その14-1 作戦会議
同時刻。
コルネット古城 隠し礼拝堂―
パイプオルガンの前に広がる祭壇に円を描くように立ち、カッシー達は床に目を落とす。
彼等の見下ろす床板に淡い光と共に浮かび上がっているのは、つい先ほど全員が集合したのを見届けた後、霧のように姿を現したシンドーリによって生み出された光の地図である。
「これがこの城の地図ッスか?」
眼鏡を押し上げ、床に浮かぶ地図をまじまじと見つめながらチョクが尋ねる。
光の筆によって描かれたそれはまさしく見取り図。真四角の外壁を挟むようにして内と外に流れる堀、そしてその堀の中には各部屋が詳細に描かれているのが見て取れる。はたして、それは今まさに彼等の死地となろうとしているこの古城の全貌であった。
「そうだ、今私達がいるのは城の中央よりやや東側に位置する礼拝堂――階にすると四階にあたる」
その通り――と頷いてシンドーリは大きな光の地図のやや中央より東よりの小さな部屋を示しながら答えた。
「
「王の間だ。五階にある」
「そこに行くにはどうすれば?」
「一階中央にある螺旋階段を上って行くしかない」
腕を組んでじっと地図を眺めていたなつきが尋ねると、シンドーリは示していた手を礼拝堂より動かし地図の中央で留める。有事の際守りやすいようにこの城は上下の階を分断して複雑に作ってあるのだ。特に最上階の王の間へ通じるのは一階中央のみである。
なるほど――と頷き、最凶のコンミスは彼の示した地図中央をじっと見据えると、復讐の闘志をその瞳の奥に暗く灯していた。
「んでなつき、そろそろ教えてくれないか? 『同士討ち』ってやつをさ――」
彼女曰く、うちらは
そしてその同士討ちを利用して死んでいった皆の仇を討とうとしている。
なつきだけでなく、柿原兄妹と阿部も同じ想いだと言っていた。
昨日はその話の途中でなし崩し的に中断していたが、一体何をするつもりなのか?
同じく地図を見下ろし、憮然とした表情を顔に浮かべていたカッシーは続きを促す。
「死の舞踏よ」
と、たった一言そう答え、なつきはふふん、と得意満面の笑みを口の端に浮かべて我儘少年の顔を覗き込んでいた。
死の舞踏――なんだっけかその曲? どっかで聞いたことがある――名前からしてこの不死者の古城にしっくりくるその曲の詳細を思い出そうと、カッシーは記憶の糸を手繰り寄せる。
「交響詩の方? それともリスト?」
と、話を聞いていた東山さんが徐になつきを見て口を開いた。
「交響詩のほう。
「なるほどね、それで同士討ち?」
「そういうこと」
なつきはパチリとウインクしてみせた。
カミーユ=サン=サーンス作曲 交響詩『死の舞踏』――なるほど、そういう効果がある曲なのか。同名の曲が二つあったはずだ、と首を傾げながら尋ねた東山さんは感心したように頷く。
遡ることおよそ一月前、カッシー達がそうだったように、なつき達も自分達の楽器が持つ不思議な力に途中で気づいたのだ。
きっかけは
その時彼等が弾いたのはヨハン=パッヘルベルの『カノン』。淡い光と共に楽器から生まれたその曲の効果は、美しい旋律に聴き入る聴衆の身体を優しく包み込み、襲撃で負傷した彼等の傷を癒したのである。そう、奇しくもチェロ村でなっちゃんが奏でた『無伴奏チェロ組曲第1番』と同様に。
それからなつき達は試行錯誤を繰り返し、自力で楽器の秘密に辿りついた。
もしかして曲の効果を具現化しているのではないか?――そう推論した阿部の発言を頼りに、彼等はとある闇夜の晩、村を襲った
その時の曲こそが『死の舞踏』だったのだ。
賭けという他なかった。しかしその賭けは見事的中し、彼等の放った死人の宴を彩る交響詩は、村を襲った
こうして『ホルン村の救世主』は誕生したのであった。
「この城の
「なるほど……これなら四人でもなんとかなりそうッスね」
それにしても彼等の持つ楽器の力にはつくづく驚かされる。
奏でる曲によって攻撃から防御、果ては治癒までオールマイティに魔法に似た効果を使役できるのだ。まったくもって不思議な道具である――感心しながらチョクはしみじみと頷いていた。
「――ただね~、この作戦まだクリアしなきゃいけない問題が一つあってさ~」
と、ちらりとなつきを見た後、柿原が頭の後ろで手を組みながら渋い表情を顔を浮かべる。
問題?――と、カッシーは柿原を向き直り眉を顰めた。
「なんだよ、おまえが曲の途中で落ちるとか?」
「昨日からカッシーちょっと酷くない~? 一応僕チェロパートのセカンドだよ? それに僕達この一月死ぬ気で演奏してきたんだからさあ、もう暗譜しちゃってるよ
『落ちる』とは、練習不足や譜面を見落としてどこを弾いているか途中でわからなくなってしまい、演奏が止まってしまうことを指す用語だ。
だが毎晩毎晩、死の舞踏のリサイタル状態だったのだ。それこそ『落ちた』らそこで命を落としかねない状況で演奏し続けてきた。
今では譜面を見なくともどの曲よりも上手く演奏できる自信がある。
流石にそれはないと柿原は不満げに頬を膨らませてカッシーに抗議していた。
「んじゃ問題って?」
「死の舞踏の効果は、その曲を聴いた相手にしか発動しないんです」
と、ますます不可解そうに顔を顰めたカッシーに気づき、亜衣は兄をフォローするように代わりに『問題』について説明する。
「――ってことは、演奏が聴こえる範囲にしか効果がないってこと?」
「そうなんです恵美先輩」
「とてもじゃないけど城中の
眉間にシワを寄せた東山さんに申し訳なさそうに頷いた亜衣に続き、阿部も肩を竦めながら苦笑する。
この古城にいる全ての
いや、例え音オケの奏者全員で演奏したとしてもこの城全域をカバーするだけの音量を生み出すのは難しいだろう。
「なんだよ。じゃあそもそも城中で同士討ち起こすなんて無理ってことじゃん」
期待していたのだが、取らぬ狸の皮算用だったのだろうか?――口をへの字に曲げながらカッシーはなつきを向き直る。
だがそんな少年に向かってなつきはちっちっと指を振ると、自信たっぷりにシンドーリを見た。
「だからシンちゃんに協力してもらうの」
「伯爵に? 一体どうするつもりだよ?」
と、彼女の視線を追って同じく見上げたカッシーに対し、シンドーリは一度ニヤリと笑みをこぼすと礼拝堂の天窓へと手を翳す。
「フッ、音の魔法を利用する」
「音の……魔法?」
刹那。
銀髪の吸血鬼の姿が霧へと変わり闇に溶け込むようにしてその姿を消した。
反射的に防御の姿勢を取って身がまえたカッシーと東山さんは、慌てて周囲を見渡す。
と――
「上だ、神器の使い手達」
聞こえてきたシンドーリのその声に、カッシーは思わず鳥肌を立てながら耳を軽くはたいていた。
上――彼の声はそう示唆していた。しかし聞こえてきたその声は、まるで少年の耳傍元で囁いているかの如く鮮明だったからだ。
やがて彼だけでなくその場にいた全員、こそばゆそうに顔を顰めながらもその指示に従って一斉に頭上へと顔を向ける。
彼等が見上げた先にあったパイプオルガンの頂、そこで銀髪の吸血鬼は直立し黒い外套を靡かせていた。
さっきの一瞬のうちにあそこまで移動したってことか?――
魔王の眷属の異常な能力を再度目の当たりにし、カッシーは複雑な表情を顔に浮かべながら息を呑む。
「私の声が聞こえるかね?」
「ああ、とってもよく……けどもう少しなんとかならないか? 耳元近すぎだっつの」
「フフ、我儘な少年だ。その辺は我慢してくれたまえよ」
「んで、これがもしかして音の魔法ってやつか?」
「そうだ。小さな音でも距離に関係なく任意の方向へ伝えることができる」
間に壁等の障害物があっても、魔法の届く範囲内であれば一切を無視して音を伝わらせることが可能だ。
遥か頭上のシンドーリの顔が笑みで歪むのが見えた。
読めてきた、つまりだ――カッシーは腰に手を当て口を開く。
「この魔法を使って死の舞踏を城中に行き届かせるってことか?」
「その通りだ。ただ本番は結界を張る必要があるがね」
「結界?」
うむ――と頷いてシンドーリはパイプオルガンの頂で、パチンと指を鳴らす。
途端カッシーは目を見開いた。
突如空間に姿を露わにした五降りの剣が、予告なしにこちら目掛けて落下してくるのが見えて。
その剣群は少年少女達の中央に降り注ぎ、まるでトレモロのような連続音を奏でながら城の見取り図へと突き刺さる。はたして、等間隔に正五角形の頂点を表すように床に突きたてられたその剣は、銀製の装飾が施された立派な片手剣だった。
「うおっ!?」
「失敬、驚かせてしまったかな?」
思わず身を仰け反らせながら床に刺さった剣をまじまじと見つめていたカッシーは、真横から聞こえてきた謝罪の言葉に対し眉根を寄せる。
そこには先と同様、今度は一瞬のうちに地上へと舞い戻ってきていたシンドーリの姿があった。
「次からは事前に教えてくれ。心臓に悪い」
「善処しよう」
今のはちょっとビビった。この吸血鬼やることが一々大仰でカッコつけ過ぎなんだっつの――顔に縦線を描きながらカッシーはシンドーリを見据える。
しかし当の吸血鬼は何食わぬ顔でおざなりに返事をすると、地図を囲むようにして刺さった剣群の中央へと歩んでいった。
「この礼拝堂程度の広さであれば私の魔力だけで音の魔法を発動させることができる。しかしこの城全域となるとできなくはないが聊か骨が折れるのでね。少し楽をさせてもらいたい」
「それで結界ッスか?」
「そうだ、この剣を使う」
そう言ってシンドーリは突きたてられた五振りの剣を一瞥した後、カッシー達を振り返る。
チョクは彼が何をしようとしているのかもうわかったようだ。なるほど――と呟くと一人小さく頷いていた。
しかしどうにもピンとこないカッシーと東山さんは揃って不可解そうに顔を曇らせていた。
「えっと……その剣を使ってどうやって結界を?」
結界という言葉自体は知っているし、それが意味する内容も何となくはわかる。
けれど、どのようにしてその結界を作るのかとなると流石に話が見えてこない――東山さんはシンドーリの周りに並ぶ銀の剣を眺めながら尋ねた。
「この剣を支柱にして城を囲むの」
「城を囲む?」
「そっ。すると剣で囲った内側全てに音の魔法がかかるってワケ」
言い換えればその中であればどこであろうと死の舞踏の音色が行き届く範囲となるわけである。
事前にシンドーリから話を聞いていたのであろうなつきは、腰に手を当てながら得意気に東山さんへと告げていた。
「支柱は多ければ多いほど効果的だが、この城なら五つもあれば結界としては十分だ。剣を突き立てる場所だが、まず北東の角――」
そう言ってシンドーリは振り返ると、床に浮かび上がった地図の北東に突きたてられていた銀の剣に手を翳す。
それから彼はまるで指揮をするかのように次々と残りの剣へ手を翳していった。
「次に南東の角、北西の角、南西の角、そして最後に――」
「……北の物見塔――」
丁度真後ろ、地図の真北に突出するように聳え立つ円柱状の建物。そこに刺さっていた最後の一振りを見つめカッシーは呟く。
その通り――と、シンドーリは肯定するように頷いて見せた。
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