その14-2 小英雄と救世主

「――以上の場所に剣を留め結界を張ることによって、この城を舞台とした甘美なる異世界の演奏会コンサートが始まることになる。おお素晴らしい! 想像しただけで震えが止まらない! エクセレントだナツキ君!」


 諸手をあげて謡うようにそう言い放ち、うっとりと恍惚の表情で佇むシンドーリを、カッシーと東山さんは死んだ魚のような目で生暖かくしばらくの間眺めていた。

 だがしばらくして我に返ると、二人はなつきを向き直る。

 

「つまり剣で結界を作れば同士討ちは可能なのね、なつき?」

「そういう事よ」

「あー、それは分かった。けどさ、一ついいか?」

「何よ?」

「誰がそこの剣を刺して来るんだ? この不死者アンデッドだらけの城の中を回ってさ――」


 そう尋ねつつもカッシーの口元は既にへの字に曲がっていた。

 なんとなく嫌な予感はしていたのだ。そう、丁度シンドーリが剣の説明をし始めたあたりから。

 昨日なつきはこう言っていた。

 

 あんた達も手伝ってよね――と。

 楽器を持っていない自分達が今聞いた作戦の中で手伝えることなんて、一つしかないだろう。

 はたして少年の予想通り、音オケ最凶のコンミスは、鈍いわねこいつ――と言いたげに露骨に表情を曇らせながら答えを口にする。

 

「決まってるじゃん、あんた達よ」


 やっぱりね。がっくりと肩を落としたカッシーの隣で、東山さんも眉間にシワを寄せつつ溜息を吐いていた。

 こっちの話も聞かずに勝手に決めやがって――と。


「何よその態度は? 何? まさか嫌なの? 首席奏者コンミスの命令聞けないの?」

「……わかったよ。やるだけやってみる」


 と、念押しするように顔を覗き込んできたなつきに対し、カッシーはガシガシと頭の後ろを乱暴に掻きながらやむなしと承諾する。

 まあこいつの傍若無人ぶりは今に始まったことじゃない。それに嫌だと言っても無駄なのは三年の付き合いでわかっている。


「『やるだけ』じゃなくて絶対成功させてよ。失敗したらどうなるかわかってるよね? しっかりやってよ?」

「へいへい」


 簡単に言ってくれるぜ――途端コロッと態度を変えて、満面の笑みを顔に浮かべたなつきに対して、カッシーは諦観の表情を顔に浮かべる。

 

「さっすがカッシー♪ 期待してるからね~♪」

「あのすいません、柏木先輩に恵美先輩。どうかよろしくお願いします」

「ごめんカッシー、本当は僕も手伝いたいんだけど身体が……」

「亜衣ちゃんはいい。阿部っちも仕方ない。けど柿原、おまえはだめだ」

「ええーっ!? なんで!?」

「なんかお前に言われると凄いイラっと来るんだっつの」

「ちょっ、ひどくない!? なんだよそれ差別じゃないかー!」


 理不尽すぎる、と口を尖らせた柿原を余所にカッシーは東山さんを振り返る。

 こちらを見たカッシーに対し、彼女は強気な笑みと共に頷いてみせた。


「という訳だけど、いいか?」

「わかった。頑張りましょ」


 なつきの勝手な提案、もとい理不尽な命令とはいえ、可愛い後輩である亜衣に無茶はさせられない。

 音高最強の風紀委員長は既に決めていたようだ。


「ありがとう、期待してるぜ委員長」


 こういう時彼女は頼りになる。女の子にお願いするのは気が引ける内容だが、正直言ってうちらの中では彼女が一番の戦力だ。

 カッシーは嬉しそうににへらと笑った。

 

「カッシー、俺も手伝わせてほしいッス」

「チョクさん、いいのか?」

「もちろん、よろしく頼むッス」


 これは管国にとっても弔いの戦なのだ――少年に向かって神妙な顔つきで頷くと、チョクは眼鏡を押し上げる。

 よし、と気合いを入れてカッシーは再びなつきを向き直った。

 

「んで、作戦決行はいつの予定なんだよなつき?」

「今夜のつもり――けど、それより先にそっちの問題を片付けないとね」


 『そっちの問題』とはもちろん、逸れた日笠さん達との合流、それと依然として行方の知れないなっちゃんの捜索だ。

 まったく世話の焼ける――そう言いたげに肩を竦め、しかしその瞳の奥に仲間を憂う輝きを秘めてなつきは嘆息する。

 

「悪いな。助かる」

「まったくよ、後でなんか奢りなさいよ。あー、久々にケーキセット食べたいな」

「この世界にあったらな」


 冗談めかして笑った少女に対し、カッシーは苦笑しながらそう答えた。

 

 と――


 俄かに礼拝堂……いや、城全体が低い轟きと共に揺れた気がして二人は天窓を見上げる。

 間違いない。天井から吊り下げられた燭台が揺らいでいる。パラパラと埃も降り注いできた。

 なんだろう――と、カッシーは喉奥で唸り声をあげる。

 

「地震……?」


 同じく様子を窺っていた眉間にシワを寄せながら呟いた。

 振動はその一瞬だけで収まる。元の静けさを取り戻した礼拝堂を一望して、チョクも首を傾げた。


「な、なんだろね今の――」

「フッ、深遠の淵より出でし紅蓮の炎が暴れているようだ」

「は?」


 なんのこっちゃ――と、額を押さえつつ含み笑いを浮かべたシンドーリを向き直り、カッシーは顔に縦線を描く。

 だが腰に差していた妖刀が軽い笑い声をあげながら、やにわにその中二病全開な発言に食って掛かった。


―まったく言う事がいちいち回りくどい野郎だなあこいつは。普通にあの大鼠が暴れてるっていえばいいだろうが―

「喋る刀よ、君には芸術的感性が足りないようだ」

―大きなお世話だこの自惚れ夜叉め―

「ちょっと待てナマクラ、大鼠ってセキネのことか?」


 途端罵り合いを始めようとした時任を制し、カッシーは慌てて尋ねた。

 妖刀はその問いに肯定するように、またもや軽い笑い声をあげる。


―間違いねえな、この妖気はあの野人のモンだ。大暴れしてるぜ―

「……うむ、地獄の業火の如く噴き出しているこの感情は怒りだ……どうやら何者かと戦っているようだが――」

「戦ってる?」


 あのネズミが? 戦ってるだ?

 ふ ざ け ん な ボ ケ っ !

 この城であいつが牙を剥く相手なんて決まってるだろ!――

 妖刀と吸血鬼が交互に放ったその言葉を聞き、カッシーは慌てて礼拝堂の入口を振り返る。

 

「ナマクラ! 場所分かるか?」

―ケケケ、まあ大体はな。やる気かよ小僧?―

「当たり前だっ!」


 まったくあれだけ追い回されて死にかけたのに懲りねえ小僧だ――

 即答したカッシーに対し、だが喜々とした笑い声を返しながら時任はその身を光らせた。

 

「委員長、聞いてただろ? きっと日笠さん達だ。助けに行こう」

「わかったわ」


 反論一つせず躊躇なく頷くと、東山さんは長椅子の上に置いていたヌンチャクを手に取って腰の後ろにしまう。

 準備OK、さあ行きましょう――目でそう返事した東山さんを見て、カッシーは祭壇を降りて中央の紅い絨毯に足を踏み入れた。


 だがしかし――

 入口に向かって駆けだそうとした二人の前に、音オケの最凶コンミスが遮るように立ちはだかる。


「なつき?」

「カッシー、あんたが今言ってるネズミってさあ、あの炎使いのことでしょ?」

「ああそうだっつの、オイオイ叫ぶ喧しい野人を倒したら鼠になった」

「ふーん、なら私も行く」

「おまえも?」


 意外そうに目を見開いたカッシーに対し、少女はいつも通りの強気な笑みをクスリと口の端に浮かべ、逆に彼を覗き込んだ。

 

「何よその顔は? ひょっとして心配してくれてるの?」

「いや……大丈夫か? 丸腰じゃ危険だぜ?」

「うちらの武器が何なのかもう忘れた?」


 と、肩に担いでいたヴァイオリンケースを見せつけるように背負い直し、なつきは即答する。

 ぽかんとしながらそんな少女を見下ろしていたカッシーは、やがてにへらと笑うと小さく頷いてみせた。


「わかった。よろしく頼むぜなつき」

「な、なつき~本当に大丈夫?」

「私を誰だと思ってんのよ柿原ぁ! 大ネズミだか何だか知らないけどきっちり借り返してやるわ! それよりあんた達は留守番、夜に向けて体力温存しといてよ。わかった?」

「わかりました。悠木先輩……気を付けてくださいね」

「はいはい」


 心配そうに投げかけられた亜衣の懸念声に、なつきはパチリとウインクを返す。

 

「おーいカッシィィー! ちょっと待ってください! 俺も行くッス!」

「ちょ、チョクさん何そのロープ?」


 姿が見えないと思ったら一体何をしていたのだろうか。礼拝堂脇の小部屋から飛び出すようにしてロープを両脇に抱えたチョクが姿を現したのに気づき、カッシーは目を白黒させた。

 

「あの鼠と聞いて試してみたい作戦があって……伯爵、小部屋にあったこの縄、少しの間お借りしてもいいッスか?」

「構わんよ。それでナツキ君、私の助けは要るかね?」

「パース、これ以上シンちゃんに借りは作りたくないのよねー。だってあんた怪しいしさ?」


 あんたとの協力関係は曲を教えた一回分、それこっきりでいいわ。

 それにネズミ如き私の手にかかればちょちょいのちょいよ♪

 ピンと立てた人差し指を左右に振って、なつきは不敵に笑う。


 ほう、ただのじゃじゃ馬かと思っていたらなかなかどうして、食えない娘のようだ――感心と敬意を含んだ笑みを浮かべ、シンドーリは少女を一瞥すると黒い外套マントを翻した。


「……フフフ、わかった。ではここで君達の武運を祈るとしよう」

「柏木君! なつき! 早く!」

「いきましょう! 姫を助けねば!」


 入口まで先に到着した東山さんとチョクが呼ぶ声が聞こえてきて、カッシーとなつきは入口を向き直る。

 


「足引っ張んないでよ『小英雄』さん?」

「そりゃこっちの台詞だっつの『救世主』!」


 待ってろよネズ公!――

 お互いふんと鼻息を一つ吐くと、二人は気合も新たに紅い絨毯の上を駆けだした。

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