その14-3 夢中の真実
これは夢なのだろうか。
何も見えない。色どころかもはや映像すら失った。
けれど声が聞こえる。
どこか聞き覚えのある声だった。
誰だろう……思い出せない。
―ねえ、ちょっとちょっと! これ一体どうなってるの?―
―……さあ?―
―さあ? って、十年後を書いたのは『εЯκ』ちゃんでしょ? この後どうなるの?―
―いやあ、それが私が書いた話とは既に大分違っちゃってるからさあ―
―は、はあ?!―
闇の中に裏返った可愛い女の子の声が響く。
もう一人の女の子のバツが悪そうな唸り声が返事代わりに聞こえてきた。
どうしてだろう。名前とおぼしき部分だけ、まるでノイズが入ったように乱れ、耳障りな雑音が混じってはっきりと聞き取れない。
しかし、やっぱり一人は聞いたことのある声だ。
もう片方はわからない。どうも知り合い同士のようだが。
―ど、どういうこと?―
―私が書いたシナリオでは、エリコ王女とチョクがカデンツァと共に古城の
―全然めでたしになってないじゃん! お兄ちゃん達大ピンチじゃない!―
―いやだから私もさっぱりなんよー、そもそもチェロ村の段階からして私のシナリオと微妙に違うし―
―ど、どういうこと?―
―私の書いた話じゃ、コル・レーニョに襲われてもうダメだ!――ってヨーヘイがなった時、騎士団が間に合って助かることになってるし―
―えええ!? 騎士団間に合ってなかったよ?―
―だから言ってるじゃん。微妙にずれてるっていうか……ヴァイオリンでの騒動もサクライ王が華麗に事件を解決してマーヤ女王を助けて終わりだったし、パーカスに至っては、そもそもあんな出来事自体、私は書いた覚えすらないんだけど……―
―ど、ど、どうなってるの?!―
―私のほうが聞きたいってのそんなこと! てか言いたかないけどさー『Ш∀Ⅰ』。アンタのお兄さん達が話を余計にややこしくしてる気がするんですけどー?―
―うっ……そ、そんなこと私に言われても―
嘆息交じりにそう答えた女の子の声に続き、もう一人の女の子が言葉を詰まらせる。
お兄ちゃん――それは私も知っている少年のことを指しているようだが。
ひょっとしてこの声の女の子は――
でも、不思議だ。どうして彼女が突然夢に?
―ということは、もしかして……今回もそうなの? さっきあんな死神出てこないって言ってたよね?―
―うん、私は知らない―
―じゃ、じゃあマダラメは……―
―あんな人物私書いてないし、私が設定したキャラじゃない―
―……一体誰が?―
―あ、それ私が書き加えた―
と、そこで新たな声の主が会話に加わる。
刹那、息を呑むような可愛い悲鳴と、吃驚の声が同時に聞こえてきた。
―アンタのしわざか! 『Ш→Υ』!―
―ちょ、ちょっと『Ш→Υ』ちゃん、どういうこと?―
―いやあ……なんとなく?―
あっけらかんと答えた新たな女の子の声に、たちまちのうちに溜息が二つ後を追って放たれる。
やはり名前はわからない。不思議だ。名前の部分だけまるで不快な音で上書きされているようにわからない。新たなこの声は一体誰なのだろう。
―なんとなくであんなサイコパス登場させんじゃないわよ!―
―『Ш→Υ』ちゃんの担当は過去だったじゃない! なんでこんなこと!?―
―だって『εЯκ』のシナリオだと刺激が足りないんだもん。冒険物語はもっとこう、息をつく間もないピンチの連続がないと―
―ほほう、アンタ私のシナリオにケチをつける気?―
―でも『Ш→Υ』ちゃん、どこで斑目って人のこと知ったの? 私こんな怖い人がお兄ちゃん達の学校にいたの知らなかったよ?―
―それはそのー……お父さんの部屋にあった事務日誌に書いてあったのをこっそり読んで……―
―……はあああ!?―
―アンタ何してくれちゃってんのよ!? リアルで夏実お姉さん襲った危険な奴なんでしょ? どうしてこんなの登場させたのよ!―
―うーん、まさかこんなことなるなんて思ってなかったし、話にメリハリつくかなーって思ったからさ……だって物語に強敵はつきものでしょ?―
―まあ、それはそうだけど……ん、ちょっと待て―
と、何かに気づいたように納得しかけていた女の子の声がはたと止まり、怪訝そうに鼻を鳴らす。
―もしかしてさ、私が書いた話が微妙に変わってたのも……―
―あー、それも私ー―
―……パーカスの話も? オーボエドラゴンに襲わせたのも?―
―うん♪ やっぱ冒険ならさあ、鼻血出るくらいドキドキワクワクするものがないとねえ……―
―ふーんそうですかー―
―あはははは―
―うふふふふ―
―まあ、そういう訳で。許してもらえると―― ―
―ふ ざ け ん な !―
―ひい!?―
―アンタの担当の部分で書きなさいよ! 人の書いた話勝手に変えないで!―
―ぶー。いいじゃんこれくらいさぁ……―
―もう『εЯκ』ちゃんも『Ш→Υ』ちゃんも喧嘩しないでよ。てかどうしよう……このままじゃお兄ちゃん達も、夏実お姉ちゃんも……―
責任を感じて泣きそうな声でそう呟いた女の子の声に、残る二人の少女達も困ったように唸り声をあげたのが聞こえた。
けれど、ここまでのようだ。
その後も喧喧囂囂その三人の少女達は話をしていたが、私の意識はそこで遠ざかっていった。
やがてその声も聞こえなくなり、完全なる闇と無音の世界が私を包む。
どういうことだろう?
というか今の一体なんだったのだろう?
やはり今の声の主は――彼女もこの世界に?
ありえない。彼女はあの時、あの場にいなかった。いやいるはずがないのだ。
なのに……どうして?
けれど。
嗚呼、もうそれも考えるだけ無駄だろう。
どんなに叫んでも。
どんなに足掻いても
どうせ私の運命は変えられない。
このまま私は『器』となるのだ。
そう。
もう、どうでもいい。
今はこの闇の中、膝を抱えて眠りたい。
私は……いつまで『私』で居られるのだろうか――
♪♪♪♪
コルネット古城。
王の間―
分厚い雲の隙間から差し込んだ僅かな陽の光が、ステンドグラスを通して柔らかに部屋を照らす。
玉座の腰掛部分に縋りつくように身を持たれかけ、なっちゃんは静かな寝息を立てていた。
その少女の涙の跡が残る白い頬に、枯れ木のようにやせ細った指が伸びる。
いつの間にか姿を現した闇だった。
陽光と相反する禍々しいその闇は、畏れるように、崇めるように、そして躊躇うようにゆっくりと彼女へ歩み寄っていた。
だがしかし――
「つい先程、ようやく眠った所です――」
背後から聞こえてきた風使いの声に、闇は伸ばした指をピタリと止める。
金色の獣の瞳で、崇拝するようになっちゃんを見下ろしながら、闇――マダラメは小さな溜息を漏らした。
少女へ伸ばしていた手をゆっくりと降ろし、彼は下僕である風使いを振り返る。
「失礼、邪魔を致しましたか?」
「……いや」
跪いていたオオウチが顔を上げてそう窺うとマダラメはしばし間の後、首を振ってみせた。
「祭壇の準備はできたか?」
「滞りなく。しかし――」
「なんだ?」
「侵入者がしぶとく抵抗を続けています」
「器の仲間か?」
「はい。それと三日前にやってきた管国軍の残党です。セキネがやられ、使い魔へと戻りました」
「……なに?」
「いかがいたしますか?」
淡々と抑揚のない声で事実のみを報告し終え、オオウチは主の裁可を待つ。
マダラメは鬱陶しそうに舌打ちをすると、オオウチの下へと歩み寄り彼の端正な顔を見据えた。
「夜までに始末しろ。全ての
「仰せの通りに」
オオウチは一礼すると、立ち上がり風と共に姿を消した。
風使いがその場を去るのを見届けると、マダラメは玉座に伏した少女を振り返り、頬まで避けた口の端を歪ませる。
「今夜だ……レナ、やっと君に逢える。再びこの手で君を抱ける。誰にも……誰にも邪魔はさせない」
狂気の笑いを一頻り王の間に響かせ、やがて死神もその身を影と化すと王の間から姿を消した。
再び一人となった王の間で、眠りにつく少女の頬に新たな涙の跡が作られた。
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