その13-3 魂と酷似する者
「その媒体があいつらだっていうの? 冗談じゃない! 確かに私達が倒したのよ?! あの日あの時、私達のこの手で!」
そうだ今でも鮮明に覚えている。セキネはチョクとサクライが、キシは私とカナコが、そしてオオウチはマーヤがそれぞれとどめを刺した。そして彼等は溶けるようにしてその場から消えたのだ――
だがサイコはそんな彼女の視線を真っ向から受け止め、静かに頷いてみせる。
「ですが、この手記にある媒体とは
現に彼等は我々の前に再び姿を現した。そして我々をこうして分断させ、死神の指示の下我々の命を狙っている。
それが何よりの証拠ではないだろうか――
諭すようにそう言ったサイコから、高揚した感情により紅い輝きを放つ瞳を床へと逸らしエリコは悔しそうに唸った。
「とにかくどういった経緯かはわかりませんが貴女様がマーヤ女王達と共に倒した
「あの……それで結果は?」
「そんなの昨日の
「その通りでございます。ただ完璧とはいえなかったようですが」
「完璧じゃない? どういうことですか?」
エリコの言う通り、昨日石橋で戦ったあの男はまやかしでもなんでもなかった。
あれが氷使いのキシで間違いなければ、『意思を持った死者』の研究は完成したのではないのだろうか――
日笠さんは目をぱちくりさせながらサイコに向かって尋ねる。
「降霊は成功、その後拒否反応は起こったようですが、すぐに収まり魂は彼等の身体に定着したようです。しかしながら人格形成に問題が残った――そう手記には記されているのでございます」
「おーい、なんだそりゃ?」
「降霊させた魂は、研究の中で命を落とした使い魔達の魂を使用したとあります。しかしながら
「確かにあいつらの姿のままだったわね」
辻褄が合わなくない?――エリコは橋上で対峙した氷使いの姿を反芻するようにして思い出しながら腕を組む。
降霊が成功した場合、その容姿は魂が生前持ち得ていた姿に変化することになる。
つまりこの場合は使い魔の姿になるのが正しい結果なのだが、その魂は媒体となった
「サイコさんよぉ、なんでんな事になっちまったんだ?」
「どうも媒体の魔力が降霊させる魂と比較してあまりにも強い場合、拒否反応には耐え得るが肉体が生前の姿に変化しようとすることまで拒んでしまうようです。また人格障害が起こった原因は、媒体と魂との相性の問題ではないか――マダラメはそう考えたようでございますね」
確認するように最後の一冊へ視線を落としながら、サイコはヨシタケの疑問に答えた。
「相性って、どういうことですか?」
「魂の生前の肉体と媒体の肉体の相似レベルとでもいいましょうか、彼はそれを『相性』と表現しているようでございます」
つまり元々魂が宿っていた生前の肉体と相似する媒体を使えば、競合による拒否反応や人格障害は起こりにくくなるのではないか――マダラメは今回の実験からそう仮説を唱えたのである。
「そしてその仮説を立証するため、彼は最後の実験を開始したのでございます。それがおよそ二か月前……それは媒体の親和性に重きを置いた実験でした」
「二か月前って――」
「おーい、大分近くなって来てね?」
「どんな実験よそれは?」
「極めて肉体が酷似した二つの媒体。その片方から魂を抜き取り、もう片方へ降霊させる――それがマダラメの行った最後の実験でございます」
犠牲となったのはこの古城に荒らしに入った駆け出しの盗賊二名だった。
その二人は見た目も仕草も、そして思考までもまったくもって瓜二つの女性。
そう双子であったのだ。
呪われた城、そう噂されるこの古城にはきっと隠された宝が眠っているに違いない――そう考え城に忍び込んだ彼女達が、その考えが愚かで浅はかであったことを痛感した時にはもう遅かった。
そして恐怖に震える双子の盗賊姉妹は実験の場へと連行されることになる。
そこは今にも落ちてきそうなほどに大きな満月が照らすこの城の最上階。
王の間のさらに上、永遠と思えるほどに続く螺旋階段を上りきった塔の頂きであった。
用意された二つの台に拘束され寝かされた二人は、恐怖に怯えながらもお互いの身を案じて名を呼び合う。
だがしかし、突如として現れた死神の手により、二人は今生の別れを迎えることになった。
月光を反射して鋭く光る短剣が、無情にも姉の心臓を一突きし鮮血を飛び散らせる。
妹の見開かれた目は、傍らで絶叫するように口を開け絶命した姉を映し涙を流していた。
それが妹の観た、この世で最後の光景となる。
刹那、声帯が壊れる程に姉の名を叫び続けていた彼女の身体は死神が放ったどす黒い魔力に包まれ、その意識は闇へと落ちていった。
そして――
姉は目を疑う。
目を覚ました姉は目を疑う。
刺されたのは私のはずだ。心臓を一突きにされたのは私のはずだ。
なのに何故、私は生きている?
何故妹が死んでいるのだ――と。
拘束を外された姉は慌てて起き上がると、かっと目を見開き絶命していた妹の傍らへと駆け寄った。
そして声をあげて泣きながら妹のその頬に触れる。
だがしかし。
そこで彼女は気が付いたのだ。
これは妹ではない。これは誰だ。いや見覚えがある。
この服、この短剣、そしてこの赤い指輪。
これは……私?
そんなバカな。では今自分を見下ろし、その頬を撫でたこの私は一体誰なのか――
蒼白になりながら自らの両掌を見下ろし、そして彼女は絶句した。
その視界に見えた、妹が付けていたはずの青い指輪に気づいて。
嘘だ……これは妹の身体? じゃああの子は何処にいったの!?
込み上げてくる恐怖に、姉はガチガチと歯を鳴らし二歩三歩とよろめく様に後退りする。
そんな彼女に向かって、死神は悍ましい程に透き通った声で残酷な真実を告げた。
「お前の妹はもうこの世にはいない。その魂は犠牲となり消滅したのだ……」
嘘、嘘だ! あの子を返せ――
「恨むなら自分を恨むがいい。お前のせいで妹は死んだのだから」
私のせいだと?! そんなバカな――
「いいや本当だよ。お前が再び蘇るために、お前は妹の身体からその魂を消し去ったのだ」
私が……殺した……妹を?
「そうだ、お前が殺した。そしてお前は
いや! いや……ああああああああああ!――
「だが礼を言おう。お前達のおかげで私の秘術はたった今完成に至った……嗚呼、レナ! 待っていてくれレナ! やっと君に逢えるよ! クキ、クキキキ……ケケケケケケケケケケ!――」
狂気に満ちた死神の笑い声が塔の頂で木霊する。
刹那、頭を抱え、獣のように泣き叫んでいた姉は躊躇することなく走り出し塔から身を投げたのであった。
「――かくして『意思を持った不死者』の研究はここに完成したのでございます」
パタン――
と一際大きな音を立てて、最後の実験の内容を語り終えたサイコは手記を閉じる。
「つまり、意思を持った不死者を生み出すのに必要なのは『魂と酷似した肉体』を持つ媒体――そういうことですか?」
「さようでございます」
顎に手を当て考えをまとめていたヒロシがそう尋ねると、サイコは深く頷いてそれに答えていた。
「そしてそれが一月半前、もうお分かりでございましょう。マダラメがホルン村を襲った理由を」
「あいつは僧侶と似た女性を探し求めて村に下りてきた――ってことか」
「冗談じゃねえぞ! んなことのために俺等の村を襲ったってのかよ!」
合点がいったように頷くエリコに怒りを隠すことなく露にして怒鳴るヨシタケ。
そんな二人の傍らで、サイコは静かに首を振ってみせる。
「村だけでは終わらないでしょう。恐らく彼は僧侶と酷似する媒体をその手に収めるまで大陸中を探すつもりでございます」
「頭イカレ過ぎでしょ! 手あたり次第探すつもり?」
「実際イカレておりますので」
ホルン村で見つからなければその周辺の村や街を、それでも見つからなければ管国全土、いや弦国全土を。
そして命を落とした者は
そうなれば事態はホルン地方だけの問題ではなくなる。
下手をすればこの大陸全土に影響を及ぼしかねない――サイコの言葉を聞きエリコは剣呑な表情を浮かべ俯いた。
だがしかし――
「多分……そこまで大きな話にはならないです」
と、震える声が断言する。
サイコとエリコが意外そうに向き直った先で、その声の主である少女は顔面蒼白になりながら唇を震わせていた。
二人を追って視線をこちらへ向けた一同に対し、日笠さんは神妙な顔つきで頷いてみせる。
多分大丈夫だ――と。
「大陸全土を死者の軍勢が襲うことはありません。けれど……うちらにとっては最低最悪の状況だわ」
「マユミちゃん?」
「ひよっちドシタノー?」
きゅっと閉じた唇。小さく息を呑んで動いた喉。
そして今にも泣きそうな表情を浮かべていた日笠さんに気づき、一同は心配そうに声を投げかけた。
そんな彼等に対し、悲観を振り払う様に一度頭を振って彼女は話し始める。
「僧侶に似た女性はすぐ近くにいる。それもこの城に……」
「おーい、マジか?」
「うん大マジ……ねえ、思い出してみて? あの肖像画――あの絵って誰かに似てると思わなかった?」
「肖像画って、ホルン村にあった僧侶の肖像画のこと?」
「そうです」
「んー、どんなんだったっけか?」
「胸まである長い髪。色白の肌に端整な顔立ち。強い意志が感じられる眼差しに……そして何より印象深かったのは口元に浮かんでいた微笑――」
日笠さんは、肖像画に描かれていた僧侶の容姿をあげていく。
ちょっと待て――と。
その特徴を聞くにつれて、エリコの目は徐々に大きく見開かれていった。
同じく気づいたこーへいとかのーも顔に縦線を描く。
「まさか……」
「ええ、そうですエリコ王女――」
伝承の話を聞いた際に、キクコ村長が教えてくれた僧侶の肖像画。
あの時はそれ程気にしていなかった。きっと気のせいだろうと思っていた。
でも自分で冗談めかして言っていたことじゃないか。
もしかして……私達がモデルになった人もこの世界にはいたりしてね?――って。
サイコの話を聞くに連れ、彼女は誰かに似ている――そう思ってしまったことを心底否定したい衝動に駆られた。
けれど現実は非情だ。待ってはくれない。
だから早く動かなくてはならない。一刻も早く動かなくてはならない。
「あの僧侶、なっちゃんと似ているんです……なんとかしないと彼女が危ない!」
沸き起こる不安と悲観を懸命に押さえつけ、意を決した日笠さんは皆を一瞥した。
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