その21-2 少女の想い
日笠君、あまり悪い方向に考え過ぎるなよ?――
君の悪い癖だ。最悪の展開を想定して行動することはいい。だがそれに囚われるな――
頭の中をササキの言葉が過ぎる。
わかっている。もう決めたんだ。
大鼠と対峙した時だって、意を決して挑んだ時だって。
私は前に進むって、足を踏み出したじゃないか。
今回だってそうだ。
状況は絶望的なのはわかっている。
エリコ王女達は間に合わない。
なつき達の援護も見込めない。
それでもやるしかないんだ。
やるしかないんだ!――
けれど。
私は思い描いてしまった。
最悪の状況を思い描いてしまった。
理由はわかってるんだ。
ベルリオーズ――そう名乗ったあの仮面の男。
あの男と君が危うく戦う羽目になった時、必死に抑えていた悪い癖が再び顔を覗かせた。
決意を秘めた表情で階段を上ろうとした君を見た瞬間。
闇の中を呻き声をあげながら歩いてくる、ゾンビと化したカデンツァ兵の姿が脳裏を過ぎった。
涙を堪え、拳を振るうヒロシの姿が脳裏を過ぎった。
君の横顔が血に染まって見えた――
後はもう、勝手に口が動いていた。
「待ってください――」
自分の声に驚いた。
でももう止められない。止まらない。
一度頭の中に生まれた最悪の展開を振り払う事ができなかったんだ。
♪♪♪♪
「私は……反対です」
「まゆみ……」
日笠さんはそう言葉を続けて、サイコを見据える。真っ白な顔に憂慮と葛藤を浮かべる彼女に気づき、東山さんは心配そうに顔を顰めた。
サイコは僅かに表情を顰めたが、少女のその訴えるような視線を受け止め、鷹揚に身体の前で手を組む。
「反対とは?」
「これ以上の戦力の分散は危険すぎます」
「では、どうすべきだと貴女様は思いますか?」
逆に問い返してきたサイコに対し、日笠さんは一瞬言葉を詰まらせた。
私はどうしたいのか。
そうだそんなの決まってる。求めるのは一つだけだ――
「全員で上に行くべきです。ヒロシさん達と一緒に
「そのような時間はもうありません」
「……じゃあ、エリコ王女を迎えに……助けに行きましょう」
必死の形相で詰め寄りながらそう提案した日笠さんに向かって、しかしサイコはゆっくり首を振り否定してみせた。
「余計な心配でございます」
「え……」
「王女は自分で自分のことは何とかできます」
何故ここに来た? 私を迎えに来る暇があるならとっと自分の役目を果たせ――
彼女ならそう言ってきっと大激怒するだろう。
だが淡々と、そして表情を変えず断言したサイコを見て、日笠さんは不快の色を瞳に浮かべる。
「それは……エリコ王女を見捨てるということですか?」
「見捨てる?」
「彼女もピンチなんですよね? サイコさん自分で言ってましたよね? でも彼女を置いて先へ進めって、冷たすぎやしませんか?」
違う。こんなことが言いたいわけじゃない。
だがわかっていても、言葉が自然と口を割って飛び出ていく。自分でも嫌悪を抱く程の、何も生み出さない感情論を。
感情を制御できず食って掛かるようにそう言った少女に向けて、サイコは嘆息すると、厚い瞼を僅かに広げる。
「見捨てるのではありません。信じているからでございます」
そこには侮蔑に対する怒りも、感情のままに食って掛かった少女に対する憐みもなく、ただただ信じて疑わぬ『忠』を携え彼女は断言する。
「……信じている?」
「エリコ=ヒラノ=トランペットは英雄でございます。たとえ窮地に陥ろうとも、一度交わした約束を決して破るようなお方ではございません」
なればこそわれら臣下は、
眠そうに下りた半目の奥に見えた、揺るぎない意志が光るその瞳。その意志に貫かれるようにして、日笠さんは口を噤んだ。
「そんなの……詭弁です」
何を言っているんだろう私は――そう思いながらもやっとのことで出てきたのは、陳腐で身のない反論の言葉だった。
だが、己の言葉に対し葛藤を抱き続ける少女に、サイコは諭すようにして言葉を続ける。
「詭弁ではございません。マユミさん、冷静におなりなさい。一時の感情に押し流されてはいけません。今やるべきことは何かを考えるのでございます」
「そんな……私は冷静です」
「ではもう一度問いましょう。貴女様は一体どうしたいのでございますか?」
「私は――」
やはり答えなど最初から一つしかない。けれど、それを口にしたら私は――
日笠さんはちらりとカッシーを見る。彼女が背中を追い続けていた少年は、こちらを見て心配そうに口を真一文字に結び、少女の返答を待っているようだった。
同じく成り行きを見つめる仲間の視線を一身に集める中、やがて少女は口を開く。
「みんな無事でいて欲しい……それだけなんです」
目一杯に涙を溜めた少女は震える声で一言そう答える。
切なる思いが込められたその言葉に、彼女の仲間は思わず息を呑んだ。
「すっごい我儘で意地っ張りで止める間もなく無茶する奴がいて、虎穴に入らずんば虎子を得ずって毎回特攻しかける子もいて、いっつもマイペースでなんとかなんじゃね? って結局行動しちゃう奴もいるし、何も考えてないバカもいて……毎回毎回人の気も知らないで勝手に行動して、結局なんとかなっちゃってるんですけど――」
「……日笠さん」
「でも私達、ただの高校生なんです。意地も張って覚悟も決めて必死に頑張ってるけど、英雄なんかじゃないんです! もしこの上にまだたくさんの化け物がいて……こんな無茶する子達ばっかりで、誰かが命を落としたら、私は……そう考えると足が進まなくなって、最悪の展開ばかり考えてしまって――」
眼が泳いでいるのが自分でもわかる。情けない程動揺している自分に気づく。
私何言ってるんだろう。みんなが唖然としてこちらを見ているのがわかる。
そう思いながらもポロポロと涙を流し、嗚咽を堪えながら日笠さんは話を続ける。
「わかってるんです。それでもなっちゃんを助けるには、もう前に進むしかないことなんて……でも私は誰も失いたくないんです! みんな大事で大好きなんです。エリコ王女もなっちゃんもそしてみんなも……私は……みんなで生きて……帰りたい――」
こんなの理想論だ。酷く矛盾してる事だってもう気づいている。
だとしても、今一度問いたい。
皆を心配するのは、不安になるのはいけない事なのだろうか――
鼻を啜り、乱れた呼吸を整えようと大きく深呼吸をしながら日笠さんは目を閉じる。
と――
「当たり前だ。誰も死なせないっつの」
階上より聞こえてきたその声に日笠さんは慌てて振り返る。
案の定、王の間へ続く両開きの扉を勢いよく開き、中を見据える我儘少年の後ろ姿が見えて、少女は驚きのあまり言葉を失った。
「カッシー……」
「みんなで生きて帰るに決まってんだろ!」
そう言ってカッシーは半身を翻し、階下の少女を見下ろす。
振り返った少年は、不機嫌そうにむすっとした顔つきで口をへの字に曲げていた。
カッシー、どうしてそんな顔をするの?――日笠さんは涙で濡れそぼった目をぱちくりさせる。
「悪い日笠さん。先行くぜ、なっちゃんきっと待ってるから」
「ちょっと待ってカッシー! 危険よ――」
「俺が何とかする、してみせる」
やはりあの時と同じ断言だった。
そしてやはり、決して自信に満ちた声色でも力強い口調でもなかった。
でもいつも通りのにへら笑いをやにわに浮かべた少年のその瞳は、一度決めたら意地でも曲げない決意と共に、こう語っていた。
大丈夫、任せろ――と。
刹那、気焔万丈真剣な顔つきに戻るとカッシーは踵を返す。
既視感あるその光景に一瞬呆然としてしまった日笠さんは、慌てて彼を呼び止めようと口を開いたが、既に少年の姿は扉の向こうへと消えた後だった。
と、そんな彼を追うようにして、さらに両扉の前に立った人物が三人――
「まったくよー? あいつ本当言い出したら聞かねーし、勝手だよなあ?」
「本当よ、あれじゃあまゆみの気苦労が絶えないのもわかるわ」
「ムフン、ひよッチタイヘンダネー」
「みんな……え? あの――」
大きく頷きながらわざとらしくそんな会話を交わした三人を見上げ、日笠さんは目を見開いた。
と、三人はお互いを見合った後、にんまりと、強気に、そしてケタケタと笑うと同時に彼女を見下ろす。
「わりーな、日笠さん。俺等も行くわ。んでもよー? きっとなんとかなんじゃね?」
「こーへい?!」
「ごめんねまゆみ、でも私、こういう性格なの。虎穴に入らずんば虎子を得ず――そうでしょ?」
「恵美まで……」
「ムフン、オレサマバカだからひよッチの言ってるコトわかんなーい!」
「かのー……な、何よ? みんなして! さっき言ったこと根に持ってるの?」
「さーてどうだかなー?」
顔に縦線を描き、思わず身を竦ませた日笠さんを見て、こーへいは揶揄う様にそう答えると、ぷかりと紫煙を燻らせた。
「まゆみ、いつもごめんね。心配かけて……でもこれだけは言わせて」
「恵美?」
「私達を信じて欲しい。大丈夫、みんなで生きて帰りましょう?」
「ジャーネー! サキイクヨー!」
「あ、ちょっと! ねえ、待ってよ!」
言うが早いが踵を返し、扉の向こうへと飛び込んでいった三人に対し、日笠さんは伸ばした手を力なく降ろす。
「まったくもう、みんな本当に勝手なんだから……」
結局こうなるんだ。
あれこれ考えたって、どんなに心配したって、きりがない。
感傷に浸ってる暇もありゃしない! 人の気も知らないで――
すっかり引っ込んだ涙の跡を軽くこすり、彼女は深い溜息と共に肩を落とした。
でも。
心は少し軽くなった。何故だろう。
言いたいことを言ったからだろうか。
それとも――
「マユミさん」
と、胸を押さえ俯いていた少女は、背後から聞こえてきた呼び声に振り返る。
静々とこちらへ歩み寄ってくるサイコの姿が見えて、日笠さんは思わず息を呑んだ。
「良いお仲間をお持ちでございますね」
「サイコさん、あのさっきは――」
「誰も失いたくないのはここにいる皆一緒なのです。誰かを『選ぶ』必要も『見捨てる』必要もございません。ただ一つ、もう少しお仲間を『信じて』おあげなさい。神器の使い手は諦めが悪い――そうでございましょう?」
「信じる……ですか?」
「さようで、それが皆で生きて帰ることに繋がるのでございます。王女も、ナツミさんも、そしてカシワギ殿らも――」
仲間を想い憂うよりも、心配して動けなくなるよりも、彼等を信じて今できることをする。
今自分が何をすべきか、仲間がどう動くか、それを考えて最善の一手に尽くす――それこそが全員が生き残る道なのだ。
サイコは双眸を細め、神器の使い手達が飛び込んでいった扉を見据える。
俺が何とかする、してみせる――
私達を信じて欲しい。大丈夫、みんなで生きて帰りましょう?――
去り際に皆に言われた言葉を思い出し、日笠さんは再び胸元を押さえた。
やはりまだ、なんとなくしかわからない。あんな好き勝手に動く連中を信じるってできるのだろうか。
けれど、彼等の言葉が胸を軽くした――
よし――と気合を入れる様に頷くと、サイコに向かって顔をあげる。
そんな少女に向かってずずいっとピースマークを突き出し、彼女は口の端を歪めてみせた。
「王の間達へお向かい下さい。我らも片付き次第追いかけます故」
「わかりました。サイコさん達もご無事で――」
力強く頷くと、日笠さんは杖を握りしめ階段を上っていく。
「……不思議な力を秘めた方でございますね」
やがて扉の向こうへと姿を消した少女を見送りながらサイコは一人呟いた。
彼女は気づいていた。少女が心の丈を隠すことなく告げた時、周囲の神器の使い手達の雰囲気ががらりと変わったことに。
やってやる――と、迷いを消し、代わりに断固たる決意をその眼に浮かべ、闘志を燃やし始めた。
力と力と繋げて大きな力とする才能。皆の想いを一つにする才能。
その才能にあの少女は気づいていない。少しずつ前へ進みながらも、今も自分に迷っている。
しかし、彼女の想いが神器の使い手達を一つにして、その力を引き出したのは事実だ。
どうか彼等にご武運を――
祈る様に目を閉じ頭の中でそう呟いた後、徐にサイコは踵を返す。
そして
目指すは
さて、戦闘は苦手だが、はたしてどれ程役に立つことができるか――
指の間に複数の火炎瓶を挟み込んで構えると、鷹の王女の教育係は突撃を開始した。
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