その17-2 タイムリミット


 音オケストーカー事件――

 丁度去年の今頃だろうか。部員の間で今もそう呼ばれている、とある部員がストーカー被害に遭う騒ぎがあった。


 もうお分かりであろう。

 その被害にあった部員とは茅原夏実であり、そして彼女をストーカーした少年こそが今回の一件に深く関わってくる伝承の死霊使いネクロマンサー『マダラメ』のモデルとなった、斑目信彦だったのだ。

 

 事の発端は些細な違和感だった。

 何だか見られている気がする。誰かがついてきている気がする――ある時なっちゃんはそんな感覚に囚われた。

 でもきっと想い過ごしだろうと、考え直し最初のうちは普通に過ごしていた。

 だが日に日に『見られている』と感じる時間も長くなり、『誰かがいる』と感じる気配も濃厚になってくると、流石に気のせいでは済まなくなってきたのだ。

 

 誰かが私に付きまとっている。

 これはもしや、ストーカーというものでは?――

 

 そう気づいた彼女が意識して自分の周囲を警戒するようになった頃には、ほぼ毎日の如く下校の際に足音が追って来るといった、明確なストーカー行為を受けるまでに事態は発展していた。

 当初、大胆かつ気の強い彼女は来ていた道を引き返したりするなどして犯人を捕まえようとしたが、しかしその足音の主は決して姿を見せることなく彼女が近づくと逃げてしまい、結局正体はわからずじまいだった。

 

 どうするべきか迷った挙句、彼女は担任にこの件を相談した。

 担任の女教師は親身になって彼女の相談に乗ってくれたし、しばらくの間下校の際は一緒に寮まで付き添ってくれた。

 そのおかげかストーカー行為はそれまでが嘘だったかのようにぱったりと止んだ。

 おかげでなっちゃんは今まで通りの快適な生活を送ることができた。

 

 だがしかし。

 もう大丈夫だろうと、担任が下校の際の付き添いを終えると、まるでそれを待っていたかのように付きまといは再び始まった。

 それも前以上に。今度は下校の時だけでなく、登校の時も、そして休日の外出の際も。

 それだけではない。ストーカーが始まって一月半、手紙がポストに投函されるようになった。

 内容はその日の彼女の行動を事細かに記した観察日記のような悍ましきもの。

 そして最後に必ずこう記されていた。


 君を愛している。君を僕の者にしたい――と。


 日に日にエスカレートするストーカー行為に、不安から眠れぬ日々が続き、豪胆で知られる流石の彼女も焦燥が目立ちはじめる。

 そんな彼女の様子に気づいたのは他でもない、音高無双の風紀委員長とまとめ役の部長であった。

 当初は個人的なトラブルに巻き込みたくないと遠慮したなっちゃんではあったが、心身ともに疲労しきっていた彼女はぽつりぽつりと事情を打ち明けていった。


 どうしてもっと早く話してくれなかったの?――

 親友の深刻な悩みを知った二人は開口一番そう言って、元気なく俯くなっちゃんの顔を覗き込んでいた。


 そしてその日からオケ部員総出によるストーカー捕獲作戦は始まったのである。

 日笠さんと東山さん二人が中心になって有志を募り、なっちゃんが誰かと一緒にいる環境を作る反面、その裏で密かに犯人を捜し続けた。

 その際、つい先月までうちらと揉めていたアメフト部の連中による逆恨み行為ではないか?――とか。

 いや実は部員の中に犯人がいるのではないだろうか? たとえば彼女のその毒舌に恨みを持った男性部員の仕業かも?――とか。

 いやいや、部長と人気を二部するほどの彼女だし、実は他校の熱狂的なファンの仕業かも――

 等々、犯人は誰かで色々揉めたのであるがそれは割愛する。


 そんな日々が一月ほど経過したころだった。

 うちらのチェロトップに何しやがる!――と、話を聞いたカッシー達その他の部員も憤慨し、こぞって協力してくれたおかげもあって、彼等はついにストーカーの正体をつきとめることに成功する。


 二年E組 斑目信彦。

 その名前が挙がったとき、日笠さんは誰だっけこの子?――と首を傾げていた。

 無理もない。件の少年は四月から登校拒否状態となり、ずっと学校に来なくなっていた生徒であったからだ。

 当のなっちゃんに至っては東山さんがササキと協力して用意してくれた顔写真をみつつも、約十分ほど思い出せずに唸っていた程である。

 ようやく思い出した彼女の口から飛び出したのは『一年生の時に告白されたが断った』――という、ストーカーとなるきっかけとしては、なんともお決まりで分かりやすい動機となりえる証言であった。


 とはいえ、目星はついた。

 信賞必罰! ならば今すぐにでもストーカー行為を止めなくては――と、腕を鳴らす東山さんを必死に宥め、日笠さんはなっちゃんと共に職員室へ向かうと、自分達が調べた斑目の行為を彼女の担任へと報告した。

 あれ以来ストーカー行為は収束したと思っていた担任は、何故その後も続いていたことを話してくれなかったのか? もし今後も何かあった場合は必ず報告するように――と、なっちゃんに指導した上で、この案件を職員会議で審議することを約束してくれた。


 それから一週間後。

 斑目はストーカー行為を認め、両親を伴った面談の結果自主退学することとなった。

 担任がしっかりと念押しし、二度となっちゃんには近づかないとの念書に署名をさせたとのこと。

 念のためそれ以降もしばらくの間、部員達が交代でなっちゃんの帰り道に同行し様子を見ていたが、斑目が姿を現すことはなかった。


 こうして、微笑みの少女を悩ませていたストーカー事件は無事解決したかに見えた。

 だがこれで終わりではなかったのだ。

 事件収束から一月後、微笑みの少女は再び斑目と出会うことになる。

 

 そう、それが彼女が今も夢で見る、冷たい雨が降りしきる十一月の出来事――


 部活が遅くなり夜道を一人で帰宅していたなっちゃんを待ち構えていた斑目は、彼女と無理心中を果たそうとしたのだ。

 本当に偶々だった。

 その時同じく部活を終えたカッシーと東山さんが通りがからなければ、彼女は命を落としていたかもしれない。


 おいまてボケッ! 何してんだっつの!――

 そこの男っ! 動くんじゃないっ!――

 

 と、勇敢に飛び込んだ二人に意表を突かれ、斑目が怯んだおかげで、なっちゃんは一命を取り留めたのである。

 

 かくして斑目は緊急逮捕され、音瀬高校初の警察沙汰となったこの傷害未遂事件は、翌日でかでかとメディアにとりあげられることになるかと思われたのだが――

 何故かどのメディア媒体もこの事件を扱うことはなく、ことは秘密裡に収束していったのである。


 日笠さんだけは知っていた。

 事件の後、偶々用事があって生徒会室に赴いた際に留守であったササキの机に広がっていた報告書を見て、かの生徒会長が暗躍し情報の隠ぺいを図っていたことを。

 とはいえおかげで音瀬高校も、交響楽団も騒動の槍玉にあげられることなく、事件は穏便に解決したのだが。



 そんな因縁の少年をモデルとした『伝承の死神』が支配するこの古城で、少女は忽然と姿を消したのだ。

 それは即ち――



♪♪♪♪



 遡ること三十分程前。

 同じくコルネット古城 隠し礼拝堂―


「なっちゃんは、マダラメに拉致されたんだと思う」


 大鼠との激戦を終え、シンドーリと柿原らが待つこの礼拝堂に皆が戻って来てはや十分ほど。

 長椅子に腰かけ手を祈る様に組みながら、カッシーはようやくもって答えた。

 姿が見えないことに違和感は覚えていた。彼女は何処?――そう尋ねた時、目の前の少年が力なく首を振ったのを見て確信していた。

 だとしても、改めて言葉にして聞くとその事実は重く日笠さんの肩に圧し掛かった。


「ごめん日笠さん、姿が見えなくなった時なんとなく嫌な予感はしてたんだ」

「でもさーカッシー、直接なっちゃんが攫われたのを見たわけじゃないんでしょ?」

「それはな」


 まだそうと決めつけるのは早いのでは?――

 まるで一縷の望みに賭けるように、話を聞いていた柿原が尋ねると、カッシーはその通りと頷いてみせる。

 確かに彼の言う通り、直接彼女が攫われた所を見たわけではない。


「ならさ、例えば何かその場を離れざるを得ない理由があって、姿を消したとか……」

「どんなだよ? セキネとの戦闘中だったんだぞ?」

「……それは――」

「ムフ、トイレ行きたくなったとかジャナイノー?」


 と、頭の後ろで手を組んでケタケタと笑い声をあげたかのーを、カッシーだけでなく皆冷ややかな目で睨みつける。

 まったくこいつはデリカシーもないわ、場の空気は読まないわ最悪だな――頭が痛くなってきて、カッシーは小さな溜息を吐いた。

 ともあれ、戦闘の真っ最中にその場を離れる程の理由など考えづらいのだ。

 加えてあの少女が仲間の窮地を放って姿を消すなどまずありえない。


「それに楽器もボウガンもあの場にほったらかしだった。チェロなんかケースから出しっぱなしだったの」


 楽器をとても大切にしていた子だった。とても丁寧に自分の楽器を扱う彼女が、急な用事だとしてもチェロをあんな風に投げ出してその場を離れるなんて信じがたい。

 東山さんは傍らに置かれたなっちゃんの白いチェロケースを見つめながら懸念の色を顔に浮かべる。


「で、ここに戻って来る途中で日笠さんの話を聞いてピンときた」


 伝承の死霊使いネクロマンサーの名はマダラメ。

 もしその名前通り、一年前に元の世界で彼女をつけ狙ったあの『斑目』がモデルだとしたら?

 しかも死霊使いネクロマンサーは僧侶の器となり得る人物を探しているという。

 村で見かけた僧侶の絵なら少年も覚えていた。そして日笠さんの言う通り、僧侶がなっちゃんと似ているという意見にも同感だった。


 ならばなっちゃんはマダラメに拉致された――

 そう考えた方が辻褄も合うし、合点がいくのだ。むしろ別の理由を無理矢理考える方が難しい。

 

 頭の中でそう結論づけながらも、しかしカッシーは悔しそうに口をへの字に曲げる。

 してやられた。

 セキネとの戦闘に手一杯でまったく気づかなった。

 敵は一体いつの間に彼女を連れ去ったのだろうか――と。


「チョク、アンタ気づかなかったの?」

「……申し訳ありません姫。俺が付いていながら――」


 彼等を絶対守るのよ、そっちは任せたから――

 閉まるゆく城門の向こう側にいた自らの主であるお騒がせ王女と、このメガネの青年はそう約束を交わしていた。

 その約束を守ることができなかった。

 無念そうに拳を握りしめ、チョクは床へと視線を落とす。

 だが意外にもエリコはその事について彼を責めようとせず、首を振りながらその先へと話を進めたのだ。


「過ぎたことはもういいわ、今回の件、私だってアンタ達が来てくれなければ約束を果たせなかったかもしれないし」

「ひ、姫……」

「いちいち目を潤ませない! それより質問に答えて。アンタでもナツミちゃんを拉致した人物の気配に気づかなかったの?」

 

 どうなのよ? 答えなさい――そう質問を投げかけて、エリコはチョクを覗き込むようにして顔を近づけた。

 はたして、その問いかけに対してチョクは眼鏡を指で押し上げて直すと、力なく頷いて肯定してみせる。


 こう見えても目の前の青年は、英雄と呼ばれている五人の中で一番慎重で用心深い。

 たとえセキネとの戦闘に必死だったとしても、そんな彼に気づかれず少女を連れ去るなど、余程の手練れでも難しいはずだが。

 一体何者だろう――エリコは椅子に腰かけ、不可解そうに目を細めながら頬杖をついた。


「そういやナマクラ、お前はあの時何か感じなかったか?」

―あ?―

「ほら、妖気とか、誰かの気配とか」

―いいや、何も感じなかった―


 もしかしたらこの妖刀なら何か感じ取っていたかもしれない。

 そう思いカッシーは尋ねていたが、残念ながら時任から返って来た答えは彼が期待していたものではなかった。


―気配も消せるなら妖気も悟られるぬように消すことだってできるしな―

「マジか……」

―ケケケ、実際そこにいるだろ? 死神に気取られぬよう妖気を消してるうさん臭い夜叉がよ―

「……フフフ」


 事実、この礼拝堂に初めて足を踏み入れるに至るまで、目の前の面倒臭い夜叉がこの城にいることに気づくことができなかった。

 口惜しそうにそう言った時任に反応して、シンドーリは黒い外套をはためかせ、不敵に笑う。

 そういや昨日伯爵と対峙した時、一瞬だけ背筋が凍るような威圧を感じたっけか。

 けれど今は毛ほどもそうした威圧を感じない。なるほど、これが『妖気を抑える』ということなのだろうか――

 二人のやり取りを見てカッシーは内心納得したように唸り声をあげていた。

 

 と――


「王女、あいつなら可能かもしれません」


 丸太のような腕を組み、一人思案していたヒロシが思いついたように顔をあげエリコを見る。

 あいつって?――エリコはその言葉を受け、先を促すように首を傾げた。


「あの風使いです」

「風使い……オオウチのこと?」

「そっか、確かにあいつならできっかもしれねえな!」


 話を聞いていたヨシタケもポンと手を打ち、合点がいったように頻りに何度も頷いてみせる。


「どういうこと?」

「あの風使いはその二つ名通り、風を自在に操ることができます。故に足音を消すことも、その姿を消すことも自在なのです」


 風を操れるという事は言い換えれば空気を操れるということだ。

 自分の周囲を真空で囲めば音は伝わらない。

 自分の周囲の屈折率を変えれば相手からその姿を隠すこともできる。

 実際にオオウチはそうして神出鬼没に現れては奇襲をかけ、ヒロシ達を苦しめたのだ。

 なるほど、とエリコは納得したように頷きながらも悔しそうに歯噛みしていた。

 また三羽の黒鴉トリニティ・レイヴンズか。やってくれるわね――と。

 

「じゃあやっぱり、なっちゃんは風使いのオオウチに連れ去られてマダラメに?」

「そう考えた方が良さそうね」

「どうしよう……このままじゃ彼女は――」


 と、残念そうにコクンと頷いたエリコに対して、益々もって日笠さんが顔色を悪くしながら落ち込んだ時であった。 


「ククク、半転生の法ハーフリンカーネーションとはリッチの若造め。中々に研究熱心だな」


 興味深げに話を聞いていたシンドーリが徐にぼそりと呟くと、薄い笑みを浮かべて顔を押さえる。

 

「ねえシンちゃん、あんたなんか知ってるわけ?」

「私に知らぬものなどないのだナツキ君」

「ああ、そう。で、何よそのハーフリンカーなんたらってやつ?」


 相変わらずオーバーリアクションで中二病全開ねこのオッサン――と、鬱陶しそうに彼を見ながらなつきは双眸を細めていた。

 シンドーリは顔を覆った手の隙間から金色に光る瞳を少女へと向け、口元から犬歯を覗かせてほくそ笑む。


「君達の知っている言葉で言えば『意思を持った死者を生成する方法』のことだ」

「んー、それがハーフリンカーネーションっていうのか?」

「その通り、元々はト・オン文明が生み出した禁呪の一つだ。本来はもうこの世に在ってはならない滅びた魔法であるのだが……しかしどこで知ったか、はたまた自力で辿り着いたのか、やるではないかあの若造め」


 その執念と情熱は称賛に値するが、だが美学がない。美しくない。

 禁呪に手を出すとはやはり奴とは相容れることはできないようだ――シンドーリは内心そう思いながら天を仰いだ。

 無駄に大袈裟なポーズをとる吸血鬼を呆気に取られてみていたエリコら合流組は、しかしややもって気を取り直すと剣呑な表情を顔に浮かべる。

 

「とにかく、何とかしなきゃ。このままじゃナツミちゃんが器にされるのは時間の問題だわ」

「法の成功には月の満ち欠けが重要となります。手記から考えるに、マダラメが半転生の法ハーフリンカーネーションを行うとすればそれは満月の夜――」

「つまり、次の満月までが彼女を助けるタイムリミットってこと?」

「さようでございます」


 エリコの問いにコクンと頷き、サイコは彼女に向かってピースマークを突き出した。

 次の満月、はたして残された時間はいか程か。

 いずれにせよ、それまでになんとしてでもなっちゃんを助けなばならない。

 音高交響楽団の部員達はお互いを見合い、頷きあった。


 

 だがしかし――



「次の満月だ!? やべえじゃねえか!」


 途端ヨシタケが裏返った声で叫ぶと、目を白黒させながら思わず長椅子から立ち上がる。

 何事か?――と向き直った一同を見渡して、青年は焦りを隠さず顔に浮かべながら、やがてその理由を話始めた。

 

「俺は漁師だからよ、天気と潮の様子を予測するために月はよく見るんだよ。だから次の満月がいつなのかなんて、空を見なくてもわかってる」

「え……」


 ち ょ っ と 待 て。

 じゃあなんだその焦った顔は――と、カッシー達は一斉に青ざめながら思わず身を乗り出していた。


「なら……次の満月はいつなのよ?」

「……」

「なによ!? ちょっとアンタさぁ、何似合わない顔してんの?! いいから黙ってないで早く答えなさいよ!」


 と、彼のその表情から直感的に答えを予想しながらも、エリコはツカツカとヨシタケに歩み寄り、その胸倉を乱暴に掴みながら先を促す。

 はたして――


「……今夜だ」

「…………嘘でしょ? ねえ?」

「嘘じゃねえ、大マジだ。次の満月は今夜だって言ってんだ!」


 確認するように揺さぶったエリコの手を払いのけ、ヨシタケは悔しそうに舌打ちしながら再度答えていた。

 刹那。

 

「カカカカカカカカカカッシー! ねえどうしよう!? 今夜って今夜よね!? 今夜なっちゃんが満月でっ!――」

「ちょ、くるしっ! 落ち着けって日笠さん?!」


 途端に凍ったように静まり冷え切った場の空気を壊すようにして、クルリと振り返り、日笠さんは涙になりながら我儘少年に詰め寄る。

 胸倉を掴んで揺さぶられながらも、カッシーは慌てる少女のその肩を掴んで必死に宥めた。

 その傍らで苦々しい表情を顔に浮かべつつ、チョクは懐中時計を取り出して現在時刻を確認する。


「チョクっ! 今何時?」

「十五時五十五分、ほぼ十六時ッス」

「今は乾期ですので日の入りまではまだ時間がございます」

「どれくらい?」

「およそ三時間と半分――」


 努めて動揺を表に出さずいつも通りの口調でサイコは淡々と答えた。

 しかし流石の彼女もその表情は、焦りから幾分強張っている。

 

「案ずるな諸君、日没直後では月の力はまだ弱い。満ちた月が天高く昇る刻こそ、禁呪に相応しきフィールドが築かれるのだ」

「シンちゃん相変わらずあんた回りくどいわね! それはつまりどういうことよ? 具体的にいつのこと?」

「午前零時――土より蘇りし死者達の踊る刻」


 再び外套を靡かせてシンドーリはなつきの問いに答えた。

 つまり残り八時間――それまでになんとかしてなっちゃんを助けなければ、彼女は器として僧侶に身体を乗っ取られてしまう。

 もはやあれこれ思案している余裕はなくなった。

 先刻までの決意は鳴りを潜め、神器の使い手――そう呼ばれる少年少女達は不安と焦りをその表情に浮かべてお互いを見合う。


 と――

 

「冗談じゃないっつの――」


 そんな中、静かだが怒りを含んだ声が聞こえてきて、一同はその声の主であった我儘少年を向き直った。

 徐に席を立ったカッシーは、皆の視線を一身に受けながらゆっくりと歩きだし、やがてパイプオルガンの前に五芒星を描いて突き立てられていた、五つの細剣の前で立ち止まる。


「なつき、今朝言ってた死の舞踏さ、あれすぐ準備できるか?」

「……もちろん。でも、あんた何する気なの?」

「決まってんだろ」


 最凶のコンミスの返答を聞いて、よし――と頷くと、彼は皆を振り返った。


「カッシー?」

「日笠さん、あの時と一緒だ。うちのチェロトップをあんなストーカーの好きにさせてたまるか」


 そうだ。あの時と変わらない。

 茅原夏実はうちの部員だ。うちらの仲間だ。

 あんな変態の好き勝手にさせるもんかよ――


「みんな協力してくれ、なっちゃんを奪い返す」


 にへら――と、いつも通りの強気ながらも軽い笑みをその口の端に浮かべながら。

 カッシーはそう言って今しがた思いついたばかりの作戦を話し始めた。

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