第四部 エピローグその1

 拝啓。

 皆様、いかがお過ごしでございましょうか。サイコ=イマイでございます(ズビシィ!)。

 マユミさんが魔曲の連続使用でダウン中でございます故、今回は私めがモノローグを代行させていただくのでございます。

 

 ……はい? 終始眠そうな口の悪い教育係より、ヤンデレ美少女のモノローグの方が良いと?

 なるほど……ええ……ええ、よくわかりました。

 クソ食らえでございますね! 黙って聞きやがれとお答えさせていただきます(ズビシィ!)

 

 さて、死の支配する古城で、今回の騒動の発端である死霊使いネクロマンサーマダラメに囚われたナツミさんを救出するため、獅子奮迅決死の覚悟で死闘を繰り広げた我ら管国討伐隊の生き残りと神器の使い手達でございますが。

 結果、見事マダラメを倒しナツミさんを救出することができました。

 操っていた骸骨兵スケルトン骨龍ボーンドラゴンもマダラメが倒れた事によりその活動を停止し、かくして村を襲っていた不死者アンデッドの群れは消滅したのでございます。


 まあ辛勝ではございましたが、各々が考え、どうすべきかを判断し、ベストを尽くした結果の勝利といえましょう。

 あの吸血鬼風に言えば、おお! ブリリアントだエブリワン!――と言ったところでしょうか。

 しかも私は現場を見てはおりませんが、あの死神にトドメを刺したのはナツミさんだったとか。

 それも言葉であの変態の精神をズダボロにして、再起不能にしたようですね。

 実に素晴らしい。彼女とはウマが合いそうです。

 

 はい? そこまでは知っている? その後はどうなったのか?――で、ございますか?

 落ち着きなさい。今から話すのでございます。慌てる王女はトラブルを起こすというでございましょう。

 

 無事ナツミさんを助け、何とかあの変態死神を地獄の底へ突き落したは良いものの、流石に私どもも無傷というわけにはいきませんでした。

 まず神器の使い手達ですが、マユミさんは気を失ってましたし、カシワギ殿はスタミナ切れ、エミさん達も身体中傷だらけという状況。

 死の舞踏の大演奏を完遂しきったナツキさん達も、巨鳥を操る魔曲を奏で終えた途端、糸が切れたように意識を失ったとのこと。

 というわけで、私がヒロシ殿とヨシタケと共に塔の頂上へ到着した時には、まさに満身創痍という言葉がぴったりな有様でございました。

 

 ですが一番の重傷者は、北の物見塔へ向かった二人でしょうか。

 そう、我が管国がじるお騒がせ王女、『ザ・デストロイヤー』、『動く火薬庫』ことエリコ=ヒラノ=トランペット第一王女と、宰相補佐であるナオト=ミヤノ殿でございますが――


 ――はい? ちょっとエリコ王女のことを悪く言い過ぎではないか?――と?

 何で彼女だけフルネームで言うのか? バカにしてるだろ?――でございますか?

 そんなことはないのでございます。決して嘘偽りは申しておりません、全て事実!

 また仕える立場である私が、王女をバカにするなど滅相もない。

 フルネームで呼ぶのもあの方を崇め、敬服しているから故にございますよ。ほんとほんと。

 

 余計なツッコミをするから話が逸れてしまったのでございます。

 それで英雄と呼ばれるお二方がどうなったかというと。

 結論から述べますと、急ぎ物見塔へ向かった私とヒロシ殿の手で無事に発見することができたのでございます。

 お二方とも怪我が酷く、特にチョク殿は急所を外していたものの胸部に深い傷を負っており、危険な状況でございました。

 ですが助けたばかりのナツミさんに協力してもらい、彼女の持つ楽器の力で怪我を治すことに成功したのでございます。

 

 後で聞いたところによると、お二方は氷使いのキシと戦っていたとか。

 なるほど、まさに英雄でなければ相手にできぬ強敵。

 紅い閃光レッドアイを使わざるを得なかった状況に納得したのでございます。

 ですが、このことがいずれ吉と出るか凶と出るか――失礼、こちらの話です。

 

 かくして、王女とチョク殿とも無事合流することができたのですが、血を流し過ぎたせいかお二方の意識は戻らず、残る神器の使い手達も満身創痍。

 というわけで、きちんとした手当てが必要であると判断した私達は、マダラメを倒して早々ではありますが村へ戻ることを決めたのでございます。

 そして協力してもらった伯爵への礼も手短に、古城を発って丸一日。

 ヒロシ殿が運転する馬車に揺られ、久々に拝むことができた朝日を背に、私達は実に十日ぶり(王女達は一週間ぶりでございますが)へと帰還したのでございました。


 以上が経過報告、モノローグはサイコ=イマイがお届けしたのでございます(ズビシィ!)

 

 さて、話はその日の夕刻まで進むのでございますよ。

 

 

♪♪♪♪



夕刻。

ホルン村、教会内診療所――


 討伐隊が古城に向かって以来、不死者アンデッド達の襲撃もなく数日程閑散としていた診療所は、今朝から再び賑わっていた。

 もちろん、古城より無事帰還した生存者達によってである。

 僅か三つしかないベッドはあっという間に埋まり、シスター達は怪我人の介抱のために慌ただしく教会内を駆け回っていた。

 

 そんな中、ベッドに横たわるチョクは浮かない表情で溜息を吐く。

 理由は一つだ。同じく彼の隣に担ぎ込まれていた、お騒がせ王女様がまったくもって口を利いてくれないのである。


 意識を取り戻したのはつい先刻、およそ三時間ほど前のお昼過ぎだった。

 あの古城での死闘でキシの一撃より姫を庇って傷を負い、意識を失ったところまでは覚えている。

 だが目を覚ましてみれば、見えたのは診療所の天井。

 ここはどこだ?――と当惑していると、目を覚ましたとの報を聞いたサイコ殿がやってきて詳細を話してくれた。

 自分はどうやら、あれ以来まる二日ほど意識を失っていたらしい。道理で身体中が凝り固まって痛いわけだ。

 その間にカッシー達がマダラメを倒し、ナツミちゃんも無事救出することができたとか。

 だがうんざりするほどの死闘に次ぐ死闘だったにもかかわらず、誰一人欠けることなく勝利することができたようだ。

 いやぁ本当に良かった良かった――

 

 と、サイコから話を聞き終えた純朴な青年は、心からの笑顔を顔に浮かべて喜んでいたのだが。

 ふと怒気を孕んだ視線を感じ、彼は恐る恐る真横を振り返る。

 そして隣のベッドに横たわり、凄まじい形相でこちらを睨みつけていたエリコに気づいて、うっと息を呑んだ。

 どうやら彼女もあの後しばらく意識を取り戻さなかったらしく、同じくこの診療所に運ばれたのだとか。

 まあすぐさま、彼女は寝返りをうってぷいっとそっぽを向いてしまったのだが。


 そしてそれから三時間。

 以後、チョクがいくら話しかけようと、話題を振ろうとエリコは一切返事せず、こちらを向き直ろうともしないのだ。

 流石に気まずくなって、少し気分転換に外に出ようとしても、思うように身体が動かず起き上がることができない。

 傷自体はなっちゃんの曲で塞がっていたが、出血が酷すぎた。

 魔曲の効果は失った血液まで戻すことはできないようで、自分が思う以上にまだ身体は衰弱しているようだ。

 

 ちなみにサイコはやることがあるから――と、あの後すぐに部屋を出て行ってしまった。

 そんなわけで、まさに針の筵状態のまま、こうしてチョクはベッドに横になっていたのである。

 しかし彼女がこうも不機嫌なまま、隣同士にされていては治る体調も治らない。

 

「あの……姫――」


 深い溜息を吐いた後、チョクはダメ元で再度エリコに向かって呼びかけてみた。

 案の定返事はない。

 もしかして寝ているのだろうか。いや、僅かだが呼びかけた時肩が動いた。

 もう一度、やれやれと溜息を吐き、眼鏡を押し直すとチョクは再び口を開く。


「一体何をそんなに怒ってるんッスか?」

「……別に」

「姫……いい加減機嫌を直して下さいよ」

「うっさいハゲ」

「……酷い」


 やっとのことで反応のあったエリコに一瞬チョクは表情を明るくしたが、返って来たその素っ気ない言葉の内容を理解すると、すぐに、とほほと落胆したのであった。

 

 と――


「うごごごごごごご……」


 反対側のベッドから、踏みつぶされたカエルがあげる断末魔のような呻き声が聞こえて来て、チョクの陰鬱な心境にさらに拍車をかける。

 だが流石にそろそろ慣れてきた。なにせ目が覚めてから、定期的に時報の如くずっと聞こえてくるのだから。

 やにわに寝返りを打って身体を反対へ向けると、チョクはそこにうつ伏せになって横たわっていた我儘少年の様子を心配そうに窺う。

 

「あーその、大丈夫ッスか、カッシー?」

「いたいいいいいいいいいいいい……だ……だめだ……死ぬかも」


 脂汗をダラダラと流しながら、カッシーは消え入るような声で返答する。

 その間も真っ白に燃え尽きた彼の口からは、念仏のように抑揚のない呻き声が留まることなく流れていたが。

 

 死ぬ。いやマジで死ぬ。なんだこれ?

 指一本動かすのもきつい。パーカスの時襲って来た筋肉痛なんか可愛いくらいに思える程の激痛だ。

 しかもあれから二日経つというのにまったく痛みが引かない。これ本当に筋肉痛か?

 流石に昨日よりは幾分ましだが、それでも焼け石に水。

 昨日の夜なんか痛くて眠れやしなかった。

 ここまで酷いと知ってれば、ちょっとは躊躇したかもしれない――

 彼がこのような状況に陥っているのは、いわずもがな、限界を超えた和音を使用した代償により訪れた、地獄の『超』筋肉痛のせいに他ならない。

 後悔するのは嫌だ、確かにそうは言ったが、己の無鉄砲さと強情さをちょっぴりだけ悔やみながら、カッシーは口をへの字に曲げていた。


―ケケケ、苦しそうだな小僧―


 と、ベッドの傍らに掛けられていた妖刀が、パーカスの時と同様に揶揄うように笑い声をあげる。


「ぐ……このナマクラは嬉しそうに笑いやがって――」

―使うって決めたのはお前だろう。文句言うんじゃねえよ―

「うぐっ……」

―だが限界超えて使っておきながら、その程度で済んだんだ。むしろ喜ぶべきだぜ―


 死ぬよかマシだろ?――

 まさにぐうの音も出ない正論。さらにそう付け加えた時任の言葉に反論できず、カッシーは不貞腐れるようにして押し黙る。

 だがそんな少年を眺め、再び笑いながらも妖刀はあの時のことを思い出していた。

 あの時――即ち、少年が大鴉に変貌した風使いと対峙し、限界を超えた和音を使うことを決めた時、時任は感じ取ったのだ。


 少年の中に眠る潜在的な伸びしろがさらに増えたのを――


 ありえねえ、一念岩をも通すとはいうが、強い念により成長する奴は初めて見た。

 これが神器の使い手達、異世界から来た人間の能力なのだろうか?

 だとしたら、この小僧の身体は一体どうなってやがるんだ――

 うんうんと、間抜けな呻き声をあげ続けるカッシーを眺めながら、人知れず時任は感嘆の唸り声を漏らす。


「どうしたナマクラ?」

―なんでもねえよ……まあ良かったじゃねえか。おかげでお前の望み通り、誰も命を落とさず窮地を切り抜けることができたんだからよ?―

「……くそっ」

 

 わかってはいる。自分で望んだことだ。

 だが頭ではそう理解していても、この痛みはマジで! 本当に! 耐えがたいのだ。

 納得いかず、カッシーは口を尖らせた。

 だがしかし。


 バチン!


 と、小気味の良い音を立ててその背中に湿布が貼られ、途端全身を電撃の如く駆け巡った激痛によって少年の思考は強制的に中断される。

 

「いっ――ぎゃああああああああああ!」

「おー、ごめんごめん痛かった?」


 刹那、部屋に響き渡る我儘少年の大絶叫。

 そんなカッシーに対し、湿布を貼った張本人であるこーへいは、まったく気持ちのこもっていない、のほほん口調で謝罪する。

 ちなみに彼の鼻の頭には絆創膏が貼られていた。マダラメとの戦いで床に叩きつけられた時にできた傷だ。

 目下なっちゃんや柿原達が楽器の効果で治療に当たっているが、一度に全員を治すことはできないため、比較的怪我が軽い彼は後回しとなっていた。

 まあ当の本人は、こんなモン唾つけときゃ治る――と、何ら気にしてはいなかったが。


「ぐぎぎぎぎぎ、こーへい! てめーもっと優しく貼れっつのボケ!」

「おーいマジか? 優しく貼ったつもりなんだけどよ?」

「どこがだ?! 今バシンて音したぞ?!」

「えー、そっかなー? わりーわりー気を付けまーす」


 涙目になりながらカッシーは反論したが、こーへいは誤魔化すようににんまりと笑うのみだ。

 悔しいが動けない身体では、これ以上どうする事も出来ない。恨めし気に下唇を突き出しつつもカッシーは諦観の表情を浮かべた。

 と、その様子を椅子を漕ぎながら隣で眺めていたバカ少年が、さらにカッシーを煽る様にケタケタ笑いをあげる。


「ムフ、悲鳴アゲチャッテサー! カッシー女の子ミタイダネー、このコンジョーナシめ」

「くっそ、覚えてろよこのバカノ! 治ったら絶対ぶっ飛ばす!」

「ドゥフォフォフォー、もう忘れチャッター!」

「ぐっ……大体なんでおめーらが俺の看病役なんだよ? 日笠さん達はどうしたんだ?」


 こいつらに繊細な看護などそもそも無理だ。

 こんな時くらい欲言ってもばちは当たらないだろ。せめて気配りができる女性陣を希望する!――

 カッシーは目だけでジトっとこーへいを見て尋ねた。

 と、その問いを受けて、こーへいは猫口を下世話に歪めると我儘少年へ顔を近づける。


「人の気も知らないで、勝手な事する奴はもう知らない――だとさ?」

「……はあ!?」

 

 クマ少年の話を聞いて、途端カッシーは目を見開き、思わず身体を跳ね起こそうとした。

 だが案の定全身を走った激痛に、彼は短い悲鳴をあげて動きを止める。


「ぐおおお……ちょ、ちょっと待て、どういうことだっつの?」

「さてねえ、随分不機嫌そうだったぜ?」

「マジか……」

「ムフ、なんかセクハラしたんじゃナイノー?」

「するかボケ! そんなことしたらこっちの命が危ないだろ?!」

「んじゃよー、お前何したんだよ?」

「何もしてねえ! こっちの方が聞きたいわ!」


 『い゛っ』と歯を剥いて反論すると、カッシーは再び不貞腐れるようにして枕に顔を埋める。

 

 どういうことだよ日笠さん。

 あの時、俺のこと信じてくれたんじゃねーのか?

 そりゃまあ、確かに散々迷惑はかけて来たけど、でもそこまで怒ることねえだろ。

 でもあれだよな……やっぱ心配かけたみたいだし、謝った方がいいのだろうか――

 と、絶望的な程に鈍感な少年は、あの時少女から投げ掛けられた問いかけに未だ答えを返していないことを棚に上げ、口をへの字に曲げていた。

 だがしかし。


 バッシーン――と。

 今度はふくらはぎの裏に乱暴に貼られた湿布によって、そんな彼の懸念と憂いはたちまちのうちにどこかへ吹き飛んでいった。


「っ!? いっぎゃあああああああああああああああ!」 

「ドゥフォフォフォー、コレ面白いディスネ」

「グギギギギ……かのー……マジで覚えてやがれ!」


 全身に迸った激痛により、またもや少年は悲鳴をあげた少年は、ケタケタと可笑しそうに笑い声をあげるかのーを、怒りの形相で睨みつけたのであった。

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