなこと言った。隣で歩いていた私は「そうだな」と答えた。


 既に部活動勧誘の期間が始まっている学校では、早朝と放課後、色んな部の生徒たちがそれぞれ新入生たちに声をかけている。

 私たちも明日からその中に加わり、ポーカー部の設立を目指して、その存在をアピールしていくことになる。

 勝負はこれからだ。

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