ふぉーかーど!

水沢ぺこ

二枚のカード

「ポーカー部を作りたい!」


 牡丹ぼたんのやつが大きな目を輝かせながらそんなことを言い出したのは、私たちが中学二年に進学したばかりの春。放課後の、生徒もまばらになった教室でのことだった。


「ポーカー部って……おまえ、それ本気?」


「本気の本気! 大マジだよ! この学校にポーカー部を作ろう!」


「ポーカーなんて、日本じゃ知ってる人、ほとんどいないぞ」


 そう、多くの人はポーカーというゲームを、知らない。

 テレビゲームの中のカジノにでてくる、配られた五枚のカードを交換して役を作るミニゲーム。それが私たち日本人の思い浮かべる、ポーカーのイメージだろう。

 だけど私たちがやるのは、ポーカーの中でもテキサスホールデムと呼ばれるゲーム。最初に配られるカードがたったの二枚のこのゲームは、きっとみんなの想像するポーカーとは全く異なるはずだ。しかし、本来はポーカーと言えば、こちらのゲームの方が世界では主流なのだ。ポーカーの世界選手権であるWSOPワールドシリーズオブポーカーのメインイベントもこのテキサスホールデムで行われる。


「ならわたしたちでポーカーを広めればいいんだよ! ということで、はい、これ」


「え……? 何これ?」


「まずはみんなにポーカーの正しいイメージを知ってもらおう! ということで、行くよ、たまちゃん!」


「へ? ちょっと待って! 行くってどこへ?」


「ポーカー布教のための宣伝活動だよ! これをつけて廊下を歩いて回るの!」


「お、おい! 待てって、おーい」


♥♦


「でね、そのお店のチーズケーキがもう絶品なの!」


「えー! いいなぁ、今度絶対いっしょに行こうね! ……って、何あれ!?」


 私たち二人はサングラスをかけて廊下を練り歩いていた。

 ポーカーでは、相手に自分の手役を読まれないことが何よりも重要だ。ポーカーを生業とするプロのポーカープレイヤーは、だから、大事な局面では表情から手を読まれないように無表情を貫こうとする。“ポーカーフェイス”という言葉の由来だ。

 衣装などで表情を隠すことも、ルール上認められている。パーカーのフードを深く被ったり、……そして、サングラスをかけたり。

 私たちの格好は、確かにポーカープレイヤーの本来のイメージとしては適切かもしれない。しかし、だからと言ってこれは……。


「ふふ、あの子たち、わたしたちのこと見て何か話してるねっ!」


「そりゃあ、話もするだろうよ……」


 牡丹は廊下で人と出会うたびに、自分たちが注目を浴びていることに上機嫌だ。宣伝が上手くいっている、と思っているらしい。

 私たちを見た子たちの反応は様々だ。困惑する子、おびえる子、ニヤニヤと笑う子、走って逃げだす子……。


「これはもう、この学校中にポーカーが知れ渡る日も遠くないね! いぇい!」


 牡丹が満面の笑みと共にガッツポーズをするのとほぼ同時に、校内放送による先生の以下の言葉は流れた。


『二年A組の猪目いのめ牡丹さん! 菱沼小珠ひしぬまこだまさん! 大至急職員室に来てください!』

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